第20話 (三人称)

 別サイトに合わせて最後の複数更新日になるのと、早めに書き終わりましたので今日はもう一話更新させて頂きます!



 ◇◇◇


 ようやく事情を知った男の顔は、もはや土気色に近かった。

 その状態で呆然とつぶやく。


「……早くエミリー様に伝えないと」


「そんな暇誰が与えるか」


 ばたばたと、外から足音が響いてきたのはその時だった。


「商会長、これは一体……?」


「遅い。いや、今はいい」


 男を取り押さえた時の騒ぎにようやく気づいてやってきた部下に、アズリックは告げる。


「この男を公爵閣下に渡せ。以後の処理はそちらに任せると」


「……ひっ」


 男の顔に恐怖が浮かんだのはその時だった。

 それにアズリックはその凄みのある笑顔を浮かべ、口を開く。


「ここまで貴様に情報を与えておいてただで帰すと思ったか?」


「ま、待ってくれ! いや、下さい……! 公爵閣下のところに送るのだけは……」


「恨むのであれば、既に情報を流した自分を恨め」


 そう懇願する男に、冷ややかにアズリックは吐き捨てる。


「セルリアに不利益を与えた者に慈悲をくれてやる程、わしは優しくないのでな」


 それがアズリックがその男に向けた最後の言葉だった。

 わめく男を無視し、アズリックは背を翻す。

 そしてアズリックが向かう先は、自身の執務室だった。


「さて、これからは忙しくなるな」


 そう言いながらも、アズリックの顔に浮かぶのは好戦的な笑みだった。

 もう情報が言っている以上、いずれマイリアル伯爵家の方から干渉してくることは間違いないだろう。

 それが大きな問題になるとは思わないが、面倒事であるのは間違いはなかった。


「……面倒事であるはずなのにな」


 アズリックがその面倒事に対して忌避感を感じない自分に気づいたのはその時だった。

 しかし、すぐに困惑の表情は笑みに変わる。


「いや、簡単な話か」


 ただ、自分がセルリアという人間に魅入られたということを改めて認識し、アズリックは笑みを浮かべる。

 これでは公爵閣下のことをからかえたものではないと。


 伯爵令嬢セルリア。

 彼女は、商会に携わるものとして多くに人間と接してきたアズリックにとっても珍しい存在だった。

 決して知識がない訳でない。

 しかし、商才を持った才能のある人間という訳ではない。

 そういう才能に関しては従者であるマシュタルの方が余程持っているだろう。


 けれど、セルリアは不思議と人を引きつける人間だった。


 アズリックの商会が大きくなったのも、そのセルリアの魅力の結果だった。

 確かに自分は、優れたものを作る職人としての能力は高い、そうアズリックは自覚している。

 けれど、同時に自分にはものを作る才能がないことも自覚していた。

 だから元々この商会は、十数人しか人間のいない小さな商会でしかなかったのだ。


 それがここまで大きな商会になったのは、セルリアが様々な人間をこの商会につれてきたからだった。

 自分と違い商才にあふれた副会長のマリアナ。

 元高位貴族の御者でありながら、クビにされたことにより腐っていたカイア。

 その二人を含めた様々な人間をセルリアがつれてきたことによって、この商会は大きく変わった。


 確かにここの表向きの商会長はアズリックだろう。

 けれどアズリックは、いやこの商会の人間は知っている。

 本当のこの商会の代表は、セルリアであることを。


「……最初は疎んでいたはずなのに、どうしてこうなったやら」


 そう言ってから、すぐにアズリックは失笑する。

 その答えは、考えるまでもなかったと。

 脳裏にこれまでの経緯について説明していた時の、セルリアの言葉が蘇る。


 ──アズリック、お願いがるの。公爵閣下に、まだこの度のことについて直接謝罪できないことを許して欲しい、とお伝えして欲しいの。いずれ、直接謝罪に行くと。


 そう何度も何度も、セルリアは頭を下げ続けていた。

 自分は被害者で、まだショックも抜けていないはずなのに。


「そんな人間だから、あの偏屈な公爵閣下に気にいられるのだろうな」


 そして、自分のような人間が助けになりたいと思うのだ。


「マイリアル伯爵家には教えてやらねばな」


 そう言いながら、アズリックは笑う。

 その手にあるのは重要な案件であることを知らせる、赤い色の封筒と手紙。

 アズリックはそこに、次々と商会の名前を書いていく。


「どれだけの人間の怒りを借っているのかをな」


 そう告げたアズリックの手には、数え切れない程の封筒が並べ等得ていた……。



 ◇◇◇


 次回から、セルリア視点に戻ります。

 明日からはお昼に一話更新となる予定です。

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