第23話
☆☆☆
大輔は春香を後ろに従えるようにして佳奈の首を探していた。
春香も一応は傘を握りしめていたけれど、果たしてそれがどれほど役立つかわからなかった。
「佳奈は護身術を習ってたんだよな」
道際の背の高い草をかき分けながら大輔は春香に聞いた。
「うん。あの化け物に蹴りを入れてたよ」
春香は佳奈の蹴りを思い出して言った。
高くまで上がった足、化け物にヒットしたときに聞こえた重たい音。
あれは訓練を続けてきた人じゃないとできないものだと、すぐにわかった。
「春香も習えばいい」
大輔に言われて春香は自分が持っている傘に視線を落とした。
どうやって握りしめて、どうやって相手を攻撃するのかわからないまま、ただ持ってきたようなものだ。
「そうだね」
今までの日常では護身術なんてそんなに必要としなかった。
せいぜい痴漢から身を守るためにとか、その程度のものだった。
それが非現実の世界に放り込まれてしまってからは、いかに大切なものか身にしみてわかってきた。
「ここにはないか」
草むらを探していた大輔が大きく息を吐き出して周囲を確認する。
三叉路で別れて歩きだしてからすぐに見つけた広場だった。
あまり手入れがされておらず、草は伸び放題になっている。
こうして歩いているとむき出しの二の腕が草にこすれて痒くなってくるけれど、日常と違って虫がいないのは救いだった。
「もう少し歩いてみようよ」
そう言って春香は広間の入り口へと体を向けた。
と、同時にソレを見つけてしまった。
黒くて背の高い、化け物を。
「逃げろ!」
大輔の声がこだまする。
それでも春香は咄嗟には動くことができなかった。
両足はまるで縫い付けられてしまったかのように地面から離れない。
そうしている間に黒い化け物は一瞬にして春香との距離を縮めていた。
あっと思う暇だってない。
鋭利な刃物になっている腕が攻撃態勢に入っている。
「伏せろ!!」
大輔が怒鳴ると同時に、春香の頭が下に押さえつけられていた。
力にまかせて身を低くする。
頭上で大輔がバッドを振り回す音が聞こえてきた。
そしてドッと倒れ込む音。
それ以降激しい物音は聞こえてこなくなった。
聞こえてくるのは荒い息遣いだけ。
そろそろと顔を上げて確認してみると、大輔が目の前に立ちはだかっていた。
両手でバッドをきつく握りしめて地面を睨みつけている。
体を起こしてみると大輔の前には黒い化け物が倒れていた。
間一髪で大輔の動きの方が早かったのだ。
「大丈夫か?」
振り向いて尋ねる大輔の額には汗が滲んでいる。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、そこに全パワーを集中したのがわかった。
「うん。ありがとう」
春香は震える手でギュッと傘を握りしめたのだった。
☆☆☆
美樹と明宏は比較的明るい道を歩いていた。
大通りの向こうには大型スーパーが立ち並び、今歩いている歩道も広くて歩きやすかった。
しかし、そうなると首を探す場所が少なくなってしまうのだ。
さっきから歩いてばかりで肝心の首を見つけることができずにいる。
あの三叉路からも随分と離れてきてしまっていた。
「戻ったほうがいいかもしれないな」
途中で立ち止まり、明宏は言った。
「そうだね。あの足跡が消えてから随分離れたもんね」
美樹はホッとしたような声色で頷いた。
これ以上この先を探しても無意味だと判断した2人は同時に振り返った。
みんなと合流して他を探そうとした、そのときだった。
ヌッと音もなくそれは出現した。
黒い化け物はいつの間にか2人の真後ろにいたのだ。
突然のことで2人共動けなかった。
黒い化け物がグッと上半身をかがめて2人に近づく。
顔は見えないはずなのに、それが笑ったような気がした。
一瞬の間を置いて、2人は同時に激しい悲鳴を上げて走り出していた。
「あ、明宏! 戦わないと!」
「む、無理だよあんな化け物と!」
だって手が刃物だぞ?
あんなの反則だって!
全力で逃げているにも関わらず、振り向くとすぐ真後ろに化け物がいる。
化け物は明宏たちの前に出ることだって簡単にできるのに、まるで2人をおちょくって遊んでいるかのように見えた。
「このままじゃ疲れて死んじゃう!!」
美樹は悲鳴を上げるようにそう言うと、足に急ブレーキをかけた。
突然立ち止まった美樹に驚き、明宏も足を止める。
黒い化け物は肩を震わせて笑っているように見えた。
そして、お遊びはここまでと言わんばかりに刃物になった手を振り上げる。
「美樹!!」
叫ぶと同時に明宏は前に出ていた。
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