第17話
だけどそれに答えられる人はだれもいなかった。
こんな不可解な出来事に巻き込まれるようなこと、していないはずだ。
「夢に出てくるのは首のない、黒い人物。そして夜中の街に出てくるのは黒い化け物。この2つは同じものだと思うか?」
続けて出されたその質問に佳奈は「違うと思う」と、答えた。
形状はよく似ているけれど、夢の中の影は手が刃物になっていない。
だからわざわざ武器を手にしている。
そう考えると別物と捉えて良さそうだった。
それに、気になることはまだある。
「夢の中の黒い人物たちはいつも『地蔵』がどうこう言っているよね」
美樹が考え込んだ表情で言う。
それは佳奈も気にしていたところだった。
黒い影や黒い化け物に見覚えはないけれど、地蔵なら誰もが1度は見たことがある。
もしかしたら、手を合わせたことくらいならあるかもしれない。
「地蔵と言えば、行ったことがあるよね……」
佳奈は夏休みに入る前のことを思い出していた。
場所は学校の教室で、あのときもこのメンバーでおしゃべりをしていた。
『夏休みはやっぱりどこか行きたいよなぁ』
机の上に座って大輔が誰にともなく言う。
『そうだね。海水浴とかいいよね』
春香が目をキラキラと輝かせて答えた。
気分はすでに夏休み真っ盛りだ。
『おぉ~、春香の水着楽しみだな』
大輔の表情がにやける。
『そこのバカップルはおいといて、キャンプとかもいいよね』
佳奈はわざと2人に冷たい視線を送って言った。
キャンプはここ数年特に流行っていて、普通のお店でもキャンプ用品の取り扱いが充実してきていた。
素人キットを購入すれば何も怖いことはない。
『佳奈と1人で一泊か』
真剣な表情で言ったのはもちろん慎也だ。
佳奈はその含みのある声色に焦って『な、なに変なこと考えてんの!』と、慎也の腕を叩いた。
『それなら、肝試しに首なし地蔵に行こうよ』
『首なし地蔵?』
美樹が首をかしげて聞き返す。
しかし、声がした方向へ振り向いてみても、そこには誰もいなかった。
でも確かに聞こえた肝試しと首なし地蔵という声。
きっと6人のうちの誰かが言ったのだろうと、さして気にもとめずに視線を戻した。
『それ、聞いたことがある』
明宏がメガネを指先で直しながら言う。
『このまちには5体の首なし地蔵が祀ってある場所があるんだって』
『どこに?』
佳奈が聞くと、明宏は大まかな場所を教えてくれた。
普通に民家が立ち並んでいる一角らしい。
佳奈たちも何度もその道を通ったことがあったけれど、首なし地蔵があったかどうかは記憶に定かではなかった。
『近いし、夏休みと言わずに明日にでも行ってみようよ』
ちょうど明日は休みだ。
なんの予定も入っていなかった春香がみんなを誘うように言った。
『あぁ、いいぜ』
即答したのは大輔だ。
きっと大輔も暇をする予定だったのだろう。
それなら2人でデートすればいいのにと思ったが、翌日は6人全員の予定が空いていたのだ。
当時はそれを不思議にも思わなかったけれど、今考えてみるとなにか得体のしれない気持ち悪さを感じる。
結局『地蔵』の話を切り出したのが誰かはわからないままだったのに、6人は肝試しに向かうことになったのだった。
☆☆☆
翌日の夕方から6人は集合してファミレスでダラダラと時間を潰した。
別に今の時間に地蔵へ言ってみても良かったのだけれど、肝試しといえば夜になってからだろうと言うことに意見がまとまったのだ。
『そう言えば、昨日肝試しを提案したのって誰?』
ズルズルとクリームソーダの残りを音を立てて飲み干してから美樹が聞いた。
その質問に面々が顔を見合わせる。
『誰だっけ?』
佳奈は首を傾げる。
『俺じゃないぞ』
慎也が念のためにとそう言った。
すると他の5人も次々と自分ではないと発言し始めた。
結局6人のうち誰も肝試しの話はしていないということになってしまった。
『またまたぁ。誰かが怖がらせようとしているんでしょう』
佳奈はそう言って元気に笑った。
実際にみんなもそう考えていたに違いない。
発言した誰かが知らん顔をしているのだと。
だけど今ならわかる。
この時、本当に6人の中で誰も肝試しの話しなんてしていなかったんだ。
当時はそんなことにも気が付かず、ただ友人たちと一緒にいる時間が楽しくて仕方なかった。
ファミレスの窓から見える街がどんどん薄暗くなっていくのを見て、心が踊っていた。
そのままファミレスで夕飯を食べて、6人はようやく外へ出た。
外はすっかり日が落ちていて街頭が少ない場所を歩くときにはスマホの明かりで周囲を照らしていないと歩けないくらいにはなっていた。
肝試しの場所は明宏が知っている。
明宏を先頭にして、みんな思い思いにダラダラと歩いた。
歩きながら自分の知っている怪談話を披露すると、徐々に気分も盛り上がってくる。
そして慎也が今日一番怖い話をし終えた時、明宏が足を止めたのだ。
それに合わせて他の5人も足を止める。
『あれだ』
明宏が静かに言い、前方を指差した。
そこには東屋のような屋根がついた場所があり、その下に地蔵が並んでいるのがわかった。
近づいて行き、その全貌が見えた瞬間佳奈は強い寒気を感じて身震いをした。
5体並んだその地蔵は、全て首がなかったのだ。
『マジかよ』
さすがの大輔も地蔵が放つ異様な雰囲気に顔をしかめている。
近づけば近づくほど気分が悪くなっていくようだった。
『どうして首がないんだろう』
春香が自分の体を抱きしめてつぶやく。
地蔵の首は誰かに取られてしまったという様子ではなく、最初から作られていない様子だった。
首の断面はつるりとしていて、石はちゃんと磨かれている。
しっかりと管理する人がいないのか、地蔵にはあちことに苔が生えている。
それは昼間見てもきっと異様な光景だっただろう。
こうして屋根の下に祀られているのに関わらず、ここまでひどい有様の地蔵を見たことがなかった。
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