第4話

「そんなはずないじゃん」



佳奈が立ち上がって急ぎ足で厨房を覗いだ。



慎也が冗談を言っているのだと思ったが、それは冗談ではなかった。



広い厨房内に人の姿は見えない。



それならファミレスは閉められているはずなのに、ドアは開いていた。



一体どういうこと……?



ただの買い出しならもう戻ってきてもいいはずだ。



なにせ今は夜中だし、自分たちも客としてきているのだから。



「とにかくここを出よう」



呆然と立ち尽くしていると慎也が後ろから声をかけてきた。



「う、うん」



佳奈はぎこちなく頷き、ファミレスを出たのだった。


☆☆☆


街を歩いていても誰にも出会わない。



家から明かりが漏れていても誰の声も聞こえてこない。



聞こえてくるのは5人分の足音だけだ。



「野良猫にも出会わないなんて」



美樹が呟き、怯えたように佳奈に身を寄せた。



佳奈も美樹にぴったりとくっつくようにして歩く。



夜中に家を抜け出した経験は何度かあるけれど、これほど静かな夜は初めてだ。



本当に別世界に来てしまったように感じられて、夏の熱さを忘れて行く。



「みんなも来るのか?」



一番前を歩いていた大輔が立ち止まって聞いてきた。



大輔はこれから春香の家に行ってみるのだ。



「あぁ。やっぱり、気になるしな」



慎也は即答する。



明宏も佳奈も美樹も、途中で引き返そうとは思っていなかった。



「わかった。春香の家にはときどきこっそり忍び込んでたんだ」



大輔がなんでもないことのように言う。



2人はカップルだからもちろん春香が承諾して、鍵でも開けておいたのだろう。



そうこうしている間に春香の家に到着していた。



夢で見た歪んだ家とは違い、小ぶりで可愛らしい一軒家だった。



門を開けて中に入ると玄関までの小道が続いている。



しかし大輔はそこへは行かずに庭へと回り込んだ。



「こっち」



と言われて他の4人もぞろぞろとついて行く。



「ここが春香の部屋なんだ」



家は2階建てだけれど、春香の部屋は1階にあるみたいだ。



大輔が3度ノックをして中の様子を伺う。



誰かが動き出す気配は感じられないし、電気はすべて消されたままだ。



「やっぱり寝てるんだよ」



佳奈が言う。



大輔は返事をせずに窓枠に手をかけた。



それは音も立てずにすっと横に開いた。



それだけのことで佳奈の心臓はドクンッと大きく跳ねる。



夏だから網戸にして寝ていたってなにも不思議じゃない。



春香は大輔がここに来ることを見越して鍵を開けて眠っている可能性だってある。



様々な正当な理由を頭の中で確認してから、佳奈たちは部屋の中に一歩足を踏み入れた。



その瞬間だった。



ムッとする血の匂いが鼻腔をくすぐり、佳奈は顔をしかめて手で口を覆った。



他の4人も同じように血の匂いから逃げようとしている。



「春香、春香!!」



大輔が悲鳴に近い声を上げて春香のベッドに近づく。



ベッドの上の布団は人型に盛り上がっているけれど、頭まですっぽりとかぶっているようでその首が見えなかった。



それはまるで、今朝の悪夢の再現映像のようだった。



大輔が春香に声をかけながら近づいていく。



それでも春香は起きない。



よく耳をすませてみても、呼吸音すら聞こえてこない。



そんな異様な空間の中目がなれてきて、暗闇でもものの配置がしっかりとわかりはじめた。



そして同時に見えてきてしまった。



春香の布団が、夢の中と同じように赤黒く変色していることに。



「大輔っ!」



咄嗟に大輔を止めようとして佳奈が手をのばす。



けれど遅かった。



大輔は布団を掴んで剥ぎ取っていたのだ。



そこから現れたのは春香の胴体。



首の切られた、胴体だけだ。



「イヤアアア!!」



佳奈と美樹が同時に悲鳴をあげて、互いに抱きしめ合う。



大輔は後ずさりし、明宏と慎也は絶句してしまった。



夢で見たあの光景が目の前に広がっている。



いや、これも夢なんだろうか?



佳奈は震える手で自分の頬をつねった。



痛みが走ってこれは夢ではないと知らせている。



「どうして、なんで、こんな!」



大輔が悲痛な悲鳴をあげる。



とにかく警察、大人に知らせないといけない!



総判断した佳奈はよろけながらも佳奈の部屋を出た。



外には短い廊下があり、正面にドアがある。



「誰か、起きてください!」



悲鳴に近い声を上げながら正面のドアを開ける。



そこはどう見ても夫婦の寝室だった。



部屋の中央にはダブルベッドがあり、奥にはクローゼット。



そして小さな鏡台もある。



けれどそこには誰もおらず、今までそこで人が眠っていたような形跡だけが残っていた。

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