第9話
「……どうしてですか?」
そう言うマシュタルの声は固かった。
たった一言、それだけでマシュタルは私が考えていることに気づいたらしい。
それに、私は思わず苦笑しそうになる。
相変わらず頭の回ると。
「この状況で公爵家に行く意味をお嬢様は理解しているでしょう! 確かに公爵閣下は寛容な方です。ですが、今回の婚約破棄はあまりにも突然すぎます!」
私を真っ直ぐに見つめ、マシュタルは続ける。
「この婚約破棄が知られれば、騙されたという人間も出てくるでしょう。今公爵家に行けば、被害者であるお嬢様が騙した扱いを受けてもおかしくないのですよ!」
そう必死に私に訴えるマシュタルの目に浮かんでいたのは、私に対する心配だった。
それに私は思わず笑ってしまいそうになる。
なぜ、私を恨んでいてもおかしくないはずのマシュタルがこんなにも優しいのかと。
誤魔化すのは無理だと判断した私は、そのまま笑いながら。
「だって、それしか私には貴方に報いることができないもの」
「……っ」
マシュタルの勢いが消えたのは、その時だった。
どう言えば、いいか言葉を探すようにマシュタルの目が泳ぐ。
しかし、その隙に私は畳みかけるように告げる。
「確かに私は罪に問われるかもしれない。けれど、貴方は別でしょう? 使用人である貴方が騙されたと言われることはない。……特に、公爵家の代わりに主を咎められる使用人であればなおさらよね?」
「……何を、考えているのですか?」
「──マシュタル、貴方には私を罰することで交易の代表者になってもらいます」
マシュタルが絶句する。
それも当然だろう。
何せ、これはそもそも成立するかが分からない作戦で、したとしても厄介ごとが目に見えているその場しのぎの策なのだから。
「私に、お嬢様を罰しろと言われてるのですか? そして、その立場を奪えと」
「分かっているでしょう? いくら成功率が低くても、これしか策は」
「そんなことを言ってるのではありません!」
そうマシュタルが声を張り上げたのはその時だった。
滅多に声を張り上げることのないマシュタルが、私を睨みつけて叫ぶ。
「このままだと、全ての責任をお嬢様が負うことになるではないですか! それで、本当納得できるんですか!」
「……納得?」
そうつぶやいた私に、マシュタルが頷く。
「はい。本当に……」
「そんなの、できる訳ないじゃない」
「なら!」
そう言って、マシュタルが私の肩に両手をおく。
暖かいマシュタルの手のひらの感覚。
普段なら安心できるその感覚が、どこか遠くに感じる。
「でも、行かないと」
「っ!」
「だってそれしか私……」
そう言いながら、私は気づいてしまう。
マシュタルの為になりたい。
その思いはゼロじゃない。
けれど、頭にあの言葉が蘇ってくる。
──その価値しか、君にはないんだから。
「それ以外、私にはどうすればいいのか分からないや」
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