第30話
その瞬間、空気が固まるのが分かった。
少しして、ガルバが慌てた様子で口を開く。
「ラルバ! お前は何を……」
「親父は黙っておけ」
そう言いながら、ラルバは私の側に近づいてくる。
結果、私とラルバの身長差が際だつことになる。
「こんな女があんな噂になっていたのか」
そう告げるラルバの顔には、呆れが浮かんでいた。
だが、ラルバは気づいていなかった。
自身の後ろ、マシュタルが動き出していたということに。
しかし、その途中何かに気づいたようにマシュタルが動きをとめる。
そのことに内心ありがたく思いながら、にっこりと笑った。
「あら、若いわね。知らないのね」
「……っ」
私は真っ直ぐとラルバの顔を見返す。
ラルバの顔色が変わったのはその時だった。
その顎に、私は指を沿わせながら告げる。
「女は擬態するものなのよ」
見下していたラルバの顔色がおもしろい程に変わったのはその時だった。
その光景に、私は内心笑いそうになる。
自分でも分かっている。
私は所詮、箱入り令嬢にしか見えないだろう。
この外見で、私は多くの人間達に扱いやすいと判断されてきた。
だが、その上で商人達とやりあってきたのだ。
時には扱いやすいと思わせ、時には見た目に似合わぬ知識で相手を威圧しながら。
悪いが、私にとって今のような事態は日常茶飯事だった。
一切気圧されない様子の私に、ラルバが顔をしかめて後ろに下がる。
その目に浮かぶのは、私に対する隠しきれない警戒心だった。
それこがラルバが私を警戒すべき存在だと判断したことの証拠だった。
つまりラルバは、私を商人としての能力があると認めたのだ。
「うるせえ。俺はお前みたいな女なんか認めねえぞ」
それでもラルバが自分の意見を撤回することはなかった。
先ほどとは違う怒りを宿した目を私に向けながら、ラルバは告げる。
「話題の才女? アズリック商会の立役者? それは全部、このスペランカに何の役に立つ?」
「やめろ! ラルバ、彼女は私の客だ!」
「いいから聞けよ、親父! 今、ここで乞食のように過ごすこの女に一体どんな価値が……」
どん、とガルバが拳を壁に打ち付けたのはその時だった。
先ほどまでとは違う空気をまといながら、ガルバはラルバを睨みつける。
そこには私と話していた時のガルバと違う商会長としての姿があった。
「最後に一度だけ言う。この方は私の客だ。これ以上侮辱を行うのならば、自分の息子であれ容赦はしない」
「っ!」
その言葉に、ラルバも一瞬気圧される。
しかし、それは一瞬のことだった。
すぐにガルバを睨みつけ、ラルバは口を開こうとする。
私が口を開いたのはその時だった。
「──あら、全部事実ですから侮辱には入りませんわ」
にっこりとあえて笑って見せながら、私は続ける。
「事実私はガルバ様に養っている状態です。そして、私の名前が役に立たないのもまた同じです」
その私の言葉に、ガルバはどう言えば良いか悩むように口を閉じる。
しかし、助けられた形になったラルバの顔に浮かぶのは警戒心だった。
その表情に私はあえて変わらぬ笑顔を浮かべながら告げる。
「ただ、もう一度言いましょうか。若いですわね」
「あ?」
「人は現状だけで判断していいものではないのよ」
すごむラルバに、私は逆に距離を詰める。
それに呆然とするラルバへと、私は告げた。
「一回くらい試して見なさいな。──どうして目の前の女が才女と言われているのかくらい」
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