第2話 マーガレット・ホームズ
わたしは、シャロン・ホームズに初めて会った日のことが忘れられない。シャロンは、わたしが初めて会う種類の女の子だった。
こちらを鋭く見つめる視線は、にらんでいるわけではないのに、どこか恐怖感を覚える。彼女に見られていると、自分がガラス張りになって中身が筒抜けになっているような気分になった。同い年くらいなのに、彼女の方が色んなことを知っていたり経験していたりするように見えてしまう。同年代の女の子からこんな印象を受けるなんて、不思議で不思議で仕方がない。
「案内の子が来たみたいだから、パパはここでさよならするよ。ジェーン。愛してるよ」
「え? ええ。パパも元気でね」
すっかりシャロンに気を取られて、パパがいることを一瞬忘れてしまった。ついさっきまであんなに別れたくないと寂しがっていたのに。パパは、わたしのおでこに軽くキスをすると、笑顔で手を振って出て行った。ぼんやり見送る私を、シャロンは無表情で眺めていた。
「じゃあ、早速学内を案内するわね……ええと、ワトソンさん?」
「ジェーンでいいよ。わたしもシャロンと呼んでいい?」
シャロンは一瞬止まったあと、小声で「ええ」とだけ答えた。この反応はどういう意味なんだろう? 本当は名前で呼ばれたくなかったのかな? 余りベタベタするのが好きじゃない子なのかな? 初めての場所でとにかく嫌われたくないわたしは、あれこれ考えてしまった。
「始めに言っておくけど、私たち一緒の部屋になったから……ここの寄宿舎は二人部屋なの。空いている部屋がそこしかなくて」
「えっ、そうなんだ!? よろしくね!」
わたしは、戸惑っている気持ちを知られたくなくて、必要以上に明るく答えた。するとシャロンは、目を細めてこちらを見て、何やら考え込む姿勢になった。まずい。わたしの心を読まれてしまったかしら? まだ学校の案内すらしてもらってないのに、早くも心臓がドキドキしてしまう。よく考えたら、何か企んでいるわけではないのだから、正々堂々としていればいいのだ。それでも、初めての場所、初めての人ばかりで、すっかり心が怖気づいたわたしは、小さなことでいちいちビクビクしていた。
しかし、それからは淡々と学校案内が始まった。この日は休日だったので、授業はやっていないが、部活動をしている生徒たちが残っている。窓からはグラウンドで運動している子たちが見え、どこか遠くの部屋から金管楽器の音が聞こえてきた。何のことはない、どこにでもあるのんびりした休日の学校の風景だ。そんな中、シャロンは、感情の乏しい口調ながらも、簡潔で適切な説明をしてくれた。
(こんなに無愛想な子は初めてだから、どう接したらいいか分からないや……でも、嫌々やっているようには見えないし、物静かなだけなのかな?)
わたしはそんなことばかり考えていて、肝心の説明の中身は余り聞いてなかったように思う。それでも、少しずつ気持ちはほぐれていった。
そのうち、生徒会室の前にさしかかり、無表情だったシャロンが初めてわずかに顔をしかめた。それがすごく珍しいもののように思えて、わたしは思わず目を見開いた。
シャロンが顔をしかめた理由はすぐに分かった。まるで廊下の様子を見ていたかのようなタイミングで生徒会室のドアががらっと開き、中からあかがね色の髪でドリルのようなツインテールの生徒が出てきたのだ。
「新入生の案内を引き受けてくれてありがとう。でもいつまで待っても来ないからどうしたのかと思ったわよ? あなたが転入生の子ね。3年で生徒会長のマーガレット・ホームズです。ビクトリア女学院へようこそ」
マーガレットは、はきはきした口調でそう言うとさっと手を出してきた。わたしは、半ば迫力に押される形でおずおずと自分の手を差し出し、彼女と握手をした。
「ええと、1年のジェーン・ワトソンと言います。よろしくお願いします……あの、もしかしてお二人は姉妹ですか?」
二人の姓が同じことにわたしは気付いた。二人とも苗字が「ホームズ」である。しかし、見た目は全く似ていない。長身でほっそりした体型のシャロンに対し、姉のマーガレットは、上級生の割には背が低めで髪の色も違う。なにより、受けるイメージが静と動と言うくらいに異なっていた。
「そうよ。シャロンは2個下の妹。あなたたち同級生なのね。この子にも生徒会に入ってほしいんだけど、どうしても嫌だって断られるの。でも今日は、私が忙しかったから姉として、代わりに転入生の学校案内を頼んだのよ。お相手できなくてごめんなさいね。シャロンが失礼なことしなかったかしら?」
「い、いえ、とんでもない。とてもよくしてもらってます」
まだ二言三言言葉を交わしただけなのに、マーガレットからは頭の切れる人という印象を受けた。はきはきと喋り、ぼーっとしていると相手のペースに飲み込まれそうになる。生徒会長なんてやっているくらいだから、確かに優秀なんだろう。わたしが、うろたえながら答えるそばで、シャロンはイライラした表情を浮かべていた。
「言われた通り生徒会室に案内したわよ。私はこれでおいとましてもいいかしら?」
「あら、まだ駄目よ。寄宿舎の案内が残っているじゃない。仕事が手放せないから続きをよろしくね」
マーガレットは、それだけ言うとまた生徒会室に戻ってしまった。廊下に残されたシャロンとわたしはしばらくそのままでいたが、このままではまずいと思ったわたしは、何か言わなくちゃと考えた。
「ご、ごめんね。わたしのせいで時間を取らせてしまって。せっかくのお休みなのに」
「あなたのせいじゃないわ。マーガレットはいつも勝手なの。人のことなんか考えやしないのよ」
シャロンはそれだけ言うと、わたしにぷいと背を向けて歩き出した。わたしは、慌ててその後ろを着いて行った。次は寄宿舎を案内してくれると言う。やれやれ。次はなにが起きるのだろう?
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