第23話 File6 二人の探偵
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
冬の厳しさを越えて迎える春、暖かな気候が心地良い。
大通りを歩く人々は厚手のコートを着なくなって間も無い、人によっては半袖の格好の者も歩いている姿が見える。
事務所の窓から見える何時も通りの光景。
神王探偵事務所の主である神王正は起床し何時もの朝を迎えていた。
同居人の双子、水野明と涼の兄妹はまだ眠っているようで今日は珍しく正が一番に起きたらしい。何時もだったら大抵双子の方が先に起きている。
たまにはそんな朝もあるか。
正はまだ覚醒を迎えきってない頭のまま朝のココアを飲もうと用意する、これを朝に飲まないと調子が出ない。朝の1杯のココアが正の一日の始まりとなるのだ。
良い香り漂うココアを友に正はテレビを付ける、丁度朝のニュースが始まる所だ。
「今朝早く若い男性の遺体が西荻窪駅近くの路地裏で発見されました、遺体の状況から警察は殺人事件と見て…」
朝から殺人事件のニュースを聞くのは決して気分の良いものではない、殺人事件は秋葉原の方でも以前に正が関わった依頼でも起こっており事件は何時何処で起こるか分からない。
出来る事なら起こらないでもらいたいものだ。
1杯のココアを飲み終え、スマホを見ようと手に取るとそこに事務所の電話が鳴り始める。あまり長く鳴らしては今夢の世界にいるであろう明と涼を起こすかもしれない、正は早々に電話を取る。
「はい、神王探偵事務所…」
「朝早くすみません、依頼をしたいのですが大丈夫ですか…?」
受話器越しから聞こえる不安そうな声、それは女性であり年は4、50代くらいといったところか。不安なのはこういう探偵事務所に依頼する事からの物か、それとも別の何かか。
「ええ、大丈夫です。どんな依頼内容でしょうか?」
「人を探してほしいんですけど…すみません、詳しい事は事務所に伺ってからでよろしいでしょうか?朝の10時にはそちらに着くと思います」
「分かりました、朝の10時お待ちしていますね」
女性と事務所で10時に会う約束をし、このまま行くと今回の依頼は人探しということになりそうだ。
とりあえず女性に詳しい事を聞かなければ何も始まりはしない、正は女性が来るのを待つ。
「神王さん、早起きした方が依頼舞い込んで来そうだね?」
朝の8時に明と涼が起床、二人もココアを飲んでトーストで朝食をとる。二人にこれから依頼人が来る事を伝えると涼は冗談半分で早起きの方が依頼が来ると言ってからトーストを口にした。
「…依頼来なくて困ったらいくらでも早起きするよ」
「その感じだとあまり早起きしたくなさそうだぞ」
正の乗り気じゃなさそうな態度、明は正の早起きはこの先滅多に無さそうだと思い二枚目のトーストにハムとチーズを乗せて食べる。
早起きは得意だろうが不得意だろうがとにかくこれから来るであろう女性の人探しの依頼に関しては手抜き無しできっちりと仕事をする。
気を引き締めようと正は二杯目のココアをカップへと注いで飲む。
そして時間は朝の10時、女性が来る約束の時間を迎える。
正は椅子に座り来るのを待っている、そこに階段を上がってくる音が聞こえてきた。その足音は近づき、やがてその音が止まると…。
ピンポーン
事務所のチャイムが鳴った、どうやら待ち人が来たらしい。
「開いてますよ、どうぞ」
正はドア越しに居るであろう相手へと向かって声をかけた。それに反応するかのようにドアは開く。
開いたドアから現れたのは長い黒髪の女性、年は電話の時に予想した通り4、50ぐらいの中年女性。何処か疲れてるような印象はあるがそれは此処最近ではなく長年の疲れのように思える。
「今朝電話をした者ですが、貴方が探偵の方でしょうか…?」
日常を生きていてこういった探偵事務所に来るような事はまず無いだろう。女性は若干緊張していて正へと訪ねた。
「はい、僕がこの事務所の所長をしています神王です」
正は自己紹介しつつ女性へと名刺を手渡した、緊張している人に対してはなるべく柔らかな態度で話してリラックスさせたい。そうしないと依頼に来た客が依頼せずに帰るかもしれない、そんな可能性がある。
「ではまず、貴女のお名前とご職業を」
正は女性に椅子に座るように勧め、女性が来客用の椅子に腰掛けると正も向かいの椅子へと座り女性へと訪ね始める。
「柳本 秀子(やなぎもと ひでこ)、職業は専業主婦です」
今回の依頼人は主婦である秀子、主婦からの依頼を受ける事はこれが初めてではない。度々ペット探しで正に依頼をするのは主婦が多かったりする。
この主婦からは一体どんな依頼が待っているのか、正は依頼内容について聞く。
「当事務所への依頼内容は?」
「息子を……探してください」
「息子さん…ですか?」
「ええ、北海道の実家を離れて東京で暮らしていたんですけど連絡が取れなくなって……警察に届けは出しましたがそれでも不安で…夫には言わず私の独断で探偵への依頼をしようと思い立ったのです」
秀子から重々しく告げられた依頼内容、それは秀子の息子を探してほしいとの事だった。そう言いながら秀子は正へと深々と頭を下げている、その様子から真剣であるのが伝わって来ていた。
警察だけでは秀子の不安は拭いきれず探偵に頼る、それだけ息子が心配で大事なのかもしれない。
「…息子さんの名前は?」
「明人…柳本 明人(やなぎもと あきと)です。年は今年22歳になります」
22歳の男、正とほぼ変わらぬ同年代の男性。彼を探し出す事が今回の正の依頼内容となる。秀子は写真を持っており1枚の写真を正へと手渡した。
写真を見るとそこに映っているのは短髪の黒髪の若い男。これが失踪前の明人、今はどう変わっているのか分からないがこの写真を頼りに探す。しかしこれだけではまだ足りない。この写真だけで手当たり次第の聞き込みは効率悪い事この上ないだろう。
「明人さんが行方不明になる前、何処かに行くとかそういった事は聞いてませんか?」
「この前の連絡で新作ゲームが楽しみだとかいうのを話しはしてましたが……」
新作ゲームが楽しみ、つまり明人という男はゲーム好き。ゲーム関係なら秋葉原、他には中野。いくつかの候補は思い当たる、それが言葉通りならの話だが。
明人は実家の北海道を離れ、この東京で一人暮らしをしている。ならば彼の今暮らしている家が何処なのか分かればまた候補が絞り込めるかもしれない。
「秀子さん、明人さんが東京で暮らしている家には?」
「そこには行きましたが息子はいませんでした…」
「念のため場所を教えてもらってもいいですか?そこからその近辺に居る可能性があるかもしれないので」
正は秀子から明人の現在一人暮らししている家の住所を教えてもらってメモする。まずは此処から行ってみるべき場所だ。
大体の事を秀子から聞き、秀子は改めて正へと頭を下げて息子を探して欲しいとお願いすると事務所を後にした。
正は椅子に座ったまま依頼内容を振り返る、北海道の実家を飛び出して東京で一人暮らししている22歳の男である明人。そんな彼の行方が突然分からなくなった。
何かトラブルにでも巻き込まれたか、それともただ秀子へと連絡し忘れているだけなのか。後者だったら無事という事でそれが一番秀子にとって安心だが。
正の中でまだ明人という男の人物像が分からないのでいくら予測しようがキリがない、まずは彼の住んでいるという住所へと向かうべきだろう。
「行くのか?」
そこに奥の部屋に居た明、涼の二人が正の前に出て来た。どうやら依頼を受けて今から仕事を開始し動き出すという事を察している様子だった。
「ああ、またちょっと留守にする」
「じゃあ晩御飯に正さんも食べたい時は連絡してねー、じゃないと正さんが食べる分無いから」
「…わかってるって」
明るく笑う涼の顔、それに釣られて正も微かに笑った。この依頼が何時終わるのかは知らないが案外早く終われば連絡する必要がある、でなければ正の分の御飯を作ってもらえないだろうから。
長引けば何処かで外食かコンビニで済ます事になる、どっちに転ぶのか分からないがとにかく正は留守を二人の兄妹へと任せて身支度を済ませ、外へと出る。依頼開始だ。
外へと出て来た正を春の日差しが出迎える。
寒くもなく暑くもない、心地良い暖かさ。何かと足を使って調べ、時に張り込みもする探偵という職業にとってありがたい季節。
正は春の暖かさを感じつつ秀子から教えてもらった息子である明人の一人暮らしの家、その住所へと向かって歩き始める。
混み合う電車へと乗り込み、目的地まで先程までの外の春の日差しの中で歩く時とは違う心地良いとは決して言えない満員電車に揺られ少しの間の我慢の時間帯。その時間を乗り越え、電車は正の降りる駅に到着。
降りた場所は高田馬場。教えられた住所によればこの高田馬場で間違いは無い、正は駅を出て明人の家がある住所を目指して真っ直ぐ進む。
駅からは段々遠くなり、歩いて大体20分くらいが経過。正の前にあったのは小さいアパート、どうやら此処が明人が住む家らしい。
103、表札を見れば柳本明人の名があり間違いなく此処で合っている事がこれで証明された。
正は一応念のためインターフォンを押した。明人がいないのであれば出るはずはないが、秀子の知らない間に戻って来たかもしれない。その可能性は捨てきれない、これで本人が居て秀子と会う事が出来ればすんなり依頼は完了する訳だが。
しかしいくら待っても誰も出る気配は無い、やはり不在は間違い無いようでその行方は今分からない。とりあえず家に居て都合良く再会という希望はあっさりと潰えたので正は次の行動を考える。
秀子との会話で出て来た明人の「新作ゲームが楽しみだ」という言葉、行方不明で今現在もそこに居るのかはかなり怪しいが何らかの手がかりはあるかもしれない。
ゲームで言えば秋葉原がやはり豊富にあるが何もゲームが置いてある場所はそこだけではない、都内だけでもそういった場所は相当にある。この言葉だけで探すのは困難過ぎだ。
正は秀子から預かった明人の写真が写っているスマホを見る、息子の写真を直接借りることはせず写真をスマホに収めてその顔写真を確認。こういう事は一昔前の探偵には出来なかっただろう、技術が進んだ今の現代ならではの手段だ。
「おい」
正がスマホを仕舞って移動しようとしていた時、何者かが正を呼び止める。声からして男なのは分かる、誰なのか正は声のした方へと振り返った。
そこに居たのは派手に短い髪を金髪に染めた黒いパーカーの男、見るからにガラは悪そうで半グレの可能性がありそうだ。
とはいえ正はたいして驚いた様子は無い、そういった連中との付き合いもあるのでこういう男一人が来た所で何も恐れはしない。こっちに喧嘩を売るつもりなら即刻返り討ちにするまでだ。
「お前、今明人…そいつの家の前に居たな。何者だよ?セールスとかの類にゃ見えねぇぞ」
「そういうそっちは何なんだよ、人に尋ねる前にまず自分から名乗ったらどうなんだ?」
こっちを見下ろして来る男。その身長はおそらく180cm程、しかし正は怯まず見上げて睨んで来る男の目を真っ直ぐと見る。
「けっ、生意気なガキだな。だがまあ良い度胸で少しは骨のありそうな感じはした、その度胸に免じて教えといてやる。俺は下田(しもだ)ってもんだ」
男は下田と名乗る、このガラの悪い男は一体何なのか。明人の名前を言ったという事は彼と関係がありそうだが。
「…明人って人の知り合いか?」
「おい、こっちは名乗ったんだ。お前も名乗るのが筋ってもんだろ」
「……そいつは悪いね。俺は神王正、此処には仕事で来たんだ」
「…仕事だ?」
「柳本明人の行方が分からなくなったから探してほしいと頼まれて探してる、それで此処に来てそこにあんたが俺に声をかけてきたんだよ」
下田が名乗ったように正も下田へと名乗る、此処で探偵だとは言わずにただ明人を探している事だけを下田へと告げた。
「なんだ、あいつのダチとかそういうのじゃないんだな。ただ誰かに頼まれたってだけか」
「ああ、そういうあんたはその明人って奴のダチか?」
正は下田へと尋ねる、明人と友人関係なのかどうか。見た目は健全な友達付き合いしている感じには見えないが。
「いいや、俺も頼まれた。柳本明人を探してほしいってな」
「…なに?」
友人かと思えば下田、彼もまた正と同じく誰かから明人を探してほしいと頼まれている身らしい。そのような頼まれごとをされるという事は…?
依頼人の家で待っていたのは思わぬ出会い、正とこの下田という男の出会いがこの先一体何をもたらすのか
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