第25話 File6 二人の探偵3

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
















早朝に依頼が舞い込んで来た、依頼主は専業主婦の柳本秀子。その依頼内容は失踪した秀子の息子、明人の捜索。今年22歳になる若い男だ。

正は少ない手がかりで捜索を開始、明人が住んでいるを当たってみるがそこは想定通りの空振りであり他へと向かおうとしたら見知らぬガラの悪い男が正を呼び止める。

男は下田新平という正と同じく探偵をやっており、彼もまた明人を探しているとの事だ。

正は下田と一時手を組み共に行動し明人の行方を追いかけファーストフード店へと情報収集と腹ごしらえを兼ねて訪れ、そこで明人が男と何やら揉め事になっていた事を聞き、次はその男について調べる方針で行こうとした時にニュースでその男が死んだ事が流れたのだった……。











「お前、警察関係者の知り合い居るんだな。それも警部と中々お偉いさんとは、漫画や映画の世界だけかと思ってたわそういうのは」

「たまたま恵まれただけだよ」

ファーストフード店でニュースを見てから正は下田と共に高田馬場から秋葉原へと戻ってきていた、男が死んだという事に関して詳しい情報が必要で頼るなら警察。秋葉原警察署の警部である白石大樹に聞けば何か分かるかもしれない。

明人の数少ない手がかりが得られるかもしれない、それが明人と揉めていたという男。彼は一体何者で何故明人と揉めていたのか。それが判明すれば明人に辿り着く事に繋がると思いたい所だ。

そんな期待も込めて正と下田は秋葉原警察署の前まで来て署内へと入っていった。



秋葉原警察署


白石と知り合ってから此処には数多く訪れている、そのおかげで白石以外の顔見知りの警察の人間も何人かいて挨拶を交わしたりもする。

署内は警察に頼って此処へ訪れた者達が何人か見えていた。とりあえず正は受付の順番を待つ、いくら警部である白石の知り合いといってもそんなすぐ会える訳ではない。ちゃんと受付に言って呼び出してもらわなければ忙しい身であろう彼から来る事は早々無いだろう。

順番を待っているとやがて正の出番が来て受付の女性警察官へと用を伝える。


「すみません、警部の白石に用があるのですが…神王が来たとお伝えしていただけると」

「神王さん…はい。少々お待ちください」

女性警察官がこれで白石を呼んでくれるはずなので後は待つのみだ、正が受付を離れるとすぐ後ろで並んでいた人へと順番が来て用件を言う。



「俺もそのうち警察の知り合いとか出来たりしないもんかねぇ?探偵と警察で協力して事件解決、憧れてない訳じゃねぇからさ」

「さあ……運が良ければそんな事もあるかもしれないけどな」

あまりそういう事に憧れてなさそうな下田だが意外とそんな憧れを持っていたようで正には意外に思えた。結構曲者な感じがする下田だが映画やドラマの世界のそういうのが現実で自分でやってみたいと思うタイプらしい。


「よう、神王君」

下田とそんな他愛ない話をしていると、体格の良い長身の男が姿を見せる。いまさら見間違う訳が無い、警部の白石大樹その人だ。

同じ警察官が何人か居ても目立つ彼の体格、それもスーツの上着を肩にかけていれば遠くからでも分かる。

「ん?見慣れない顔だが、知り合いか?」

「初めまして、彼と同じ探偵の下田新平です」

「おお、神王君と同じ探偵なのか。警部の白石だ、よろしく」

下田の態度は今までと全く違う、正やファーストフード店の店員の男相手では見なかった礼儀正しさ。正は小声で下田へと言う。

「あんた…ちゃんと挨拶出来たんだな」

「人を見て判断してんだよ…」

偉い警察の人間に対しては今までのような態度は取らず、礼儀正しく行くスタイルらしい。ため息をつきたくなるが正は下田との話はそれで早々と終わらせ白石との会話へと戻る。



「白石さん、此処に来たのは西荻窪で死んだ男について聞きたいんだ」

「ああ、あれか…君がわざわざそれで来たという事は今受けている依頼に関わっていると見て良さそうかな」

「察しがいいな、流石だよ」

正が西荻窪で男の死体が見つかった事について聞きたいという事はそういう事だろうと付き合いの長い白石にはお見通しだった。

そして更に話すには正の受けた依頼について白石に話す必要がある、本来は受けた依頼を人にあまり言うべきではないがこういう事件に彼が関わる可能性があるとしたらそうも言ってられない。これは話すべきだと正は判断して口を開く。

「俺の方で受けた依頼があってね、依頼人は柳本秀子。内容は息子である柳本明人を探してほしいという事だった。それで聞き込みをしてたらその死んだ男が明人と揉めていたらしくてさ、それで彼が何か知っているかと思って探そうとしたら…ニュースで見て死んでいたという報道を見て驚いた」

「ほう、依頼人の息子さんと揉めていた…か。それは無関係とは思えんな。こうして仏さんとなった今その明人君と言ったか、彼にも事情を聞かなければならない」

死んだ男が明人とどう関わっていたのか、それは逆も然り。警察としては当然明人から話を聞く必要が絶対にある。

場合によっては母の秀子にとっては信じたくないだろうが男の死に関わって殺人事件の容疑者にもなるかもしれない、無論現時点では揉めていたというだけで彼が西荻窪で殺人を起こしたというのは根拠として弱い。



「それで白石さん、その死んだ男っていうのは何者なんだ?見かけは半グレっぽい感じだったって話は聞いてる」

「身分証を所持していたので名前は分かった、男の名は小間口 六郎(こまぐち ろくろう)という。半グレ集団の一人かもしれないがまだ何処の一味かまでは警察の方でも突き止めていないんだ」

男は小間口六郎、とりあえず名前と顔だけは分かった。20代前半くらいで顔つきは一般から見れば不良で避けて通りたくなるような容姿だ。

警察の方でもまだ何処の者なのかはこれから調べる所のようで、情報は現時点では此処までだろう。


「確かニュースだと、小間口は自殺とか事故じゃなく殺人だと遺体の状況から判断したみたいだけど彼の死因は?」

「遺体の解剖記録では殴り殺されたという事らしい、それも一人相手ではなく複数…。遺体の状態を流石に直接見せる事は出来ないが一人ではあそこまで酷い状態にはならんだろう」

小間口は複数相手に殴られたりの暴行を受けた末に死んだ、という事は犯人は複数犯。これで後は小間口が何処の者なのか分かれば自ずと明らかになるかもしれない。複数犯による暴行、半グレ関係が関わって来るとなればその手の連中が関わってくる。

「小間口って奴、何か強い恨みでも買ったんですかね?街で因縁付けられてその末の暴行死…な可能性もありそうですが」

「もしそうなら世も末だな…初対面で集団からそんな殺され方をされては小間口もうかばれんだろうし」

下田の言うように最近は複数からの暴行を受けて死亡という例も残念ながらニュースで聞く時がある、その動機が因縁を付けられて腹が立ったからというのも聞く。本当なら白石の言うとおり世も末だ。

今回の事件も因縁を付けられての暴行から始まっての死亡、有り得るかもしれない。あくまで可能性の一つではあるが。

「(複数犯からの暴行、被害者が半グレかもしれない……か)」

正は思考を巡らせる、警察の方ではこれより先の情報はまだ手に入れていない。それなら次に行くべき所は決まった、裏の人間に関しては色々と詳しいであろうあの男の所に行けば何か分かるかもしれない。特に野間口六郎という男について。


「助かった白石さん、何か分かったら警察の方に連絡するよ」

「おお、頼んだぞ神王君。名探偵二人の手腕を期待しているぞ」

「はは、任せてくださいよ」

正はそんなハードル上げるなと言おうとしたがそれより先に下田の方が答えて張り切っていた。警部の前だからかそれとも元々そんな性格なのか、とにかく彼とはまだもう少し共に行動する事になりそうだ。



秋葉原警察署の署内から外へと出て来た二人は軽く一息つく。

「警部さんから名探偵として期待されてる、裏切る訳にゃいかねぇよなぁ」

名探偵と言われてまんざらでもない様子の下田、その気になって張り切っている様子だった。その言葉に対して正は特に返さず次の行き先を頭に思い浮かべていた。


表の情報はあんな感じだった、それならば裏の情報はどうなのかと。特に半グレ関わりであれば彼が頼りになるはずだ。



神田を根城としている不良グループの令和鬼神。

他の不良がその名を聞けば震え上がり避けて通る裏の住民のボス的存在、グループのボスである坂井竜介は正と学生時代からの友人であり今でも交流があって令和鬼神共々たまに頼っている。

今回もその彼に頼らなければ依頼の達成が難しそうだ。


次にとるべき行動は決まっていた。



「下田、神田行くぞ」

「はいよ」

何時の間にか共に行動するのは当たり前になってきつつあるのか正は下田へと一声かけた後に二人で神田へと向かって歩き出した。



個性的なオタクの集まる秋葉原からガラリと変わって東京有数のオフィス街の神田まで辿り着くのはそう時間のかかる事ではなかった、このようなビジネスマンの姿が目立つオフィス街に不良グループ、それも関東トップクラスのグループが根城にしているなどと誰も考えはしないだろう。

だから良い隠れ蓑になっているのかもしれない。


神田の駅前から外れ、人通りがほぼ皆無であろう路地裏を通って行く。下田や他の者にとってはあまり通る事の無い道。しかしそこの常連である正にとっては通い慣れた道に過ぎなかった。正を先頭にして下田はその後ろからついて来ている。


他の事務所とは空気が違う令和鬼神の事務所が目の前にそびえ立つように存在した。それは裏独特の空気と言ってもいいかもしれない、正は躊躇せずにその扉の横の備え付けのインターホンを押した。



「これは…神王さんじゃないですか、今開けます」

向こうのモニターでこちらの姿を確認したようで令和鬼神の者がインターホンに応え、扉を開けてくれるようなので正は後は待つのみとなった。



扉を開けると派手に髪を染めた若者が居る、いかにも不良といった風貌ではあるが。

「お待たせしました神王さん、どうぞ上がってください!」

「ん、ご苦労」

下田も令和鬼神の名は聞いている。最強の不良グループと名高いその不良が正へと頭を下げて事務所へと招き入れている姿が信じられない光景であり呆然としていた。

「来ないのか?」

「…あの令和鬼神にそんな平気で出入り出来るなんてお前何者だよ?」

「探偵だって言っただろ」

それだけ言うと正は事務所内へと下っ端の案内で通され、下田もそれに続く。



令和鬼神のリーダーである坂井は堂々とソファーに座っていた。


強さとカリスマ性を兼ね備え、頭も切れる。それが令和鬼神の頂点に君臨する坂井竜介という男だ。

「よく来たなぁ、正。っつってもお前の事だ、茶でも飲もうと思って遊びに来た訳じゃねぇんだろ?」

「察しがいいな竜介」

「これまで何度そういう事あったと思ってんだ、いい加減分かるに決まってる」

坂井と対等に話して互いに笑い合う、そういう事が出来るのは令和鬼神ではいない。他のメンバーは遠巻きにそのやり取りを見守っており、正をあまり知らない新人の者などは珍しそうに見ていた。

「で、そこの見覚え無ぇのは…お前ん所の新しい従業員か何かか?」

「そんな余裕は無い、今抱えてる依頼で知り合った同じ探偵だ」

「あ……下田新平です」

警部である白石とは全く逆の世界に居る坂井、しかし上に立つ者としてのオーラが伝わったせいか下田は頭を下げて挨拶。

「ほう、こいつと同じ探偵ねぇ。俺は坂井竜介ってもんだ」



「此処に来たのは、こいつについて何か知らないかと思ったんだ」

「うん?」

正はそう言うとスマホを取り出し坂井へと画像を見せた、写っているのは小間口六郎の顔写真。

「こいつは…小間口、確か西荻窪で亡くなったんだったな」

「ああ。それでこいつ、何処かの不良グループのように見えて…まあ見た目そう見えるだけでただの一般人かもしれないけど一応竜介に聞いておこうと来たんだよ」

見た目は半グレのような風貌である小間口、警察の方では何処かの半グレの一味なのかもしれないとそちらも調べてはいるようだが何処の者なのか、そこまでは未だ掴みきれていないらしい。

そういう事情に明るい坂井ならば分かるかもしれない。そんな期待を込めて正は画像を見ている坂井に注目した。

「小間口は西荻窪に拠点を置いているラッシュ&スターってグループの野郎だな」

「ラッシュ&スター…また聞いた事ないな」

正には聞き覚えのない不良グループの組織名だった。小間口が所属しているのはラッシュ&スター、あまり不良グループに似合わない名前ではあるがそれは別にどうでもいいのでそこは何も言わないでおく。


「ラッシュ&スターは最近どうもヤバい事に手を出してるという噂があるみたいでな、ひょっとしたら小間口はそれでぶち殺された可能性あるんじゃねぇかって思ってる」

「つまり…小間口の野郎をやったのは同じ組織の仲間達って事ですか?」

「俺はそう見てる、確固たる証拠は無いが奴らならおそらくやりかねない……」

下田の問いかけに静かに頷く坂井は今回の小間口を死に至らしめたのは同じ組織のラッシュ&スターの仕業ではないかと疑っているようだ。どうやら殺人を犯してもおかしくないような危険な組織らしく小間口はそれで何かトラブルになって今回の事件が起こった、つまり明人もその組織に関係してくる可能性があるのかもしれない。

情報では明人は小間口と揉めるようなトラブルが起きている、その内容が組織と関係しているものなのか。いずれにしてもこれはいち早く明人に会って事情をなんとしても聞かなければ。

ついでに正は坂井へと小間口の画像に続いて次の画像を表示させて見せる。そこに映し出されたのは今も捜索中の明人、その顔写真だ。

「小間口はこいつと事件前に揉めていたらしい、名前は柳本明人。…こいつの事は知らないか?まさか同じラッシュ&スターの一味って事は…」



「いや、こいつは…覚えは無いな。つい最近入った新人とかなら流石にそこまで把握はしきれねぇし、小間口は結構前からそこに居た幹部クラスの男だしな」

明人に関しては坂井もハッキリとは分からない、裏に詳しいと言ってもつい最近入った新人とかまでは彼も把握はしきれず限界がある。

しかし小間口はラッシュ&スターの幹部クラスという事らしい、つまりそれなりに地位を築き上げていた。そんな男が明人とどういう事が原因で揉め事に至ったというのか。


調べれば調べる程に謎は深まるばかりで正は明人に至るまでの道が思ったよりも険しく思えた…。

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