第68話 (ダイン視点)
そんな光景をただ呆然と見ながら、俺は思う。
……セルリアには、かなわないと。
セルリアは俺達の行動の理由のだいたいを察していた。
それは間違いなく、商人としてのセルリアの能力の高さ、頭の回転を物語っている。
──しかし、それ以上に俺達への絶大な信頼があっての理解だった。
理不尽に怒鳴られるという状況にありながら、一切その信頼を揺るがせなかったセルリア。
その器の大きさを見せられて、俺は思ってしまう。
もう、彼女に歯向かうことはできないと。
自分たちに向けられるこの信頼を知ってしまった今、俺でさえ思ってしまっているのだ。
セルリアについていければ、どれだけいいだろうと。
「でも、ごめんなさい。その思いやりを裏切っても、私にはやりたいことが、返したい恩があるの」
……だから、その言葉を聞いても俺は一切の怒りも抱くことはなかった。
それは俺だけではなく、おそらくこの場にいる全員が。
しかし、セルリアは真摯な表情を崩すことなく続ける。
「だから、私が作業場に入るのをどうか許してほしい」
そう告げたセルリアに、俺を含めたラズベリア職人のうち、誰も口を開くことはできなかった。
ただ、呆然とセルリアを見ることしかできない。
「……ダイン、僕の負けだ」
そんな中、はじめに口を開いたのはアランだった。
その顔に敗北感をにじませながら、アランは告げる。
「危険だと、セルリアをとめるべきだと今も僕は思っている。恩に感じるなら、なおさらとめるべきだと」
そうつげながら、アランは力なく笑う。
その顔に、先ほどまでの覚悟はなかった。
「……でも、もう僕にはセルリアはとめられない。──僕より、セルリアの覚悟の方が固いことを知ってしまったから」
そういいながら、アランは頭を下げた。
セルリアではなく、俺の方へと。
「僕からもお願いする。どうか、セルリアに作業場を見せる許可をください」
そう告げたアランに、一瞬空気が静まりかえる。
「……俺もだ。俺からも頼む」
「俺が責任を持って、安全管理をする! だから……」
しかし次の瞬間、続々とほかのラズベリア職人が声を上げ始めた。
その声に、俺は理解する。
……もう、この流れをとめることはできないと。
「一つ、条件がある」
その空気の中、俺ができたのはセルリアをにらみつけながら口を開くことだけだった。
「絶対に俺の言うことを聞け。勝手に動くな。……それがわかったら準備が整うまで間っておけ」
俺の言葉に、一瞬セルリアは呆然とした表情を浮かべる。
しかし、すぐに笑顔で頷いた。
「……はい!」
それは俺、ダインがただの女性を作業場に入れる判断を下した初めての瞬間だった。
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