第10話 新たな事件のきざし
シャロン・ホームズに助けてもらったわたしは、それから彼女と一緒に過ごす時間が多くなった。しかし、シャロンの方は、それが少しうっとおしいのか、素っ気ない態度のままである。もしかして嫌われちゃったかな? と、少し前のわたしなら怖気づいたかもしれないが、今では、彼女の照れ隠しだと分かるので何とも思わない。別にしつこくしているわけでもないし、時間が経てば慣れてくるだろう。
ある日、彼女は、ベイカー館の食堂室で一緒に食べようと誘うわたしに、ぶつぶつ小言を言っていた。
「子供じゃないんだから、ご飯くらい一人で食べられないの? ベタベタされても困るのよ」
「あら、誰かと一緒に食べる方が何かといいじゃない? これおいしいね、とか何が好き? とか会話するのも楽しいし」
「そんなこと考えたこともないわ。食べるのは、車にガソリンを入れるのと同じ、食べ過ぎると消化に手間が取られて思考が鈍るわ。あなたは経験ないの?」
「何それ? 聞いたことがないわ」
「私は、食事にだらだら時間をかけるあなた達のの方が分からない。お話しながら食べるのってそんなに楽しいの?」
「そりゃあ、わいわい喋るのは楽しいよ。でも、シャロンみたいに一人でも平気でいられる人間になりたいとも思う。大人になったら大丈夫かもしれないけど、今はまだどうしても寂しくなっちゃう。本当は、人の目を気にしないあなたが羨ましかったのよ。人の目を気にしてビクビクするのはもうたくさん。もっと強くなりたい、シャロンみたいに」
羨ましいと言われたシャロンは、少し恥ずかしそうな素振りを見せた。そうだ、わたしはどうしても人の目を気にしてしまう癖がある。独りぼっちに見られたら恥ずかしいな、とか、早くどこかのグループに入らないと白い目で見られてしまう、とか。時々小さなことにこだわる自分に嫌気が差すときがあり、最初からそんなものに目もくれず自由に振舞うシャロンが格好いいと思ったのも事実である。
「あら、ジェーン。最近はシャロンと一緒に食べるようになったの?」
トレイを手にしたグロリア・レストレードとトリッシュ・グレグスンがわたしたちに声をかけた。シャロンと仲良くなる前、食事する際は彼女たちと一緒のことが多かった。それが、手の平を返すようにシャロンと一緒になったので、彼女たちとしては面白くなかったのだろう、その声には少し棘があった。
「ご、ごめんね。最近はシャロンとご飯を食べるようになったから……その」
わたしはしどろもどろになりながら弁解した。こういう時、人付き合いって難しいなあとつくづく思う。誰と仲いいとか、誰と話すとかそういう一切合切が時々すごく面倒くさくなることがあった。でもグロリアたちの言う通りである。何の断りもなく、シャロンに乗り換えたわたしが薄情に見えても不思議はない。そんな時、シャロンが口を開いた。
「グロリア、体を細く見せるのに緩めのデザインの服はかえって逆効果だわ。体のラインが太く見える。おまけに白は膨張色よ。それと、トリッシュ、今夜は、あなたの好きなバンドのイベントでもあるんじゃないの? こんなところで油売ってる暇はないわよ」
そこにいた者たちは、みんな目を丸くしてシャロンを見つめた。
「シャロン……? 一体どういう……」
「グロリアは、普段体にぴったりした服を着ることが多いのに、今日に限って緩めの室内着を着ている。明らかに普段の服の選び方と違う。今持っているトレイを見ると、おかずが少なめ。これを見れば誰でもダイエット中だと分かるでしょう。あと、トリッシュの着ているTシャツは、ある音楽グループのロゴが描いてある。しかもまだ春なのに、わざわざ半袖のTシャツを着ているということは、今日何か特別なことが起きるという意味。さしずめテレビ出演とかライブ配信辺りかしら? そのグループのファンでもなければ、季節外れのTシャツを着たりしないでしょ」
グロリアとトリッシュは口をあんぐり開けたまま黙っていた。恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている。反論しないところを見ると、どうやら図星だったらしい。
「シャロンってホント意味分かんない! トリッシュ、行きましょ!」
グロリアは、ばつが悪いのを隠すかのようにオーバーリアクションでトリッシュの腕を引っ張って別のテーブルへ行った。
「ちょっと、シャロン。わたしのことを思ってくれたのかもしれないけど、今のはちょっと、その……」
わたしは、小声でそっと抗議した。元はと言えばわたしが悪いのだが、そのためにグロリアたちが恥をかかされるのは本意ではない。
「どこが? ただ見た通りのことを伝えただけなのに何が悪いの?」
きょとんとするシャロンを見て、わたしはがっくりと肩を落とした。どうやら本当に何がまずいのか分かってないらしい。ここはわたしの出番だろう。まるで子供にするように、かみ砕いて説明した。
「まず、女の子はダイエットしていることは隠したがるものなの。気心知れた仲でもないのにズバズバ指摘したら、相手は恥ずかしくなっちゃうよ。それに、わたしの方もグロリアとトリッシュにお世話になったのに、用が済んだらあっさり切ったから悪いところあるし……」
「さっき、人の目を気にしない強さが欲しいって言ったじゃない」
「言ったけど! でもそんな急に強くなれないよ! シャロンもわたしのこと思って言ってくれたと思うから感謝もしてるよ? だから敢えて言うけど……」
わたしは、伝えようか一瞬迷ったが、意を決して再び口を開いた。
「シャロンの推理力は、誰にも真似できない素晴らしい才能なんだから大事に扱って欲しい。困っている人を助けることで、みんなにも感謝されるし、シャロンは本当はいい人なんだと分かってもらえる。そうなって欲しいの。誰かに誤解されるような、雑な使い方をしたらもったいないよ」
わたしの訴えを聞いたシャロンは、困惑したような表情を浮かべた。どうやら本気で意味が分からないらしい。
「別に誰にどう思われようが構わないって言ったじゃない……」
「誤解されるのは違うって言ってるんだよ! 分かんないかなあ? わたしにとっては、みんながシャロンについて間違った考えを持ってるのが許せないの。グロリアとトリッシュだって本当は分かってくれるよ」
そこまで言っても、シャロンが気分を害した様子はなかった。ただ、本当にピンと来てないようである。彼女の推理の方が普通は難しいんだけどなあ。この友人については、まだ分からないことが多い。
そんなやり取りをした後、わたしたちは食事を終え、部屋に戻ることにした。慌てた様子で廊下を走るハドソン夫人とぶつかりそうになったのはそんな時だった。
「わっ、ごめんなさい! いつも廊下を走っちゃ駄目と言ってるのに、私の方が危なかったわね。急いでて、つい」
「何かあったんですか、ハドソンさん?」
ハドソン夫人の慌てぶりが気になって、私は質問してみた。彼女は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、隣にいるシャロンを見て何か思い当たったようで、声を潜めて教えてくれた。
「これはみんなに内緒にしておいてね。実は、3年生の双子の姉妹が帰ってこないの。学校にも部屋にもいないし、家に連絡しても知らないって。一体何があったのかしら?」
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