第4話 File1 暗闇を彷徨う兄妹3
この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。
松永からの財布探しの依頼を引き受けた正、犯人の手口は分かり後はどのような犯人なのか。どうやってその犯人を見つけるか、正は自らの財布を囮にして犯人をおびき寄せる作戦に出た。
その結果犯人は正の財布におびき寄せられ、正はその手を掴んだ。追いかけていた犯人の正体、それは小さい男の子だった…。
「(子供……小学4、5年生ぐらいか?)」
正の前に居る男の子、黒いキャップを深く被り黒いパーカーに短パンという格好だ。そのキャップからは茶髪が見えている。
とりあえず正は男の子を通りの隅へと共に移動した。このまま目立って注目されても良い事は無いだろう。
「……」
正に腕を掴まれている男の子は目をそらしており合わせようとしない、この子供がスリの常習犯。この背の低さなら今までの手口に納得が行く。この男の子の身長は130Cmぐらいといった所、低い子供の身長で大人の胸元のポケットや懐に手を伸ばすと流石に目立ち気づかれる可能性は高い。なので狙うならズボンのポケットしかない、その手口にしたのはおそらくそんな所かもしれない。
「此処らでスリの被害が増えている、お前の仕業だな?今やった事…言い逃れ出来ないぞ」
「…!」
正の問いに男の子は反応を見せた、言われて正の顔を見て動揺した表情を浮かべる。間違い無い、彼だと正は確信した。
がぶっ
「いっ!?」
しかし男の子は一瞬隙をついて正の手へと噛み付いた。思わぬ反撃に正の掴んでいた腕の力が緩んで男の子はその隙に腕から脱出し逃走、小さな身体でこの人混みに紛れて逃げる。小柄な身体はこの状況で逃げるには最適だった。
だが正も此処まで来て逃がす訳にはいかない、その後を追いかけて走り出した。
「はぁっ……はぁっ………」
人混みのある駅前から離れ、男の子は薄暗い路地裏に居た。正から逃げようと必死で走り息を切らしており、後ろを見てみれば誰もいない。これを確認した男の子は正をうまくまいたと判断し、息を整えると再び歩き出した。
しかしそうではない、正は男の子から隠れて尾行している。
此処で追い詰めるよりもあえて此処で泳がせ、彼の住処へと案内してもらう。先程のあの様子では素直に案内してもらえる確率は低い、ならば自分をまいたと安心させて住む場所へと帰る所を突き止めるのが最も効率的と読み、こうして作戦を実行していたのだ。
今の所それは上手くいっており、後はバレないように尾行して男の子の住む場所に行くだけだ。
男の子は慣れた様子で路地裏を歩いている、それに正も距離をとって後に続く。尾行に気づかれれば言うまでもなく失敗、終わりとなる。
正に男の子が気付いている様子は無い。
しばらく歩き、やがてとある場所の前で男の子は立ち止まった。
古いボロボロの空き家で誰の出入りも無さそうな場所で所々窓ガラスが割れていたりヒビが入ったりしていた、立ち入る者と言えば野犬や野良猫の一匹二匹ぐらいかもしれない。
男の子はその家に入って行った、こんな所にスリのターゲットを定めて盗むという事はいくらなんでも無いだろう。どうやら此処が男の子の住処に間違い無いらしい。
入口にドアは付いているが鍵はかかっていない、今時無用心だがドアも相当古びている。開け閉め出来る最低限の役割は可能のようだ、正は慎重にドアを開けて中へと足を踏み入れる。
中も相当な状態なのを予想していたが意外とそうでもなかった、家の中は掃除でもしたのか外観の空き家程ではない。それでも一般より綺麗な内装とは言い難いが暮らしていくにはなんとかなる程度であり此処であの男の子が暮らしているという事により確信が持てた。
正が奥へと進もうとすると何やら話し声が聞こえて来る、その声を聞こうと正は音をなるべく立てず慎重に近づいて行く。聞こえてきたのは奥の部屋の方からだ。
「涼(すず)、此処を離れなきゃいけないかもしれない。今日少しドジった…」
「え?ドジったってどうしたの明(めい)?」
話している内容からドジったと語る方が先程正と関わっていた男の子、明という名のようだ。そしてもう一人。声と会話を聞く限り男の子の知り合いで同年代ぐらいの子供に思える、正は更に二人の会話へと耳を傾けた。
「財布が紐付きで上手くいかず、逃げてきたんだ。あそこで盗むにはもう限界だから他に移るしかない」
「そうなんだ……私達、この先どうなるんだろ」
「そんな顔するな、僕がなんとかする。お前の事は守るから安心しろ」
何やらワケありのように思える、あのような子供がこんな所に居て親はどうしているのか。色々気になる事はあるがこのまま放置しておく訳にはいかない、ぐずぐずしていては此処から逃亡して話しを聞けなくなってしまう。
正はその二人が居るであろう部屋へと踏み込んだ。
「!?お前、何で此処に!」
男の子こと明はまいたはずの正がこの場に姿を見せた事に驚いている、そして傍にもう一人の人物の姿があった。ストレートロングの茶髪で前髪にチューリップの髪留めをしており、長袖の青いワンピースを着ている。明と同年代であるこの女の子がおそらく涼というのだろう。
「ちょっと話をしに来たんだ」
「話し?お前と話す事は何も無い!」
明は警戒した様子で涼を守るようにその前に立って正を睨んでいた、その様子から涼が明にとって大切な存在である事が分かる。
「そっちに無くてもこっちにはあるんだ、別にあの盗みの事で突き出すとかはしないから安心しろ」
そもそも突き出そうにも証拠が不十分ではあるが、と内心で付け足しておき正は真っ直ぐと明、涼の目を見た。
「…………」
明はしばらく考えた末、逃げる事が困難と分かったのか小さく頷いた。どうやら正と話す気にはなってくれたらしい。
もうスリに関しては分かっている。明によって実行されて多発してきた、依頼人である松永もその被害者だ。しかしそれよりも正は二人が何故このような事になっているのか、それが気になってきている。
「…親はどうした?」
聞きづらいが聞かない訳にいかず正は尋ねる。
「………父さんは病気で亡くなった、母さんとしばらく3人で暮らしていたけど…」
「…3人?て事は二人は……」
「ああ、兄妹だよ。双子の…」
明と涼、二人は兄妹で共に居る。確かに二人は背格好といい似ていた。双子の兄妹は早々に父親を失っている、残るは母親の存在だが……。
「ああ、話の腰を折って悪い。それで母親の方は…」
「母さんは……ある日男の人と一緒になって僕達の前から姿を消した、それ以来見ていない」
母親の方は新たに男と親しくなり、その男と共に双子の前から消えた。子供よりもその者を選び、正には全く良い母親には思えなかった。内心でなんて親だと舌打ちしたくなる、それでこの二人がこの暮らしを強いられているのだとしたら到底許せるものではない。
「………」
親の話しのせいか、涼は悲しげに顔を伏せていた。本来ならまだ親元で暮らしているであろう年、それがこのような場所で暮らし続けるというのは計り知れない辛さがあるのかもしれない。
それで頼れる大人がいなくなり、明は涼を守ろうと、自分達の生活の為にスリを始めたのだろう。
「事情は分かった、それで……財布の方とか勿論残されて無いだろうな。松永五郎とかいう人物の黒い長財布で10万円程の現金入りのヤツ」
一応正は松永の財布の特徴を詳しく言って明へと確認した。
「名前は知らないけどそれっぽい財布なら確かに盗んだ、中身だけ貰って後は処分したけど……」
「けど?」
「……一個何か気になる物があったからそれはとってあるんだ」
正直松永の財布は処分されて証拠はほぼ残されていないと思われた、しかし意外にも何か明や涼にとって気になる物があったらしく一つ残っている。明は机に置いてある物を掴んで正へと見せた。
見た目は虎をデザインとした物に思える、猛々しく吠える虎の顔が真っ先に目に映る。その形状が何を表しているのか正がじっくりと見ると……。
「こいつは…USBメモリか?」
虎のデザインをしていて先端が何かに差し込むようになっている、その形はパソコンやスマートフォンのデータを保存するUSBメモリが該当した。何も知らなければ財布にお洒落のつもりで付けたアクセサリーにも見える。
最近のUSBメモリは様々なデザインがあり、持ち主は虎を好んでいたのかもしれない。
しかしこれが松永の財布から発見されたとなると妙な話だ。
松永は正に対して財布にこういった物があるなどと一言も言っていなかった、財布を見つけてほしいならばこの特徴的な物を真っ先に言うはずだ。しかし彼はそれを伝えていない、それはどういう事なのか…。
松永の知らない間に財布に入れられたのか?だがこのような目立つデザインのUSBメモリが財布に入ればいくらなんでも気付くだろう。財布を盗んだ明が後から財布にそれを入れるようなメリットも無い。
やはり松永本人が意図的に入れていたと考えるのが自然だ、そしてその存在を正に伏せていた。この事に正はいくつか引っかかる事があった。もしかしたらそれは現金の10万円以上に重要で価値がある、そんな可能性がこのUSBメモリに秘められてきている。
「…お前ら、とりあえず一緒に来い」
「……」
この双子の兄妹をとりあえずこのまま放置はしておけず、正は二人を連れて行く事にする。正に対して明は警戒しており涼を守るように前に立っていた。
「勘違いするなよ、別に警察に突き出す訳じゃない」
「…?」
スリの犯人として突き出すつもりは正には無い、あったとしてもスリの証拠は不十分で突き出すには足りない。
正が一体何を考えているのか、明は警戒しつつもついて行く事にして涼もそれに続く。この古びた空き家から正は双子を連れて3人揃って外へと出て歩いていく。
両親から離れ暗闇を彷徨い歩く兄妹、この二人をこのまま見捨てて行くという選択肢など正には存在しなかった。
人々から見れば二人は普通の双子の兄妹、そしてそれよりも少し年上に見えるであろう正はその家族と思うだろう。それが古びた空き家でスリ師として生計を立てる者、そして個人の探偵事務所の者と思う者はおそらく皆無だ。
そんな様々な人が歩き交差する大通りを正、明、涼の3人は歩いて行き、やがて馴染みのテナントビルが見えてくる。一回が喫茶店となっておりその上が正の個人事務所。時刻は今3時を回った所であり、正は二人を連れて喫茶店へと入って行った。
「おお、神王君」
そこに主であり妹よりも先に兄の白石が先に正の姿に気づいて出迎える、警察官であり茜の兄でもある白石。その彼はこの喫茶店の常連であり此処でばったりと出会っても特に不思議という訳ではなかった。
「白石さん、休憩かい?」
「ああ……どうにも捜査が行き詰まってな、それで此処で一息ついていた所だ」
彼の担当する株式会社が関わる殺人事件、それは中々に難航しているようだ。その時白石は正と共に居る幼い二人の兄妹の姿に気付く。
「ああ、この人…白石大樹っていう警察官だ」
警察官と聞いて明はぴくりと僅かに反応を見せた。まさか彼は此処で自分がスリであると白石に伝えて突き出すつもりなのかと……。
「白石さん、この二人は親戚の子で明と涼と言ってしばらくの間事務所に預かる事になったんだ」
「!?」
しかし正は予想外の事を言う、明と涼が親戚の子でありしかも事務所。すなわち正の探偵事務所に身を置くという。そのような事は今初めて聞いた。
「ほお、そうなのか。探偵事務所は早々お目にかかれないだろうからこの機会にじっくり見ると良いぞ」
その事情を知らないであろう白石、正の親戚の子という言葉を疑う事は無かった。白石のその言葉に明と涼は揃ってこくりと頷く。
3人はそれぞれカウンター席つき、正は白石の隣へと座った。
明と涼はそれぞれ茜からショートケーキと紅茶を振舞ってもらい、二人はケーキを食す。その間に正は目の前に出されたココアを一口飲んでから白石と話をする。
「そういえば白石さん、株式会社……殺人事件と同時に不正の証拠も探しているとか言ってたな?」
「うむ…そうなんだがその証拠がどうにも見つからん、どのような証拠で何処にあるのか……未だ手がかりは皆無なのだ」
コーヒーを啜る白石の表情は渋かった、彼の担当する株式会社ベーザーの事件。その証拠の進展はまだあまり無いらしく次にどう踏み出すべきか頭を悩ませており、一度頭をリラックスさせる目的でこの喫茶店ヒーリングに彼は来たのだろう。
正にとっては此処でこのタイミングで白石に会えたのは良かったかもしれない、何しろつい先程気になる物をこの兄妹の住処から入手したばかりなのだから。
「白石さん、それに関係しているかどうかは分からないけど…これを見てほしい」
「む?何だこれは?虎……USBメモリか?」
正は虎のデザインをしたUSBメモリを白石へと見せた。それをじっくりと見ると白石もこれがUSBメモリのように見えた。
「今俺はある依頼を受けていてね、名前は松永五郎という男。株式会社ベーザーの者で彼は財布を探してほしいと俺に依頼をしてきたんだ、特にこれといった特徴が無くて中々探すのに苦戦した…」
「松永…あのベーザーの社員の人間で財布の捜索をキミに依頼していて、それで…このUSBメモリはその松永という男の物という訳か」
「ああ、ところが妙なんだ。この特徴的で目立つデザインのUSBメモリ、この存在について彼は何も話さなかった。財布を見つけてほしいならその目立って見つけやすいはずの虎のアクセサリーにも思えるそれを彼は伏せていたんだ…」
「ふむぅ……怪しいな、その男。しかし良いのか?そんな依頼人をベラベラ喋っても」
「善人な依頼人なら守秘義務は守る、けどそうじゃないのは別だ」
松永はどういう意図は知らないがUSBメモリの存在を伏せていて正へと隠し事をし、利用しようとしていた。色々疑惑があり、ひょっとしたらという可能性があるのなら白石へと伝えるべきだと正は判断した。向こうが利用するつもりならこっちもそれなりの対抗をさせてもらうまでだ。
「白石さん、そのUSBメモリは大事な証拠の可能性があるから…」
「分かっている。警察の方でじっくりと調べさせてもらうさ、良い休憩になり更に証拠の候補も出て来た。感謝するよ神王君!」
コーヒーを飲み終えた白石はUSBメモリを手に席を立ち代金を置いて喫茶店を後にした、おそらくこれからあのUSBメモリを警察の方で徹底的に調べるのだろう。あれに何が入っているのか分からないが松永がわざわざ伏せる程の物だ、松永がベーザーの人間で例の殺人事件との関連の可能性があり警察にとって求める重要な情報が入っているかもしれない。調べておいて損は無いはずだ。
株式会社ベーザーと松永、不正と更に殺人事件にも関係している会社であり社員である松永はその件と関係があるのか正も気になってくる。
その件は警察が調べている事ではあるが、依頼を受けた自分も無関係とは言えない。こちらも探偵なりに色々と調べてみようと正は決心してココアを飲み干すのだった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます