第27話 (ネパール視点)

 私の顔には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。


「絶対に、この家には情報が流れないようにしないと……」


 そう言いながら、私は必死に頭を回す。

 確かに義父は温厚な人間だ。

 けれど、私は知っていた。

 ……今の自分の立場は薄氷の上にあるものだと。


「知られれば、私はどうなってしまうか」


 汗を流しながら、私は意味もなく頭をかきむしる。

 こんなことを知られれば、私は次期当主になれないどことか、この家から追い出されるだろう。

 いや、命を狙われたとしてもおかしくない。


 ──なぜなら私は本当は義父の子ではなく、その兄の子なのだから。


 そう、私はこの家の人間ではない。

 そして、この家には私の他に当主となり得る人間がいる。

 義父の血のつながった息子、つまり私の義弟が。


「……くそ」


 そのことを思いだし、私は唇をかみしめる。

 今はまだ義弟は幼い。

 けれど、私が不祥事を起こしたとなれば、その瞬間私の今の立場は水泡に帰すだろう。

 そしてそんな状況下で、セルリアのことを知られる訳には行かなかった。


「……だが、どうすれば」


 だからといって、私の頭に現状の打開策が浮かぶことはなかった。

 最善はセルリアの居場所を見つけること。

 しかし、分かっていてもそれができるかどうかはまた別の話だった。


「くそくそ、くそが!」


 苛立ちを発散するように、私は机の上の手紙を振り払う。

 大量の手紙は地面に散乱する。 

 その光景を目にし、私の心に浮かぶのはむなしさだけだった。

 無言で手紙を広い集めようと私は椅子から立ち上がり……ある手紙に気づいたのはその時だった。


「え?」


 震える手で私はその手紙を拾い上げる。

 そこに彫刻されている刻印を目にし、私は呆然と声を上げる。


「……公爵閣下からの手紙!?」


 その手紙を握る私の手は自然と震えていた。

 できるなら見なかったことにしたい。

 けれど、そんなことできる訳がなかった。

 私は歯を食いしばり、その手紙を開く。


「っ!」


 しかし、すぐに開いたことを後悔する事になった。

 そこにかかれていた一文目。


 ……セルリアの行方をくらませたことは知っている。


 という言葉をみたことで。

 あの公爵閣下に目を付けられた?

 その瞬間、頭に夜逃げの文字が頭によぎる。


「……ん?」


 しかし、読み進めていく内に私の中から恐怖が消えていく事になった。

 代わりに浮かぶのは困惑と、希望。


 ──なぜならその手紙に記されていたのは、勝手に消えたセルリアに対する恨み言だったのだから。


 そしてその手紙の最後は、できればマイリアル伯爵家と婚約者のネパールとは協力したい、の一文で閉められていた。


「は、はは、はははは!」


 その手紙を読み終えた時、私は思わずそう高笑いしていた。

 先ほどまでの鬱屈とした感情はもう胸にはなかった。

 代わりに胸を支配するのは、圧倒的解放感。

 公爵閣下が協力してくれるのだとすれば、もう仕事をこなしセルリアの行方が分からないことを隠す必要もなかった。


「もうこんな仕事をやる必要もない!」


 今まで自分がやっていた書類を乱雑に押しのけ、私は公爵閣下への返事を書き始める。

 その顔には、勝ち誇ったような笑みさえ浮かんでいた……。



 ◇◇◇



 明日からセルリア視点となります。

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