第26話 File6 二人の探偵4
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
早朝に依頼が舞い込んで来た、依頼主は専業主婦の柳本秀子。その依頼内容は失踪した秀子の息子、明人の捜索。今年22歳になる若い男だ。
正は少ない手がかりで捜索を開始、明人が住んでいるを当たってみるがそこは想定通りの空振りであり他へと向かおうとしたら見知らぬガラの悪い男が正を呼び止める。
男は下田新平という正と同じく探偵をやっており、彼もまた明人を探しているとの事だ。
下田と行動して調査を進める中、明人と揉めていたという男の存在が浮上。男の行方を追いかけようとしていたが彼は既に死亡しており会う事は不可能となってしまった。
知り合いである白石、坂井に話を聞き亡くなった男はラッシュ&スターという半グレの組織で小間口六郎だという事が分かり、亡くなった死因が複数犯からの殴打による暴行死で最初の捜索依頼から事態はガラリと変わってきていた…。
令和鬼神の事務所から出て、神田のオフィス街を正と下田の二人で歩いている。オフィス街じゃ目立ちそうな組み合わせの二人だが忙しく歩く人々からはあまり関心無しであり二人が泣く子も黙る令和鬼神の所に行っていた等という事は夢にも思わないだろう。
「ただの捜索から半グレ絡みの殺人事件になっちまうとはなぁ」
「こうなると明人が無事でいるかどうか心配になってくる」
下田もこんな風に進展していった事は想定外だったようで、彼は彼なりにこれからどうしようか考えていそうだ。
正の考えている事は今の明人の行方、そしてその生死。
ラッシュ&スターという半グレの組織は最近何かヤバい事に手を染めているらしい、それに深く関わるであろう幹部クラスの小間口が複数からの暴行で亡くなっている。考えられる事は仲間割れ、裏切り、口封じ。色々と考えられる。組織を動かせる上の位に立つ者が何か個人的恨みを晴らそうと人を動かし小間口を殺害した線もあるかもしれない。
「まあ、その連中が何企んでるのか知らねぇがそういうのは大抵良からぬ事と相場が決まってんだ。その証拠に幹部に当たるであろう小間口が殺されてる。小間口と口論になってた明人も無関係じゃないだろうし、場合によっては組織の奴らに狙われてる可能性はあるかもな」
「だから明人は速く見つけなきゃならなくなった、奴らより先に」
ラッシュ&スターの幹部クラスである小間口、その彼と口論になっていた明人。小間口は亡くなり、明人もラッシュ&スターから狙われているかもしれない。出来る事なら速く明人を見つけて母親である秀子に会わせたいものだと正は事務所に来た時の秀子を思い出していた。
息子を心配する母親、そこに最悪の事態でも起きたら秀子にとっては身を切られる程に辛すぎる事だろう。それはなんとしても避けなければならない、絶対に。
「とはいえ流石に暗くなってんなぁ、良い時間だし今日は身体を休めて明日にするか。探さなきゃならねぇとはいっても何処を当たるか分からない状態だ、一度じっくり落ち着ける場所で休みながら考える。そういう事が出来るのも一流の探偵ってもんじゃね?」
「…上手い事言ってるつもりでただ単にあんたが疲れたか腹減ったから休みたいと思っただけだろ」
「うっせ、そこはなるほどと納得しとけ」
下田の言う事にも一理あった。既に遅い時間でありこれ以上は手当たり次第に探すのは効率が悪い、一度帰宅して身体を休めながら次にどうするべきかを考える。悪くない考えだ。
正も一刻も速く明人を探さなければと焦っていた所があったかもしれない、下田がいなければこのまま自分一人で調査を続行して明人をあてもなく探していただろう。
一度落ち着く必要がある、正は下田の考えに賛成した。するとその後に下田は次の言葉を発する。
「じゃ、お前の家泊めてくんね?」
「……は?」
「俺には同棲してる彼女居るんだけど今ちょっと喧嘩しちまってさぁ、落ち着けねぇのよ家は。てな訳で行き先は」
「待て、勝手に決めるなよ。だったらホテルとか取って外泊すればいいだろ」
「つれない事言うなよー!此処まで一緒に調査した仲じゃんか?」
まさかこれが目当てで提案したのかと正はため息をつきたくなってくる、結局このまま下田が騒ぎ出し面倒事になるなら事務所に来てもらう方がまだマシという事で正は下田共々我が家でもある事務所へと戻る事になったのだった。
暗闇が空を支配し始め、夜が訪れようとしている。昼間に見かけた時と違って急ぎ足で仕事に向かう人々よりもこれから飲みに行く者や帰路につく人の方が目立ち始める。
神田から徒歩で正は事務所へと帰って来た、思わぬ土産が強引についてきたという形で。
「お帰りなさいー、あれ?お客さん?」
正が帰って来て出迎えてくれたのは涼。後ろに居る見覚えの無い下田の姿を見上げ、新しく来た依頼人辺りかと思っているようだ。
「やあ可愛いお嬢さん。俺は彼と同じ探偵であり友人の下田新平ってもんだ、よろしくな」
「何時俺とお前が友人になった…」
涼の前で爽やかに笑って挨拶してみせる下田。何時の間にか正は下田と友人関係という事にされて再びため息をつきたくなってくる。
「ふうん…お友達なんだね、不良っぽい人と仲良くなりやすいのかな?」
涼は見た感じ下田の事を探偵ではなく不良だと思っていたらしい、そういう風貌なのでそんなイメージを持つのは無理も無い。
正は不良グループの令和鬼神と交流があり、彼らも時々正の探偵事務所に訪れる時がある。そこで会話する正の姿を見てきたので彼は不良のような者と親しくなりやすい、別にそんな連中と仲良くなりやすいというつもりは正には無いが学生時代に自身も喧嘩に明け暮れ不良のような感じだったので通じるものはあるかもしれない。
「帰るなら連絡しろって言っただろ!」
「あ、悪い。忘れてた」
怒り気味で事務所の奥から出て来た明、事務所の主である正が料理をまともに作れないので料理担当はこの幼い彼に任せきりだ。
捜索してる明人を探す事や小間口の事件など色々考えていて気づけば明へ事前に帰るという連絡をし忘れていた。
「急遽4人分作らなきゃならない身にもなれよな」
「ほお。そこの坊ちゃんがこの事務所の料理担当かい?」
「悪いか。僕は水野明で坊ちゃんじゃない」
「水野涼です、お嬢さん言われるのは好きだけどね」
下田の事は先程の涼と下田の間で交わされた会話を聞いていて把握、双子はそれぞれ自己紹介。そしてなんだかんだで明は下田も含めての4人分の食事を作ってくれるようだ。
「明、て言ったか。急にこっちは世話になる身だ、飯なら俺に任せときな」
「作れるのか?」
「簡単な物だったらすぐさ、待ってろよー」
明に代わり台所に立つ下田、冷蔵庫の中は好きに使っていいと正、明から許可をとっており冷蔵庫を開けていくつか拝借。
テレビを付けてスマホを見る正の耳からフライパンで炒めるような音が聞こえてきた、食欲をそそるような音と匂い。少なくとも下田が料理を作れるという事は確かのようだ。
やがて下田は大皿に盛られた完成品の料理、その一品を持ってきた。
「ほら、これが俺の特製チャーハンだ!味は保証してやるよ」
テーブルの中央にドンと置かれたチャーハン。エビと豚肉を使っており良い出来栄えだ。3人はそれぞれ取り皿を持って自分の分をよそって食す。
「……美味い」
「!こんな美味い炒飯初めてだ」
「美味しいー♪」
正、明、涼の口に3人とも合ったようで自然と食は進む、何度か店でチャーハンを食べている正から見ても下田の作るチャーハンはそれに劣らない美味しさ。歩き回ったりしていて腹が減っていたという事を差し引いても美味い。
「だろぉ?良ければ後でレシピ教えてやるよ」
自分の料理を美味いといってもらい得意気に笑う下田。その後に自分でもチャーハンを食べ、こんなもんかと頷く。
かなり多めに作っていたようだが4人で食べればあっという間、その内二人は食べ盛りの子供。皿が綺麗さっぱり短時間で無くなるのは自然な事だった。
事務所の窓から見える夜景。まだいくつもの灯が灯されており、居酒屋など夜の店はこれからといった所だろう。明と涼は先に寝室へと行って眠り、テーブルに間を挟んだ形で正と下田は向かい合って座っている。下田の手には缶ビール。此処の事務所には酒の飲める者はいないのでビールなど置いてはいない、なので先程下田は少し外に出てコンビニでビールとつまみを買ってきていた。
飲めない正にはその代わりのつもりでコーラを買っており、正は奢ってもらったというのもあり下田の晩酌に付き合う事になった。
「良い個人事務所を持ってるもんだなぁ、部屋も片付いているし」
「少し前までは俺一人で散らかってはいた。二人が来てからそうなったな」
元々は正一人の事務所兼家だったが少し前のスリ事件、そこから切欠となって明と涼の双子の兄妹と知り合い、他に行くあてもなくボロボロの家に隠れ住んでいた彼らを正は面倒を見る事となってこの事務所に置いている。
明は料理を作れて涼は掃除をしてくれている。世話をするつもりが最近は世話してもらってるという感じになってきたのかもしれない。
「俺の事務所だとこうはいかねぇな、一応俺も個人事務所だけどよ。まあ散らかってるわ汚ぇわで此処とは正反対な場所だ」
「ああ…いかにも男の個人事務所って感じの」
「そんで家にもしてるしな。俺も彼女も片付け得意な方じゃねぇから何時まで経っても片付きゃしない。流石に客から見える範囲ぐらいのは片付けるようにしてるけどな。第一印象きったねぇ事務所ってなってそれで帰られて依頼逃すのも問題だしよ」
正と同じように下田も事務所を家にして住んでいるようで同棲してる彼女もそこに共に住んでいる、両方とも片付けが苦手のようでそこが正の方と違って差が出ていた。正も片付けは得意ではなく子供である涼にやってもらってるのであまり大きな事は言えないが。
「なあ、神王」
「ん?」
「俺が探偵になった理由、知ってるか?」
酒が進んできて酔いが回ってきたせいか下田は突然正へ探偵に何で自分がなったのかを問う。
「分かる訳無いだろ、今日会ったばかりで知り合ってまだ全然浅い。分かったら超能力者レベルだ」
正と下田は今日知り合ったばかり、そんな事分かるはずもない。若干呆れつつ正は下田が酒のつまみにと買って来たポテチをつまんで一口ほおばる。
「俺がお前くらいのガキの頃、実家の近くに探偵事務所があってな。そこに居た探偵の兄ちゃんがまあ優秀で格好良かった。色々物知りでその人から俺は色々教わったもんだ」
正くらいの頃となるとそんなたいした前ではなくなる下田と正の実年齢差だがおそらく外見の方で言っているのだろう。
下田が幼い頃に優秀な探偵の男が近所に住んでおり下田はその男の姿を見続けて来た、それが何時しか憧れへと変わり自身も探偵を目指す事を志すようになったのだと思われる。
「まあ、その兄ちゃんも…亡くなっちまったけどな。車の運転中に事故に巻き込まれて…突然それを聞かされて信じられなかった」
「………」
探偵を志す切欠となったその男は交通事故に巻き込まれてこの世を去っている。探偵を目指したい、そう思わせる程の男だ。どういう男なのか下田の憧れの探偵に正は一目会ってみたかったと男の姿をイメージしつつコーラを飲み進める。
「酔っ払ったせいかな、変なこと口走っちまった」
突然こういう事を語ったのは酒のせいにして下田はビール2本目を開けて飲み始めていた。
「神王、お前はどうなんだ?」
「どうなんだって?」
「探偵をどうして目指して今に至るのか、だよ」
今度は正に何で探偵となったのか、下田は正へと缶ビール片手に尋ねる。
「俺は……何でなんだろうな」
コーラを飲む手を止めてポテトチップスを口へと運び、正は自分が何故探偵となったのか。下田みたいに憧れの人がいたのか、テレビや小説の探偵が格好良いと思って真似して始めたのか、その道を行く切欠などは人それぞれで色々変わっていく。
学生時代喧嘩ばかりをしていて合気道の名門家を家出同然で飛び出した正、他に生きる術はいくらでもあったはずだ。それが何故自分は探偵という職業を選んだのか。
何かを見て影響を受けて格好良いと真似て始めたか、正は過去を振り返る。とはいえ出て来るのは主に喧嘩ばかりだ。
そんな考え事をしていると……。
「ぐぉぉぉぉ~~~」
酔いつぶれて下田はいびきをかいてテーブルに突っ伏して寝ていた。今日はもう彼はガス欠のようだ。
「…答え見つける前に潰れたのかよ、まあいいけどな」
正がその答えに辿り着く前にお開きとなった二人の飲みは静かに終わりを告げた。
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