第5話 File1 暗闇を彷徨う兄妹4

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。





最初に彼が事務所に訪れた時は財布の紛失でそれを探す依頼だと思っていた。

だが調査を進めていく内にスリを働く少年、その少年と共に古びた空き家で親なしで暮らす少女。求めていた財布から出て来たUSBメモリ、それが伏せられていたという事実。

依頼人である松永に様々な疑惑が付き纏い正は独自に調査を開始する事にした…。



明と涼をひとまず喫茶店の茜達に預け、正は一人外へと出て目的地へと向けて歩き始める。その足は神田の方へと向かっていた。

株式会社ベーザーの社員が殺されたという事件、その現場は神田寄りの公園で起こっており徒歩で向かう事はそう難しい事ではない。少し歩いている内にもう目的の公園はそこまで見えてきている。

緑豊かであり本来ならば遊具で遊ぶ子供達の姿や声がするだろうが今は事件が起きたという事で警察官の現場を調べる姿が目立つ、事件が起きてまだそんな日が経っておらず解決もしていないのだから無理も無かった。

正は此処へとやっては来たが警察の捜査には混ぜてもらえるはずが無い、いくら警部の白石と知り合いとはいえ一般市民の正がそれに参加は許可されはしないだろう。無論正も別に警察官に自分を捜査に混ぜてほしいなどと図々しく言うつもりは無い。

まずはどういう所で起こったのか、この目で直に見ておきたかっただけだ。

ニュースでは事件は深夜に起きたという事らしく深夜という時間帯、暗闇に包まれる事を考えるとこの公園、緑は多いが身を隠して覆われる程までではない。目撃される可能性としては深夜でもそれはあっただろう、にも関わらず殺人事件は起きた。


「(つまり犯人は計画的ではなく衝動的にやったと…?)」

正は思考の真っ只中に居た。目撃される可能性があったにも関わらず犯人は殺人という高リスクをやっている、これが計画的であるという可能性は低く衝動的に起きたという可能性が高く思える。そう考えると被害者と犯人は知り合いであり犯人は元々そのつもりはなく、被害者との間で何かあったのだ。殺人にまで発展する程の何かが…。



「……………」

事件を聞きつけたのか野次馬の姿がちらほらと見える、その中に正は気になる人物が居た。左目が隠れる程に黒の前髪が伸びており黒いコートとジーンズを纏った20代ぐらいの暗い印象のある男。公園を恐る恐る見ている、何か気になり正はその男へと近づいて行った。

「すみません」

「!?」

正の声に男は身を跳ねさせた、そんな驚かせるような事をしたつもりは無いのだが驚かせてしまったらしい。「な、何だいキミは…?」

おどおどと正を見るその男、とても気弱な感じがする。それでも会話が出来る分は問題は無さそうだ。

「突然驚かせてすみません、僕はこういう者でして」

警戒しているようなので正は男へと名刺を取り出してそれを差し出した。

「神王探偵事務所、神王正……た、探偵…?キミが…?」

正が探偵であるという身分を知って男は驚いたような表情をした。おそらく正の外見、少年のような見た目のせいだろう。

「その、探偵の人が僕に何か用でも……?」

「いえ…貴方が先程から公園を恐る恐る見ているのが気になりまして。この公園に何か縁があるのか、それとも…強烈に脳に残るような何かを見たのか」

「!」

あまり隠し事が出来ないようなタイプなのか、正の言葉にかなり動揺した様子を見せる。この男は何か知っていると正の勘が働き始めた。

「…まさか、本当に何かを見たとか?」

「………」

正の問いに対して男は黙っている、俯いていた顔だがそれはやがて前へと向いて正を見る。



「実は……見てしまったんです、あの公園での事件……」

「!事件を目撃したんですか?」

警察が今探しているであろう事件の目撃者、それがまさかこんな形で正の方が先にその人物と出会う事になるとは思っていなかった。

「見ただけじゃなく、その……夢中で動画も撮っちゃいました…。」

男は事件を見ただけでなく動画も撮っている、それは聞き捨てならない情報だ。動画の内容次第では決定的な証拠となってくるはずだ。今の時代、スマホで誰もが気軽に動画撮影が出来る。この男がそれを出来ても何の不思議も無い。

「その動画…拝見出来ますか?」

「ああ、はい…これです」

自分のスマホを男は取り出すとその動画を正へと見せた。




「………!」

その動画を見て正は言葉を失った。

「…今すぐ警察にこれは提出した方が良いです」

「や、やっぱりそうですよね…?その、僕が見られて恨み買うの嫌だったり警察の人に上手く説明出来るのか分からなくて不安で今まで名乗れなかったんで……」

今の今まで男は黙っていて事件の目撃者だとは警察に名乗り出なかった。その一歩が、勇気が中々出せなかったのだ。こんな出来事は人生で一度あるかないかぐらいのレアケースだろう。

しかし男は今決心をした、その背中を正が押したからなのか…。

「僕、すぐに警察へ行ってきます…!」


気弱と思われた男は力強く一歩を踏み出した。正はその姿を見送り、自分が此処に来た事は無駄ではなかったというのを確信する。此処に来なければ彼という目撃者とは出会わず、その一歩を踏み出していなかったかもしれないのだから。

そして正のスマホに電話が入ると正は電話へと出た。相手は白石だ。



「ああ、神王君か。あのUSBメモリの中身が分かったよ、見つけたキミにも知らせておこうと思ってな」










空が暗闇へと覆われ、街灯が点灯する時間帯。夜を迎える中で正は自分の事務所である神王探偵事務所の椅子に座って入口のドアをじっと見据えていた。ある人物を出迎える為だ、やがて約束の時間となりその人物はやって来る。



トントンッ


「どうぞ、開いてます」

ドアをノックする音が聞こえて正はドアの外に居るであろう相手へと向かって鍵は開けてある事を伝えるとドアは開かれ、一人の人物が事務所へと入って来た。

それは財布の捜索を依頼した正の依頼人である松永五郎その人だ。

「神王さん、財布が見つかったって本当ですか!?」

松永は身を乗り出しそうな勢いで正へと尋ねる、正は松永をスマホで呼び出し財布が見つかったという事を伝える。しかしもう分かっている、彼は最初から財布を取り戻す事が目的ではなく財布の中に入れていた物を取り戻したかった事を…。

「ええ、見つけましたよ」

「何処ですか!?何処にあるんです!」

松永はそれを欲しているのか必死な様子だ、全部を知った正からすればその松永の姿が今どう見えるのか。





確実に言えるのは酷い欲望だという事だ。

「……貴方が求めていたのは、財布の金ではなく財布の中にあったUSBメモリじゃないですか?」

「!?」

正がUSBメモリについて言うと松永はぎょっと驚いた。


「まさか……み、見たのか!USBメモリの中身を!」

かなり動揺した表情を松永は見せている、やはり彼は財布の金ではなくUSBメモリの方が大事だったという事を物語っているも同然だ。

「ええ、株式会社ベーザーの不正をしていたという証拠…これでもかってぐらいありましたね。これが公になったら会社は終わりだ」

「お、お前…!そこまで頼んでないだろ!俺は財布を探せと言っただけだ!誰がデータまで見ろと言った!探偵風情のガキが…!」

勝手にデータを見たであろう正に対して松永は本性を現したのか言葉遣いが悪いものとなっていた、目つきまで悪くなっている。



「…簡単に利用出来ると思ったのかよ、探偵を舐めるな殺人犯が」

「は?!何言って…さつじ……」

正は睨むような目で松永へとその言葉を言い切る、殺人犯と。そしてその言葉と共に入口のドアが慌ただしく開いた。

「よーし、そこまでだ松永五郎!」

「!?」

突然事務所へと踏み込んで来たのは白石だった。

「お前の犯行を目撃した人物がようやく出て来てな、更にご丁寧に動画付きというこれ以上無い証拠が出て来たんだ。……不正込みで署でじっくりと話を聞かせてもらおうか?」

「あ………あ……!」

警察手帳を掲げた白石、決定的な証拠や目撃者が出て来た事を告げると松永はもう逃げられないという事が分かり言葉を失う。そして彼はその場でがっくりと膝をついたのだった……。





翌日トップニュースで公園での株式会社ベーザーの社員を殺害した犯人の顔が映し出された。

松永五郎、彼は会社から不正を告発しようとする同じベーザーの者から不正の証拠を取り上げ処分するように命令されており松永は公園でその社員を殺害して不正の証拠であるUSBメモリを奪ってその場から逃げた。


すぐに処分すれば良かったのが彼は初めて人を殺した事に酷く動揺し、無我夢中で逃げて処分する事を忘れてしまっていた。それが運の尽きであり証拠のUSBメモリを処分する前に松永は財布を奪われた。

このままUSBメモリを処分せず紛失したままでは彼の会社の居場所は確実に無い、かと言って警察に言う訳にもいかない、そこで彼は探偵である正に頼ったという訳だ。

だが松永にとって誤算だったのは正が警察官である白石と知り合いであり、結局松永の罪は暴かれた。



そしてその松永へと命令していた株式会社ベーザーも不正が暴かれて警察の捜査が入り、その存在は消える事となったのだった……。








パサッ


松永が逮捕されたという記事の載った新聞、それを正は机の上へと置いた。その前に居るのは明と涼、共にココアのカップを持っている。

「……一体何でだよ?なんで僕達を此処に?」

「あの家で暮らしてスリを続けるよりは此処に居た方が健康的だろ、何時までもスリが成功し続けられる訳が無い。いずれ痛い目を見る事は確実だ」

正はこの兄妹二人をこの家で保護する事を決め、二人をこの事務所へと住まわせる事にしたのだ。親に関しては聞く限り彼らをわざわざ引き取りに現れるようには思えなかった、明がこのままスリを続ければ何時の日か痛い目を見て涼を悲しませるであろうから。

「それと同情という訳でもないからな?このままあのボロボロの空き家に住んでるの放っておいたら俺の寝覚めが悪くなるんだ。俺の安眠の為にあそこから此処に引っ越して来てくれると有難い」

同情ではない、自分の為だと正は言う。それに涼は小さく笑った。


「うん、分かった…探偵さんの安眠の為でもあるから私達、今日からお世話になります」

「……涼が言うなら、まあいいよ」

涼はこの事務所で世話になる事に賛成のようで、これに明は反対はしなかった。思えばこの二人との出会いが無かったら松永の犯罪に気がつかなかったかもしれない。

なんとも妙な縁だ。



「探偵さん、料理とかしないの?冷蔵庫の中あまり無いよ」

涼が事務所の冷蔵庫を開けると中身はミネラルウォーターやコーラぐらいしか無い。正は料理という物とあまり縁が無かった、ほとんど外食だったりレトルト食品やコンビニ弁当と主に簡単に済ませられる物ばかりだ。

「一人暮らしの大人のくせにそういう事も出来ないのかよ。じゃあ料理は僕が作ってやる」

「お前が?」

「なんだよ、その意外そうな顔は…」

生意気な口調の明、スリを得意としていた彼はもう一つ料理を得意とする。とりあえず後で材料の買い物に行くのに付き合わされそうだ。

主に財布と荷物運搬で。









「はっはっは、その兄妹の方がよっぽど神王君よりもしっかりしてそうじゃないか」

喫茶店ヒーリングで午後のティータイムを白石と正は楽しんでいた、白石はコーヒー。正はココアと茜にそれぞれ出されている。

「あの年で料理出来るなんて明君凄いなぁー、あたしの小さい頃よりもしっかりしてるかも」

事務所での料理の話は早速白石と茜の兄妹二人の話の種となって盛り上がっていた。


今明と涼は二人とも上の事務所で昼寝をしている、あれから正は二人の食材の買い物でスーパーへと付き合わされて色々食材を買っていた。レトルトやインスタントの食品以外を買う事は随分と久しぶりのような気がする。



妙な縁で知り合った明と涼。

苗字は水野というらしく、父親は他界しており母親はある日新たな相手を作って子供二人を置いて出て行った。

本来ならまだ親と暮らしているであろう年の二人、正はどうして自分はあの二人を事務所に置いておく事を選んだのか。あの二人に同情したのか?スリを止めさせて更生させたかったのか?

その答えは正も分からない事だった。その二つでもなく案外気まぐれでそうしたのかもしれない。だが偶然にせよどちらにしても二人は正と出会うまで暗闇を彷徨っていた、それが今陽の当たる所に出て来れたのだ。


「(まあ、なるようになる…かな?)」

これまでの暮らしてきた日常に新たな変化が生じてくる事は間違い無い、それがどうなるか分からないがなんとかなるだろうと正は考えるのを止めて少し冷めたココアを口にするのだった。







探偵神王正の物語 File1 暗闇を彷徨う兄妹 終

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