第12話 File3 神王正を知る者3
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
正の中学時代の同級生である星見瑛子の依頼、夫である星見純一が最近何やらこそこそしていて怪しいという事らしく浮気を疑っていて彼の浮気調査を頼まれて純一の勤め先である出版社マジリアル前までやってきた正。
そこに瑛子と同じく中学時代の同級生永倉と再会、偶然にも彼は純一と同じマジリアルに務めているという。そこで正は永倉と昼食を共にしながら純一についての情報を聞き出した。
会社での彼の評判は良く、愛妻家として知られ浮気をするような人物ではないという事だった。これが真実かどうか確かめようと正は純一の調査を続け、張り込みをしていると純一本人の姿がついに現れた…。
一般的な生活をしていれば探偵に尾行されるという事はまず無い、そんな事を今尾行されている純一は今夢にも思っていないだろう。しかし今実際に探偵の正の尾行のターゲットとなっている。
人通りが多い水道橋の駅前、これから帰宅する者等で多くの人が見られる。なので純一の姿をなんとしても見逃さないようにと正は集中して彼をマーク。見失えばそれはもう尾行失敗だ。
純一は真っ直ぐ改札口を通ってホームへ向かっている、正もそれに続く。彼と瑛子の家は代々木にあると聞いており乗る電車もその方向、十中八九代々木で降りるはずだ。
此処まで純一に怪しい動きは無い。
だが目的地が自宅といえどそれですぐに純一が浮気をしていないという潔白の証明にはならない、相手が同じ代々木に居るかもしれないのでその可能性も調査する必要がある。
大勢の者が乗車し、揺れ動く電車の中で純一の姿を見失わないようにするのは中々一苦労だ。それでも混み具合としては今日はまだマシな方だろう。これが更に混雑時には電車の中で身体が押され圧迫して尾行どころではない、MAXの混雑でなくて正にとってはラッキーだった。
やがてアナウンスが代々木駅に到着する事を告げると電車は代々木駅に到着。純一はそこで降りて行くのが見え、正も後を追って下車する。
改札口を通り駅の外まで出て来ると純一は歩き始めた。そのまま家へと帰るのかと思えば純一は一軒の店へと立ち寄る。
正がその店の看板を見てみるとアンティークショップである事が分かった。此処に浮気相手が居るのかもしれない、客を装って正も店内へと入って行った。
店内には多くの古美術品や古家具が並べられており、手頃な品から目を疑う程に高い品まで置いてある。このような趣味に興味を持ってしまったらどんなに大金を持ってもすぐに無くなりそうだ。
銀に輝くティーカップ等が目に止まる、これでココアを飲んだりすれば普段と違う味を楽しめそうではあるが今は呑気に買い物をしている場合ではない。純一の尾行が最優先で彼の姿を目で追う。
先程の電車の中とは違う、純一の姿はすぐに確認出来た。彼はお洒落なランプを見ている、本当に興味があるのかそれとも装っているだけなのか、正はその周囲を観察してみる。
店内には数名の客、女性でもいればその人物が浮気相手の可能性があったが店内は皆男ばかりの上に全員純一とは関係無さそうで互いに近づく事も無かった。
正はティーカップに興味があるフリをして純一を横目で見る。彼は見ていたランプを手に取り店員と話しており、此処へは買い物に来ただけなのだろうか。
そして彼はランプを購入し、店を出た。その姿を見て正も外へと出る、その前に財布の中を見て苦しいなとティーカップを見て泣く泣く諦める客を装っておき探偵の尾行と回りに悟らせない事は怠らなかった。
「(全然浮気相手らしき女性と会う様子が無いな…)」
この代々木まで来て尾行を続けているが未だに純一に妻の瑛子以外の女性の影は見当たらない。歩いている方向は住宅街だ。
ある一軒家の前まで来ると純一は鍵を取り出してドアを開け、中へと入って行った。正はその家にある表札を確認する、そこに書かれていたのは星見という名。純一、瑛子の住む家で間違い無いだろう。
とりあえず今日の尾行は此処までといった所で引き上げても良い、そう判断して正は来た道を戻り歩き出した。
この日は彼が浮気、または怪しい動きをしている様子は無かった。しかしまだ一日目だ。この日たまたま何も無かっただけで浮気に関して潔白だと確定した訳ではない。
また明日から尾行だなと正は秋葉原行きの電車内で明日の予定を立てたのだった。
「おかえりなさーい」
事務所へと帰ってくる正に涼の声と姿が出迎えてくれる、少し前は事務所に戻っても誰もお帰りなどとは言ってくれなかった。中々こういうのも悪く無いかもしれないと正はジャケットの上着を脱いで椅子へと腰掛ける。
キッチンの方では調理の音が聞こえており、明がおそらく料理してくれているのだろう。
「神王さん、あの女の人の夫の浮気相手は見つかった?」
「たった一日で見つかれば楽で助かっただろうけど、そんな上手くはいかないもんだよ。一日目は特に何も無かった」
涼が依頼に関して知っているのは自分と瑛子の会話を聞いていたからと察し、正は涼と会話をする。他の者と依頼について事務所でこうして話す事も無かったのでなんとも新鮮な感じだ。
食事の準備が整い、白米にじゃがいもの味噌汁、スーパーで買ったサラダに鳥の唐揚げといったメニューがテーブルに人数分並べられた。
これも一人の頃は定食屋にでも行かない限りこの組み合わせを事務所で食べる事は無かった。外食ではない家での食事が明と涼が此処に来てから増えてきたかもしれない。
暖かい食事でお腹を満たし、正が自分の分と明と涼の3人分のココアを振舞った時……。
突然正のスマホが鳴り出した。
電話の相手が表示されており、その相手は瑛子だった。丁度良い、今日の調査報告をしようと思っていた所だ。
正は電話に出た。
「もしもし…」
「ごめん神王君!解決しちゃった!」
「……え?」
瑛子は正が電話に出るやいなや解決したと明るい声で告げた、解決したとは一体何の話だろうか。
「純一が何かこそこそしていて怪しいと思ってたんだけどね、今日の私の誕生日驚かせようと欲しかったランプをプレゼントしてくれてサプライズパーティー開いてくれたの!」
ランプという言葉を聞いて正は先程のアンティークショップで純一がランプを購入していた姿が思い浮かぶ。あれは瑛子への誕生日プレゼントだったという訳か。
「つまり彼がこそこそしていたのはこのサプライズパーティーの為だった…そういう訳か?」
「だと思うよ?もう彼ってばそれならそうと言ってくれればいいのにこそこそしちゃってさ!」
それだとサプライズの意味が失われるだろうと正は言いかけたが幸せそうな声を聞いてその言葉はかろうじて飲み込んだ。どうやら依頼は意外な形で解決したらしい。
浮気を瑛子は疑っていたがどうやらただの勘違いであり、正の出番は此処までだろう。悩みが解決して晴れやかな依頼人、もう探偵の出る幕は無い。
「お騒がせしちゃったお詫びといったらなんだけど、明日お昼一緒にどう?そっちに居る子供達二人も連れてきていいからさ」
「ああ、それは構わないよ。どうせこれで依頼は無くなって暇になった事だしな」
瑛子の食事に誘い、正はそれに応じた。依頼は瑛子の依頼しか受けておらず新たな依頼でも舞い込んで来ない限りは暇な身だ、断る理由は特に無い。
瑛子と明日の約束をして電話を切ると、そのタイミングを待ってたかのように明が正へと話しかけた。
「電話の相手、あの同級生の女の人みたいだったけど何かあったのか?」
「明日昼を一緒に過ごす事になった」
「え?デート?」
明日瑛子と共に昼を過ごす事を二人へと伝えると涼はそれが正と瑛子のデートなのかと誤解をする。この言葉だけ聞けばそう感じるのは無理も無い事だろう。
「そんな訳ないだろ、明に涼の二人も昼一緒にどうだと誘われたんだ」
「違うんだ…でもお昼一緒に行きたいなぁ」
明と涼の二人は特に不都合な事は無い、明日の昼は揃って参加をする事となるのは確定だ。
「何処の店で食べるとかそういうのは決まってるか?」
「それは特に聞いて無いな、当日のお楽しみといった所だろ」
何処の店へ行くかはその電話の時に決めたという事は無かった、そこは瑛子の方に任せるつもりだ。行く店が偏っている正よりも瑛子の方が色々と店を知っているだろうから。
「そういえばその人から聞いたよ、昔はワルだったんだねー」
「おい、涼」
涼は昼間に瑛子から聞いた正の不良時代の頃の事を話し、それに明は正にとって嫌な記憶なのではと思って止めようとした。
「別に隠す程のご大層な過去って訳じゃないさ、昔はまあ……喧嘩してたよ」
そんなデリケートな過去でもないと、正は昔は喧嘩していたという事を認める。昼間といい今といい今日は色々と過去を思い出す日となっていた。
不良に暴走族など絡んで来た連中と喧嘩をして返り討ちにする。一般的ではない学生時代を正は過ごしてきた。今のような探偵として静かに過ごす日々とはまるで逆だ。
「それがどうして探偵になったの?」
そんな喧嘩ばかりしていたのが何故探偵となったのか、マグカップに入ったココアを一口飲んだ後に涼はそれが気になって尋ねる。明も口には出していないが正が探偵の道を行ったのかは気になっている。
「…人の影響、だな」
「人の?それは一体…」
ある人物の影響で正も探偵を目指したと、それだけ言った後に明はそれが誰なのかと訪ねようとすると…。
「これぐらいで勘弁してもらえないか?一気に知っても面白くないだろ」
そこから先はお楽しみか、それとも話したい気になれないのか、正はその話を打ち切った。
「えー、気になるー」
「いずれ気が向いたら話すよ、それよりもそろそろ風呂でも沸かしておかないと」
気になっている涼をよそに正は席を立ち、浴室へと向かって風呂の準備へと入る。結局この日に正がその続きを話す事は無かった…。
翌日を迎え、正達は約束の日時まで事務所で過ごしてその時間になるのを待っていた。TVを見たりスマホをチェックしたりゲームで暇を潰したりとしているうちに時間は経過していった。
やがて時計は午前11時半に差し掛かる所まで来る。
「そろそろ出かけるか」
正は明と涼の二人を連れて事務所の外へと出て来た。待ち合わせ場所は秋葉原の駅西口と細かい場所については昨日に瑛子と話して決めてある。
3人は秋葉原へと通い慣れた道を歩く。
昼時という事もあって人通りは多い、また秋葉原という場所のせいか個性的な面々が所々に居たりするがあまり注目はされていない。この街を知っている者からすればそれが秋葉原の日常の光景だからなのかもしれない。
そのような独特な人々が存在するからか、正達の姿が目立つという事は無い。
約束の場所である秋葉原駅の西口へと正達は到着。正がその周囲を観察すると瑛子の姿はまだ無いようだ。
「早く来ちゃったかな?」
「どうだろうな、とりあえず待つか」
正、明、涼の3人はその場で待機して瑛子の到着を待つ事にした。時間は11時50分となっている。
そこから1分、2分と進み10分ぐらいの時間が経とうとしている時………。
「お待たせー」
瑛子の声がして一行が振り返ると瑛子の姿が見えた。すると正は一瞬驚く、瑛子の姿にではなく瑛子の横に居る男の姿に。
真ん中分けの黒髪短髪。茶色のスーツを纏いメガネをかけた真面目な印象のある男。
見間違うはずが無かった。
昨日正が浮気調査で尾行していた対象者、星見純一その人が今正達の前に現れた。
「あ、紹介するね皆!この人が私の夫の星見純一!」
「初めまして、星見純一です」
瑛子から紹介され、純一は正達へと挨拶をする。それに明と涼もそれぞれ純一に対して挨拶をした。
「…初めまして、神王正です」
そして正も純一へと初めて挨拶をして言葉を交わす。まさか昨日尾行していた相手とこうやって今日会って会話をする事になるとは思っておらず、純一が此処に来る事も聞いてはいなかった。
依頼は終わったが純一と直接話してどういう男なのか見てみるのも悪くないかもしれない……。
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