第5話

 それから私は、特に何の障害もなくネパールの部屋へと招かれた。

 そして待つこと十数分、ネパールがやってきたのはそれだけたった頃だった。


「突然どうしたんだい、セルリア?」


 そう言って、私に微笑みかけてくるのはいつもと変わらない姿の背パールだった。

 癖髪の金髪に、少し気弱に感じる笑み。

 その姿からは、まるで変化を感じない。

 それをみながら、私は内心大きく安堵する。


 やはり、エミリーの言葉は嘘だったに違いないと。


「いえ、ちょっとおかしな話を聞いて確認したかっただけなの」


 そう言いながら私は、ほほえむ。

 もう確認の必要もないかもしれない、そう思いながら。

 とはいえ、それでも確認せずに去るには、エミリー達の自信満々な態度が頭から離れなかった。


「少し変な確認なんだけど、大丈夫かしら?」


「ん、なんだい? 最近の交易のことかい?」


「……あ」


 私がふと大切なことを報告していなかったのを思い出したのはその時だった。

 エミリーとの一件のせいで頭から抜けていたが、報告しなければならないことが私にはあったのだ。


「何か、あったの?」


 私の反応に、少し不安げなネパール。

 それに私は、いたずら心から少し神妙な表情を作りながら口を開く。


「……実は」


「じ、実は?」


「……公爵家の交易に私達も協力することになったの」


「へ?」


 神妙な顔をして告げた私の言葉に、ネパールの顔が間の抜けたものになる。

 次の瞬間、その顔が喜色に包まれた。


「ほ、本当かい! あ、あの公爵家の一大交易に!」


 そう言いながら、ネパールは喜びを押さえきれないように立ち上がる。

 それからしばらく、どうすればいいか分からないようにふらふらとしていたが、少しして私の肩に手をおいて告げる。


「ありがとう、セルリア……! 君は救世主だ!」


 その言葉に、今度は私の方が呆然と立ち尽くすことになる。 

 しかし、すぐに私は思わず笑いながら告げる。


「あはは、大げさよ!」


「大げさなことあるか! こんなことあるなんて……」


 そう言ってまだ喜びを消化できない様子のネパールをみながら、私の心にもう不安はなかった。

 目の前のネパールがエミリーに乗り換える?

 そんな未来、私には想像もできなかった。


 少し怪訝そうにネパールが口を開いたのはその時だった。


「それにしても、全然変じゃない確認だったね。というか、報告じゃないか」


「ああ、確認したかったのは別の件よ」


 そう言いながら、私にはもう不安も何もなかった。

 だから、ただ世間話をするように私は口を開く。


「実はエミリーがネパールと、婚約することを了承したって言ってて……」


 がちゃん、大きな音が響いたのはその時だった。

 その音に驚愕しながら私はネパールに目をやる。

 そして、私は想像もしなかったものを目にすることになった。


「……その話をどこで聞いた?」


 ──焦燥を隠せない、呆然とした様子のネパールの表情を。

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