第11話 File3 神王正を知る者2

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。





正の中学時代の同級生である星見瑛子の依頼、それは彼女の夫の星見純一が浮気をしているのではないかという疑いがあるという事だった。

久々に会う同級生からの依頼を正は引き受け調査を開始。純一の勤務先である出版社マジリアルへと向かい水道橋までやってくるとそこで出会ったのは同じく中学の同級生である男、永倉新一郎。

今日はよく学生時代の知り合いに出会う日だなと軽く考えながら正は永倉と話をする事にした…。






人々が大勢通る昼間の大通り、出版社マジリアルの前で正と永倉は互いに向き合っていた。同級生からの浮気調査、それがまさかまた自分を知る同級生と出会う事になるとは流石に想定していなかった。

「神王、お前もこの近辺で働いたりしているのか?」

「そうじゃない。今日此処に来たのは…」

永倉は今の神王がどういう仕事の関係で此処に来たのか興味がありそうだが、あまり人にベラベラと探偵だとあれこれ言うのは不味い。それに正は先程見ていた、永倉が建物から出て来た姿。マジリアルのある場所から来た姿を。

そこにあるからと言って永倉が必ずしも出版社の人間だとは限らないが確率は低くはない、此処で探偵だと言ってマジリアルに用があると言ってしまえば警戒される恐れがある。そこは元同級生だろうが関係無い。

此処はどうするべきか、短く正は頭の中で考えると…。

「恥を捨てて言えば俺は今無職で…職を探してるんだよ。この不景気なご時世、中々見つからなくて大変だ」

正は自分を無職で職探しをしている者として偽る選択を選んだ。


「無職…マジか」

「マジだ」

永倉は意外そうな表情を浮かべながら正を見た、正はハッキリと永倉の目を見て言い切る。それが嘘だろうが事実であるかのように。

「…良ければこれから昼食に行くけどお前もどうだ?」

「昼食?いや、俺は…」

無職で金が無いであろうと考え同情したのか永倉は正を飯に誘ってきた、しかし純一の調査があるのでそれは断るべきだと正がその口を開こうとすると……。



ぐ~~~


今日あまり食事をとっていなかった正の腹は正直であり飯をよこせと叫ばんばかりに空腹だった。

「ほら、きっちり飯は食った方がいいぞ」

「……」

空腹である事に正の嘘話が幸か不幸か益々真実味を帯び、永倉は正を無職なのだと信じている。とりあえず今はまだ昼。純一はおそらくまだ仕事か昼休憩、浮気するにしても時間帯としては早いはず。それにこの永倉があのマジリアルで働く者ならば純一についてひょっとしたら低い可能性ではあるが知っているかもしれない。

正は永倉と共に歩き出し、昼食へと向かう。




永倉に案内されてやってきた店は築何十年か経っているような定食屋、此処の中年の女性と顔馴染みのようで軽く世間話してから席へと案内してもらう。

永倉は天ぷら定食、正はカツ丼とそれぞれ注文。

「お前の家って確か武道の名門だろ?てっきりその関係の仕事してるのかと思ったぞ」

「まあ、色々あってね…あの家からは出て今はもう無関係だ」

あまりそれに関しての詳細を言いたくないのか正はそれだけ言ってカツ丼をガツガツと食べている。それを察したのか永倉もあまり追求はせずに芋の天ぷらを口へと運ぶ。

値段が安い割には良い味であり中々良い店だ、カツ丼の肉が柔らかく米も美味い。秋葉原にあったら通いたい店候補になるかもしれない。

ついこの間依頼で知り合ったラーメン屋には悪いが。

「お前こそ今どうしてるんだ?まさか俺と同じ無職って訳じゃないよな」

「な訳あるか、俺はちゃんと働いてる。あ、丁度いい…やるよこれ」

永倉は名刺入れを取り出すと一枚の名刺を取り出して正へと差し出した。それを正は受け取り、その名刺を確認する。

そこに書かれていたのは出版社マジリアルの名と永倉のフルネーム。彼はマジリアルで働いている、純一の情報が欲しい正にとってはこれは一つの追い風になるかもしれない。

「マジリアル……確か芸能ネタが主な?」

「まあそうだな。俺はまだまだ下っ端で使い走りの方が主になるけどな」

此処に来る前にマジリアルについては調べている、芸能人のスキャンダルを追いかけるのを主にし過激な事も暴いたりする事で知られるという。マスコミ等のこういった調査能力は時に本職の探偵をも脱帽させるものがある。



「なあ、マジリアルって事は……星見純一さんって人とも知り合いか?」

「勿論。俺の上司で編集長だからな」

正は純一の名前を此処で切り出し永倉へと訪ねた、そこで永倉から純一は編集長というマジリアルの中で中々上の地位にいる事が分かった。

「けど何で編集長の事を?」

「この前瑛子と偶然会って聞いたんだよ、あいつが結婚した事もそこで知った」

「あー…そういえば神王は結婚式に出席してなかったよな」

別に嘘は言っていない。正は瑛子と電話で話すまで彼女が結婚していた事は本当に知らなかった、招待状はおそらく正が元々住んでいた実家の神王家に行ったのだろうが彼はその時もう家を出ていたのでそれが彼の手に来る事は無かったのだ。

会話の中で純一の話題について自然に引っ張り出し、純一の事については不自然なく聞いていきたい。


「仕事はしたいけど良い上司の居る所が良いよな、お前の所の編集長とかそこはどうなんだよ?」

まず正は遠回しに純一の評判について聞く。

「うちは良い方だな、真面目な人で仕事熱心だし」

「そうなのか?影で女性にだらしない所があったりとか意外な顔は?真面目に見えて実はとかよくあるだろ」

「女性にだらしないとか無い無い無い、奥さんの愛妻弁当を自慢してくる人がそれは無いだろ。社内でも愛妻家で知られててそういう事してるとか見た事も聞いた事も無いって」

これは有力な情報だ、正は今の永倉の言葉をよく覚えておく。純一は愛妻家であり社内でも知られている程、これが本当だとすれば瑛子の言っていた浮気の心配は皆無と言ってもいい。

だが瑛子が言うには純一は最近何やら不審な行動をしているらしい、浮気でなければ一体彼は何をしているのか。その疑問がすぐに頭に浮かんで来る。

彼の仕事がそれに関わっているのか、しかし芸能記者の扱う情報を一般人に容易く話すとは思えない。それに永倉は使い走りの下っ端でその情報を扱っていないかもしれない。下手に聞いて怪しいと思われては今後の調査がやりづらくなる。

とりあえず此処は彼が愛妻家で浮気の心配があまり無いというのを聞けただけで収穫と思って正はカツ丼の残りを平らげ、最後に麦茶を飲み干して昼食は終わり。正の腹はこれで落ち着き満たされてくれた事だろう。


会計は永倉が払ってくれて、正はカツ丼を奢ってもらった形で店から出て来た。

「永倉、本当に奢りでいいのか?」

「構わないさ。たいした出費でもないし、それに…」

遠くを見つめるかのように永倉は前を見ると、次の言葉はそれから口にしていく。

「お前には昔助けてもらった借りがあるしな、少しでも返しておかないと罰が当たる」

「昔………ああ、あれか」

正にも何やら心当たりがあったようで、その光景は学生時代にまで遡る。



永倉はその時不良に絡まれていた、人気の少ない場所で数人。逃げる事も立ち向かう事も出来ない絶望的な状況。

このまま自分はこの連中にただただ殴られるしかないのかと目をキュッと瞑った、しかし待っても一向に身体の痛みはやって来ない。殴られるのかと思っていたのがどうしたのかと恐る恐る目を開けるとそこには驚く光景があった。

自分よりも身体の小さい人物が数人の不良を相手に戦っていたのだ。それも不良の方が歯が立たず、一人が向かって行ったかと思えば投げられ、一人は腹に膝蹴りを喰らっては地面をのたうち回り苦しむ。

気づけば不良達全員がその場で倒れ、その人物は何事も無いかのように立っていた。彼の姿が、強さが、その時永倉にはとても眩しく見えたのだ。

それが中学時代の正と永倉の出会いだった。




「あの時お前に助けられてなかったら俺は最悪この場に今こうして居られなかったかもしれないんだ」

もし不良があのまま永倉に向かって行ったら確実に永倉は無事では済んでいなかった、そして不良による痛めつけ次第では最悪のケースまで行った可能性も否定は出来ない。まさに正は永倉にとっての命の恩人という訳だ。

それを思えば正にカツ丼を奢るぐらいどうという事は無い。

「…あの頃の俺の喧嘩、人を救う事もあったんだな」

学生時代、正は喧嘩に明け暮れていた。それは褒められたものではないが正とて最初から別に喧嘩がしたかった訳ではない。

正も最初は神王家の元で合気道、武術を習って大きな大会で優勝しようとしていた。しかし事あるごとに優秀な兄や姉と比べられて比較されてばかり、それがうんざりする程続いて正はその鬱憤を晴らすかのように不良相手に喧嘩をするようになった。

ルールのある試合と違って何でもありな喧嘩の世界、そこで戦う方が試合のルールの中でばかり戦う兄や姉を上回る強さが手に入るかもしれない。そんな期待も無かった訳ではない。だが喧嘩で相手をどんなに倒そうが正が認められる事は無かった、むしろ正道から邪道へと外れた出来損ないのレッテルを貼られたのだった。


正は間もなく自分の家を出て、以降神王家とは一切関わりを断ち切った。正にとってあの家はもう何も関係無い、それは向こうも同じように思っているかもしれない。家を出ても連れ戻そうとした事がただの一度も無いのだから。


そんな昔を振り返り、正の意識は現実世界へと戻り永倉の方を見る。

「じゃあ、カツ丼ご馳走さん…仕事について儲かったらステーキでも奢るから」

「そいつは楽しみにしてる。良い仕事が見つかると良いな」

永倉から聞ける情報はこんな所と判断し、正は此処で永倉と別れて永倉はマジリアルのある方向へと向かって歩いて行った。昼食休憩も終わり彼もこれから仕事なのだろう。

無職の仮面を被っていたが永倉がいない今その必要は無い、その仮面を取って再び正は探偵へと戻る。

先程永倉から聞いた情報について正はもう一度頭の中で確認を始める事にした。まず瑛子の夫である純一はマジリアルの編集長、瑛子は最近純一がこそこそしていて様子がおかしいと言っていて浮気の疑いがあるが永倉によると純一の愛妻家っぷりは社内でも知られている。

これだけを信じれば純一の浮気の可能性は低く思えるがそれはマジリアルの社内での純一の顔だ、その外ではまた違う顔があるのかもしれない。その調査についてはまだこれからの上に純一本人を見てもいない。彼の容姿に関しては瑛子から事前にスマホで彼と幸せそうに映る2ショットを自慢げに見せられた時に顔を確認したので抜かりはない。

後は純一本人が社内から出て来るのを待ってその後の行動を尾行して調査するのみだ。



正は再びマジリアルの前まで歩いて戻って来た、先程は永倉と出会うというアクシデントがあって場を離れていたが見た所変化は無い。彼が急に体調不良となって既に会社を出てしまってはほぼ意味の無い張り込みとなってしまうが、此処は普段通りである事を願いたいものだ。

また永倉と此処で会ったら流石に正が此処に再び居る事を不審に思うかもしれない、彼の姿にも警戒する必要がある。

とにかく今度は此処から動かず張り込み続けようと正はスマホを手にしながらマジリアルの前を張り込み、見張り続ける。


時間が流れるのが遅く感じ、空は徐々に日が傾いてきて夕方を迎えようとしていた。この時間マジリアルのある建物から人が何人か出てき始める。時間的におそらく仕事が終わり帰宅といった所だろう。その中に純一の姿もあるかもしれない、正は見逃すまいと集中して一人一人を遠目で確認する。

しかしどれも純一ではない。

彼が定時に上がるとは限らない、遅くまで仕事の可能性もある。その時は更に待つしかない。

やや冷える夜を思うと暖かいココアが欲しくなる、正が自販機でそれを買って夜に備えるかと考えていた時……。



「!」

建物から一人の男が出て来て正の目はその姿を捉える、真ん中分けの黒髪短髪。茶色のスーツを纏いメガネをかけた男。身長は170Cm以上はありそうで真面目そうな印象がある。

スマホで彼の写真を改めて確認すれば間違い無い。


彼が瑛子の夫でマジリアルの編集長、星見純一だ。


他の社員達と同じように帰宅していく姿を見て正は純一の後を追って歩き出し尾行を開始する……。

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