第69話

 ゆっくりと前に進む。


「……あつ!」


 その部屋の中に入って私、セルリアがまず感じたのは、圧倒的な熱気だった。

 その中で、服で身体を覆った職人達が真っ赤に光るガラスを動かしている。

 気づけば私は、その光景に自然と魅入っていた。


 ガラスのコップや、ガラス細工を知っているが故に、自在に姿を変えるそのガラスが私には不思議でならなかった。

 思わずそのガラスを見つめてしまう私を正気に戻したのは、隣から響いてきた笑い声だった。


「はは」


 咄嗟に声の方を見ると、そこにいたのは柔らかく笑うダインだった。


「お前もそんな無邪気にガラスを見るのか」


 その言葉に、私は恥ずかしいところを見られた気分になり、とげのある言葉で返す。


「……あら、私も立派なレディーですけど?」


「そうだな」


 私の照れ隠しに対し、ダインはただ頷いた。

 その表情があまりにも真剣で、私は思わず目をみはる。


「とりあえず、もう一度確認するぞ」


 そういいながら、ダインは私の格好をもう一度確認する。


「……よし。手袋もきちんとして、服もきちんと着込んでいるな。それならもう一度確認するぞ」


 そういってダインが始めたのは、最初に私にした説明だった。


「絶対に、赤いガラスにはさわるな。それをさわるとやけどだけではすまない」


 私にそうして何度もいうダインの表情は真剣そのものだった。

 ……その表情を見ながら、私は今更ながらあることに気づきつつあった。


 すなわち、この作業場が女人禁制である理由を。

 何より、なんとしてでも私を作業場から遠ざけようとした理由を。


 この場所は綺麗なだけの場所ではない。

 本当に危険なところなのだ。

 故に、アランとダイン達は私を守ろうと、必死にここから遠ざけていた。


「……ええ、わかったわ」


 そのことにくすぐったさを覚えながら、私は頷く。

 無理を言ってしまった現状、絶対に心配をかける訳にはいかないと私は改めて思う。


 しかし、そう思う最中にも私は思わずガラス細工の作業に目を奪われてしまう。

 話を聞けばわかる。

 離れていても伝わる熱気。

 作業場にいるラズベリア職人達はもっと暑いだろう。

 けれど、そんなことも気にせずラズベリア職人たちは必死に作業を行っている。


 ……普段の陽気な姿をしっているからこそ、私はその職人達の姿に目を奪われずにはいられなかった。


「聞いているのか、セルリア! もう一度、言うぞ!」


「……ねえ、ダイン」


 私は真剣そのものの表情でこちらをみるダインの方へと振り返り、口を開く。


「ガラス細工って素敵ね」


「……っ」


 真剣そのものだったダインの隻眼がゆるんだのはそのときだった。

 その隻眼で作業場の方を見ながら、ダインは告げる。


「ああ。──この場所は俺の誇りだ」


 その言葉を告げたダインの目に浮かんでいたのは、素直な賞賛と誇り。


 ……そして、作業場にたてる職人たちへの羨みと、悲しみが浮かんでいた。


 無意識に強く握られたダインの手を見ながら私は思う。

 ガルバへや、ラルバに思い知らせる為ではなく。


 ラズベリア職人の為にも、私は次代の名匠を見つけたいと。


「……うん」


 私はただ頷いて、視線を作業場へと戻した。

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