第3話 File1 暗闇を彷徨う兄妹2

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。




松永五郎から財布探しの依頼を引き受けた正、秋葉原の自販機で缶コーヒーを買うまで彼は財布を所持していた。しかし気づけば彼は財布を無くしていたという、そして松永と同じように財布を失った者達が居る事が分かりスリによる仕業の可能性が高くなってきた。

一体犯人はどのような人物なのか、正は調査を続ける。



秋葉原にある大手バーガーチェーン店。数多くの客が此処で食事をしていき、お喋りをしたりしており主に若い世代の客が目立つ。

その中で正はハンバーガーとドリンクとポテトのセットを頼み、此処で遅めの昼食をとっていた。


あれから歩き回り情報を獲得しようとしていたが特にこれといった収穫は無い、そう都合良く重要な情報は得られない事は正には分かっている。

そんなに簡単に犯人までたどり着けるならわざわざ探偵に依頼などしないだろうし、相手も容易く尻尾は出さないだろう。

とりあえずは英気を養うのは大事なので空腹の腹を満たそうとハンバーガーにかぶりついた。探偵ならクールにブラックコーヒーにお洒落な食事だろうと知り合いに言われた事はある、だが全部の探偵がそうしろという決まりなど存在しない。探偵のスタイルは人それぞれだ。正は苦いコーヒーは好きではない、甘いカフェオレやココアの方を好む。

正曰く糖分を口にした方が頭が冴えるというらしい。それが必ずしも全員そうとは限らない、あくまで彼の場合である。



昼食を全部食べ終え、腹が満たされ再び正は情報収集に向かおうと席を立とうとしていた。その時何やらレジの方が騒がしくなるのが聞こえ、気になり正はそちらへと行ってみる。

「何で財布無いんだよ!?何処で落としてんだお前!」

「知らねーよ!確かにズボンのポケットに入れてたんだ!」

20代ぐらいの若い男達、今風のラフな格好をしており財布を紛失したという男はズボンのポケットに財布を入れていたという。

つまり例の犯人が関わっている可能性があるかもしれない。


「財布が無いってどういう事だ、何があったんだ?」

正は男へと話しかけた。男の方は正を見て何だこの子供はと思ったが、財布を無くした事を聞いてもらいたかったのか意外とすぐに打ち明けてくれた。

「俺はこいつと飯を食おうと此処に入って、そんで金払おうとしたら財布が…」

「…その前の事を聞いていいか。何処まで財布があった事を覚えてるのか…」

流石に今の説明ではそういう事かと理解するのは難しい、なので最後に自分の財布を見たのは何時だと正は尋ねる。

「自販機でスポーツドリンク買う時はあったから…それが最後だと思うぜ」

またも自販機、彼は飲み物を買う時に財布を取り出して使用している。多分犯人はそれで男が財布を取り出し戻した所を何処かで目撃して狙いを定めたのだろう。そして今の時間帯の秋葉原、昼時が少し過ぎたとはいえかなりの人通りだ。

正は男へと礼を言って店の外へと出た。



自販機で飲み物を買う、それをズボンのポケットに入れた人物だけを狙う。それが犯人の手口なのは見えた、後は具体的な犯人像だ。

この時点で男なのか女なのか、性別はどちらなのかは不明。更に年齢の方もまだ範囲が絞れない。ただ言える事はその犯人は盗む技術が高い、いずれもその犯人に気づかず財布を盗まれている。

一体どうするか、正は秋葉原の街中を歩きながら考えていた。


「おお、神王君!」

そこに正へと声をかけてくる男の声、この声はよく聞くので正はその正体がすぐに分かった。予想通りこちらへと駆けつけて来る黒スーツの大男が目に飛び込んだ、秋葉原警察署に勤務する白石大樹警部だ。正とは知り合いであり探偵事務所のテナントビルのオーナーで喫茶店の店長である妹の茜と兄妹二人に正は何かと世話になっている。

「白石さん、喫茶店じゃなく此処で会うとはね。」

何時もなら白石とは茜の喫茶店であるヒーリングで会う事が多い、この街中で会う事はたまに程度だ。

「白石さんがこうやって出歩いているって事は…事件絡みか?」

警部である身分の彼がわざわざ街中を歩いてパトロールは考え難い、ならば事件で動いているのではと正は白石を見上げて訪ねた。

「ああ、まあな…。ある株式会社が不正を働いているようでな、その証拠…そして犯人を探している所だ」

「忙しそうだな」

「何しろ殺人事件でもあるからな。そりゃ忙しくもなる」

「殺人事件…?」

株式会社の不正の証拠探し、それで殺人事件という事に正は気になった。そこに何故殺人が絡んで来るのか。

「なんだ、ニュースを見なかったのか?今トップニュースになっているぞ」

白石が言うには相当な大事になっているようで松永の依頼の事で集中していてニュースを見ていなかった正はスマホを取り出し確認する。


そこには株式会社の社員が深夜に公園内で殺害される、という見出しがあった。そしてその株式会社の名前に正は目が止まる。

「(これは……ベーザー、松永さんの会社じゃないか!)」

松永の務める会社の名と同じベーザー、そこの社員が殺害されている。これには正も内心驚く。まさか依頼人と同じ会社員が此処でこのような形で出て来るとは思わなかった。

まさか彼がこれに絡んでるのかと頭をよぎるが、同じ会社というだけで共通点は現時点ではそれぐらいだ。その1点だけで絡んでるというのは根拠としては弱い。

しかしこのニュースは気になるので正は一応気に留めておく事にする。

「神王君、もしキミの方で何か掴んだら是非連絡してくれたまえよ」

「ああ。そんな都合良く何か掴めるとは限らないでも良いなら」

「はっはっは、何を謙遜するか名探偵が!」


豪快に笑う白石は正を名探偵と呼ぶが正の方は別に名探偵を気取るつもりは無い、人にそう言われて悪い気はしないが言われたら名探偵に相応しい仕事をしなければならない。あまりハードルは上げてほしくはなかった。

「それじゃあ俺も今引き受けている依頼があるんで、互いに解決したら美味いステーキでも食おう」

「互いに解決か、全くその通りだ。事件解決のステーキは格別に美味いからな、是非共に食おうではないか」

正と白石、共に茜の喫茶店の名物ヒーリングステーキがお気に入りで依頼や事件が解決した時は食べる事にしている。二人は共に今抱えてる案件の解決を誓ってそれぞれの道を歩き出した。


全部を終わらせてあの喫茶店で落ち合う光景を思い描きつつ…。














あれから秋葉原を中心に正は調べていったが財布を盗んだ具体的な犯人像までは辿り着けず、この日は犯人の手口が判明した事ぐらいが収穫だった。

夜も更けて正は事務所のあるテナントビルまで戻って来て1階にある喫茶店ヒーリングへと入る。


「いらっしゃいませ、あ!正君だー」

出迎えたのは二人のウェイトレスの姿、片方は青髪のショートヘアの女性でもう片方は金髪のロングヘアの女性。どちらも20代で美女と呼ぶに相応しい容姿だ。

青髪のショートヘアの方は源 真鈴(みなもと まりん)、金髪のロングヘアの方は源 花鈴(みなもと かりん)。この二人は双子の姉妹で真鈴が姉で花鈴が妹だ。ちなみに最初に正へと声をかけたのは真鈴の方。


「ふー……あ、カレーピラフで」

何時も座るカウンター席へと正は腰掛けて一息つく。今日はかなり歩いてそれなりに疲れていた。その中で夕食となるメニューを注文する、本当ならステーキを食べたい所だがそれは依頼を片付けた褒美としてとっておくと決めているので此処はそれ以外だ。


「結構お疲れみたいだね?」

厨房で花鈴が手早くカレーピラフを作る、食欲を誘う調理の音がする中で正の前に水の入ったコップが出される。それを出したのはこの店の店長でテナントビルのオーナー、白石の妹である茜だ。

「…珍しく手強い依頼が来たもんだからさ」

それだけ言うと正は出されたコップを手に取り水を流し込むように飲む。歩きに歩いて喉が渇いていたので水が体に染み渡り癒される、馴染みの店で飲むお冷はまた美味いものであるという事を正はこの喫茶店で学んだ。

「手強い依頼…ペット探しとかじゃない?」

「少なくとも何時もとは違うね」

受けた依頼についてはあまり喋る訳にいかない、守秘義務があるのだから。何時とは違うという程度しか正には言えなかった。

確かに主にペット探し等をしていた正にとって何かが絡んだ可能性のある依頼というのは早々にお目にかかれない、松永から依頼を受けた時はただの財布探しになるかと思えば最近多発してるスリ事件に白石達警察が関わる株式会社の社員殺人事件が周囲にあるのだ。


とりあえず民間の小さな探偵事務所が殺人事件をどうこうは出来ない、ならスリ事件の方に目を向けるべきだろう。そちらの方が自分の依頼に関わる可能性は高いはずだ。

スリ犯人の手口は自販機で財布を取り出し、ズボンのポケットに仕舞う者。それを人混みの中で盗み取る。おそらく手口としてはこうだ。

後は具体的な犯人像だが、それに関しては富田も掴んでおらず被害者達も松永を含めそんな犯人は見ていない。

男なのか女なのか、どれぐらいの年齢の人なのか。これに関しての手がかりは思い返す限り無い。ならばどうするべきか、正は深く思考に入る。







「正君、正くーん。カレーピラフ出来たよ!冷めない内にどうぞー」

そこに茜の声で正は思考の世界から現実の世界へと戻る。あれからどれくらい考えたのか、少なくともカレーピラフ注文から出来上がるまでは考えていたらしい。

とりあえず正の腹は空腹であり、食を求めてる事は事実なのでまずは食べようと正はスプーンを右手にカレーピラフを食べ始める。スパイシーな香りと味に食欲は刺激され、自然と食べ進められる。


次の日には犯人が誰なのか判明か、そこへと一気に迫りたい。その為の方法を正はカレーピラフを食べ終えたら改めて考える事にした…。











依頼を受けて2日目の朝。外は雲に覆われており朝を迎えてはいるが薄暗く感じる、事務所の外へと出て来た正を出迎えたのはそんな不安定な天候だった。

今日は犯人の顔をなんとしても見るまでに至りたい、正の足は再び秋葉原へと向けて歩き出した。

通い慣れたであろう秋葉原の地。

時間は朝の10時を回った所、人通りはそれなりに多くなりつつある。

「(スリをするにはもってこいか…?いや、もう少し待つべきか…?)」

犯人の心理を思えば昨日より人通りが少ない中でスリを働くにはリスクが大きくなってくるだろう。相手は目撃を現時点で未だされていない、そこまでのリスクを犯すような大胆さを持つのか。


とりあえず正はもう1時間ほど待つ事にする、その場に留まり続けるのも怪しまれそうなので歩き回ったりと時間を潰していく。犯人側に自分が探していると感づかれてはそれはすなわち依頼失敗に大きく関わってくる、なのでこちらも行動は慎重に確実に行わなくてはならない。



時計は午前11時、正は駅前でスマホを見ており周囲に溶け込み人混みの様子を探っていた。

明らかに1時間前よりは増えており昨日の人混みが再現されてきている、天候が若干悪かろうがそれは関係が無かった。

そろそろ良いだろうと正は自販機の方へと向かう。


自販機の前に立つと色々な飲み物のラインナップがある、しかし正は別に喉が渇いて飲み物を買うという訳ではない。正は自分の財布を取り出す、それで飲み物を何にしようかなとそれぞれ指差して選ぶ仕草をしていた。

しかし目当ての飲み物が無い、買う事を止めて正はその財布をズボンのポケットへと入れた。そして正は人混みの多い道を歩く。





すると突然それは訪れた。




「あっ…!?」

正の財布に何者かの手が伸びて来ていた、それは正のズボンのポケットにある財布へと狙いを定めて掴み取っていた。

しかしそれを取り出して自分の物にするまでは至らない、何故ならその財布は紐付きであり完全に正とその財布を引き離す事が出来なかったからだ。これが正の狙い通り、自らの財布を囮にして犯人をおびき寄せる。その犯人がまだそこに居るのか、それも自分をわざわざ狙って来るのかの賭けではあったがその賭けに正は勝ったようだ。



声を漏らし、聞いた限りではその声は高く幼いように思えた。

そして正が自分の財布を取った犯人のその腕を素早く掴み、顔を見ると……。





「(!?………子供…?)」

正の目の前に居たのは黒いキャップを深く被った小柄な男の子だった。

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