第14話 (ネパール視点)

「は?」


 一瞬私は、伯爵家当主の言った言葉の意味が理解できなかった。

 数秒の沈黙の後、ようやく言葉の意味を理解して、口を開く。


「……何の冗談ですか?」


「それはこちらの台詞だが?」


 俺の震えた声に、不機嫌を隠さない表情をして伯爵家当主は口を開く。


「つまらない冗談はいい。早くセルリアをつれてきてくれ」


 嫌な汗が背中をぬらす。

 ただ、もう頭に浮かぶその可能性から目を背けることはできなかった。


 ……すなわち、セルリアがこの家に戻っていないのではないか、という可能性に。


「勝手に調べさせて貰う! 屋敷にあるネパールの馬車の中を調べろ!」


 そのことに、伯爵家当主思い至ったのも同時だった。

 血相を変えて叫んだ伯爵家当主に、使用人が飛び出していく。


 その光景を見ながら私は呆然と立ち尽くす。

 ただ、一つだけ確かなことはあった。

 すなわち、この言動を見る限り伯爵家当主の言葉は嘘などではないと。

 本気で私がセルリアを匿っていると思い込んでいる。

 だが、私はセルリアの行方など分からない。

 そして、その事実が指し示すのは一つの答えだった。


 ──すなわち、セルリアは姿を自ら消したという。


 それは絶対に起こることはあり得ないだろうと思いこんでいた事態だった。

 あれだけ私に、家族の存在を抱え込んでいたセルリアが消えるなど、私は想像もしておらず。


「……全て貴方達のせいだ。なんてことをしてくれたんだ!」


 その信じられない状況を知った時、私にできたのはそう伯爵家当主に叫ぶことだった。

 初めて私に叫ばれた伯爵家当主の顔には、驚愕が浮かんでいた。

 しかし、その表情さえ私を止める要因とはならなかった。


「私の想定通りことが運んでいれば、こんなことには! これでどれだけ私に被害がでると思っている? 全て全て、伯爵家の人間のせいだ……!」


「黙って聞いていれば何を言っている?」


 そして、そんな私の言葉が伯爵家当主の怒りを買わない訳がなかった。

 私の反応に全てを理解し伯爵家当主は、その目に怒りを宿し叫ぶ。


「全ての責任があるのは貴様だろうが! どうしてセルリア程度手綱を握れない? ただ帰せば逃げられることさえ考えられなかったのか!」


「……っ」


 その言葉に私の中、急速に怒りが膨れ上がる。

 目の前が真っ赤に染まるような錯覚を覚える中、バルバロイを睨みつける。

 この状況の原因は、誰に聞いても伯爵家だと答えるだろう。

 それをよりによって私のせいにするのか。

 あまりにも度を超えた責任転嫁に、私はただ怒りを覚えずにはいられない。

 さらに言い返そうとして。


 ……その私を止めたのは、許可もなく開いた扉だった。


「な、なんで? 私がいるじゃない? セルリアなんていらないじゃない?」


 そこにいたのは、とっくに帰ったと思っていたはずのエミリーの姿だった。


 私が今喧嘩しているどころではないと気づいたのはその時だった。

 そして、その思考に至ったのは伯爵家当主の方もだった。

 示し合わせた訳ではなく、二人同時に部屋を出ていく。


「誰か! 急いでセルリアを見つけてこい!」


「屋敷に戻る! 早く御者に準備をさせろ!」


 各々叫びながら、私と伯爵家当主はその場から去っていく。

 ……その後に残されたのは、呆然と立ち尽くすエミリーの姿だった。



 ◇◇◇



 次回、エミリー視点になります。

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