第21話 File5 仮面の戦士3

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。





超東京プロレス所属で現ヘビー級チャンピオンの仮面レスラー、マスク・ザ・スネーク。


またの名を森野正和、彼には娘の麻帆が居る。その麻帆に関係する依頼が舞い込んで来た。


「マスク・ザ・スネークに告ぐ、今度のメインイベント戦で負けろ。でなければお前の娘の命は保証しない、警察に知らせたらその瞬間娘をこの世から消す、貴様の時代は終わりだ」


このような脅迫状が届き、正は森野から麻帆を護衛するように依頼されて引き受けて麻帆の元へと向かう。


その麻帆は狙われてる身とは思えない程に活発で正は彼女と共に外へと出る流れとなってしまった…。






並んで街中を歩く長身の女子と小柄な男性。ぱっと見れば姉弟かと思われてもおかしくはない、実際周囲からはそう思われているかもしれない。

正からすればこうなる展開は想定していなかったが、断って護衛の対象者を一人きりにさせるのは間違ってもあってはならない。お手洗い等は流石に共に行く事は出来ないが可能な限り今回は麻帆と共に居る、それがボディガードを務める正の役目だ。

「あ、美味しそうなクレープ!一緒に食べよ?」

「ちょ…!?」

麻帆に腕を引っ張られ、正はクレープ屋へと麻帆と共に向かう事になる。その時に腕に柔らかい感触が伝わって来て豊かなそれが正体だと分かれば正の頬は赤く染まってくる。

この低い身長の見た目で成人しており酒が飲めて車も乗る事が許されている年齢に達してはいるが、女性との付き合いは無い。女性に興味無い訳ではない、今までそういう縁が無かっただけだ。



ストロベリーのクレープとチョコレートのクレープを購入、金は両方とも麻帆が支払った。そこは正が払おうとしていたが「子供に払わせるのは駄目だって、良いから良いから」と、麻帆に押し切られてクレープを奢ってもらう。

護衛する男がその対象である女子にクレープを奢ってもらうという何とも妙なシチュエーションではあるが、とりあえず正は生クリームたっぷりのチョコレートクレープを一口食べてみる。甘いものが好きな正には美味しく感じて麻帆がクレープを食べたくなるのもわかる気がした。

「何か良いね、こうしてみるとデートしてるみたいで!」

「っ!?」

同じくクレープを食べている麻帆がそう発言すると正は食べてる物を吹き出しそうになるが、そこは堪える。からかってるのかと思い改めて麻帆を見ればクレープを食べるその姿は普通の女子と変わらない、人気プロレスラーを父親に持ち、今その身が危ういかもしれないとは思えない程だ。


正はデートなどした事が無い、一緒にクレープ食べて歩く。こういう感じが男女のデートなのだろうか、正と麻帆は付き合ってはいないがデートとはこういうものなのかもしれないと正は少しデートについて学べた気がした。

しかし何時もそれに浸っている訳にはいかない、何処かに麻帆を狙う者が居るかもしれない。正はクレープを食べつつ周囲をさりげなく見回した。

特に周囲には怪しい人物は見当たらない、どちらかと言えば若いカップルが多いぐらいだ。正と麻帆も周りと変わらぬ同年代のせいか二人はその風景に溶け込んで目立たない。偶然にもクレープを買って食べてるおかげかそう見える、結果として麻帆のおかげで不自然なく行動出来ていた。




「あの脅迫状が家に届いてから全然満足に外へ遊びに行けなくてさ、一人でスマホいじってるのも飽きてきたし」

「それはまあ…貴女を狙う人が居るかもしれないから迂闊に一人で行動する事を森野さんは良しとはしないだろうから」

森野にとっては麻帆は大事な娘、その存在を守る為に打てる手を全部彼は打っている。しかしそれで麻帆は自由を奪われる。森野の判断は間違っていないだろうが、自由ではない麻帆も麻帆で辛いのかもしれない。

それに何処の誰かも分からない脅迫者に狙われる、その不安や恐怖が全く無いという事は無いだろう。もしかしたらその不安を紛らわせようと正を誘ってこうして遊びに出たのか。

「その父さんの気持ちも分かるけどね、私を心配して今ホテル暮らしにさせているっていうのは」

「……」

クレープを食べながら語る麻帆、明るく振る舞いつつ森野の気持ちも察していた。自分の身を案じてくれてるからこそホテル暮らしをさせているのだと。

その前はごく普通の日常を過ごしていた事だろう、それが何処の誰かも分からない者からの脅迫によってその日常は今失いつつある。



その時、大型電気店を通りかかると店頭に置いてある液晶テレビの画面がプロレスの試合が流れているのが見え、そのせいか麻帆は止まっており試合を見ていた。

正もその試合を見てみると、それは超東京プロレスの試合。そして試合しているレスラーはマスク・ザ・スネーク。麻帆の父親である森野の本来の戦う姿がそこにはあった。


相手の激しい打撃や投げを何度も耐え凌ぎ、反撃へと出る。

そして相手の腰を両手で回して掴み、持ち上げる。マスク・ザ・スネークの豪快なパワーボムによって相手はマットに叩きつけられ、そのまま覆いかぶさってフォールへと入る。



1  2  3



勝利のスリーカウントが入ると大歓声が湧き上がり、場内にスネークコールが木霊する。



「父さんはリングの上で戦う戦士、私がそれを奪ってしまう訳にはいかない。脅迫する人が居るなら、なんとしても捕まえる、八百長の試合になんてさせない」

戦いの場で活躍する父親の勇姿、それを娘である麻帆はその目でしっかりと見ていた。



麻帆を、家族を守る為に男は仮面を纏い戦い続ける。そんな男を麻帆は応援している。

そんな姿が脅迫一つで無くなるかもしれない。



そんな事はあっていいはずが無い。

正はなんとしても麻帆を守ると同時に脅迫者をあぶり出す事を心に誓った。





「さて、今度は何処遊びに行こうか」

「まだ行くんだ…」

あれから正は麻帆によって神田や秋葉原と、そこの色々な場所に連れ回された。コミックやゲームショップ、時に露出の高いコスプレを正に似合いそうと勧められもした、それは断固として正はお断りしたが。


様々な依頼、時には尾行、張り込み、聞き込み、更には喧嘩など、色々過酷な事は経験したつもりだったがこれはこれで中々疲れる。

余程遊びたかったのか、まだ何処か行きたそうにしている麻帆。正としてはそろそろ勘弁してほしいと思ってきているが…。



「麻帆!」

そこに麻帆の名前を呼ぶ声がした、声からして女性だ。振り返るとそこに立っていたのは黒髪ロングヘアーで眼鏡をかけた女性でジャージを着ている。そのジャージは超東京プロレスの文字が入っている。身長は麻帆と正の中間ぐらいで160はありそうだ。

「あ、八枝(やえ)さん」

「八枝…?」

「超東京プロレスで働く女性スタッフさん、仲良いんだ」

誰だろうと正が考えてるとそれを察したかのように麻帆は正の耳元でこそっと八枝という女性について教える。

超東京プロレスの女性スタッフ、だから超東京プロレスの文字入りのジャージを着ているのかと。


「ホテルにいないから何事かと思って探したのよ…心配したから!」

「ごめん、手紙に遊びに出て来ると書いたんだけどね。この通りボディガードもちゃんと居て一人で行動はしてないし」

「ボディガード…?」

心配して探し回っていたらしい八枝、すると麻帆の言葉を受けて視線はこの時初めて正へと向けられた。彼女からすれば正は得体の知れない部外者。此処は早々に素性を明かした方が良さそうだ。


「初めまして、僕はこういう者です」

正は名刺を取り出し八枝へと差し出した。

「神王探偵事務所、神王正……聞いた事無いわね」

「まあ、その程度の小さな個人事務所です。この麻帆さんを守るようにと依頼を受けまして」

「…脅迫状の事で?」

「そうです」

どうやら八枝は脅迫状の件を知っているようだ。やり取りを見た限り同じ女性である麻帆の世話を八枝がしているという感じであり、森野も彼女を信頼して麻帆を任せたのだろう。


「けど、まさか貴方のような子供がボディガードって…いえ、人は見かけによらないかもしれないけど」

やはり八枝も正の見た目だけ見てボディガードというのは信じ難い事らしい、それは八枝に限った事ではない。正を知らない者が見れば皆がそういう反応をするかもしれない。

「まあまあ、結構腕は立つらしいよー?父さんが腕の立つ者に任せるとか言ってたし」

「あの人が……それなら信頼していいのかしら、人を見る目は確かだから」

どうやらマスク・ザ・スネークこと森野正和はその目がかなりの物であり麻帆、八枝もそれを信じている様子だ。


「八枝さん、でしたか」

「ええ、山田八枝(やまだ やえ)です」

正は八枝へと向き合って話を聞く事にした。森野に麻帆、家族以外の者からの話を聞くのはこれが初めてだ。今までは家族視点だったが別の視点による話がこれで聞けるかもしれない、それで新たに何か聞ければ良いが。

「今回の脅迫状について…何か心当たりとかありますか?タチの悪いファンとか」

「いいえ、そのような素性の良くないファンの方はいなかったと思う。試合後に興奮してお客さん同士での小競り合いとかはあったけど…」

全くトラブルが無いという訳ではなかった、興奮した客同士の乱闘などがあってちょっとした騒ぎはあったがそこからマスク・ザ・スネークへの脅迫に繋がる事は考え難い。

「そういう八枝さんもスネークの試合見て興奮したりしてるでしょ?コブラツイスト決めて興奮してる姿見ちゃったし」

「!そ、それは……」

「ああ、この人特にマスク・ザ・スネークの大ファンだから」

最近は女性でプロレス好きも多くなってきた時代。八枝もその内の一人だ、マスク・ザ・スネークの大ファン。だから彼女は超東京プロレスのスタッフとして働く道を選んだのかもしれない。

「では、周囲に怪しい人物が最近現れるようになったりとかは?」

「それは………特にいなかったと思うけど」

正が誰か怪しい人物を最近見てないか尋ねると八枝は考え込む姿勢になる。多分記憶の糸を辿っているのだろう、そして八枝は覚えてる限りではそのような人物はいないと答えた。麻帆へ危害を加えるつもりならば誰かが麻帆の周囲にいなければならないはず。しかしその道のプロがもしも関わっていたらその姿を見られたりする事はまず無い、姿を見せる事なくターゲットを消す。此処はそんな使い手に関わってもらいたくないのを願うばかりだ。



「(…特に怪しいと思う人物は見当たらない、か)」

話を聞く限りでは怪しいと思える人物はいない。容疑者と呼べる者がいない、しかしマスク・ザ・スネークへの脅迫は間違いなくあったはずだ、そうでなければわざわざ依頼には来ない。街の探偵をからかおうとわざわざやった等そのような事は森野のような男が行う事は考え難い。


該当する者がいないのであれば森野自身はどうなのか、わざわざ気を引く為の狂言による脅迫を自作自演したのか、しかし彼は人気のプロレスラー。そうでなくとも注目度は充分高いはずだ、それに誘拐で身代金をせしめる狂言誘拐と違い金銭の要求など無い。自らの座るチャンピオンの座、要求はそれだ。

彼が狂言の脅迫をするには正直メリットがあまり無いような気がする。


では麻帆はどうだ、彼女が気を引く為に自ら書いて自分で家で脅迫状を置いて装う事なら簡単に出来そうではある。

だが父の勇姿を見つめるその目、それが偽りだったとは思えない。傍で見ていた正にはそれが演技だとは思えなかった。


超東京プロレスのスタッフである八枝はどうだ、彼女はマスク・ザ・スネークの大ファンである。つまり森野をよく知っており家も知っているかもしれない。麻帆とも仲が良く、彼女は最も今麻帆に近い。しかし大ファンである八枝がそれに対して脅迫状を送る動機が見えない。


こういう人々まで犯人の可能性を考えなければならない、出来る事なら疑いたくはないのだが全く探偵というのは楽ではない。



「おーい探偵君?」

「!あ、失礼…」

麻帆に声をかけられて正は深い思考から引き上げられ現実の世界へと戻って来た。

「私はこれから仕事に戻るけど、任せてもいいのかな?」

八枝は何時までも此処にはいられないようで、超東京プロレスのスタッフとしての仕事があるが今狙われている麻帆を一人にして大丈夫か八枝の視線は麻帆へ向いた。


「平気平気、探偵君はその為に来てくれてるから」

「そう…じゃあ、神王さんだったわね。麻帆の事をよろしくお願いします」

八枝は正へと頭を下げると歩いてその場を後にする。麻帆の事はこれから正が付きっきりで警護するが元々正はそのつもりだったので問題無い。

しかし麻帆を守るのと同時に犯人を突き止める事は今あまり動けない正には難しい事だろう。



「じゃあ探偵君、これから夕食何処かに食べに行こっか。何処かに美味しい所ないかな?」

夕暮れ時を迎え麻帆は正と共に夕食を食べる事を提案し正はこれに反対せず頷く。麻帆は自分のスマホを取り出し何処かに美味しい店が無いか検索を始める、これを見た正は今の内に同じくスマホを取り出し、ある人物へとメッセージを送る。

今自分は警護で動けない、ならば代わりに動いてくれそうな者に頼む。今回の事に協力してくれそうな人物へと。

昔なら電話ボックスや会って口頭で伝えなければならないがそうするまでもなくスマホ一つで遠方の人物へと伝えられる、便利な世の中になったものだ。


その人物へと今回の件について伝える、勿論他言無用である事も忘れずに。本当なら依頼の事は誰にも話さず自分で解決していくのがベストなのだがそうも言っていられない。

今は何事も無くても何時麻帆に危険が及ぶか分からない、なので迅速な解決が求められる。試合の日までに何か分かり対策が打てればいいのだが。



スマホであらかじめ伝えた後に麻帆に連れられ、正は天ぷらの美味い蕎麦屋に入り天丼をご馳走になる。護衛する者が守るべき女性から奢られるのはどうにも格好がつかないがクレープの時と同じように押し切られて気づけば麻帆と共に天丼を食べていた。





そして麻帆の泊まるホテルの部屋へと戻り、正はあまり寝ずに徹夜で麻帆を警護する事になる。勿論麻帆には自由に寝てもらって構わない、自分がしっかりと麻帆を守れば問題はないだろう。

「探偵君も眠ればいいのに」

「…脅迫者が何時どんな行動に出るか分からないから」

「そこまで守ってくれるのはありがたいけどね、無理しすぎは駄目だよ」

ベッドから顔を出してソファーに座る正を見る麻帆。一応ベッドは隣が空いてるが呑気にベッドで爆睡する訳にはいかない。

眠気を誤魔化すかのように正は自販機で買ったココアを飲む。

「徹夜ならココアよりコーヒーの方が良いと思うけどね」

「俺の味覚に合わない」

「あー、つまり苦いの苦手で飲めないって訳だね」

麻帆から子供扱いを受けている気がするが気にしないようにし、正は眠気をココアで打ち消すように飲み続けた。

正とてコーヒーを飲んだ事が無い訳ではない、そして飲めない事は無い。ただしそのコーヒーは甘くなければ飲む事は不可能であり、ブラックで飲むなど考えられない。正にとってはブラックを好んで美味しいと思う者が信じられないと思ってる。あれに金を払うくらいなら自販機のココアを何本も買った方がお得ではないかと。






ホテルの窓からは中々の夜景が見え、建物から照らされる灯りがその美しさを引き立たせている。夜も更け、ベッドからは寝息が聞こえている。麻帆はさっきまで正へと話しかけていたが眠気に負けて夢の世界へと旅立ったらしい。

「…………」


こくっ こくり


しかし徹夜すると言ってもやはり眠気は辛かった。ココアでは眠気は覚めず、正に容赦なく睡魔が襲いかかって来る。

警護する身としては熟睡する訳にはいかない、しかし身体は正直でありソファーに横になりたがってる正の身体。



そして少し時が経つと……



「くー……」

正はすっかりとソファーで熟睡に入った。起きる気配はなく完全に眠っている。




「あーあ…だから言ったのに」

それを見下ろし苦笑してるのは麻帆、彼女は一度起きてソファーの方を見れば正が爆睡している姿に気づいて近くへと歩み寄っていた。

「こうしてみると可愛い少年って感じだなぁ……んしょっと」

正の寝顔を見ると幼い少年であり成人している探偵には見えなかった。麻帆はそんな正をひょいっと軽々抱き上げるとベッドへと行き、正をそこに寝かせる。

「ちゃんと寝ないと私を守れないからねー…」








「ん……………」

窓から見える景色は夜から朝の景色へと変わり雀の鳴く声が聞こえて来る、正は夢の世界から現実の世界へと戻って来たようでうっすらと目を開ける。

何だかとても暖かく身体が包まれている感じがして心地よく柔らかい。何処か懐かしくもある感覚。


思わず二度寝したくなる程に心地良いが徐々にその意識が覚醒してくると……。


「…!!??」

正は気付いた瞬間に顔を真っ赤にさせて胸の鼓動が高鳴った。

何故なら正の今の状態は麻帆の膨らんだ胸に顔を埋めて麻帆に抱き締められているからだ。その麻帆の格好は限りなく下着に近く、素肌が密着している。

これはよろしくないと正は離れようとするが麻帆にしっかり抱き締められており、それは叶わなかった。一体何故ソファーで寝てしまったのがこうなったのか分からない。


そして麻帆が起きない限り正がこのままなので麻帆には早く起きてほしかった。

結局麻帆が起きたのはこの1時間後となったのだが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る