第6話 謝罪配信?

 いつもどおりの三日月に乗ってすやすやと眠る月乃ミトのオープニングが流れ、そしてそれがすぐに切り替わる。

 現れた畳敷きの和風の部屋にいつもどおり登場した月乃ミトは、その眉を下げ申し訳なさそうにしながらたたずんでいた。


「おだん子のみんな、こめ子のみんな、こんばんわー、だピョン。今ちょっと緊急でライブを始めてるんだけど、その内容としてはたぶん、みんなが予想しているとおりの話をしようかなと思ったピョン」


 直前にSNSで告知しただけのせいもあり、視聴人数はいつものライブの開始時よりもはるかに少ない。しかし、ミトが挨拶をしている間にもそれはどんどんと増えていった。

 視聴者数はあっと言う間に千人を超え、そしてその速さを上回る勢いで伸び続けている。


「えっと、このライブはマギスタの運営さんに言われたからするものじゃないピョン。というか、マギスタの運営さんはまだ対応を協議中で待機しろっていわれてるピョン。でもそれじゃあみんなに申し訳ないと思って勝手に始めちゃったピョン」


 耳を垂らしながら申し訳なさそうにするミトに『大丈夫?』『怒られない?』といった心配のコメントが流れる。

 しかし同時に、『部屋に男を連れ込むような女はさすが身勝手』『マギスタの迷惑も考えろよ』『隠れて見てる運営さん、チィーッス』といった心無いコメントも多く投稿されていた。

 コメント欄におけるファンとアンチの割合はほぼ半々であり、どちらに傾いてもおかしくない状況だった。


「心配ありがとうピョン。きっとマネちゃんに怒られるだろうなー、ハハハ」


 ミトは乾いた笑いをもらすと、表情を引き締めて、とうとうと語り始める。


「まず状況から説明するピョン。昨日のゲーム大会で負けた罰ゲームとして、今日午後5時から『闇夜にヨル者』の配信を始めていたピョン。まあ全然怖くなくて、私の華麗なテクニックでゲームを進めていたところに……」

「はい、ダウト!」

「ちょっと、お兄ちゃん。状況は私が説明するって言ったピョン」

「いや、めっちゃ悲鳴あげてたじゃん。しかも扉が閉まって開かなくなったら怖いからって玄関が完全に閉まらないように細工までして。おかげで俺は強盗かなんかが、ミトを襲っているんじゃないかって勘違いしたんだぞ」


 突然聞こえた男の声に続々とコメントが投稿される。『えっ、お兄ちゃん本人登場?』といった男の登場自体に驚くものもあったが、『確かにあの悲鳴を聞いて、その状況なら勘違いするかもな』などと男の行動に納得するようなコメントは少なくなかった。

 そして『玄関の開けっ放しは危険すぎる』といったミトを心配するコメントも。


 流れるコメントを眺めて少しだけ微笑を浮かべたミトだったが、すぐにそれを消すと改めて画面を真っ直ぐに見つめる。


「えっと、説明するのにお兄ちゃんもいた方がわかりやすいと思ったので同席してもらっているピョン」

「お騒がせしてすみません。ミト兄、って名乗ればいいのか?」

「うーん、どう呼ぶかはちょっと後で聞くことにするピョン。それと、いることがわかりやすいように似顔絵を描いておいたんだけど……」


 ミトの言葉と共に画面の下から白い枠が少しずつ姿を現す。黒いボールペンで描かれたそれを見たコメント欄がざわめく。

 まるで野球のホームベースのように角ばった輪郭。何度もペン先でなぞられ、落ち窪んだ光のない瞳。爆発したパイナップルのような頭。顔の大きさに比べ、明らかに小さく、歪んだ体躯のなにかがそこにいた。


『えっと、お兄ちゃんは人間なのかな?』『やばい、ゲームよりこっちの方がホラーなんだけど』といった感想もまぎれていたが、最も多く見られたのは『w』の文字だった。


「ちょっとみんな、笑うなピョン。ボールペンでささっと描いたからこんな感じになっただけピョン!」

「いや、もはやそういうレベルじゃないだろ」

「お兄ちゃんはちょっと黙っているピョン!」


 シャー、と威嚇する蛇のように目を吊り上げて起こるミトの姿に、コメント欄の『w』の文字が増えていく。

 相対的にアンチコメントはなりを潜めていったが、ミトはそのことには気づかないまま首をぶんぶんと横に振るとニンマリと笑みを浮かべた。


「それは置いておいて、お兄ちゃん。皆に伝えることがあるピョンよね?」

「個人的にはもっと突っ込みたいところなんだが……」

「ほらほら、ちゃっちゃと教えちゃうピョン」


 楽しげに体を揺らして笑うミトに促され、男が少し躊躇するように声を漏らす。少しして踏ん切りをつけたのか、男が聞き取りやすいはっきりとした声で話しはじめた。


「今日はアポロ・ソユーズテスト計画に基づいてアメリカとソ連の宇宙船がドッキングを成功させた歴史的な日ですね」


 唐突な男の言葉にコメント欄が沈黙する中、その頭に色つきのコメントが表示される。それは今、男が話した言葉と一言一句間違いのない、リクガメからのスパチャだった。

 一瞬の沈黙の後、コメント欄が怒涛のごとく流れはじめる。驚く者。笑う者。意味がわからず疑問の声をあげる者。それに律儀に答える者。それら一体の流れに乗るようにミトが笑う。


「と言うわけで、お兄ちゃんがリクガメさんだったわけピョンねー。いやー、私も本当にびっくりしたピョン。ねぇ、お兄ちゃん。妹にスパチャしてた気分はどうだったピョン? ねぇねぇ、ミト、教えて欲しいピョン?」


 瞳を潤ませながらミトが上目づかいでリクガメに問いかける。その表情は無垢な幼子のようであったが、上がった口角と、その言葉に含まれた楽しげな感情のせいでからかいであることを隠しきれていなかった。

 それはリクガメが取り乱すことを期待してのものだったのだろう。しかしリクガメは落ち着いた口調で返す。


「別に後悔はしていないぞ。月乃ミトが推しのVであることに変わりはないし」

「へっ? いや、あの、えっと……そんな風に言われると反応に困るピョン」


 堂々としたリクガメの主張に、ミトは驚きを隠しきれずモジモジと体を揺らす。視線をあちこちにやりながら、最後に体を小さくしてしまう姿は非常に愛らしく映った。


「まあそんなわけでミト兄、改めリクガメだ。ミトを推す一人のおだん子として、こんな風に騒がせてしまって悪かったと思っている。本当にすみませんでした」

「えっと、私も不用意なところがあって皆に心配をかけちゃって、ごめんなさいだピョン」

「ということで、謝罪の意味も込めてコメント欄の質問にできる限り答えていこうと思う。まだまだ疑問に思っていることがある人も多いだろうしな」

「ええっと、個人を特定するようなコメントは拾わないからご了承くださいピョン」


 ぺこりと頭を下げたミトと、紙を揺らされて動く正体不明の物体であるリクガメの申し出に、多くの質問がコメント欄に流れていく。

 そのほとんどは先ほどの配信途中のリクガメ突入の件とは関わりなく、普段のミトについてや、二人の関係、昔の思い出を聞きたいといったものだった。

 多数のスパチャも含んだそれらの質問を丁寧に二人は拾っていく。


「『ミトちゃんの中身は可愛いですか?』って失礼ピョンね。可愛いに決まっているピョン」

「そうだな、可愛いか、綺麗かと聞かれれば可愛い系だな。クラスで一番可愛い女の子をイメージしてもらうのがわかりやすいと思う」

「お、お兄ちゃんはなかなかわかっているピョンね」

「逆に言えば、学校で一番ではないんだけどな」

「うるさいピョン! いっつもお兄ちゃんは一言多いピョン!」


 二人の親密そうなやりとりに、コメント欄が笑いに溢れる。

 神妙な始まりが嘘のように和やかな雰囲気で進んでいった質問回答だったが、しばらくして唐突に鳴ったブブブブというバイブレーションの音がその終わりを告げた。


「うわっ、マネちゃんから電話だピョン。気づかなかったことにできないかな?」

「いやー、ここに証人がいっぱいいるし無理だろ。大人しく怒られてこい」


 サーっと顔を青ざめるミトに『がんばれー』などといった励ましのコメントがとぶ。そしてミトの心配をするたくさんの言葉がコメント欄に溢れていた。

 ミトが一瞬顔をふせ、そして顔を上げるとニパッと笑みを浮かべる。


「みんな、ありがとうだピョン。月乃ミト、覚悟を決めていってくるピョン!」

「俺も、一人のおだん子に戻る前に一言。こんな風に世間を騒がせてしまったミトのことを温かく受け入れてくれてありがとう。やっぱ、おだん子もこめ子も最高の仲間だぜ!」

「みんなが最高なのは当たり前だピョン。みんな、大好きピョン! それじゃあ、また今度だピョン」


 再会の約束を残して画面が切り替わる。いつものエンディングと同じで月に向かって跳んだミトは届かずに落ちてしまったが、目を回しながらおだん子に囲まれるその姿は、いつもよりなぜか幸せそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る