第7話 File2 友を求めて2
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
ラーメン屋の店長兼オーナーである山岸鉄太から2ヶ月前姿を消した友人である海堂泰之を探してほしいと依頼を受けた正、彼の行きつけである居酒屋と元々住んでいた場所を回った結果海堂は2ヶ月前ぐらいからアパートを退去していた事が分かった。彼が姿を消したのと同時にアパートも退去している、2ヶ月前に一体何かあったのだろうか…。
アパートの大家からはこれ以上はたいした話は聞けず正はアパートの外へと出て来た。
少なくとも海堂は此処で2ヶ月前までは普通に暮らしていた、それがアパート退去となり友人の前からも姿を消している。
その足取りを調べるにはこれからどうするべきか、正は頭の中で深く考える。
2ヶ月前以降の彼についてどうにか調べられないか、情報を得られないかと。効率は悪いが手当たり次第で人に写真を見せて聞き込みに回るしかない。
正がそう考えた時、スマホの電話が鳴り出した。その相手は石山、先程出会った居酒屋速速で働く従業員の男だ。
「もしもし?」
「ああ、探偵君か。先輩に聞いたら居たぜ、写真の男に心当たりあるって」
石山には写真を見せて彼のスマホにその画像を収めている。それを先輩へと聞いてくれたのだろう、そしてその先輩が海堂について心当たりがあるという。
「なんでも最初は髪の色が違って分からなかったらしい、先輩が最近見たそいつは金髪に染めていたんだとさ」
「金髪…」
改めて正は写真を取り出し海堂の写真を見てみる。写真の中の海堂は黒髪だが石山の先輩は金髪の海堂を見た、単純に考えれば髪を染めたというのが妥当だろう。髪を染める動機、タイミングは人それぞれだ。
だが話はそこで終わりではなかった。
「後、何かガラの悪そうな連中も一緒だったな。ヤンキーっつーか…今は言い方としちゃ半グレか?」
ガラの悪そうな連中、海堂がその者達と一緒だった。居酒屋で一緒という事はそれが今海堂が一緒につるんでいる仲間達という事だろうか。
写真の中にあるあの真面目そうな青年がその付き合いをしていたのは意外だった、それとも姿を消す以前からそういう付き合いがあったのか。それは本人に聞かなければ分からない事だ。
石山から聞けるのはこんな所だろう、最近の海堂とその付き合いを知る事が出来たのは収穫である。
「助かった、今度は客として居酒屋に立ち寄らせてもらうよ」
「おお、酒飲める大人になったら来いよ。まあ飲めない人向けのソフトドリンクもあるし飯も美味いからな」
一応成人した大人なんだがと言う前に石山は電話を切っていた。結局正の事は年下の子供扱いのまま変わらずだったが、そんな事は問題ではない。
海堂は不良との付き合いがある、だとしたら行く価値のある場所の候補が出て来た。神田を根城にしている男の元へ、正はスマホをポケットへと仕舞うと目的地へと歩き出した。
神田を拠点とする不良グループ、組織の名はその世界に身を置く者ならば聞き覚えはある。そして同じ不良も大抵避けて通る。
それが令和鬼神という名だ。正はそこのボスである坂井竜介と学生時代から喧嘩をしてきた仲であり今も付き合いがある。そして今も彼に会おうと正はその事務所前、入口に立っていた。呼び鈴を鳴らすと…。
「誰だ?」
「坂井竜介に用がある、神王正だ」
応対した男の声に正は答える。その正の言葉にドアは開かれ、男が出て来た。
「あ、これは神王さん!ご無沙汰してます!」
「あんたは…ああ、あの時の」
男の姿に正は見覚えがあった、確か犬のペット探しの時に向こうから因縁を付けてきて正に返り討ちにされた令和鬼神の新入りだ。
「まだ名乗ってませんでしたっけ、俺は田村(たむら)っス」
田村は改めて正へと自己紹介、しかしあの絡んで来た時とは全然違う。正の強さを知ったからなのか兄貴分達から教えられたのか知らないが。
「それじゃあ田村、竜介は今居るか?」
「居るっス、どうぞお入りください」
正は令和鬼神の事務所内へと通された。部外者でこういう事がすんなり許されるのは正ぐらいだ。
「おお、正か」
事務所の奥の椅子に座る長身で黒髪のオールバックの男、坂井。令和鬼神を率いるリーダーであり裏の事情には詳しい、その情報網を正は度々頼らせてもらっている。
「連絡無しで来て悪いな」
「何時もの事だろ、それで今度は何の仕事だ?お前が此処にただ遊びに来る訳無いしな」
此処に遊び目的では来ない、そもそも遊べるような雰囲気でも環境でもない。正が此処に来たのはある物を見てもらう為だ、正は一枚の写真を取り出す。
「竜介、こいつを見てくれ。」
「写真?何だこの男は」
「今俺は依頼でその写真に映る男を探してるんだ、名前は海堂泰之。ああ、写真じゃ黒髪だけど今は金髪になっているらしい。そしてガラの悪い連中と付き合いがあるっていう話をこの神田の居酒屋で聞いた」
取り出したのは依頼人である山岸から預かった海堂の写真、それを正は坂井へと見せた。ガラの悪い連中、そういう不良の類なら坂井に何か心当たりがないかと思ってこの令和鬼神を訪ねたのだ。
「海堂………金髪、ああ。こいつ、悪魔神の所の奴か」
「悪魔神?」
写真を手に取る坂井は海堂について思いだし、悪魔神の所の者だと正に教えた。悪魔神、それに関しては正は知らない。
「最近力を付けてきているチンピラ集団だ。勢力を広げているとは聞いてたが神田にも現れるようになったとはなぁ…」
悪魔神と呼ばれる正体はチンピラ集団、つまり海堂はそのチンピラ達の仲間という事になる。しかしこの神田は令和鬼神の縄張りだ、そこに他の連中がずかずかと入り込んで来るとは相当な命知らずなのかそれとも何か勝算があってそうしているのか。
「何かとあくどい事で儲けてるって噂も聞くから、うちとしては神田で悪巧みされる前になんとかしておきたい所だ」
どうやら悪魔神は令和鬼神のような不良集団とは違うタチの悪い連中らしい。そんな中に海堂は身を置いていて友から距離をとっているという事だ。
「そのあくどい事…例えばどんな事をするんだよ?」
「飲食店に嘘の投資話を持ちかけて投資させる、といった所か」
悪魔神の儲けるやり口としては坂井によれば詐欺の類でそれを連中は組織を拡大させようとしている、飲食店側からすればなんとも迷惑な話である。
ただの人探しで悪魔神なるチンピラ達が関わってとは思ってなかった、正はこれは中々面倒な事になるかもしれないという予感がしてきていた。
「此処でそんな事するなら場合によっちゃ俺らも黙っていない。正、奴らに関する事何か掴んだら俺に知らせてもらえるか?」
「ああ、そっちも何か分かったら教えてもらえるとありがたい」
不良絡み、此処は坂井達令和鬼神と手を組んだ方が良さそうだと正は判断して坂井と情報を共有する事を決めた。
しかし海堂は何故悪魔神と共に居るのか、そこに身を置く理由としては脅されて入れられたか、それとも自分から好きで入って行ったのか。どちらにしても海堂に会う必要がある事に変わりは無かった。
何処へ行けば海堂に会う事が出来るのか、現時点での候補を正は頭の中で考えてみる。
真っ先に上がったのが居酒屋速速だ。根拠としてはあそこで最近の海堂を見ており更に悪魔神らしき連中と共に居るのを石山の先輩である従業員が見ている。
という事は今の海堂があそこに再び訪れる可能性がある、此処は自分の目で海堂本人かどうかをまずは確認したい所だ。何より他に手がかりは特に無いのだから。
坂井の居る令和鬼神の事務所を後にした正は居酒屋速速の開店時間までまだ時間があるので、此処は他の場所で時間を潰そうと考えた。そして自然と正の足はある場所へと歩き始めている。
秋葉原と神田の間の大通りにある一件のラーメン屋、正の事務所から気軽に歩いて行ける距離にそこはあった。依頼人である店長兼オーナー山岸の店である旨旨軒(うまうまけん)で正は時間潰しも兼ねて英気を養いに訪れる。
「いらっしゃいませー」
店員の声に出迎えられながら正は店の中へと入る。評判の良い店らしく清潔感がある、正は置くの席へと腰掛けた。
この店のおすすめは塩ラーメンという事らしいので正は塩ラーメンを食券で買って注文、ほどなくしてラーメンが正の前に運ばれて来て正はレンゲを手にしてスープをひとすくいして一口飲む。
旨い、これに合わせて麺を食べたいという気持ちに抗う事は出来ず麺もすする。細麺とスープの相性がこれ以上無いぐらいに絶品でありとにかく旨い。
「探偵さん、うちのラーメン気に入ってくれましたか?」
そこに現れたのは今回の依頼人である山岸。事務所に現れた時とは違い今は仕事場で頭に黒いバンダナ、店の名前が入った黒いTシャツとラーメン屋での彼の仕事スタイルだ。
「…正直常連になりそうです。本当に旨くて」
今まで正が食べたラーメンの中でこれは一番旨いラーメンになるかもしれない、気づけば彼はスープも飲み干し完食していた。
「幼い頃からラーメンが大好きでしてね、将来の夢は絶対ラーメン屋をやろうと書いたりしたもんです」
「その夢を叶えて今に至る……凄いですね」
幼い頃からの夢を叶えた男、山岸が正にとっては眩しく思えた。夢を持ち続け、それを実際に叶える。それは言う程簡単な事ではない。この若さで一国一城の主となったのはたいしたものだ、そして本当にラーメン好きというのがあの絶品の塩ラーメンで表されているのだろう。
「本当は海堂も此処で働いて一緒にラーメン屋やりたかったんですけどね…」
「海堂さんもラーメン好きなんですね」
「ええ、俺に負けず劣らず大好きですよ。互いにラーメンを作っては試食を繰り返したもんです」
今探している捜索対象者である海堂泰之、彼もまたラーメンが好きであると山岸は昔を振り返っていた。
「…彼はこの店には誘わなかったんですか?」
「勿論誘うつもりでしたよ、ただ……」
暗い顔で俯く山岸の顔、何かあったように見えてそれが今の海堂に繋がっているかもしれないと見て正は話を聞く。
「あいつ、父親が病で亡くなって滅茶苦茶落ち込んでしまったんです…。そんな辛い時に店で一緒にやらないかと言い出せなくて……それで時間をおいて改めて誘おうとしたんですけど、姿を消してしまって…」
海堂は父親を亡くしていた。つまりそれで自暴自棄になって不良とつるむようになった可能性が出て来る、しかしこの山岸に今海堂が悪魔神と付き合いがあるというのは言い出すのは良くなかった。まだそれが海堂本人なのか確認が出来ておらず正自身の目で見てみなければ分からない。これで海堂がそれと関わりがあるなら山岸も悪魔神に関わって何かヤバい目に遭うという万が一の事は避けなければならないだろう。
「…調査についてはまだ滑り出しですが、近いうちに進展を報告しようと思います」
「はい、よろしくお願いします…なんとかあいつを見つけてください」
調査については居酒屋で海堂と会って話が出来たら改めて山岸に報告しようと決め、正は店を後にした。そろそろ居酒屋速速の開店時間を丁度迎える頃だ。その足は神田へと向かっている。
開店時間を迎える時間帯の居酒屋速速の前は先程よりも人通りが多くなっており飲食店にとっては稼ぎ時だ。此処で正は張り込みをする事にし、居酒屋の向かい前に立ちスマホを取り出してそれに夢中になる若者を演じる。人通りもあって正はその中に溶け込んで誰も正が張り込みをしているとは思わず通り過ぎていく。
今の季節の張り込みは冷えるものがあるが、旨旨軒のラーメンを食べて来たおかげか身体は温まっておりそこまで辛いという事も無かった。それで身体が冷えて来たらすぐ近くの自販機で売っている暖かいココアを買って飲むまでだ。
一人、また一人と居酒屋速速に出入りが続くが目当てである海堂はいない。ついでに言えば柄の悪そうな男達の姿も無い。
彼らが何時も此処で飲むとは限らない、あの日たまたま此処だったというだけで今日は別の所という可能性は勿論ある。更に来るにしてもその時間は何時になるのか分からない、開店時間すぐならば見逃してしまうと思い正は早々に来たのだがそのおかげで長時間こうして待つ事になる。
スマホの充電も限られている、出来る事ならその前に来てほしいものだ。
あれから何時間経過したのか、空は最初は青空だったのが何時の間にか夕焼けへと変わり夜を迎えようとしていた。
正は自販機で暖かいココアを購入して飲んでいる、流石にこの長時間での張り込みは身体が冷えてくるので暖かい飲み物は欠かせない。彼にとって幸いだったのは自販機が数歩歩いてすぐの所にあったという事だ。
今日は来ないのか、それとも更に遅い時間帯になるのか正がそう思ってココアを飲み終えた時……。
左側からガラの悪い数人の男達が歩いて来た。人々はそれらを避けて歩いている。
いずれも正の知る令和鬼神では見ないような顔ぶれだ、となると悪魔神の方の可能性があった。正がその顔をスマホを見ながらチラ見していると……。
写真で見た顔がそこにあった、頭は金髪に染めているがその顔は見覚えがある。
海堂泰之、ついに正自身の目でその姿を捉える事に成功したのだった…。
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