第2話 偶然
「明日香ちゃん、今日うちの練習見に来るかい、あと飲み会あるけど」
家庭科の加賀尚美先生と昼食を食べていたら、音楽の佐久間先生が声をかけてきた。
「飲み会ですか、邪魔でなければ」
「それは大丈夫だよ、みんな知ってるし、暇なら」
佐久間先生に同調して、尚美先生も誘ってくれた。
佐久間先生は、街の有志でつくっている吹奏楽団の指揮をしている。
尚美先生も団員だ。彼女は楽器未経験だったが、明日香と一緒に文化祭で和太鼓を叩いたことがきっかけで、ステージが好きになったらしい。
「七時半くらいに、センターに行けばいいんですか?」
「うん、その頃かな、ちょうど中休みぐらいだから」
町の吹奏楽団は大人から子供まで、三十人ぐらいの団員がいる。中核は高校の吹奏楽部のOB(OG)の社会人だが、よその街からの転入者や、小中学生もいるという本当の意味での町民楽団だ。
大人たちは音楽も好きだが、飲み会も好きで、練習日はよく飲み会になっているという。
練習場所は町民会館の多目的ホール。商工会が呼んだ芸能人のコンサート、「素人のど自慢」などの公開放送が行われる場所だ。明日香の家から歩いて五分ほどのところにある。
「おう、明日香ちゃんこっちこっち」
玄関のホールを開けると、エントランスの喫煙場所に佐々木先生がいた。
「あれ、確か、佐野さん?」
明日香が気付くのと、ほぼ同時に氏家が気付いたみたいだ。
「先日はありがとうございました、氏家さんも楽器やるんですか」
意外だった、およそそんな雰囲気じゃなかったからだ。
「言わへんかったかなあ」
「俺が両方とも誘った」
後ろから聞き覚えのある声、山岳会の会長さんだった。
会長さんはタバコを吸わないこともあって離れた場所で尚美先生と話をしていたが、明日香の姿を見て近寄って来た。
「あ、この前はどうも」
「そっか、氏家君は山岳会にも入ったって言ってたな」
「ふうん、それで明日香ちゃんに目を付けたってこと」
「そりゃあ、そうでしょう、こんだけかわいい子なんやから、少しでもチャンスがあれば」
「きゃあ、関西弁で口説くの初めて見た」
側で中高生の女の子が、きゃあきゃあ騒ぐ。おいおい冗談じゃないぞ、私には、ちゃんと彼がいるんだ、秘密だけど。
「ま、最初が最悪だったから印象はめちゃ悪いはずやけど」
なんだなんだという暇人が集まってきて駒ヶ岳登山の日の話をさせられた。
「そりゃあ、高畑さんが悪いな。そんなに飲ませたら」
「氏家君は顔色も変えず飲むから」
そうなのか、こいつはそんなに酒が強いのか、なおさらパスだな。私は酔っ払いは嫌いだ。酒癖の悪い父親のせいだが。
「まあ、帰りの車の中で彼女はビール飲んでたから、俺に興味はなさそうなんですけどね」
「あ、あれは氏家さんが」
「そりゃあ飲めばって言うよ、登山中、ずっと降りてからの温泉とビールの効用について話すんやから」
みんなが笑った、この馬鹿、みんなに飲んべだと思われちゃうじゃないか、まあすでに知られているけど。
氏家は、サックスを吹いていた。うまいのか下手なのかはよくわからないが、佐々木先生の指揮に合わせて演奏しているところを見ると初心者ではないようだ。
「いつもの居酒屋、ついた人から飲んでて」
楽団の団長さんが言う。
「佐野さん、じゃ後で」
氏家は明日香にあいさつをすると、数人の子供たちを連れて車を発進させた。子供たちを送って、車を置いてから歩いてくるそうだ。
またまた意外、いかつい顔なのに子供たちからは結構人気があるらしい。
尚美先生も車を家においてから居酒屋というので、乗せて行ってもらことにした。彼女の家から居酒屋までは歩いて数分だ。なんといっても人口一万人ほどの小さな町なのだ。
「氏家さん、おもしろいでしょ」
尚美先生が言う、あれ? 気になってる?
「尚美先生、好みなんですか?」
「あ、それはないかも、でも周りにいると明るくておもしろい」
確かにそうかもしれない。
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