第22話 File5 仮面の戦士4

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。









超東京プロレス所属で現ヘビー級チャンピオンの仮面レスラー、マスク・ザ・スネーク。


またの名を森野正和、彼には娘の麻帆が居る。その麻帆に関係する依頼が舞い込んで来た。


「マスク・ザ・スネークに告ぐ、今度のメインイベント戦で負けろ。でなければお前の娘の命は保証しない、警察に知らせたらその瞬間娘をこの世から消す、貴様の時代は終わりだ」


このような脅迫状が届き、正は森野から麻帆を護衛するように依頼されて引き受けて麻帆の元へと向かう。


その麻帆は狙われてる身とは思えない程に活発で正は彼女と共に外へと出る流れとなってしまい、傍で八枝を守りながら正は犯人へとなんとしても迫ろうとしていた…。





朝のホテルのビュッフェには宿泊している客がそれぞれ朝食を楽しむ光景が見える。

正と麻帆も朝起きて朝食を取ろうとこのビュッフェにやって来ていた。流石良いホテルだけあって様々なメニューが並んでいる、特にローストビーフは美味しそうだ。

徹夜で麻帆を守ろうとしていた正だったが眠気には勝てず、それどころか麻帆と一緒のベッドで爆睡してしまったと人にあまり話せないような事態を招いてしまった。

おかげで充分休めはしたが、探偵としては大変よろしくはない。今回は運良く何も無かったが次もそうなるとは限らないだろう。そんな事を考えながら正はトーストとココア、更にプリンを自分のトレイに乗せて運び席に着く。

麻帆のトレイにはパスタにオレンジジュースにサラダにローストビーフと中々朝から量の多い朝食が乗られており麻帆はサラダを食している。

「探偵君って甘党なんだね」

正の少なめのトレイを見て全体的に甘めであろう朝食を見て麻帆は正の事を甘いものを好む探偵という印象が強くなっていた。

「ああ、まあ…俺は甘いものを口にした方が頭の冴えが良いらしいんでね」

世の中全員が甘いものを食すればそうなるという事は無いだろうが正の場合は糖分を口にした方が調子が良い、少なくとも正自身はそう感じていた。



「いよいよ今日、か…」

オレンジジュースを飲み終えて麻帆はつぶやく。それは正にも聞こえ、今日がどんな日か分かっていた。


父親である森野正和、マスク・ザ・スネークの試合。送りつけられた脅迫状には今日の試合で負けなければ麻帆に身の危険が及ぶという事らしい。

無論麻帆をそんな目に遭わせるつもりは無い、正は常に麻帆の傍に居て今日まで守り続けてきた。


今日の試合が無事に終わってほしい、父の試合で望む麻帆。その望みがグラスを持つ右手にも移ったのか力が入って来る。

「大丈夫、あの人は戦い抜く。…邪魔はさせない」

森野が安心して試合出来るようにするのも正の仕事。麻帆を守り森野が安心して試合に臨める、この親子の邪魔は正が許しはしない。

「…ありがとう、正君」

此処に来て麻帆は微笑んで正の事を初めて名前で呼んだ。


この笑顔を裏切らないように全力を尽くさなければならない、そんな思いが正の中で強くなった。


「じゃあそんな探偵君に一つお願い」

「え?」


「試合を間近で見たいから会場まで護衛して」

麻帆から新たなる依頼、これを正は断るようなことはなく引き受ける。父親の活躍する姿を間近で見たいという娘の願いを断ることなど有り得ない。






試合会場のある水道橋までは電車に乗って行く事になり、正は此処でも辺りを警戒するのを怠らない。見る限り怪しい人物は見当たらず、電車の中で二人は揺られながら目的地へと向かった。


結局麻帆に近づくような人物は現れず何事もなく水道橋に到着する事が出来た、犯人は正が警護してると知って諦めたのかそれとも見えない死角から監視しているのか、いずれにしてもまだ気は抜けない。

麻帆にとっては通い慣れた場所のようで麻帆は正と共に会場へと迷いのない足取りで歩いて行く、その隣の正は周囲を警戒している。


メインイベント開始までまだ数時間はある、その前に正と麻帆は超東京プロレス会場へとたどり着き麻帆は真っ直ぐ控え室へと向かい、正もそれに続く。




控え室をノックし、ドアを開けると数人のレスラーと独特の仮面を被ったレスラーが居た。その独特な蛇の仮面、言わずと知れたマスク・ザ・スネーク。まだリングコスチュームに袖は通しておらずレスラーに支給されているシャツとズボンという格好であり、それは他のレスラー達も同じだ。

「麻帆、それに神王君も」

此処に正と麻帆が来た事に気付いたマスク・ザ・スネーク、森野が歩み寄る。


「父さん、試合見に来たよ」

「うむ。お前が見てくれるなら素晴らしい力が発揮され良き試合となる。有難い」

「娘さんには特に危険はありません、怪しい人物も見当たりません」

「そうか……だが油断大敵だ、キミには引き続き麻帆の傍に居て守ってほしい」

試合を見に来た娘に森野はマスクで表情は隠れているが声の明るい感じからすれば喜んでいる事は間違い無い。愛する娘が試合を見てくれるなら父として嬉しく、みっともない試合は見せられないと気が引き締まる。

正は森野へとこれまでの事を報告、特に怪しい人物は見当たらず何事も起こっていないというのを改めて伝えた。


「うん、やっぱり今日もそのマスク似合ってる♪」

「うむ……そうか」

プロレスラーとしての父親の姿を見上げる麻帆、独特の蛇のマスクを似合うと言われると森野も悪い気はせず照れが入っていた。素顔は一体どういう感じなのかと正は気になったがそれはマスクレスラーのタブーに触れる事になるので己の好奇心については黙っておく事にする。


麻帆の身はこうして無事だ、森野もこれで試合に臨めるだろう。まだ犯人は突き止めておらず捕まえていない、だが正が常に傍に居て麻帆を守り続ければ向こうとて簡単に手出しは出来ないはず、ましてや多くの観客が入っており人の目のあるプロレス会場だ。

犯人側からすればそんな場所で犯行を行うにはリスクが大きすぎる。



「じゃ、私達は客席から応援してるねー」

試合の時間が近づいて来ており森野の集中の妨げになる事を嫌ってか森野とは此処で別れ、麻帆は正を連れて控え室を後にし会場の観客席へと向かって行った。


会場には満員の客が入っており、超東京プロレスの人気の高さを、これから戦うマスク・ザ・スネークの人気を表しているかのようだ。

普段テレビでプロレスを見ていて分からなかったが正に伝わって来る、その会場の雰囲気が、熱気が。

そんな中、席に座る正に聞き覚えのある男の声が聞こえた。

「お、神王さんも今回の試合見に来たんですか!」

この観客の中でも厳ついスキンヘッドで目立つであろう男、令和鬼神の中川が正の隣の席に座っていたのだ。

「まあ…彼の戦う姿を直に見ようと思ってな」

麻帆に頼まれたという事もあるが正自身、森野の、プロレスラーとしてのマスク・ザ・スネークを直接見てみたくなっていた。

「あれ?その男の人と知り合いなの探偵君?」

中川の事は勿論知らない麻帆、このような厳つい男が小柄な探偵と知り合いというのは意外に見えるかもしれない。

「彼は中川と言ってマスク・ザ・スネークのファン歴が長いベテランだ」

「どうも、中川です!」

中川が自己紹介すると小声で正へ耳打ちしてきた。


「神王さんも隅に置けないっスね、あんな美人さんとプロレスデートなんて自分のしたかった理想を…羨ましい!」

「…盛大な勘違いするな、仕事だ」

プロレスデート以上の刺激的なハプニングはあったがそれは伏せておき、正は仕事だと短く言葉を返す。

「……今回の仕事っスか、メッセージにあったマスク・ザ・スネークに対する脅迫…今居るあの子が娘さんって訳ですね」

「ああ」

やはり令和鬼神の幹部として頭が冴えるのは流石と言うべきか、正は今回の事を中川へと伝えていた。正自身は警護で満足に動く事が出来ない。そこで今回の件で協力してくれそうな人物でマスク・ザ・スネークの大ファンである中川を頼ったのだ。その本人のサインをあげるという褒美付きで話すとすぐ協力OKの返事が返って来た。



「…実は今回のこの試合、裏でかなりの金が動いてるみたいなんですよ」

中川は声を更に潜めて正へと話す、彼に頼まれて結構な情報を掴んだようで正も集中して中川の話を聞く。

「裏でかなりの…この前の悪魔神みたいにまた何か組織が関わってるのか」

「ええ、ナックルビーストって組織でね。あいつらが今回プロレスの賭博を仕切っていて、今日のマスク・ザ・スネークに賭けてるのが大半なんですよね」

「まさか…連中が脅迫してマスク・ザ・スネークを負けさせて利益を自分達の物にするって狙いか?」

どうやらかなり調べてくれたらしく、聞き込みでは浮上しなかったであろう裏の組織の名前が此処で中川の口から出て来た、ナックルビーストというのは正は初めて聞く組織だ。

おそらくはそういう賭博で組織の資金としているのだろう。そして今回は大半がマスク・ザ・スネークに賭けていてもう一方には全然賭けられていない。それでもしマスク・ザ・スネークが負ける事があれば当然大番狂わせで大穴だ、賭けた方が居たら大儲けだろう。

正はナックルビーストがやりそうな事を推理した、大半がマスク・ザ・スネークに賭けているならそれが負ければ自分達に利益が転がり込む。しかし現ヘビー級王者がそんな簡単に不覚を取る事は無い、ならばより確実に勝てるようにすれば良い。

脅迫してわざと負けるように仕向ける等、今回森野がまさにされた方法のように。

「神王さんの推理通り連中がやったかどうかは分かんないっスけど…やりかねない奴らではありますね」

まだ連中が脅迫者なのかは不明ではある、しかし中川曰く脅迫という犯罪を利益を得るなら行うような者達のようだ。

「一応何人かは助っ人連れて来てますんで、脅迫に従わず連中がキレて行動起こした時返り討ちにする用意は出来てるっス」

中川は此処に自分の手下を何人か連れて来ていた、今此処にいないのは一緒に居たら目立って注目を浴びてしまうからだろう。ただでさえ中川一人で厳ついので他の令和鬼神が集まったら間違いなく目立ちナックルビーストも警戒するはずだ。


「その時は頼りにしてる、そろそろ試合か…」

スマホの時計を確認するともうじき試合開始の時刻が迫って来ている。その時会場の灯りが暗転、これからメインイベントの試合が始まろうとしていた。



先にまず現れたのは青コーナー側の挑戦者、金髪の角刈りでかなり大柄な選手。外国人選手のようでマスク・ザ・スネークにも劣らない立派な筋肉の鎧に覆われている。



そして挑戦者がリングに上がった後に赤コーナー側へとスポットライトが当たる。そこから出て来る選手に皆が注目する、やがて姿を見せるのは王者の証であるチャンピオンベルトを腰に巻いた仮面の戦士。




「スネーク!スネーク!スネーク!スネーク!スネーク!」

マスク・ザ・スネークが現れ花道を歩く、その姿に観客達は一斉にスネークコールを送る。正の両隣に居る麻帆と中川もコールを送っている一人となっていた。


堂々と歩く姿は王者の貫禄を思わせる、今更ながらこの男が今隣に居る娘を守ってほしいと正に依頼をしてきた事が正は凄い事だと思っていた。

このように光り輝く戦いの場において頂点に君臨する者から直々に依頼されるなど探偵を長く続けていてもおそらく一生に一度あるかないかだ。



リングに来て挑戦者の外国人レスラーと相対するマスク・ザ・スネーク。相手も相当な体格を誇るが彼も負けてはいない、鍛え上げた筋肉の鎧は体格の良い海外レスラーにも引けを取らないだろう。




カーンッ



戦いを告げるゴングが鳴り響き、挑戦者の外国人レスラーから果敢に攻めていった。マスク・ザ・スネークの胸筋へと強烈なチョップを叩き込み、彼の身体を持ち上げて叩きつけるボディスラム。いずれもまともに喰らったら素人では一撃でダウンして立ち上がれない容赦ない攻撃をマスク・ザ・スネークは序盤から受け続けている。

「攻撃を流石に受けすぎじゃないか……!?」

正も心配になるぐらいに彼は相手の攻撃をその身に避けずに受け続けている、いくらディフェンスが無くて受けて立つのがプロレスラーといえどこれは受け過ぎているのではないかと。もしくはまだ脅迫に不安があって負けようとしているのかと。

「大丈夫、父さんなら大丈夫…」

「………」

その隣に居る麻帆は父親が劣勢の所を目をそらさずに見ていた。本当なら親がこんな殴られたりしているのを見るのは辛いはず、しかし麻帆は拳を握り締めつつ攻撃を受け続けるマスク・ザ・スネーク。その姿を目に焼き付けるかのように見る。

それに正も並んでリング上の彼の勇姿を最後まで見守ろうと黙って見ている。



すると攻め疲れたのか相手の攻撃が甘くなった所にマスク・ザ・スネークが一気に反撃。丸太のような腕で相手の喉めがけてラリアットをかまし、相手は一回転してリングに叩きつけられる。更にその相手を起き上がらせて強引に身体を高々と持ち上げて勢いよくブレーンバスターでリングが揺れるぐらいに叩きつけた。

マスク・ザ・スネークの猛反撃に相手は明らかに攻撃が効いており、かろうじてフォールはカウント2、5で返すが既にフラフラの状態だ。



「うらぁ!」

「がああっ!かっ………か……!」

そこに後ろからマスク・ザ・スネークの太い腕が挑戦者の首に絡みつくように締め上げる。止めのスリーパーホールド、挑戦者はロープへ逃れようとするがマスク・ザ・スネークはそれを許さない。ロープまでの距離は遠くなり自力で振りほどくぐらいしか逃れる術は無かった。



「……ギ…………ギブアップ……」

「!ストップ!ストップ!」


カーン カーン カーン


力なくレフェリーへと告げられた相手のギブアップ宣言。それを聞いたレフェリーは試合を終了させ、終了のゴングが鳴り響く。

マスク・ザ・スネークの勝利に声援の嵐が彼へと降り注いだ。その声援、喝采を全部受けるかのように彼は両手を広げた。



「うおお!鮮やかな逆転勝利!これっスよ神王さん!これがマスク・ザ・スネークっスよぉ!」

「分かったから落ち着けって…!」

生のマスク・ザ・スネークの試合、勝利を目にして興奮している中川。正が落ち着かせようとしているが周りも同じような感じだった。

試合を振り返れば彼は相手の技を全てその身で受けきり、出し切らせた所で一気に攻めて逆転。勝利をもぎ取った。相手に攻撃させて返すという部分で言えば正の合気道と似ているがこちらはその身に受ける前に相手へとカウンターを喰らわせる、彼の場合は強靭な肉体で受け止めきっている。それがプロレスラーでありマスク・ザ・スネークはそれを体現してみせた。

それはテレビ越しより直接見た方がハッキリと伝わって来る、そんな感じが正にはした。




「良かった…!」

麻帆は勝利したマスク・ザ・スネークに対して一言そんな呟きをした、試合が無事に終わった事に対してか彼が無事だった事に対してか、しかし今それを尋ねるのは野暮というものだろう。正は何も言わず共にリングを見ていた。






メインイベントの試合はマスク・ザ・スネークの試合が終わり、正と麻帆は森野の控え室へと向かって通路口を歩いている。試合が終わって観客達は帰り人はまばらな会場、あれだけの人がいなくなった後の会場というのは一段と静かな場所に思える。

「………」

だからこそ、向けられる敵意は正にハッキリと伝わって来た。正は周囲を警戒、するとそれは向こうからやってきた。



「……忠告は手紙でしたはずなんだがなぁ、親父さんは我が身の方が可愛いと見える」

敵意に満ちた低い声。男の声に間違い無い、現した姿は想定通りであり大柄な体格をしていて長髪の黒髪で派手なガラのTシャツにダメージジーンズ、見るからに善良な市民ではないヤンキー男が正達の前に立ち塞がる。どうやらこの男が脅迫者と見て間違い無い、そして麻帆の事をマスク・ザ・スネークの娘と知っているようだ。一体どうやって知ったのか興味はあったが、その後すぐに現れた意外な人物によってそれは解明される。

「本当にね、それともハッタリだとでも思ったのかしら?」

「八枝さん!?」

その姿に驚く麻帆、姿を現した八枝はヤンキー男の傍に居た。人質に取られてるのか、しかしそれにしては様子がおかしい。彼女は怯えた様子など一切なく、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

「…あんただったのか、手紙をよこしたのは」

「ええ、そうよ探偵君?脅迫したのは私、この時まで分からなくて残念ね」

「どうして!?あれだけ父さんを、マスク・ザ・スネークを応援してたはずなのに!」

麻帆は信じられないといった感じで八枝を見ていた。超東京プロレスのスタッフで熱心に働く女性、それがこのような男を連れて脅迫してたというのが信じられなかった。



「確かにマスク・ザ・スネークは好き、応援してた。でも……私はそれ以上に彼が好きなのよね」

ヤンキー男に寄り添う八枝の姿、どうやら察するに二人は付き合っている様子だ。

「当たり前だ、あんな蛇野郎よりも俺の方が良い男なのは明らかだろ。そして強さもな!」

その言葉と共にヤンキー男は麻帆へと襲いかかる。脅迫に従わなければ麻帆を消す、その言葉は嘘じゃないと言わんばかりに。



しかしそんな事は決して実現はさせない。男の腕が伸びかかった所に正はその腕を引っ張り、男の勢いをそのまま利用して大柄なその身体を投げた。


ブンっ ドサァっ


「ぐあっ!」

「!?」

八枝、そして麻帆も目を見開いて驚く。男よりも体格で劣る小柄な正が相手を投げる姿、森野の受けて返すスタイルとは違う合気道によるカウンター。攻撃はさせるがその身に届く前に相手を沈める、固い地面に叩きつけられて男は立ち上がれなかった。



「…笑わせる、マスク・ザ・スネークの足元にも及ばないだろあんた。俺でこうなるなら現役のチャンピオンには絶対勝てないぞ」

軽く埃を払って正はヤンキー男を見下ろして言い放った、その言葉が聞こえているか聞こえてないかは知らないが。

「っ!彼を倒してもまだ他に仲間が…!」

「ナックルビーストの事言ってるのか?」

「!?どうしてそれを……」

正の言う組織、それを言い当てられた事に驚いている八枝。どうやらヤンキー男、更に八枝はナックルビーストと関係があり、その組織の一味の可能性が高いようだ。


「それを答える義務は無い、それより…もうあんたらに勝ち目は無いと思うけどな」

「…!」


正は麻帆を守るように前に立っており、八枝の仲間であるヤンキー男は地面に倒れたままだ。仲間が居るという事だが駆けつける気配は無い。

「ああ、さっきの脅迫したとかいうの…きっちりと録音させてもらったんで」

更に証拠を抑えておく事も正は忘れておらず八枝が勝利を確信してか発言した言葉はしっかりと録音していた。これは証拠になるだろう、状況からして強引にその言葉を出させたのではない。明らかに向こうから得意げに発言した事だ。

八枝はがっくりと肩を落として膝をついた、正の依頼の方もこれで無事に終わりである。



実はこれより少し前、正のスマホに連絡が入っていた。

「あ、神王さんお疲れっス。ナックルビーストの連中は抑えて吐かせましたよ、連中は脅迫に関わってなかったけど連中の兄貴分である星野って男が大穴へとかなり金をぶっこんだみたいでね。そんでその自分の女が超東京プロレスのスタッフっていうの利用してマスク・ザ・スネークを陥れて大金手にしようとしてたふてぇ野郎です!」

中川からの連絡で八枝、更にあのヤンキー男こと星野の犯行である事が明らかとなった。今回の脅迫にナックルビーストは関わっておらず、星野個人。更に周囲にいる星野と付き合っていた八枝に数名の手下達が関与していた。

正の録音していた声が証拠となり、更に彼らの身内の証言もあって星野、そして八枝は警察によって逮捕されて超東京プロレスのスタッフが逮捕というニュースは世間を少し騒がせたのだった…。












「これが礼で良いのか?何なら依頼料を更に上乗せしてもらっても…」

「既に頂いたお金で充分です」

後日、色々忙しいであろう身分でマスク・ザ・スネークこと森野は初めて事務所に来た時と同じ格好を身に纏って再び正の居る事務所へと姿を現した、傍らには麻帆もおり親子揃って此処を今日は訪れていた。

二人の前には明と涼が運んで来たココアが置かれており、正の前にも愛用のカップに並々と注がれていて正はそのカップを手にとって馴染みの味を楽しんでいた。

今回のお礼として森野は更に追加料金を支払うつもりでいたが正はそれを断って代わりにサイン色紙にサインを一つ書いてほしいと頼み、そのサインを貰う。今回働いてくれた中川への報酬を忘れてはいなかった。



「しかしあの時の正君、凄かったねー。自分の体格の倍くらいある相手を投げ飛ばしちゃうんだもん」

「それが合気道というものだ麻帆、柔よく剛を制す…合気道の名門である神王ならば出来て不思議は無いだろう」

「……たいした相手じゃなかっただけですよ」

正からすれば投げた相手はたいした事はないと語るが、それは正の合気道の実力が高いからこそ出来た事。言葉で言う程に簡単ではない柔よく剛を制す。あの場で正はそれを体現したのだった。

森野もその力を買って信頼し正に任せたのだろう、そしてその通り麻帆を守り通したのだ。



「キミがもしレスラーの道を進んでいたら中々良いレスラーになれたかもしれないな、なんだったら今から直々に鍛えても遅くはないと思うが」

「チャンピオンにそう言ってもらえるのは光栄ですが、探偵の仕事で精一杯ですので…」

森野に良いレスラーになれるというお墨付きを貰ったが今から正がレスラーに転身する事は無い。あのような鋼の筋肉を物にするのは並大抵の努力ではない、正は今の探偵という仕事に全力を注ぐのが合ってると思って申し出は断る。



「……ムキムキレスラーな探偵さんとか想像つかないよね」

「似合わないだろ…」

小声でひそひそとそんな明と涼の話が正には聞こえたがそれには触れないでおく事にする。








森野はサインを1枚だけじゃなくもう2枚追加で書いている、明と涼の分だ。そのサインを書いてる間に麻帆は正へと近づくと……。

「ね、今度は依頼抜きでデートしちゃおっか?」

「っ!?」

飲んでいたココアを思わず吹き出す所だった正、森野が聞いたらどんな反応するのか気が気じゃない発言。それを発した麻帆は悪戯っぽく微笑んでいた。

今回振り返ってみれば中々彼女に振り回された気がする、特にあのホテルでの事。こればっかりは森野に報告が出来ないでいる正。報告したらしたで更にややこしい事が待っているのは目に見えているので報告はしないが、特にしなくても支障は無いはずだ。




「……(森野さんには絶対知られたくないなこれ)」

リング上の最強仮面の戦士を敵に回したら身がいくつあっても足りない、しかしデートの申し出も断りづらい。

気づけば今もまた麻帆に正は振り回されてしまっていたのだった…。

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