第12話 シックスナポレオンズ
「では次に、二人の部屋を見せてください。何か手がかりを残しているかも」
「えっ? 部屋を? 分かったわ」
わたしたちは、面会室を出て、2階にあるヘレンとジュリアの部屋へと向かった。当たり前だが、みんなと同じ左右対称の二人部屋だ。もっとも、置いてある物はそれぞれ違うので、中へ入るとそれぞれの個性がうかがえる。ヘレンとジュリアの部屋は、双子とは言え好きな物が違うせいか、好対照な外観だった。
「なにこれ。片方だけひどく散らかっているじゃない!」
わたしたちは、部屋の中を見てびっくりしてしまった。相部屋というのは、縦に二分されていて、真ん中に仕切りを置けば個室のようにできるのだが、左側半分だけ引き出しや棚から物が出されて床にあふれかえっている。引き出しもクローゼットの扉も開けっ放しになっていた。
「これは、ジュリアが使っている方ね。まるで泥棒に入られたみたい。いつもはこんなんじゃないのに、一体どうしたのかしら?」
「これ、二人がいなくなってから動かしてませんよね?」
「ええ、何一つ手を触れていないわ。ここから何か分かる事はある?」
シャロンは、置いてある物を動かさないように慎重に部屋の奥へ進むと、一つ一つ丹念に観察していった。彼女がどんなことを考えながら何に注目しているのか、外から見るだけでは分からない。こんな時、彼女に声をかけるべきではないなとわたしは考え、そっとしておいた。
とりあえず、わたしの目に写るものを説明しておこう。左半分のジュリアのスペースは、本やら服やら写真立てが元あった場所から床に散らばっている。それに同じロゴのグッズが多い。6つのナポレオンの胸像が描かれたイラストだ。本棚にかけてある小さなカーテン、机の上にある様々な小物、椅子にかかっているタオル。色合いはバラバラだが、どれも同じ模様で目がチカチカする。そして、この図柄、ついさっき目にしたばかりということに気が付いた。
対して、ヘレンの方はきちんと片付いている。一つのキャラクターグッズで統一されていない分、散漫な印象を受けるが、ジュリアよりも落ち着いたトーンなのは確かだった。ヘレンはヘレンでお気に入りのキャラクターがあるらしく、かわいいクマちゃんの時計やぬいぐるみなどがピンポイントで置かれている。本棚の一角にはジュリアと同様、写真立てがいくつも置いてあってそれには、お父さんとお母さん、ヘレンとジュリア、それに飼い猫? が一緒に写ったものがたくさんあった。横を向くと、ジュリアの写真と同じものが多い。
「ジュリアのところにたくさんあるこのキャラクターグッズ? みたいのは一体何かしら?」
ハドソン夫人が小首をかしげてぼそっと呟く。さっきも言ったように、わたしはそれに見覚えがあった。
「『シックスナポレオンズ』という音楽グループのグッズですよ。ジュリアは熱烈なファンのようですね」
「『シックスナポレオンズ』? そんな名前の音楽グループがあるのね。若い子の間で何がはやっているか、もう私には分からないわ」
ハドソン夫人は苦笑いをしながら言った。
「ああ、ここに落ちている黒のTシャツ、私が最後に会った時に着ていたものだわ。脱ぎ放しで捨てているわね。色はモノクロだけど同じ柄じゃない。ということは、これもシックスナポレオンズのグッズなのね」
「さっき同じものをトリッシュが着てましたよ。彼女なら双子のことも知ってるかもしれない」
そう、ハドソン夫人に会う前、食堂室で会ったトリッシュが、ちょっとデザインは違うけど同じグループのTシャツを着ていたのだ。今日はそのライブの何かがあるんだっけ? もしかしたら、双子の失踪につながる重要な証言が得られるかもしれない。トリッシュのところに行ってみよう。
「ここはシャロンに任せて、わたしたちはトリッシュに話を聞きに行きませんか?」
シャロンは、すっかり自分の世界に入って手がかり探しに没頭しているので、わたしとハドソン夫人はシックスナポレオンズについて話を聞きに、トリッシュのところに行った。
トリッシュは、自分の部屋でパソコンモニターからシックスナポレオンズのライブの配信を見ているところだった。隣の部屋に聞こえないくらいのぎりぎりの音量にして、がっつり入れ込んでいる。さっきと同じTシャツ姿で、両手にはペンライトを持ち、首には同じロゴ入りのタオルまで巻いている。シャロンの言った通りだった。なぜかグロリアまで付き合わされているのは笑ってしまった。どうやら二人は部屋も一緒らしい。
「もおー、せっかく今いいところなのに……えっ、ジュリアがいないですって!? やっぱり、私を置いて一人で抜け駆けしたのね。許せない!」
これがトリッシュの第一声だった。両手のペンライトをぶんぶん振り回し、ぷりぷりと怒っている。そんな彼女をなだめすかせ、話を聞いたところ、シックスナポレオンズは、今日のコンサートをインターネットで配信しているが、ライブ会場はここから電車で2時間ほどのところらしい。お昼ごろ出発すれば十分間に合う距離だ。もしかして、ジュリアはこれを見に行ったのだろうか?
「しっ。これは誰にも言っちゃだめよ。それにまだコンサートに行ったとは決まってないの。ヘレンもいないし。ヘレンは別にファンではないんでしょ?」
つい声が大きくなったトリッシュに、ハドソン夫人は慌てて人差し指を唇に当てて静かにするように言った。
「一人で行くのは心細いからとか言って誘ったのよ、きっと。私もファンだって知ってたくせに、私のことは誘ってくれなかったのね。でも、こないだはコンサートに行くなんて話してなかったんだけどなあ」
「きっと親御さんから許可がでなかったのかも。ジュリアの場合お父さんとお母さんそれぞれに許可を貰わないといけないし。だから無断外出したとか」
「ねえねえ、そこで何を話しているの?」
トリッシュに付き合わされていたグロリアが顔を出した。まずい。話がどんどん広がってしまう。ハドソン夫人は、改めてグロリアにも口止めをした。
「ねえねえ、面白そうだから私も捜査に加わっていいですか?」
「面白がらないでよ! 遊びじゃないのよ!」
ハドソン夫人は、グロリアをたしなめたが、正直なところ、わたしもわくわくしているところはあった。ちょっと探偵気取りになっていたというのが正直なところだ。
わたしたちの間では、すっかりシックスナポレオンズのコンサートに行ったという話にまとまっていた。グロリアも仲間に加わったわたしたち三人は、ライブに熱中しているトリッシュを残して、調査を続けているシャロンのところに戻った。
「ハドソンさん、いくつか質問があるんですけどいいですか?」
シャロンは、この部屋から何かの手がかりを見つけたのだろうか? さっきから、険しい視線をぐるぐると部屋の隅々にさまよわせている。口調はゆっくりだが、きっと頭の中では目まぐるしく思考しているのだろうと思われた。
「二人の両親はいつ離婚したんですか?」
「ええと……私も詳しいことは分からないんだけど、二人が中学に上がった頃かしら。確か、ベイカー館に入ってすぐのことだったから覚えてるわ。二年近く経つかしらね」
「父親と母親は今どこに?」
「お父さんはここから2時間、お母さんはここから1時間くらいのところに住んでいるかしら。確かみんなで住んでいた家は引き払ってしまったのよね。それは、ここからほど近い場所だった気がするけど」
「でも、シャロン。今日はシックスナポレオンズのコンサートの日だし、きっとそれに行きたくて出て行ったのではないかしら?」
「いいえ、それは違うわね。目的はきっと別のところにある」
やけに確信めいたシャロンの言葉に、わたしだけでなく、グロリアとハドソン夫人もはっとした。
「それどういうこと? あなた、何か情報をつかんだの?」
「二人のご両親から話を聞かないとはっきりしたことは分からないけど、多分私の推理が合ってるはずだわ。ご両親はまだかしら。じゃあ、次は双子の足取りをつかむために聞き取りをしましょう」
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