第11話 失踪したヘレンとジュリア
ハドソン夫人は、シャロンを見て、彼女に相談することにしたようだ。本来なら、生徒に話してはいけない情報だが、前にも迷子の飼い犬を見つけてもらったことがあり、シャロンの推理力を見込んでの特例だろう。わたしとシャロンは誰もいない面会室に通され、ハドソン夫人の話を聞くことになった。
面会室は、普段は、家族が会いに来た時に周りに聞かれないように話すための部屋だ。ベイカー館には面会室がいくつかあるが、日曜日の夕方という時間帯もあり、誰も使用している人はいなかった。
「ジェーンはまだ知らないと思うけど、3年にヘレンとジュリアという双子の姉妹がいるのよ。それが今日になって二人ともいなくなったの。両親のところに行ったわけでもないしどうしたものかと」
ハドソン夫人は、頬に手を当て心配そうに言った。生徒が寮を出るのは、保護者にも確認が取れればそう難しいことではない。ちょっと家族で旅行します、みたいな理由でも普通に許可が出るはずだ。だから余程のことがない限り、無許可のリスクを取る必要はないのだが、二人は、何も言わずに姿を消した。今回は無断外出ということになる。
「ヘレンもジュリアも今まで校則を破るようなことは何一つして来なかったわ。寮の規則もきちんと守っていたし……なのに、ここにきて突然無断でいなくなるなんて、一体どうしたのかしら?」
「両親には連絡をしたんですよね?」
「もちろん。お父様もお母様も身に覚えないらしいわ。そうそう、両親は離婚していて、今はお互い別々のところに住んでいるの。だから、別々に連絡しなければならなかったんだけど、口をそろえて「二人とも何ら変わったところはなかったし、どこかへ行く話も聞いてない」って。これから急遽、こちらへ来ていただくことになってるの」
わたしは、ふうむと考え込んだ。そう言えば、最近SNSで子供を誘う悪い大人がいると聞いたことがある。SNSで何も知らない子供に近づいて仲良くやり取りをして、直接会う約束を取り付ける。私自身は、親が厳しいからスマホを持たせてもらえないけど、この学校では持っている子が多いらしい。
「ヘレンとジュリアはスマホを持ってませんでしたか? ニュースで、若い女の子にSNSでいい人の振りして近づいて相談に乗る振りをして、会う約束を取り付ける悪い大人がいるってやってました。もしかしたらそれかも?」
「今は、中学生でもスマホを持っている子は多いわ。ビクトリア女学院は自由な校風だけど、スマホはさすがに時間制限を設けているの。消灯時間になったら管理人室に預ける決まりよ。実は、シャロンはその限りじゃないんだけど……」
ハドソン夫人は、小声で後ろめたそうにそう言うと、シャロンをちらと見た。わたしは、びっくりしてシャロンに向き直る。
「何それ? わたしなんかまだ危ないからって買ってもらえないのに。シャロンだけ特別扱いってこと?」
「色々調べる必要があるから特例で許されているのよ。前にある事件を解決したことがあって……まあ、今はその話はいいじゃない。私は悪用しないって信頼されているし、あと、ちょっと生徒会の威光を借りたところは否めない……かも」
シャロンにしては珍しく、少しバツの悪い表情になって肩をすくめた。なんだ、姉のマーガレットと仲が悪いと思っていたのに、利用するところはちゃっかり利用してるんじゃない。わたしは、拍子抜けするやら、そんな柔軟なところもあったのかとちょっと見直すやら、複雑な心境になった。
「確か、双子もスマホは持っていたはず。でも通信できる状態だったかどうかは分からないわ。寮には無線Wi-Fiはないし、通信できるようにするには、個別に契約するしかないけど、双子の場合はどうかということは把握していない。真面目そうな子たちだけど、まさか事件に巻き込まれたりしたのかしら……」
「ちょっと待って。まだ事件に巻き込まれたかなんて分からないわ。まずは、状況を正しく把握しなければ。ハドソンさん、ヘレンとジュリアのここ数日の様子を聞かせてください」
シャロンに促されて、ハドソン夫人は一つ一つ思い出すようにゆっくりと話し始めた。
「今朝の時点ではまだいたのよ。食堂室で二人を見た人がいるもの。今日は日曜日だから日中はどうしていたかははっきりしないけど。だからいなくなったと分かったのは、夜になってからだわ」
「昨日の様子はどうでした?」
「ええと……二人とも変わった様子はなかったわ」
「二人に会ったんですか?」
「ええ。消灯の10分前くらいにジュリアがスマホを返却に来て、それからすぐに今度はヘレンが来たの」
シャロンは何やら考え込んでうつむいた。
「昨日の朝はどうでした? 朝になると、今度はスマホを取りに来るでしょう?」
「その時は二人一緒に来ていたわ」
「ところで、ヘレンとジュリアは一卵性双生児ですよね。見た目もそっくりだったと記憶していますが、ハドソンさんはどこで二人を判別してるんですか?」
「身に着けている小物や服や髪型かしら……? 毎日会っていれば、細かい特徴で見分けは付くものよ」
「昨日の二人の身なりはどんな感じでした?」
「ええと……ジュリアはTシャツを着ていたわね。まだ春なのに半袖Tシャツを。黒地に白抜きで何かの模様が描かれてたわ。髪型は、前髪をわけてピン止めしてて、後ろで一つにまとめてた。ヘレンは、カーキー色のパーカー姿で髪は下ろしていたわ」
わたしは、ハドソン夫人が言った通りのイメージを頭の中で想像してみた。
「なるほど。で、ハドソンさんが最後に見たのは今朝なんですね」
「ええ、そうね。私が見たのはそれが最後。その後食堂室で二人を見た人がいるわ。その時すでにここを出て行くつもりだったのかもしれない」
「朝の時も一人ずつ取りに来たんですか?」
「え? ええ。そう言えばそうだったわね。ジュリアは夕べと同じTシャツ姿で、ヘレンは白いブラウスを着ていたわ。髪型は二人とも昨日と同じ」
ここまで話を聞いて、シャロンはまた何やら考え込んでいた。彼女が今何を考えているのか。もちろん、わたしにはうかがい知ることはできない。その様子はとても真剣で、おいそれと言葉をかけることはできなかった。
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