第8話 File2 友を求めて3

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。



山岸から友人である海堂泰之を探す依頼を引き受けた正は調査を開始し、彼らしき人物が神田の居酒屋速速に出入りしているという情報を得られた。正は居酒屋の開店時間に合わせて張り込み、その人物が来るのを待っていた。そしてその時は突然やってくる、海堂がガラの悪い連中と共に歩いて来るその姿が正の目に飛び込んで来たのだ……。




「(あれが海堂泰之か…?)」

不良らしき連中と共に歩く金髪の男、格好は黒いジーンズに赤ジャケット。黄色いシャツが見え隠れしている。あの写真で見たような真面目な印象は今の彼には感じられない。

正はその彼をスマホを操作しながら観察していく、見た所脅されて一緒に居るという感じは無い。連中は居酒屋速速へと入って行った。

少し間を置いて正も続いて居酒屋へと入る。


「いらっしゃいませ…お、探偵君か」

正を出迎えたのは石山。最初にこの居酒屋速速に訪れた時に最初に出会い正に協力してくれた従業員だ。

「客としてそのうち来るつもりが立ち寄る機会早々に来たよ」

「そいつはどうも、ゆっくりしてきな」

正は居酒屋の店内を見回した。数組の客が居てその中にガラの悪い集団は大人数の席に座っている、正はその近くのカウンター席に腰掛けて背を向ける格好となる。

このまま何も頼まないのも怪しいので正はソフトドリンクのコーラ、更に焼き鳥のつくねとネギともも肉を注文。

「あー、ビール美味ぇ~~」

ガラの悪い男の一人か後ろから声が聞こえて来る、ビールを飲んでご機嫌らしい。それに合わせてという訳ではないが正もコーラを一口飲む。

「ラーメンもあるじゃんか、飲んだらシメで頼むとするかぁ」

その内の一人はメニュー表を見たのかラーメンがある事に気付く。正もそれは見ており確かに居酒屋速速にラーメンも置いてあった。



「此処のラーメンは止めとけ、スープがイマイチで太麺を活かしきれていないんだよ」

その時ラーメンに関して口を出す男の声が聞こえた。それに思わずもも肉を食べる正の串を持つ左手が止まる。山岸から海堂はラーメンが好きと此処に来る前に彼の店でそれを聞かされており、まさかと思いつつ男達の会話に集中した。

「マジか海堂?ラーメンに煩いお前が言うならそうか…じゃあ他のにするかな」

男の声はハッキリと口にしていた、海堂と。やはりあの金髪の男が海堂で間違い無い、正は確信した。そうなればあの一緒に居る男達は悪魔神の連中と見て良いだろう。

口調を聞く限りでは男達とは対等な立場にあるようでやはり脅されて悪魔神と共に居る感じには思えなかった、だとしたら彼は自らその組織へと入って行ったのだろうか。

どれくらい居るつもりなのか、それは彼らにしか分からない。ラストオーダーまで入り浸る事も考えられるが、正はそれでもその席で張り込む。コーラを飲み、焼き鳥を食べ終わっても連中はまだ酒を飲んでいる。更に海堂が一人になるような機会は中々回っては来ない。とりあえず正はメニュー表を見て普通に美味そうと思いショートケーキを注文。張り込みじゃ無ければゆっくり味わって食べたかったがまた仕事が無い時に改めて来ようと決め、ケーキを食しつつ男達の様子を伺った。


「おーし、そろそろ行くかぁ~」

男達は此処でお開きのようでそれぞれが席を立つ、正も少し間を開けてから会計をする。

「あ、お釣りいいです」

正は1000円札2枚を置いて店を後にする。お釣りを待っている間に見失っては不味い、外へと素早く出ると辺りを見回した。先程の男達が何処に居るのか、正はその姿を探す。


ガラの悪い目立つ集団なので探す事に苦労はせず連中は居た。どうやら正の尾行に気づいている様子は無い、連中の中には酔いが回って千鳥足で歩く者も居る。

全員揃って悪魔神の根城としている場所へ戻るのか、それとも個人の家へそれぞれ帰宅か。少しの間全員が歩いていたが途中で一人、また一人と歩いて帰り、そして海堂が一人となる。


絶好のチャンスだ、今なら他の悪魔神の連中の余計な邪魔は無い。話す機会は今だと正は尾行から一気に海堂へと距離を詰めて行った。そして……。


「海堂泰之さん、ですか?」

「ん?誰だ」

正は海堂へと声をかけた、名前を聞いて振り返る男。間違いなく海堂泰之、依頼人の山岸が探していた人物で間違いは無い。視線を下へと海堂が落とすとそこで小柄な正と目が合った。

「子供が俺に何か用でもあるのか」

「…一応成人男性です、僕は人に頼まれてあなたを探すよう言われ此処に来ました」

見た目から正を子供と判断する海堂、そんな相手に自分を探しに来たと言われると嫌でも気になってくる。何故自分を探しに来たのか、探しに現れたこの少年は何者なのかと。既に海堂の頭の中はそれを頭から無視出来なくなってきており話を聞く気になったのか、立ち止まって正と向き合う。

「まず、僕はこういう者です」

自分の名刺を取り出すと正は海堂へと名刺を差し出した。

「……神王探偵事務所……探偵?お前が?」

海堂の表情は困惑したような感じに変わっていく、突然探偵がいきなり現れると大抵そうなる。普段の生活では探偵と関わる事など全く無いだろうから。



「あなたの友人である山岸鉄太、彼からあなたが2ヶ月前からずっと姿を見せなくなったと心配して依頼をしたんですよ」

「鉄太……ああ、そうか。あいつに頼まれて来たのか」

友人である山岸の依頼で来たと言われ海堂は理解した様子だ。

「だったら帰ってあいつに伝えな、全く心配いらないからお前は自分の店の心配だけしとけってよ」

「…会うつもりは無いんですか?」

「無い」

正に伝言だけ伝え、海堂は山岸と会うつもりは無いらしい。何故なのか、それはやはりあれが原因なのだろうか。

「悪魔神という不良集団と関わりがあるから彼を巻き込みたくない、と?」

「!?お前、何でそれを…!」

海堂が悪魔神と関わりがある、それを正が口にすると海堂の顔は驚愕へと染まった。

「調査の途中で知りました、あなたが悪魔神と一緒に居る所を見たという情報がありさっきも共に酒を飲んでいたりと」

「…」

目撃情報があり、更に正は実際この目で見ており更にダメ押しとしてこっそりスマホで彼らを撮影していてその現場も抑えてある。これで知らない、他人だと押し通させはしない。



「…ああ、俺は悪魔神の一員さ。落ちぶれて不良になった、これで満足か?」

暗い影を落としつつ海堂は自分が悪魔神と関わりある不良だと自ら認めた。

「……何故その一員に?何か理由でもあるなら」

「関係無ぇよ」

海堂はこれ以上は話す事は無いと背を向けて歩き出そうとしていた、正は此処は逃せないと更に追求する。

「関係無いかどうか話さないと何も分からないでしょう、山岸さんもさっきのあの伝言だけじゃ全く納得しないと思います」

「あいつは俺の身を心配して探してたんだろ、俺はこの通り元気でなんともない事が分かってめでたしで良いじゃねぇか」


「そんな暗い表情で元気と言われても何も説得力が無いです、…これで山岸さんが納得せず再び頼まれたら僕はまたこうしてあなたの元へ来ますよ?それこそ何度でも」

「話す気は無いって言ってもか?」

「話す気になるまで会います」

海堂は正の目を見る、そこには海堂の目を真っ直ぐと見据える正の目があった。正は本気で海堂が話す気になるまで何度も訪れるつもりだ。話してくれるまで何処までも何処までも喰らい付く、自分から手を離すような事は決してしない。


互いの目を見て5秒、10秒。そして1分が経過、実際はもっと経っていたかもしれない。それぐらい互いに視線を逸らさず見ていた。



「…話したらお前、なんとかしてくれるのか?」

すると黙って正の目を見ていた海堂が突然口を開いた。

「俺になんとか出来る範囲であれば」

何でも出来る訳ではない、正はただの探偵であってスーパーヒーローという訳では決して無いのだ。ただ手が届くなら何とかしたい。



「………此処じゃなんだ、別の所に行くか。喫茶店とかこの時間やってたかな…?」

「それなら良い場所ありますよ」

此処では話せない事なのか場所の移動を海堂は提案、もう遅い時間帯で近くに喫茶店をやってる店は無かったかと探す海堂に対して正は良い場所があると告げて歩き始め、海堂も後に続いて歩き出した。




5分ぐらい歩くと目当てのテナントビルの灯りが見えて来た。喫茶店ヒーリング、そしてその上にある神王探偵事務所。正はその我が家への階段を上って行く、何時もと違うのは金髪の男という連れが居るぐらいだ。

「どうぞ」

鍵を開けて正は海堂を事務所へと招き入れた。探偵事務所と分かり海堂は物珍しそうに辺りを見回している。

「探偵の事務所か……案外普通だな?」

「奇抜なデザインを期待してたなら裏切ってすみません」

探偵の事務所に関してのイメージは人それぞれだ、この海堂も探偵事務所の事を何か変わった感じをイメージしていたのかもしれない。実際は普通の事務所だ。ただ此処の場合は普通と違う事もある。

「あ、お帰りー」

そこにこの事務所の居候である双子の兄妹、明と涼の姿があった。二人はTVを見ており、帰って来た正に気づいて振り返る。

「ん?お客か…?」

「まあそんな所だ」

明が正と共に居る金髪の男、海堂の姿に気付く。二人は海堂へと挨拶をして海堂も戸惑いながら挨拶、小さい子供の相手は慣れてないらしい。


「あの子供達は…お前の兄妹か?」

「いや、居候です」

「居候?」

「まあその辺りは色々ありまして……それより話の続きを」

正は座り慣れたイスへと座り海堂はお客用のイスに座り対面の形となる。此処ならば人に聞かれる心配は無い、明と涼も外部へ話すような事は無いだろう。これで話をする体勢は整う。



「悪魔神は……鉄太の店を狙ってる」

「え?」

突然の事に正は尋ねる言葉が出てこなかった。海堂の居る悪魔神、それが山岸の店を狙っているというのはどういう事なのか。

「2ヶ月前だ、俺は偶然鉄太の店の前に居るあいつらの会話を聞いたんだ。…この店は中々儲けてるから高額の金を搾り取れそうだと」

2ヶ月前、それは山岸が海堂の姿を見かけなくなった時期と同じだ。やはりその時期に何かがあった、それが悪魔神が関係しており彼らが山岸の店を狙っているとは思っていなかったが。



「まさか海堂さん、山岸さんの店を…山岸さんを守ろうと悪魔神に自分から入って阻止しようと?」

「ああ、その通りだ」

そこまで聞くと正は海堂の目的が山岸を守ろうと自ら悪魔神へと入り彼らの計画を潰すつもりで姿を消したのだと、彼をそこに巻き込まないようにしようと。山岸が友を気にかけ探している一方で海堂はその山岸を守ろうとしていた。

しかしこの海堂という男、不良集団に潜入とは随分と無茶をするものだ。


「相当な度胸ですね、そんな潜入……俺よりあなたの方が探偵に向いてそうじゃないですか」

正は冗談混じりにそう言うと海堂は顔を俯かせた。そこには暗い表情が見えている。

「……これ以上俺の身近な存在がいなくなるのを見たくないんだ」

「それは………」

誰の事かと訪ねようとするがそれは踏み込んではいけないと正は途中で尋ねるのを止めた。しかしそれを察したのか海堂は顔を上げた。

「いいさ、話す。あいつらの計画を聞くより前……俺の親父が亡くなったっていう知らせを電話で受けてな、それで当時してたバイトを途中で放って実家に急いで帰った、…それまで日常を普通に過ごしてたのに突然親父は死んじまった。……心にぽっかり穴が空いちまったみたいで何もする気が起きなくなって家に籠もってたんだ」

突然の父親の死、それは当時の海堂にとって信じられなかった事だろう。それまで普通に過ごしていた者が突然亡くなる。計り知れないショックが海堂に襲いかかり、彼から気力を奪ってしまった。


「そんな俺を心配してか鉄太の奴は俺の家に来ては励ましてくれていたが、当時の俺はそんなあいつに応える余裕が全く無かった…」

山岸は父親を亡くしてショックを受けている海堂を心配し、励まし続けてきた。しかし海堂はそれに応えられず中々立ち上がる事が出来なかったのだ。

「それで時が経過して、貴方はその山岸さんに応えようと店に行った。そこに……」

「ああ、そこからはさっきの話の通りだ」

時間が経ち海堂は山岸の元へ自分から向かう、そこに悪魔神の企みを聞いてしまって彼はそれを止めようと自らその懐へと飛び込んだと。これで大体の流れは分かった。


「それで、あなたは悪魔神の計画をこれから潰そうと動く訳ですか。それで山岸さんに会うのは出来ないと」

「相手はヤバい不良達だ、あいつ自身に危害を加える可能性は充分考えられる。危ない橋を渡るのは俺だけでいい」

山岸と徹底して関わらないようにしたのは自分が彼とは無関係であると連中に思わせる事、自分が裏切って山岸と関係していると分かれば海堂には勿論、山岸にも容赦はしないだろう。

「あいつらはこれまでいくつもの詐欺を重ねている。それで俺は証拠を集めて来た、…そろそろ頃合だ。それに連中も鉄太の店に仕掛けるのも間もなくだからその前に奴らを潰さなければいけない」

悪魔神があくどい事をして儲けているとは坂井から聞いていたが彼らは詐欺によって組織を大きくさせていたようだ。それは増大する前に潰しておいた方が良い、つまり正の次にするべき事は一つだ。

「連中を潰すつもりなら協力しますよ」

「お前が?…依頼とは関係無いだろ、俺を探すっていう依頼ならもうとっくに達成してるはずだ」

「個人的に悪魔神を潰したくなっただけなんで、俺にとってもあいつら商売の邪魔になりそうですから」

口ではこう言ったが正は山岸と海堂の友情を悪魔神に破壊されたくは無いと思った、これで二人が再び会わずに離れて行くのは良くないと。


その邪魔をする悪魔神に対して欠片も容赦するつもりなど正には無い…。

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