第7話 交通事故
三女のはるかとデートしてから二週間ほどが経った。どこかに罪悪感のようなものがあり、学校にいても、集中力がなく、そろそろ大学受験を考えないといけない時期なのに、自分で何かを制御できていない気がした。
頼子はそんな渡良瀬の態度が気になり、話しかけてくれた。
「どうしたの? 渡良瀬君らしくないわね」
さすがに、小学校の頃からずっと一緒だっただけに、少しの変化を頼子は見逃さなかった。ただ、これが逆の立場でも同じことが言える仲なだけに、余計に、この状況は、渡良瀬にとっては、辛いものだった。
「いや、いいんだ。君には関係ない」
と、つい突っぱねるような言い方をしてしまった。
「しまった」
といった瞬間に感じたが、頼子の方も、下を向いたまま、顔を上げることはできないようだった。
こうなってしまうと、自分が原因なだけに、何を言っても同じであった。しょうがないので、そのまま放っておいたが、頼子はそのまま、すごすごと引き下がった。
「あれが、頼子なんだよな」
と考えた。
「だから何なんだ?」
ということになるのだが、変にしつこくされても困るし、かと言って、このままでも気になってしまうが、とりあえず自分の情緒が不安定である以上、どうすることもできない。
とりあえず、自分のことだけでも、どうにかするしかないのだろう。
最初は、何が原因なのか理由が分からなかった。もちろん、ゆかりとデートのつもりだったものを、
「これなくなった」
ということで、やってきたはるかとデートをしてしまったのだ。
相手が姉妹なだけに、この行動は罪深いものだと思った。しかも、それを慰めるように相手してくれたのが、その二人の長女である頼子だったというのは、何とも辛い皮肉であろうか。
明らかに、
「神様の嫌がらせではないか?」
と考えてしまうほどで、何ともいえない状態だと思うのだった。
しかし、この時点では、三姉妹の誰が何を考えていたのか、知る由もなかった。三姉妹の中でも同じことであり、ひょっとすると、家の中でもぎこちない様子なのかも知れない。
もちろん、その原因が自分のことだなどというほど、渡良瀬は自惚れてはいないつもりだった。だが、三人とも、思春期の真っただ中にいるのだから、
「三人の母親であるおばさんも、大変なんだろうな」
と感じていた。
もっとも、今は人のことにかまっていられない。自分の心境をどうにかしないといけなかった。
原因は確かにデートをしてしまったことで、自分の中で自分を許せない何かを感じていたが、自己嫌悪というわけではないこの思いが何なのか分からなかった。
これは、ゆかりや、はるかに会ったからと言って解決するものではないだろう。二人がどうのということではなく、自分の中でどう整理すればいいのかということが問題になってくるのだった。
それを思うと。
「まずは、自分が気持ちを落ち着かせること」
というのは分かっているつもりだったが、落ち着かせるには、三人のことを考えない方がいいのか、考えて、そこから原因を見つけ出し、そして、解決を導き出すという過程を踏まないといけないのかということを、考えてしまうのだった。
「落ち着かせること」
というのと、
「整理すること」
というのでは、明らかに落ち着かせることの方が楽だし、手っ取り早いと思っている。
渡良瀬は、掃除が嫌いで、整理整頓という言葉が、聞いただけでも、虫唾がはするようなものだった。かといって、潔癖ではないというわけではない。自分にとって大切だと思うことは徹底的にきれいにする。
「では、いったい何が自分にとって大切なものなのか?」
ということを吟味することも苦手だった。
「ひょっとすると、吟味することが苦手なので、整理整頓ができないのではないか?」
と考えるのだった。
二週間が経ったその日、朝から、何かムカムカした感覚があった。
「こんな日は、雨が降りそうだな」
と思っていると、学校の帰り道、実際に雨に降られてしまった。
その日は、参考書を買いに、駅前の本屋に出かけていたので、いつもと違う道を帰ることになった。
と言っても、駅から家に帰る道は、学校の通学路の次に頻繁に歩く道なので、慣れた道だった。さすがに雨が降っていると、交通量も多く、雨が降っているせいか、暗くなるのが早かった。
車のヘッドライトが眩しくて、歩いていて、傘を差しながら、目の前に指で庇を作っていると、急に、何かの鈍い音と、絹を引き裂くような音が聞こえてきた。瞬時にして、それが、
「交通事故だ」
と分かった。
車同士の衝突なのか、それとも、車を人が轢いたのか、様子を見ていると、人だかりができて。ざわついているのを見ると、
「この様子は人身事故かな?」
と思い、恐る恐る近づいていくと、人だかりの向こうに、今まで差していたと思われるビニール傘が、ひっくり返るようにくるくる回っていた。
人だかりは前にいた人が後ろに下がってきて。後ろからは様子が変なのに気づいて人が寄ってくるので、入れ替わるだけで人は増減しない。その分、後ろにいた人が前に押し出される形で進んでいくと、事故の全容が見えてきた。
「女の子が轢かれたんだ」
と、横から、若い男性の声が聞こえてきて、誰かが、
「救急車」
と叫んでいる。
しかし、救急車の手配は誰かがすでにしていて、救急車が来るのを待っている状況だった。
たぶん、女の子が倒れているあたりは、血が散乱しているのだろうが、あいにくの雨のため、血が流れているのが幸いしてか、惨状としては分からないようだった。
渡良瀬は、じっと覗き込んでいると、
「おや?」
と思い、その瞬間、身体が固まってしまったのに気が付いた。
そこに倒れている女の子の姿が見えてくると、その服装に、どこか見覚えがあった。
「そうだ。俺と会う時、よく着てきた服だったよな。ということは、そこにいるのは?」
と思いながら覗き込んで、想像が的中してしまったことを、呪わずにはいられない。
思わず、
「ゆかりちゃん」
と叫んでしまった。
まわりの人は皆こっちを見つめたが、もう、気が動転していて、見られることへの感覚がマヒしていたのだ。
「あなた、この子の知り合いなのかい?」
と中年男性が話しかけてきた。
「ええ、友達の妹さんなんです」
と、余計なことを聞かれたくない一心で、無難な答え方をした。
こんな時、当たり障りのない答えが一番望まれるだろう。相手も、余計な質問はしたくないだろうからである。
「車に轢かれたんですか?」
と聞くと、
「ああ、あそこで見ている、にいちゃんが運転していた車らしいんだけど、かなり大きな音がしたので、見てみたら、女の子がひっくり返っていて、動かなくなっていたので、急いで救急車を呼んだというわけだよ」
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。人だかりがさっと雲の子を散らすように、救急車の侵入経路を開けていた。
車が止まると、一糸乱れぬ白衣の救急隊員が数名降りてきて、担架と、酸素吸入器を持った隊員を従えて、隊長のような人が、脈や目を開けてみながら、
「よし、急いで運ぼう」
と言って、救急車の中に運んだ。
「この方をご存じの方」
と言われたので、
「はい」
と言って、渡良瀬も、救急車に乗り込んだ。
今目の前で応急処置を行ってもらっている女の子は、ゆかりだったのだ。学校から一度帰って、どこかに出かけようとしたのだろうか? 制服ではなく私服だった。おめかしをしているわけでもないので、ちょっと買い物というくらいのことだったのだろう。渡良瀬の心臓はバックンバックン言っていて、身体の震えが止まらなかった。
救急車の中では、救急隊員が、ゆかりにいろいろと訊ねている。
「どこが痛いですか? 大丈夫ですか?」
と言っている。
その横で、もう一人の人が、病院の手配をしているようだった。初めて乗った救急車だが、
「思ったよりも窮屈だ」
と感じた。
それは当然だろう。決められた大きさのワゴン車に、救命用具や精密機械が所せましと乗っているのだ。さらに目についたのが、酸素ボンベで、すぐに、ゆかりに取り付けられた。いかにも痛々しい状況である。
ゆかりの身元を調べなければいけないようで、カバンの中から定期入れなどを物色していた。急を要することなので、それも当然のこと、病院に着いたら着いたで、調べる暇などないだろうから、きっと分かっていることを、患者受け渡しの際に伝言することになっているのだろう。
「救急車が通ります。道を開けてください」
というマイクの声が、サイレンとともに聞こえてきた。
その頃はまだ学生だったので、細かいことは知らなかったが、緊急自動車が通っている場合は、一般車両が青信号で、救急車が赤信号でも、救急車が優先である。もし、他の車に接触すれば、
「緊急自動車に対して止まらなかった方が悪い」
ということで、救急車の修理代を請求されることもあると、あとで聞かされた。
それも当然のことであって、命を運んでいるわけだから、何をおいても、最優先である。
救急車に乗ってから、バタバタしているところを見ていたので、救急車が減速し、左に曲がっていくのを感じると、
「やっと着いたんだな」
と感じた。
どれくらいの時間だったのか、たぶん、十五分くらいだろう。病院の中から、救急の医者や看護婦が出てきて。救急隊員から患者を受け取った。その時、難しい言葉をいろいろ言っていたが、聞こえたのは、確か、バイタルという言葉だった。その言葉は聞いたことがあったので、分かった気がしたが、とにかく、集中治療室に運ばれ、どうやら、緊急手術になるようだった。
事務員のような人が来て、
「この患者さんのお知り合いですか?」
と聞かれたので、
「ええ、同級生の妹なんです」
「緊急の連絡先とは分かりますか? 一度ご自宅には連絡してみるつもりですが、いなかった場合を考えてですね」
と言われたので、スマホを見せて教えてあげた。
急いで連絡を取っていたが、連絡はすぐに取れたようだ。
「家族の方は、すぐに見えられるそうです」
と言っていると、奥の方で輸血という言葉が聞こえた。
「AB型なんだけど、少しでもたくさんあればありがたい」
と言っていた。
それを聞いて、思わず渡良瀬が、
「あっ、僕AB型なんですけど、協力できますよ」
と答えた。
実は、その時まで、ゆかり、いや、ゆかりだけではなく、他の二人の血液型も知らなかった。だが、ここで自分がいたのも何かの縁である。
「輸血に協力するのは、当然のことだ」
と思ったのだ。
「じゃあ、お願いします。まずは、血液の適合検査をしますので、こちらへどうぞ」
と処置室の方に通されたのだ。
久しぶりに、静脈注射を打った。痛かったというよりも、何となく気持ちよかったといった方がいい。腕をまくって、血管を浮かせようと看護婦さんが、指で手を叩いた時、喧噪としたまわりの音が、しばらく消えてしまったかのように感じたからだ。
針が入ってきた時も、一瞬、チクッとしたが、身体が少し熱くなっているのか、血液が抜けて行く時、スーッとする感覚だった。
2,3本抜かれたので、少し、横になっているように言われた。
「緊急手術の方、もうすぐ始まります」
と言われ、少しずつ、頭がボーっとしてきた。
それを見た看護婦が、
「大丈夫ですか? 輸血できそうですか?」
と聞いてくるので、
「ええ、大丈夫です」
と答えた。
そもそも、輸血はおろか、献血すらしたことがない。まあ、まだ高校生なので無理もないことかと思ったが、そういえば、周りの同級生の男の子は、結構、献血に行ったという話をしていたのを思い出した。
最初は、
「二十歳の献血」
というポスターがあったので、それを思い出したのだ。
「あなたの場合は、まだ17歳ですので、採血は200CCまでとなりますので、そのつもりでいてくださいね」
という話をされたが、たぶん、このあたりから、半分意識は朦朧としていた気がする。
ゆかりが緊急手術を受けている間、渡良瀬は、別室で採血された。時間としては、数分だったのだろうが、気が付けば、気持ちがいいと思っているうちに、眠っていたのかも知れない。
気が付けば、喧噪とした雰囲気はなくなっていた。
「ここは、どこなんだ?」
と、目が覚めたが、身体を動かすことができなかった。
意識が戻ってくるうちに、
「そうか、ここは救急病院で、輸血の手伝いをしたんだ」
というところまで意識が戻ってくると、
「そうだ、ゆかりはどうしたんだ?」
と、今まで動かないと思った身体が、いきなり反応して、ビクッとなったかのように、反射的に飛び起きた。
「手術、手術は、どうなりました?」
と横にいた看護婦に思わずつかみかかるようになった、
そうしないと、バランスを崩してベッドの上から転げ落ちそうだったからだ。
「大丈夫ですよ。無事に成功し、今彼女も麻酔から覚めるのを待っているところですね」
と、つかみかかられた看護婦は、ニッコリと笑って、渡良瀬の掴んだ腕をやんわりと払いのけた。
「ああ、これは失礼しました。でも、成功したんですね。それはよかった」
とホッとすると、
「渡良瀬さんの方も、きつかったでしょう? 輸血の方、ありがとうございました」
というのを聞いて、
「あれ? 僕、自分の名前言いましたっけ?」
「ええ、輸血の前に、サインした書類を見たんですよ。でも、それだけではないんですけどね」
と言っているうちに、この部屋に女性が一人入ってきた。
見覚えのあるその女性は、ニコリと笑って、
「渡良瀬君、本当にありがとう」
というではないか。
この場面の当事者として、自分のことを、
「渡良瀬君」
と呼ぶのは非常に限られている。
そう、目の前にいるのは、すぐに誰だか分かった。照明が後ろからかかっていて、完全な逆光になるので、顔を確認することはできなかったが、特徴のある声と喋り方で、そこにいるのは、頼子だということはすぐに分かったのだった。
「渡良瀬君が輸血してくれたおかげで、ゆかりも無事に手術ができたみたいでよかったわ。本当に感謝する」
と言って、半分涙目になっていた。
先ほどの喧騒とした雰囲気で、かなり危険な状態だったのかということは想像がついたが、それにしても、あの頼子がウルウル来ているなんて、さっきの喧騒とした雰囲気をまた思い出させるくらいの衝撃であった。
「無事に終わってよかったと思っているよ」
「うん、本当にありがとう」
「ゆかりちゃんは大丈夫なのかい?」
「うん、命に別状はないし、見えるところに傷も残ることはないということを言ってくれていて、本当は死んでいてもおかしくない状態だったようなことも言っていたわ」
ということだった。
やはり女の子なので、目立つところに傷が残るのは問題である。まずは命の問題が最優先で、命に別条がないということであれば、思春期の女の子として心配するのは、傷がどれほど、どのような形で残るかということであろう。
特に顔などに傷が残ると、これから恋愛をして結婚ともなると、大きな問題になりかねない。
だから、目立たないところであっても、傷が残るというのは、本当はいいことではないのだろうが、大手術をしたのだから、傷口が完全に残らないというのは、無理な相談に違いない。
「今は医学もかなり発展しているので、だいぶ傷も残ることはないと先生も言ってくださったので、私たちも安心しているところなの」
という話になっていると、そこに、ゆかりの母親と、三女のはるかが入ってきた。
ゆかりの母親は、それこそ、頼子が落ち着いているにも関わらず、安心したという感情と、先ほどまで、精神的にひどかったことを思わせる雰囲気が醸し出されていた。
相当、精神的に苦しかったということを察することができて、お礼をいうのも、先ほどの頼子の比ではないということも、察してほしいというほどだった。
そんな母親を見て、労う顔をしている頼子だったが、その隣にいるはるかの表情が、まだ怖ったままでいるのが気になっていた。
姉が交通事故に遭ってしまい、死ぬか生きるかというところだったのだから、中学一年生のはるかにとっては、ショックが相当なものだったのだろう。
「やっぱり、姉妹なんだな」
と感じたが、それにしても、ここまで顔色が悪いというのも、精神的なショックははかり知れない。
この三人は、姉妹と親子という関係でありながら、ここまで極端に一人一人が違うというのも、それだけ事故が大きかったということだろうか。それを思うと、感じてはいけないことなのかも知れないが、
「もし、事故にあったのがゆかりではなく、他の姉妹の誰かだとすれば、ゆかりなら、どんなリアクションを示すだろう?」
と考えてしまった。
不謹慎であることは分かっているが、思ってしまったものは仕方がない。
「ゆかりだったら、意外と、表情に出さないかも知れないな」
と感じた。
もちろん、ショックは大きいだろう。それ以前に、被害に遭ったのが、姉であるか、妹であるかということも大いに影響しているかも知れない。
それを思うから、表情に出さないのではないかと感じたのだ。
実際に一緒に育った兄弟のいない渡良瀬に、分かるわけはないのかも知れないが、次女であり、三姉妹の真ん中という立場は、まわりの皆が思っているよりも、かなり微妙なものではないだろうか?
姉に対しては、察してあげなければいけない場面があったり、妹に対しては庇ってあげたり、導いてあげないという思いであり、さらに、二人が険悪なムードになった時、切れてしまわないように、結びつけておくという重要なポジションであろう。
姉や妹は、それぞれに自分の性格を表に出せばいいが、真ん中はそうもいかない。そう感じたから、無表情なのではないかとおもうのだった。
ゆかりの気持ちを分かっているつもりだろう頼子も、結構自分勝手なところがある。自分勝手と言っても、妹たちを放っておくという意味ではなく、自分の気持ちが姉妹の気持ちに結びつくという覚悟のようなものを一番持っているのが、頼子ではないだろうか。
逆に末っ子のはるかは、とにかく天真爛漫だ。
一度、ゆかりがこれないからと言って、自分がデートに出てくるくらいに天真爛漫さを持っていることで、
「誰からも好かれる子なんだろうな?」
と思っていた。
これは後から知ったことだが、そんなはるかの性格を少し上の人たちは、分かっていて、本当は嫌いなのだが、それを表に出してしまうと、妹苛めが問題になるということで。その矛先がゆかりに向いた。
それが、ゆかりが、
「苛められっ子だった」
という事実であったのだという。
その時はそんなことは知らなかったので、はるかや頼子のことを考えていたが。頼子や母親はいいとして、はるかのあの青ざめた、そして思いつめたような表情は何なのだろう?
姉は大丈夫だということを聞かされたはずだ。あの天真爛漫で、細かいことをほとんど気にしないはるかからは想像できないくらいだ。
「姉が事故に遭って、こんなことになりショックだ」
ということであれば、分からなくもないが、自分の知っているはるかが、ここまでおっちこんで、立ち直る気配すら見せないというのは、本当に信じられないようなリアクションだったのだ。
「どうしたんだい? はるかちゃん」
と、声をかけていいものかどうなのかを考えてはいたが。思い切って渡良瀬は聞いてみた。
はるかは、まわりを見渡して、
「まさか。お姉ちゃんが事故に遭うなんて」
と言って、顔を伏せたが、
「まだ、小さいあんたには、ちょっと荷が重たすぎたのね」
と、母親が労っていたが、頼子は少し違う感情を抱いているようだった。
それは、渡良瀬と同じ感覚のように思う。
「はるかには、何か後ろめたいものがあり、姉に謝りたい気持ちでいたのに、こんなことになってしまって、謝る機会が遅れてしまった。ゆかりのショックな状態に輪をかけて、言えなくなってしまったことを飲み込むというのが、どれほど辛いことなのかということを想像はできないが、思うことはできる。慰めの言葉など思いつくわけはないが、できるかぎり、気を遣ってあげよう」
と、渡良瀬は感じていた。
頼子も同じような思いなのだろう。
そう思っていると、はるかも、少しずつ顔色を取り戻してきて。先ほどの顔色の悪さは、車でトンネルの中を走っている時、黄色いランプに照らされて、顔が真っ青に見えるあの時に似ていると思ったのだった。
今では、そのトンネルを抜けてきたのだが、これから先、同じようなトンネルに再突入しないとも限らない。
それを思うと、渡良瀬はいろいろ考えた。
「ゆかりと、はるかの間に何かあったんだろうな。あったとすれば、はるかがゆかりの代わりと称して、自分とデートをした時そのものなのか、それとも、二人の関係性で、あの時と同じようなことが他にもなかったとは言い切れないので。そのあたりのことが走馬灯となって、頭を巡ったのかも知れない」
と、考えれば考えるほど、不思議な感覚が頭を巡ってくるのであった。
「でも、本当によかった」
と、心の底から渡良瀬がそういうと、またしても、三人三様で、それぞれに違う表情を見せた。
しかし、今度は先ほどとは違った表情になった。それがどこから来るものなのか、渡良瀬には分からなかった。
ひょっとすると、渡良瀬自身も違った雰囲気を醸し出しているのかも知れない。それを思うと、感情が透けてくるようで、逆に何を考えているのか、透けて見えるはずの事実が、その中には内容だったからだ。
「まるでクラゲの骨を探すようだ」
と、渡良瀬は感じたが、クラゲの骨というたとえがよくできたものだった。
「普通はないと思われるような、すぐには信じられないようなものを見たような気分になる」
ということを、
「クラゲの骨」
という言い方で、語ることがあるという。
頼子とはるかの姉妹。さらには、そこに母親が混ざっていると、今まで感じていた、
「天ケ瀬三姉妹」
の一角が崩れてしまっているのが感じられた。
ただ、一つ言えることは、
「ゆかりがよくなるというのは、本当によかった」
ということだったのだ。
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