第26話 (ネパール視点)

 ……その言葉が聞こえた時、私は固まっていた。


「ネパール様?」


「あ、ああ。部屋に置いておいてくれ」


 しかし、何とかそう言うと、部屋に入ってきたのは山盛りの手紙を抱えた使用人だった。

 信じれない。

 いや、信じたくない思いで私はそれをみる。

 ……その手紙の宛名は、どれも貿易相手の貴族や商会の名前が記されていた。


「それでは」


 使用人は、運ぶだけ運ぶと部屋を後にする。

 それを確認することもなく、私は手紙の一つを手に取る。


「……っ」


 その中身は、私の想像通りの最悪な内容。

 セルリアが不在なのではないか、という探りの手紙だった。

 表面上は心配そうに何か手伝える事はないか、などとかかれている。

 しかし、ここでうっかり何か漏らせばその瞬間、全てが貴族社会、商会に伝わるだろう。

 相手を心配する振りをして、隙をつく。


 ……それが貴族や商会のやり方であると私は知っていた。


 早鐘のようにうつ心臓を感じながら、私は次の手紙を手に取る。

 その内容も変わらず、同じような内容。


「もうここまで広がっているのか……」


 その内容に、私はそう漏らさずにはいられなかった。

 これも全て、伯爵家のせいに仕方ないと、私はどうしようもない苛立ちを感じる。

 自分の仕事ぶりを頭から追い出して。

 とにかく、なんとか対処をと考え……扉がノックされたのはその時だった。


「ネパール、いるか?」


「っ!」


 それは伯爵家当主たる義父の声だった。

 その声は優しげで、けれど私は背筋が凍るのを感じずにはいられなかった。

 義父には仕事で忙しいから部屋にはいらないようんい頼んでいる。

 それをいつまで守ってくれるかなど、わかりはしない。

 そして、今部屋に入ってこられると、致命的なものが散乱していた。

 しかしその心配は杞憂だった。

 扉を開けずに、義父が優しく続ける。


「いつもがんばっているな。だが、根を詰めすぎると心配になるぞ」


「い、いえ、これが次期当主の勤めですので!」


「そうか。しかしたまには私たちと一緒に食事でも……」


 その言葉に、私は思わず唇をかみしめる。 

 もしかして、セルリアに関して何か情報を見つけたのではないかと。

 それを探るために食事を誘っているのではないかと。

 焦りながら、私はとっさに叫ぶ。


「い、いえ。私にはまだ多くの仕事が残っておりますので、自室で食事はとらせていただこうかと」


「……そうか」


 その後の沈黙に、私の中に緊張が走る。


「それなら分かった。だが、無理はするなよ。また時間がある時に家族で話そう」


 そう告げると、義父の足音はどんどんと遠ざかっていく。

 それを聞きながら、私は一瞬は安堵する。

 けれど、すぐにその安堵は焦燥に覆い尽くされていくことになった。


「……は、早くセルリアを見つけないと」

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