第24話 File6 二人の探偵2

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
















早朝に依頼が舞い込んで来た、依頼主は専業主婦の柳本秀子。その依頼内容は失踪した秀子の息子、明人の捜索。今年22歳になる若い男だ。

正は少ない手がかりで捜索を開始、明人が住んでいるを当たってみるがそこは想定通りの空振りであり他へと向かおうとしたら見知らぬガラの悪い男が正を呼び止める。

下田と名乗るその男も正と同じく柳本明人を探しているとの事だった……。











「あんたも柳本明人を探している?まさか……」

目の前に居る長身で金髪短髪の男、この人物は私用などで明人を探してはおらず誰かに頼まれて探している。つまりは依頼、となると導かれる答えはそうなってくる。



「フン、まさか…俺と同業者の探偵とはなぁ」

やはり考えていた通り下田という男は正と同じ探偵だ。正も見かけによらない方だがこの下田もそうだ、見た目は半グレと思われそうで中々探偵だとは言われそうにない。

「改めて、中野で探偵やってる下田新平(しもだ しんぺい)だ」

下田新平、それがこの男の正式な名前で中野の探偵。依頼をこなしていて他事務所の探偵と遭遇など早々無いレアケースだが今それが起こっていた。下田も明人捜索で動いている、秀子は正だけでなく他の探偵にも依頼をしたのだろうか、もっともそれを訪ねようとしても下田が言う事は無いだろう、探偵には依頼人への守秘義務というものがあるのだから。



「お前は一体誰の依頼で動いてる…なんて言う訳ねぇか」

「当たり前だろ」

正も当然それを言う訳が無い。互いに依頼人は異なっているのかそれとも共通しているのか、この時点では分からない。ただハッキリしているのはどちらも明人を探す、その一点は一致していた。



正は改めて下田を観察した、見た感じは半グレの連中と変わらないが場数を踏んでいるようで雰囲気は正からすればそれとは違って思える。

「ただ、正直言えばあまり手がかりは無い。元々此処が彼の住んでいた家みたいでひょっとしたら彼が帰ってきてるかもしれない、または…」

「そいつのお友達、または女関係に職場関係で何か繋がるかもしれないって訳だ」

「その前にあんたと遭遇して今こんな状態になってる」

正直言ってしまえば新作ゲームが楽しみだという秀子の聞いた明人の最後に聞いたそのメッセージ以外には何も無い。あまりに手がかりが少ない。せめてそのゲームが何なのか分かればいいのだがこの世にあるゲームは数え切れない程にあるだろうし、その中から彼の楽しみにしてるゲームを引き当てるにはかなりの時間を食う事になるだろう。


「まあ俺も手がかり無くて困ってはいたがな、とりあえず明人の事を知っている奴から当たってみるつもりだ」

「それはそうなるよな、友人とか親しい関係の人なら何かひょっとしたら聞いているのかもしれない」

「なんだ、お前もそのつもりだったか?」

「セオリー通りに行けばそうだろ」

正も下田も明人を知る友人辺りから何か話を聞いてくるつもりでいて此処でも目的地は被っていた。友人辺りがもしかしたら明人から何かを聞いているのかもしれない、親よりも友人に対しての方が話しやすく色々な事を喋っている可能性はある。


此処で下田は予想外の言葉を口にする。



「だったら、神王って言ったか。聞き込みは俺ら共に行かねぇか?」

「何?」

同じ探偵であり依頼も共通しているが同じ事務所ではない、言うならライバル関係。そのはずが下田は正と共に聞き込みに行く事を提案してきたのだ。

「俺が聞き込みに言ったらさっきの奴にもう話したとか言って同じ事もう話してもらえなくて心証悪くするかもしれないだろ、そうなったらマジで困るからな」

聞き込みに行く目的は同じ、そうなったら聞く相手が被る可能性あってその相手に二度目を聞く手間が出てそれで話してもらえなくなるかもしれない。そうなっては致命的であり非常に困る事態に陥る可能性がある。だったら此処は共に行って二人で情報を聞いた方が情報提供者の負担も軽い。


それは正の方も同じだ、自分が訪ねたら既に下田に話をした後で同じ話を繰り返させるのはその相手に悪い。とりあえず手を組むという訳ではないが此処は秀子の依頼通り明人を探すというのを優先的に考えるのであれば手がかりが無いに等しい今、闇雲に動くのは効率が悪い。この下田新平という探偵と共に行くのが正解なのかもしれないと判断すると…。



「俺もそれは困る事だから、分かった。あんたがそれで良いんだったらそうしよう」

「決まりだな、それじゃあまずは奴の友人に当たるとするか」

「心当たりあるのか?」

「なんだ、そこまで調べてなかったのかよ。探偵としてまだまだだな小僧」

「フン…悪かったな」

正と下田は共に行動する事になり、下田の方は明人の友人に心当たりがあるようでそっちから調べる事になった。



見た目はガラの悪い半グレな男と小柄な少年。その二人が揃って歩く姿がそこから同じ探偵であるという事には何も知らない者で辿り着くのは皆無に等しいと言ってもいいかもしれない。

そんな目立つ組み合わせであろう二人も人通りの多い繁華街まで来ればその中に溶け込み注目を浴びる事は無い。

デート中の若い男女二人が仲良く歩いていたり急ぎ足で歩くスーツ姿の中年男性に建物の前でスマホを見てる女性。様々な目的を持っている者が数多く居る中でも探偵として調査に来ているというのは正や下田以外にはそうはいないだろう。

下田は店の前まで来て、その店へと入って正もそれに続く。入る前に店は確認しており、そこは大手ファーストフードチェーン店だ。此処にその明人の知り合いが居るのか、それともただの腹ごしらえか。



安い値段で満足出来る量が食べられて一休みにも丁度良い、主に若者で席はほとんど埋まっており流石は人気のチェーン店。

下田は一人の店員に話しかけ、おそらく一言二言と短いやり取りを行った後に正の元へと戻って来る。

「少し待つ必要があるから此処で飯でも食って待とうぜ、奢ってやるからよ」

「…じゃあ、遠慮なくご馳走になろうか」

丁度腹が減っていてタダ飯が食えるのであれば断る理由は特に無い、人の好意は素直に受け取って正はご馳走になる。



二人ともガッツリとしたセットメニューを注文し、席へと移動。

大きなハンバーガーにかぶりつき、ポテトやナゲットをつまみつつコーラを飲む二人の姿は周りの若者と変わらない。誰も探偵二人とは思わないだろう。

空腹の時に食べるファーストフードはやはり美味しい、皆が夢中になるのが食べて分かる。正も探偵事務所で仕事が無い頃等はこういう値段の良心的な美味い店のお世話になっていたものだ。



「下田、バイト終わるまで待てなかったのかよ」

そこに店員の男が一人やってきた、さっき下田と話していた店員だ。彼を知っているという事は下田と知り合いか。

「客としてこうして売上に貢献してんだからいいだろ?」

先に早々にボリュームあるバーガーセットをぺろりと完食していた下田。ストローでコーラを飲みつつ得意気な顔だ。

「はあ……そんで、こっちの子供はなんだ?」

「俺の助手だ」

正の存在に気付き店員の男と目があった、自分の事を言おうとしたら下田は自分の助手だと正に相談無しで勝手に助手にされた。

いちいち説明してそうじゃないというのも手間であり此処は彼の助手で行く事にする。

「……助手です」

「こいつの助手とはねぇ、色々大変そうだなぁ」

どうやら信じたようで疑っている様子は無かった。とりあえず軽く挨拶を交わしてから正は再びハンバーガーを食べながら話を聞く。



「そんで、話はさっき伝えた通り柳本明人の事だ。此処で働いてたんだろ?」

「働いてたっていうかまあ、今も一応在籍だけはしてるけどな」

此処ファーストフード店で明人は働いていた、つまり店員の彼はバイト仲間という事になる。明人と何か話していたかもしれない、その可能性はある。

何か話を聞けるかと正は耳を傾けつつまだまだ残ってるポテトやナゲットをつまむ。


「ただ、此処最近は無断欠勤だ。おそらくクビは……免れない」

明人がいなくなり此処に戻ってきているような事は無いようで、普段ならバイトに来ているであろう時間でも彼は来なくなった。それがただの無断欠勤かそれとも出たくても出られなくなってしまったような事態になったのか、そうなると色々なケースが考えられて場合によっては最悪な方も有り得てしまう。

だが現時点ではまだ明人が此処に来なくなったというのだけだ、そういう考えはまだまだ早すぎる。何よりそうなったら母親である秀子のショックが計り知れないのでそれは絶対に起こってもらいたくはない、出来る事なら無事に親子で対面させて依頼を終わらせたいものだ。



「お前、明人とは親しかったのか?」

「全く会話しなかったって訳じゃないけど特別仲いい訳じゃない、まあ普通だな」

仲がいい訳でも悪い訳でもない、ただ一緒にバイトをしているだけの関係。特別何かを知っているという可能性はこれで残念ながら低くなってしまった。


「彼の勤務態度とかはどうだったんですか?」

バーガーを平らげた後に正も質問をした、明人という男がどういう性格なのかを知る為バイトでの彼の態度について。

「真面目にやってたと思うよ、特に目立つような事は何もしてなかったし。まあサボりでもしたら貰えるバイト代に響くからさぁ」

彼の見た限りでは明人は真面目にバイトをしていたようだ。新作ゲームが楽しみだという言葉を考えるとそれを買うための資金集めでバイトを頑張っていた感じに思える。


「じゃあそいつと親しい奴とかはいないか?女関係とかそういうのも無しか?」

「つってもなぁ…………ん……?」

下田に女関係とかないかと言われると店員の男は考えこんだ。

「お、その感じは女がいそうって奴かな?」

「いやー……女っつーか、男だな」

女関係で何か知ってるかと思ったら出て来たのは男の事だった。

「男?おいおいおい、明人って奴はそっち系だったのかよ?」

「知るか、つかそんな良い感じの関係にも見えなかったしよ。この前バイト終わって家帰る途中に何か男と揉めてるのが見えちまったんだよ」

「そんでどうした?」

「そりゃ逃げたよ、関わって面倒事になるのは嫌だしよ」

彼は明人が男と居る所を目撃していた、それも何やら穏やかではなさそうな雰囲気のようで逃げるようにその場を立ち去ったという。

明人は男と揉めていた、これは貴重な情報になるだろう。もしかしたらその男が何か知っているかもしれない、あるいは明人の行方不明に関与している可能性がある。



正の頭の中で様々な思考が浮かび、交差していく。まだ明人という男が形として完全には出来上がっていない現状。

此処は明人よりも明人と揉めていたという男の方について追って調べた方が良いのかもしれない。


深い思考から現実へと戻った時には正はポテトとナゲットを食べ終えていた。



「その男、名前はまあ…知らないだろうから。どんな格好してました?若いのかある程度年配の人だったのかとか」

正は店員の男に揉めていた男について分かりそうな範囲内で質問してみる。流石に名前までは揉めていた明人辺りがその名前を叫んでなければ分かりようがない、容姿は目立つ格好でもしていれば遠くからでも分かり強く印象に残りやすい。その人物が目立つ格好してくれていればの話だが。



「年は20代ぐらいじゃねぇのかな?そんで格好……まあ、半グレにいそうな感じだったかな。ヤンキーってやつ?悪そうな人相だったよ」

揉めていたのは不良のような男のようで、そういう輩となるとその男から明人へと絡みに行った可能性が高そうな印象がある。わざわざ自分からガラの悪い男へと行くなど余程の理由でもない限り無いだろう。

「はあー、そんな奴に因縁はつけられたかねぇなぁ。この上なく面倒くせぇし」

半グレのような容姿について人の事など言える立場ではない下田は絡んで来た場の事を思い浮かべていたら面倒そうな表情になった。

とにかく正は可能な限りその男について特徴を思い出してもらって話を聞く。



纏めれば髪は茶髪っぽく、服は黒いパーカーで背中にドクロマークが付いている。身長は明人と同じぐらいで彼は175cm程といった所だという。店員の男もそれぐらいで並んで話した時目線が同じだったという事らしく大体それぐらいだと思われる。



「とりあえずこれで地道に聞き込みしていくしかねぇか…何日かかる事やら、下手すりゃ何週間か」

「手がかりがこれくらいだからそこに行くしかないだろ。まずは……」

下田と正はこれからの行動について話そうとしていた、男の特徴を元に聞き込みを重ねて彼になんとか辿り着くぐらいしか今は方法が無い。


そう思っていた時だった。店に設置されているテレビからニュースが流れる。




「今朝早く若い男の遺体が西荻窪駅近くの路地裏で発見された事件について…」

このニュースは確か正は聞き覚えがあった。朝に事務所のテレビで流れていたもので気分の良いものではない朝のココアを迎えていたのを覚えている。

「あれ?」

その時店員の男が反応した、それは被害者の若い男の顔写真が出た時だった。


「こいつ……そうだよ、こいつ揉めてた男だよ!」

「!?」



思わぬ形で目的の明人と揉めていた男を発見した、だが発見したのは良いが詳しい事情を聞く事は不可能となってしまった。


その男はもう既にこの世に存在していないのだから……。

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