第18話 流星

「それではこれにて今年のファン感謝祭、『マギスタ流星祭』の全プログラムは終了です。皆、最後まで付き合ってくれてありがとー」


 壇上に並んだマギスタ所属のVチューバー、総勢20名が司会役の1期生の黒髪の少女に合わせるようにそれぞれの言葉で感謝を伝える。

 その背後では祭りをしめくくるように、多くの星が流れ、その軌跡を残しては消えていった。


「じゃあ、締めの挨拶は、そうだなぁ。ゲームで奇跡を起こしたミトちゃんに頼もうかな」


 悩むような仕草で体を揺らした黒髪の少女が、満面の笑みを浮かべながらミトを指名する。あまり目立たないように画面の端のほうにわざわざ並んでいたミトは、皆に背中を押されて画面中央に立った。


「奇跡じゃないピョン。あれは絶対に誰か仕込んでいるピョン! 検証を要求するピョン」

「あー、うん。まさか10連続で2択を外すとは私も思わなかったよ。そこまではダントツでトップだったのに」


 ミトの必死の訴えに、黒髪の少女が「たはは」と笑う。

 感謝祭の中で行われた新衣装などをかけた全員参加のゲームで、ミトはどちらの道が正解か運で決まる最後の2択をずっと間違い続け、トップからビリに転落したのだ。

 ふんまんやるかたないとばかりに足を踏み鳴らすミトに、すすすっと長い白髪を揺らしながら少女が近寄る。


「ミトの日ごろの行いが悪いから」

「ちょっとクラクラ、あたしの日ごろの行いが悪いってどういうことピョン!」

「あっ、違った。頭が悪いんだった」

「違うピョン。あたしが悪いのは運だけピョン!」

「ミトちゃん、ミトちゃん。運が悪いって自分で認めちゃってるよ」


 深海クララにそそのかされて、自分で自分のことを運が悪いと言ってしまったミトに黒髪の少女が冷静にツッコミを入れる。

 皆が笑う中、黒髪の少女に促されてミトは挨拶を始めた。


「マギスタの卑劣な罠にはまったことは皆ならわかってくれていると思うピョン。だからコメント欄にミトの新衣装希望と書いて送って圧力をかけるピョン」

「ミトもアイテムもらったでしょ?」

「赤鼻にぐるぐるの丸メガネって、どこに需要があるピョン! というかさっさと外せピョン! ミトの可愛い顔が見えないピョン!」

「まあまあミトちゃん、罰ゲームは最後までちゃんとしないと。それに、その、似合ってると思う、っぷ」

「クロ姉、ひどいピョン。フォローするならちゃんと最後までフォローするピョン!」


 ぐるぐるの丸眼鏡に赤鼻という、どこかのパーティグッズのようなものがしっかりと張り付いているミトの姿に、こらえきれなくなった黒髪の少女がお腹を抱えて笑い出す。

 マギスタの良識である最後の砦が崩壊したことに、一度大きくミトはため息を吐き、そして真っ直ぐに画面を見つめた。


「ではこれで『マギスタ流星祭』を終わるピョン! 皆も今日は空を見上げて一緒に流れ星に願いをかけてみるピョン。それじゃあ、バイバイぴょーん」


 ぶんぶんと手を振るミトにあわせるように全員が手を振りながら別れのあいさつをする。そして画面は『マギスタ流星祭』と書かれた背後の看板に近づいていき、そして空を流れる流れ星を映す。

 こうして『マギスタ流星祭』は盛況の内に6時間に及ぶ配信を終了したのだった。





「配信終了しました。みなさん、長時間の収録ありがとうございました」


 30代半ばに見える茶髪の男性スタッフの大きな声に、カメラに向かって手を振っていた若い女性たちが歓声や安どの声を漏らす。

 6時間に及ぶ配信による疲れは隠せないものの、その表情にはやりとげた者特有の誇らしさが浮かんでいた。


 緊張感から解き放たれ、お互いにねぎらいあう彼女たちの輪の中から、ひと際若い、背の低い少女が少し抜け出す。

 そして皆のほうを振り返ると深々と頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました。用事があるのでお先に失礼します」


 そうハキハキと挨拶をした琴音に、「おつかれー」や「またねー」といった声が返ってくる。中には「若いねー」などという年齢を聞きたくなるようなものも含まれていたが、琴音は的確にそれをスルーした。

 触らぬ神にたたりなし、なのだ。


「ミトちゃん。ちょっと押してるから急ぐわよ」

「はい」


 近づいてきたマギスタ3期生の幼顔のマネージャー、新美に声をかけられ、ぺこりと琴音がもう一度頭を下げる。

 そして顔を上げた琴音の前には、同じくらいの年頃の銀髪の少女がぼんやりとした瞳で琴音を見つめて立っていた。

 その少女が琴音に向けて拳を突き出す。


「ミト、がんばれ」

「うん、ありがとうクラクラ。行ってきます」


 その拳に自らの拳をこつんとぶつけ、琴音は笑った。そして見惚れるような笑顔を浮かべる少女に手を振ると、くるりと身を翻して新美の後を追って小走りに去っていく。

 銀髪の少女は、琴音の姿が見えなくなった後もしばらくそのまま出口の方を眺め続け、そして視線を上げる。


「願いが叶うといいね、琴音」


 決意を秘めた友達のため、白い天井の先にあるはずの流れ星に彼女は祈りをささげたのだった。





 夕食のカレーはなかなか美味しかった。家で使っているルーとは違う少しピリ辛な味付けだったがそれが食欲をさそい、結局おかわりまでしてしまった。

 まあ久しぶりに荷物運びという運動らしい運動をしたんだから、こんなもんだろう。


 日が完全に落ちる前に天文部全員で山頂に向かって歩いていき、大き目のシートを2か所に分けて敷くとその上に寝袋をマット代わりに敷いて空を見上げる。

 今回俺たちが行うのは、流星群の観測といえばこれ、と言っても過言ではない計数観測だ。

 まあ簡単に言えば一時間あたりの流星数や等級などを記録していく観測方法で、肉眼でできるので高価な器具などが必要ないという高校の天文部にとってはベストな選択だといえる。

 一応計数観測にも、個人で全天を観測する方法と複数人で観測エリアを分担する方法があるんだが、今回行うのは個人計数観測になる。複数観測は色々と面倒だしな。


「上田、時刻合わせ。3、2,1」

「オッケー。じゃあ15分後から観測開始な」


 慣れた様子で後輩を指導しながらてきぱきと動く長野と、時計を秒単位で正確に合わせる。

 先生が平均雲量などのデータは収集してくれるので、俺たちはただ流れる星々を記録し続ければいいので気楽なものだ。

 今の時刻は午後7時15分。日も暮れたため辺りは暗くなっている。つけていた明かりなどもすべて消し、寝袋の上に寝転びながら夜空を見上げて目を慣らしていく。


「最初はほとんど見えないでしょうね」

「放射点も低いしな。本格的な観察は9時以降だろ?」

「そこまではおしゃべりでもしながら練習って感じね。いちおう記録はとるけど」


 隣に座った長野が肩をすくめる。相変わらず真面目なやつだ。

 ペルセウス座流星群の放射点、流星が流れる時に中心になる点はおよそ北から北東の空になり、ちょうどペルセウスの肩から腕にかけての辺りになる。

 ただこのペルセウス座流星群は全天にまんべんなく流れるのが特徴なので、そちらばかりを見ていると見落としかねない。だからこそ複数人で観測して比較するわけだが。


 7時半からの観測は俺と長野で行った。後輩に丁寧に教えていく長野の声を聞きながら観測を続けていたが、認識できたのは1つだけでありこれには後輩たちもがっかりしていた。

 まあ期待する気持ちはわかるが、実際はこんなもんだ。もうしばらくすれば期待通りにいくつもの流れ星が見えるだろう。


 そして次の1時間は後輩たちが観測を行い、俺と長野は休憩になる。と言っても休憩しているのは俺だけで、10分前に後輩たちのところに行ったっきり長野は帰ってきていないが。

 なんとなく手持ち無沙汰で空を見上げていると、やっと長野が戻ってきたようだった。


「お疲れ、次期部長」

「お疲れと思うなら上田が指導してよ。知識は私より多いでしょ」

「ほら、俺って人見知りだから」

「どの口が言ってんのよ」


 暗闇の中、長野が小さく笑う。

 こうやって冗談を言い合えるのは、やっぱり長野だからだろう。責任感があって、面倒見もよくて、気楽な冗談も交わせる。実際後輩女子3人は、長野にべったりだしな。


「もしかして長野ってすごい奴?」

「へっ、突然なに言ってんの?」

「いやー、もてそうだと思って」

「そ、そう?」


 戸惑うような声とともに、もぞもぞと長野が動く音を聞きながら少しだけ笑う。こんなことで恥ずかしがるとは思わなかったな。「当然でしょ」とか返ってくるかと思った。

 しばらくそんな感じで長野とくだらないおしゃべりをし続け、俺たちの出番まで残り30分といったところでふいに会話が止まる。

 どうかしたのかと思った俺の耳に、長野が深呼吸する音が届いた。


「ねえ、上田。あんた、リクガメだよね?」


 その言葉に、俺の心臓は大きく跳ねた。

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