第70話

 それからの作業場の見学は、私にとって新鮮な時間だった。

 私も商会に携わる仕事柄、職人の働きを確認することはあった。

 しかし、この光景を見て私は知ることになる。


 ……直に仕事を見るという大切さを。


 真剣な表情でガラス細工と向き合う職人達。

 その姿を見ながら、私は思う。


 職人を部屋などに呼び出し、仕事を見せて貰った時とまるで違うと。

 それもそうだろう。

 ここは彼らにとってホームで、そこでの方が完全なパフォーマンスで動けるものなのだから。


「……やはり、相手の本拠地に行くのは大切なのね」


 それは私にとって貴重な経験だった。

 今後の私の生活にも影響を及ぼす程の。


 しかし、その一方で私は本来の目的を達成できていなかった。


「手がかりは見つからず、ね」


 そういいながら、私は改めてラズベリア職人の方へと目を移す。

 細心の注意を払い、作業をするその姿へと。


 こうしてみるうちに、私にも徐々に理解できつつあった。

 どれだけ、この作業が危険であるのか。


 私を作業場に入れないでいたのは、それ故だったことを。

 アランも、ダインも。

 そして他のラズベリア職人たちは、ただ純粋に私を心配してくれていた。

 それがわかるが故に、私はこうして何の成果も得られない自分にふがいなさを感じる。

 このままであれば、私は直接ラズベリア職人たちに隠し事を聞くという選択ししかなくなるだろう。


 ……同時に、私はラズベリア職人の秘密を暴くのが正しいことなのか、悩みつつあった。


 確かに、ラズベリア職人たちは私に何か秘密がある。

 けれども、これまでのつきあいで私は理解しつつあった。

 彼らが黙ると言うことは、それだけの理由があるのだ。


 そして、その情報が私の思っていた次代を担うラズベリア職人の情報でなかった場合。

 私はただラズベリア職人の秘密を暴いただけになってしまう。


「どうしようかしら……」


 そういいながら、私は何げなしに周りを見渡す。

 ふと、一つのガラス細工が目に入ったのはそのときだった。


「綺麗……」


 そのガラス細工をさわろうとして、一瞬私の頭にダインの忠告がよみがえる。

 ガラス細工は高温であるという、注意が。


「まあでも、これはさすがに大丈夫よね」


 そう私は笑いながらガラス細工に手を伸ばす。


「っ……!」


 私が自分の考えの甘さを自覚させられたのは、次の瞬間。

 ──ガラス細工にふれた指から痛みが走ったそのときだった。

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