第20話 File5 仮面の戦士2
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
神王探偵事務所に新たな依頼が舞い込んで来た、依頼人は森野正和。またの名をマスク・ザ・スネーク。
超東京プロレス所属のヘビー級チャンピオンに君臨するマスクレスラーだ。
その彼からの依頼は娘を守ってほしいとの事だった。
「マスク・ザ・スネークに告ぐ、今度のメインイベント戦で負けろ。でなければお前の娘の命は保証しない、警察に知らせたらその瞬間娘をこの世から消す、貴様の時代は終わりだ」
このような脅迫状が届いており森野の娘である麻帆に危機が迫っている。正はその危機を防ごうと依頼を引き受ける……。
「麻帆は安全を考え、今我が家ではなく東京のホテルに避難してもらっている。心配が無くなるまで娘にはホテル暮らしをしてもらうつもりだ…」
スカーフとサングラスによってその素顔は見えない、顔を晒さずの依頼人は初めてだ。しかしそこから伝わってくる不安、そして心配。その姿はヘビー級チャンピオンのレスラーではなく一人の親だ。森野は娘の麻帆の身を本気で案じている。
その心配を取り除き、対象の相手を守るのが今回の正がするべき事。
「何処のホテルに娘さんはいますか?」
ホテルというだけで何処なのかの特定は流石に至難の業となってくる、正は麻帆の詳しい場所を尋ねる。すると森野は辺りを見回した後に正へとこっちへ来るように手招きする。この探偵事務所で盗聴されているかもしれない、と用心してか周りに聞かれないように小声で…
「神田のホテルでscíthという名前だ、そこの部屋番号901に娘は宿泊している。詳しい場所は……」
森野から神田のホテルscíth、その場所を正は教えてもらい記憶した。
今回は何時相手が来るのか分からない守りの戦い、長期戦が予想されるので明や涼にはその事を後で伝えておく必要があるだろう。自分の分の夕飯を考えなくて良い、先に休んでおくようにと。
「おっと、もうこんな時間か…そろそろ行かねば」
森野の付けてる腕時計、それで時間を確認すると時間が迫っている事に気付き立ち上がる。彼はマスク・ザ・スネークとして名を轟かせている有名な仮面レスラーのチャンピオン、そんな有名人のスケジュールは忙しいだろう。少なくともつい先程まで暇を持て余して居候双子の兄妹とゲームをしていた正よりは。
「では神王君、娘の事を守ってくれ」
「分かりました」
最後にそう言うと森野は事務所を後にし、正は森野が階段を降りて行く音。そのBGMと共に今回の事について考える。
脅迫者はまずマスク・ザ・スネークの娘、麻帆の存在を知っている。そして脅迫状は家に届いたという話だった、有名人というのは容易く自分の住処は明かさないもの。明かせば自らのファンが押し寄せて日常生活に支障が出る恐れがあるからだ。
森野もそれは同じであり、更に彼の場合はプライベートでも素顔を明かさないという徹底ぶり。その用心深さを思えば住所については公表などしていないだろう。
しかし脅迫状は家に届いている、余程執念深く調べ上げて住所を突き止めたのか、それとも元々知っていたからか。そうなれば当然森野の周囲の人々も容疑者リストの候補には入ってくる。向こうからすればまさかという感じだろうが可能性がある以上は無視する訳にはいかない。
無論これを今本人達に言うつもりは無い、心証を悪くして情報を得られにくくなるのは正にとってあまりよろしくはないからだ。
かと言って媚び過ぎず、相手をよく見て観察してどういう態度に出るのかも重要である。
とりあえず森野の娘である麻帆のボディガード、それが今回の正に任された依頼なので早々に此処を発って森野から教えられた麻帆の宿泊するホテルへ向かう必要がある。
「明、涼。結構長い依頼になりそうだから俺はちょっと留守にすると思う」
「分かった、いってらっしゃい」
「飯とかはこっちで済ませておくって事でいいな?」
「ああ、終わって帰れるようになったら連絡する」
明と涼に何時帰れるか分からない依頼となるので依頼が完了して事務所に帰れるようになったら連絡を入れるというのを伝えた後に正はジャケットの上着を着て出かける準備を整え、事務所を出た。
寒い季節からは過ごしやすい春の季節へと変わりつつある気候、暑くもなく寒くもない。大通りを歩く人々の格好も厚手のコートを着る者は明らかに少なくなっている。春となってきている証拠だ、まだその予定は無いものの尾行や張り込みを時には行う正にとってはありがたい季節。
自然とその足取りも軽くなってくるものである。軽やかな足で神田のホテルへと向かおうとしていた時、事務所から出て間もなく一人の人物に呼び止められる。
「神王さん!」
野太い男の声だった、その声に正は聞き覚えがある。正は声がした方向へと振り返ればその野太い声に合った虎柄のシャツにダボっとした黒ズボン、スキンヘッドの厳つい風貌の男。
神田を根城とする泣く子も黙る不良グループ令和鬼神、その幹部を務める中川だ。令和鬼神のリーダー坂井竜介と昔から付き合いがある正は令和鬼神の者とも付き合いがある、中川もその一人で彼が見かけによらず犬好きでそのおかげか以前ペット探しで世話になった事もあった。
「中川、奇遇だ……」
「今さっき事務所から出て来たあの大男!もしかしてあのマスク・ザ・スネークじゃないスか!?」
正の言葉が続く前に身を乗り出しかねない勢いで中川は正へと凄い勢いで詰め寄った。
「何だ、落ち着けよ。………いきなりどうしたと」
「顔を隠してもあの体格、筋肉は誤魔化せないっスよ!あいつのデビューの時から俺はあいつを見続けて来てますから!」
「……おい…」
何やらテンションの上がってる様子の中川、この姿と発言を思えば彼がマスク・ザ・スネークのファンだと推理するのは実に容易い事だった。
そして此処で騒いだら注目を浴びてあまりよろしくない、正は低い声で睨むような目で中川を見上げた。
「あ…し、失礼しました…!」
正の視線に気づいて中川は落ち着き、申し訳なさそうにした。
泣く子も黙る不良グループの幹部も虜にする仮面レスラー、とりあえず依頼の事は言う訳にいかない。必要ならその手を借りる事になるだろうが今はその時ではない、情報を共有するにはまだ早い。
「中川、俺は仕事があるから行く。話せる時が来たらお前が見た事については話してやらない事もない」
それだけ言って正は神田へと向けて歩き始めた。
しかし中川は森野のその変装を見破り彼がマスク・ザ・スネークだと分かった、デビューの時からファンだというのなら結構長い間彼を見続けているという事になる。
森野は確かにその顔を隠してはいるが鍛え上げられた体格だけは隠しようがない、それが長年見続けているファンからすればすぐ分かるようだ。
という事は脅迫状を送ったのは長年彼を見続けて体格だけで彼だと見抜けるような者というのもまた考えられる、それで尾行して森野の住所を突き止めたのかもしれない。
そのようなファンが森野を陥れるような脅迫をするのかというのは疑問だが、ファンが犯人という可能性もまた捨てきれない。
考えている間に神田へと到着し、正は麻帆の宿泊するホテルscíthという名前の建物を探す。この神田もそれなりに通っており正にとっては馴染みの場所、迷う事など無いだろう。
そのホテルはすぐに見つける事が出来た。中々大きなホテルであり、まともに泊まったら結構な値段がしそうだ。
辺りには身なりの良さそうな者ばかりで此処が安いホテルではない事が分かる、こういう所に泊めさせられるとは改めてマスク・ザ・スネーク。その凄さを垣間見た気がする。
部屋番号は確か901、つまり9階だ。エレベーターへと乗り込んだ正は9のボタンを押すとエレベーターは上へと上がっていった。
これで窓から見れば中々の景色が広がるだろうが残念ながら何も見えない。そんな開放的ではない窮屈な空間で過ごす僅かな時間、それが終わるとドアは開かれ目的の9階へと正は降りた。
901、ドアのプレートにそれがある。間違いなくこの部屋だ。此処に森野の娘である麻帆が居るはず、正は部屋をノックする。
「誰?」
ドア越しから若い女子の声がする、これが娘である麻帆の声だろうか。
「貴女のお父さんの依頼で護衛に来ました、森野正和さんに言われて…神王探偵事務所の者です」
正は此処でマスク・ザ・スネーク。彼の本名をドア越しの女性へと告げた、他に公表されていない本名を自分が知っていれば安心するかもしれない。いきなり見知らぬ者を相手にドアを開けるような真似はまずしないだろう、相手の信用、信頼を得る事。探偵としてこれも大事な事だ。これが出来ないと話を聞く事が無理になる恐れがある。
「父さんの本名…待ってて」
するとドアのロックが解除される音が正の耳に聞こえ、そしてドアは開かれる。
ドア越しに居たのはあの写真の女子、青いショートヘア、青いショートパンツに黒いタンクトップ。さっき森野に見せてもらった写真の娘である麻帆に間違い無い。それにさっき彼女は父さんと呟いていたというのもある。この人物が今回正が守るべき相手だ。
「探偵事務所の者って…キミ?小学生?いや、流石に無いか。中学生ぐらいじゃないのまだ?」
「……一応成人してます、これ名刺です」
大柄なプロレスラーの父親と並んでいたので分からなかったが麻帆は女性の中では長身、正が見上げなければならない程に身長差があった。おそらく170ぐらいはあるだろう。
年齢よりも若く見られるのはそう珍しい事ではない正は名刺を麻帆へ差し出した。
「神王探偵事務所、神王正…探偵ってホントに居たんだね。ドラマの世界だけかと思った」
やはり探偵という職業が珍しいのか名刺から正へと視線を移して興味ありげに見ていた。仮面レスラーの父親というのも相当珍しいと思うが麻帆にとっては日常よく見ているだろうから前者の方が珍しく見えるのだろう。
「立ち話もなんだし、どうぞー」
「あ、失礼します」
麻帆は正を部屋へ通し、ドアは閉められた。
「まずは森野麻帆さん、貴女の父親である森野正和ことマスク・ザ・スネーク…彼に脅迫状が届いてます、その件で貴女に危険が及ぶ可能性がある。安全が確認されるまで護衛します」
改めて正は今回の脅迫と依頼について麻帆へと説明、誰が脅迫状を送りつけたのか現時点では不明だが麻帆のボディガードにその為に来たのだ。それが探偵である正なのだと。
「つまり、ずっと私に付いてくるって事ね」
「そうなります。女性である貴女と男である自分と同じ時間居る事が多くなり、それで不快になる事はすみませんが我慢してもらって…」
「不快?ぜんぜん、神王君なら可愛いから良いよ」
「え…」
女性に常に護衛し、それで同じ時間が多くなり何かと不快になるかもしれないと思い先にそれを伝える正だったが麻帆はその事は全く気にしていなかった。むしろ口元に笑みも浮かべており楽しげだった。
「なんだったらさ、その堅苦しい敬語もやめちゃってもっとフレンドリーな感じで話さない?それとも敬語の方が話しやすいとか?」
「それは…」
どうやら麻帆は堅苦しい敬語のスタイルはあまり好みではないらしい。タメ口の方をご所望のようだ。
「敬語が嫌なら…やめるよ、普通にこれで話す」
「そうそう、そっちの方が良いね」
タメ口のリクエストに応え、正は敬語無しで麻帆と話す事にする。子供扱いされはしたがおそらく歳はそう変わらないはず、これで実は中学生とかだったら最近の中学生は実に大人びている。
「それじゃあずっと部屋に篭ってるのも退屈だし、ちょっと外行こっか」
「外…?いや、何処に危険があるか分からないのにそれは危ない」
「キミが私を守ってくれるんでしょ?それとも…一緒に外行くの嫌?」
「別にそうは言ってない……分かった、行こう」
麻帆は赤い上着のジャケットを着ると外へ行こうと正を外出へと誘う、こんな時にそれは危ないと正は言うがどうも調子が狂う。最終的には彼女に押し切られる形で共に外へと出る事が決まった。
「(というか……近い…!)」
麻帆は正の至近距離に居る、黒いタンクトップに青いショートパンツと夏を思わせる格好。それに加えて彼女は中々のナイスバディだ、つい豊かな胸に魅入ってしまいそうで正は目をそらす。護衛の対象から目を離す事などしてはならないが、目のやり場に困る。
ある意味正にとっては難しい護衛の依頼が始まる……
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