第6話 File2 友を求めて
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
外は冷気を帯びる風が吹いている、こんな中でも人々は様々な目的を持って歩いている。その目的が何なのかは交差し去って行く者たちには知る由がない、更に言えばその関心も持たないだろう。
そして此処にも一人目的を持って歩く男の姿があった。
その足が立ち止まり顔を見上げ、視線が見つめる先にあるのはテナントビル。神王探偵事務所の看板だった…。
「案外探偵って暇なんだな」
TVの画面に向かいながら話すのは床に座り込む明、その隣に同じように座る涼がそれぞれゲームのコントローラーをその手に持っていた。そして更にその横に事務所の主である正が椅子に座って二人と同じくコントローラーを握る。3人がやっているのはボードゲームであり、4人まで参加可能であり残りの1枠はCPUが相手を勤めている。
神王正、此処神王探偵事務所の主であるが今は依頼が何も入って来ておらず探偵としての活動が出来ていない。その探偵に暇と言った明はついこの間まで秋葉原でスリをして生計を立て、双子の妹である涼と共に生活をしていた。だがほんの少し前に起こった株式会社絡みの事件を機に正の事務所で世話になる事になり、今は正とこの事務所で3人の生活をしている。
妙な縁から始まった共同生活、少し前までは正のみしかおらず会話する相手は特にいなかった。それが二人の子供と共にこうしてゲームをやっていて暇つぶしの相手になってもらっている、このような新たな日常を正は迎えていた。
ゲームの方は現在涼が独走状態でトップとなっており、それに正が2位の位置につけている。ビリになりかけていた明はCPUを追い越し正を追い抜こうと後を追う形だ。
「探偵が何時も事件を調査していると期待してたんなら外れだな、暇な時の方が多いんだ」
「次のお客さん何時来るのか推理出来る?」
「……それは、分からない」
涼が正へ次の客は一体何時来るのかの推理を求めたが別に探偵というのは予言者とかそういうのではない、次の客が何時来るのか。それは可能ならば正の方が知りたいぐらいだった。
そんな事を思いながらゲームを進めていくと………
トントン
ドアをノックする音が聞こえて来た、それに反応したのは正よりも先に涼の方であり彼女が先にドアを開けに向かっていた。
そのドアを涼が開くとそこに立っていたのは見知らぬ男だ。
髪を銀髪に染めており、身長は170後半ぐらい。上着の前を開けてシャツを見せている今時の若者らしいファッションをしている。年齢は20代前半といったところだろうか。
「……いらっしゃいませ、お客さんですか?」
「あー、えー……此処探偵事務所で合ってるかい?」
涼に対して男は屈んでこの場所について尋ねる、どうやら探偵事務所に用があるようで待ちに待ったお客の可能性が高いように思える。
「涼、ちょっと奥に行っててくれ。失礼しました、此処で合ってますよ」
正は涼を明の居る奥の部屋へと戻るように言うと涼に変わって男と向かい合う。どうも軟派な男に見える、しかし何やら困ったような表情を見せている。探偵事務所に来る程に困ったような事情を抱えているのか、ともかく正は男と話をする。
男が椅子へと座ると向かい合う形で正も椅子に腰掛けた。これで話す準備は整う。
「まずは貴方のお名前をお願いします」
「山岸鉄太(やまぎし てつた)です、職業はラーメン屋やってます」
「ラーメン屋、アルバイトか社員で?」
「一応オーナー兼店長してます」
「そうだったんですか…失礼しました」
山岸という男、今の現代の若者のような外見だが職業はラーメン屋の店長でオーナーと一国一城を築き上げていた。正と同年代ぐらいであろうこの年でそこまで成し遂げるのは中々出来る事ではない、人は見かけによらないという訳だ。
しかしそのラーメン屋の男がどういう依頼で此処に来たのか、それは話しを聞くまでは分からない。いよいよ正はその辺りを尋ねる。
「では、依頼内容をお願いします」
「……友人を、探してもらいたいんです」
「友人?」
山岸の依頼、それは友人を探してほしいというものだった。探し物といえば大抵ペット探しではあったが人探しの依頼は正にとっては久しぶりになる。
「幼馴染の友人なんですけど、2ヶ月前から姿が見えなくなったんです。心当たりのある所に全部当たったけどいなくて…」
幼馴染の友人、その人物を探してほしいと言う山岸の表情は不安に包まれていた。友人の行方が分からなくて本当に心配しているように見える。
「その幼馴染の友人の名前は?出来れば外見も確認出来ると…」
「海堂泰之(かいどう やすゆき)って奴で、こういう奴です」
山岸は海堂という人物の写真を取り出し正へ見せた。その海堂の外見は男である事が確認出来た、隣に山岸と並んで仲が良さそうに写真に映っている。海堂は黒髪の短髪で身長が山岸と同じぐらいの170Cm後半といったところか。見た目は真面目そうな好青年に見える。
「それまでは彼には会っていたんですか?」
「ああ、うちの店に来てラーメンを食ったりしましたよ。それが急に来なくなって、連絡も何も無い…」
2ヶ月前、それ以前は普通に会えていた友人。それが急に姿を見せなくなった、一体何故なのか。何かの事件に巻き込まれたか、それとも海堂自身から自ら姿を消したのか、現時点ではなんとも言えない。
「その心当たりある場所の事を教えてもらえますか?」
正はまずは切欠が欲しいのか、山岸に海堂の居そうな場所について訪ねた。
「あいつがよく居た所は神田ですね、そこの居酒屋が気に入っているというのは聞いた事あったんで」
「居酒屋…名前は?」
「速速(はやはや)って所です」
神田の居酒屋速速、その詳しい場所を山岸はスマホで見て此処だと差して正に教える。山岸は一度此処を当たってはいるが情報収集として言ってみても損は無い、それにその時たまたまいなかっただけで海堂が再び訪れるかもしれないという可能性もある。もし本当にそうなったら実に楽ではあるが過剰な期待をするつもりは無い、とりあえず何らかの情報さえ得られれば上々といったところか。
「写真の方ですがこれはお借りして良いですか?」
「ええ、どうぞ。持っていってください」
山岸からの許可を取り海堂の写真は借りる事にした、これで聞き込みの時の効率が良くなる。
「後は…彼の自宅の住所はわかりますか?」
「それが…あいつ、元々居たアパートを出て行ったみたいで今の住んでいる所は分からなくなったんです」
海堂は元々アパートに住んでいた、その住所なら山岸は分かるがそこに海堂は既にいない。だが正はそれでも一応何かあるかもしれないと思い山岸からアパートの場所を教えてもらった。
「分かりました、依頼内容は友人である海堂泰之さんの捜索…という事ですね。出来る限り調査してみます」
「ありがとうございます…!」
依頼を引き受ける事となり山岸は表情が若干ではあるが明るくなる、海堂を発見する事。それが今回の正のするべき事となった。
後は正へと託して山岸は店の事があるので仕事の方に戻って行った。
「ラーメン屋からの依頼で人探しか…ラーメン絡みかと思った」
隣の部屋で依頼内容を聞いていた明が山岸が帰った後に入れ替わる形で姿を現し、後ろから涼も続いて現れた。どうやら今までの話を聞いていたらしい。
「そういう訳で暇じゃなくなった、俺はこれから出るから遅くなるようだったら下の喫茶店で適当に食べててくれ」
「その時はこっちで二人分作って食うから大丈夫だよ」
遅くなる事もあるので正は喫茶店で夕食を済ませるよう言うが明の場合は自分で料理が作れる、涼の分と作って二人で食べる。それだけの材料がある限り可能である、正が留守の間に二人が空腹に陥るという事は無いだろう。
正は身支度を済ませ、スーツジャケットの上着を着て事務所の外へと出る。先程まで時間を持て余していたのが依頼一つ入れば忙しくなる、これが探偵だ。
まずは海堂が通っていると聞いた居酒屋速速へと行ってみる、場所は神田という事なのでこの事務所から徒歩で行ける距離である。
事務所から歩いて15分程でその居酒屋は見えて来た、居酒屋速速。居酒屋を始めて長く経つのか建物は年季が入っている。
時刻はまだ昼前、居酒屋が空いているような時間帯ではない。それを正は当然分かっている、此処には酒を飲みに来たんじゃなく人を訪ねに来たのだから飲めなくても全く問題無い。
正はその扉に手をかけ、開けた。
「お客さん?まだやってないっスよ、夜にまた…」
作業着に身を包んだ20代半ばくらいの短髪黒髪の男が正に気付く、身長は180Cmといった所か。どうやら此処の店の者に間違い無いようだ。
「って、子供か?此処は遊び場じゃないぞ。帰った帰った」
正の低い身長と顔を見て男は正を子供と判断して追い払おうとしていた、このままそれで追い出されては此処に来た意味は無い。
「待ってください、僕はこういう者です」
正は自分の名刺を取り出し、男へと見せた。自分の身分を明かす事は時と場合によっては良くない方へと転がるが今回はやむを得ない。
「…神王探偵事務所?…探偵…って、あのドラマとかで見るあの?」
受け取った名刺と正をそれぞれ何度も男は見た。彼は探偵という者を見るのは生きてきた時間の中で初めてなのだろう、反応が分かり易い。
「そこまで大層なものではありませんが」
「しかしそれにしたって、お前みたいな未成年が探偵事務所の探偵とはなぁ」
「一応成人しています…」
正を未成年だと思っているが正は20を超えた成人男性だ、見た目がそう見えるだけで中々それは信じられ難い。
「俺は此処で働く石山(いしやま)って者だ。で、その探偵君が何の用で来たんだ?」
一応話は聞いてくれるのか石山と名乗る男は正の相手をしてくれている。どうあれ話を聞いてくれる事はありがたい、とは言っても開店時間に備えて色々やる事はあるだろう。あまり時間はかけられないので正は単刀直入で一枚の写真を取り出す。
「この人物がこの居酒屋に来た事はありませんか?聞けば彼は常連という話ですが…」
写真を男へと見せ、石山はその写真をじぃっと眺めた。
「うーん……分からないな、俺もこの店に来てからまだ日が浅いってのもあるけど…常連さん……」
誰か心当たり無かったかと石山は腕を組んで考えるが、該当する人物は特に思い浮かばない。
「俺じゃ分からないから先輩とかに聞いておいてやるよ」
「え?いいんですか?」
「探偵に協力とか滅多に無い機会で自慢出来そうだからな」
思わぬ石山からの協力、これに断る理由は無い。この居酒屋速速で長く働く者ならば海堂の事を覚えている者が一人は居るかもしれない。
店の事がある石山との話は此処までにして正は連絡先を教え、石山へと礼を言って居酒屋速速を後にした。
海堂へと繋がる手がかりは無かったが調査の協力は得られた、上々の滑り出しとなり正の足取りは軽かった。その足で今度は元々彼が住んでいたというアパートまで向かう、住所によれば同じ神田内となっているので徒歩で行ける距離だ。
人通りがまばらとなっている通りにそのアパートはあった。特にこれといった特徴は無い、流石に見ただけでは正確な家賃は分からないが安い家賃で住めそうに思える。
海堂が元々住んでいた場所、山岸から教えられたのは此処で間違い無い。教えられた情報はメモして纏めてある、正は改めて手帳を取り出してそのメモを確認する。
海堂の住んでるアパート、その部屋番号は103と書かれている。それに従い正はその前まで歩く。
すると予想通りだった、海堂は既にこの場所にはいない。それは家の前の表札を見れば明らかだ。
表札には「川上」と書かれていて別の住民が今は住んでいる。
この川上という者が以前の住民である海堂の事を知っている可能性は低いだろう、尋ねるような事はせず早々に正はこの場から引き上げる事にした、その時…。
「お前さん、此処に何の用で来たのかな?」
正へと声をかける人物、その声が聞こえて来た。正が振り返るとそこには中年男性が経っている、50代ぐらいという所か。気難しい印象が伺える。
「すみません、僕は此処に住んでいる海堂泰之君の友人でして…。彼から住んでいる所を教えられたけど中々行ける都合つかなくて結構時間が経って今日近くまで来て此処あいつが住んでる場所じゃないかと思い出して来たんです」
咄嗟に正は物語を作り出し中年男性へと話した。勿論これは事実ではない、しかし頻繁に探偵と名乗るよりも彼の友人を装った方がこの場は効果的だろうと判断したのだ。後はこれを相手が信じるかどうかではあるが。
「なるほど、だとしたら無駄足だったな」
「え?」
「私は此処の大家だがね、彼なら確かにこのアパートに住んでいたよ」
中年男性はこのアパートの大家だった、正へと声をかけてきたのは不審者と思って追い返そうとしていたからなのだろう。そして彼は正のこの作り話を信じたようだ。
「ただ2ヶ月程前かな、その海堂君はこのアパートから出て行ったんだ」
「そうなんですか?あいつ家賃滞納とか何か問題起こしてんでしょうか…」
「いや、家賃はきっちり払っていたし何もトラブルは起こしていなかったよ」
2ヶ月前、それは海堂が突然姿を消した時だ。山岸もその時から彼を見ていない、アパートからもほぼ同時期に姿を消している。
彼に何かが起こった可能性がある、2ヶ月前。その時に一体何があったのか。それを知るにはより深く調査を進めていくしかない…。
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