第4話 デートかな?
「カセットテープ、中島みゆきとかぐや姫と石野真子どれがいい」
どういう趣味だ、こいつ。
「最初の二つはわかる、私も好きだけど、石野真子って何」
「えー、嫌いなの? 可愛いやんか、明日香ちゃんと一緒で」
こいつほんとに口がうまい、よくそんなこと照れもせずに言えるものだ。関西人ってのはこういうものなのか、それともこいつだけか。
「可愛いけどさ、あ、私じゃなくて真子ちゃんね」
返事を待たずに、氏家はテープのスイッチをいれた。
イントロだけでわかった、『リバイバル』だ。
「中島みゆき大好きだけど、デートで聞くか」
つい突っ込みを入れてしまった、どうも氏家といると調子が狂う。
「え、だめかなあ、じゃ、石野真子にする」
「い、いや、いいです。このテープで、これダビング?」
「違う、売ってる。A面コレクション」
「ああ、わたし一応LPは全部持ってるんだ、中島みゆきの」
「へぇ、そうなんだ。なら俺よりファンだな、俺はエアチェックだけだから」
「氏家さんはどんな音楽聞くの」
いかん、完璧にデートの会話だ。
「基本はフォークと歌謡曲。あと洋楽はサイモンとガーファンクルとかカーペンターズが好きかな」
「ロックは?」
「無茶苦茶好きという訳やあれへん。有名どころしか知らないかなあ、クイーンとかディープパープルとかぐらい」
「それだけ知ってれば、十分かも」
取りあえず、外れはない。この車でドライブするなら何がかかっても大丈夫だな。と思って気が付いた、何度もデートをするつもりになっている。
「今日はどこに行くの?」
「どこでも、いいよ」
「え、港見に行くんじゃないの?」
「ケーソン積んでるところ見て面白い?」
「ケーソン?」
「あ、防波堤ってね、コンクリのブロック並べていくんだ、そのブロックのこと」
「ああ、なるほど、確かにつまんないかも」
「じゃあ、鹿部の間欠泉と大沼公園は」
「行ってみたいかも、両方とも行ったことない」
「そうだよね、地元の人は行かないんだ。俺も大阪城行ったことない」
「そうなの、大阪城か行ってみたいな」
「いくらでもお連れしますよ」
「考えとく」
「つまり振られてはいないわけか、一歩前進一歩前進」
こいつは、自分に都合のいい音しか考えないのか、楽天主義すぎ、いやもっとか、極楽とんぼって言うのかも。自分とは正反対かなと明日香は思った。
間欠泉は、井戸にでっかいバケツがかぶせられ、しょぼい看板が立っているだけだった。しかも道端にポツンと、どうりであんまり聞いたことがないはずだ。
大沼公園はよかった、ぶらぶらと歩いただけだけれど楽しかった。
氏家の家は、昔ここからそう遠くないところに別荘を持っていたそうだ。
「え、お金持ち、何してたの?」
「函館で米屋、啄木なんか助けてたんだって、昔の話さ」
「いまは?」
「落ちぶれてすまん」
「ご両親は? 北海道じゃないの?」
「おやじは京都で大学の教授だったらしい。俺が知っているころはもうやめて生活は悲惨だったかな。二人とももう死んじゃった」
「ごめんなさい、辛いこと聞いて」
貧乏で悲惨な生活をしていたということを氏家はさらっと言った。彼の明るさからは、想像もつかない
「別に、兄姉も多いし、貧乏でちょっとつらかったのは、大学諦めたぐらいかな」
「でも高専なら」
「まあ、そうかもね」
「はいこれ明日香ちゃんの家にお土産」
森の駅で名物の駅弁を買ってくれた。親の気を引こうという魂胆がすけている。確かにうちの親には受けるだろう。
函館まで足を延ばして、港の見えるレストランで食事をした。
「じゃ、帰ろうか、今からなら八時には着く」
あれ、もう帰るの? 遅くなるって言ったからてっきり。
「夜景を見るのは今度、最初から遅いと印象が悪いから」
「ふうん、いろいろ考えるんだ氏家さん」
「その、氏家さんってのやめへん、名前で呼んでくれたら嬉しいな。
「わかった、じゃ私もその明日香ちゃんての勘弁」
「じゃ、明日香やね、嬉しいなあ、恋人同士みたいだ」
確かにそうかもしれない、まあ、何となくいいかと思った。
巧は家の前で車を止めた。
「じゃ、また、明日も、いつもの茶店に七時までは居るから、よかったら来て」
そういうと、巧はいきなり明日香の頭を引き寄せ唇を重ねた。あ、っという間もなかった、つき飛ばそうか、出来なかった。答えてしまった。
「おやすみ」
巧は車のドアを閉めた明日香に手を振った。
おやすみにはまだ早いだろう、今日は日記をつけなきゃ、明日香は巧の唇の感触をなぞるように自分の唇に指で触れた。
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