第6話 長女の頼子

 ゆかりから、ちひろの話を聞いて、座敷わらしを意識するようになってから、渡良瀬は、自分が、

「天ケ瀬三姉妹の中に、自分が本当に好きになる人がいるような気がする」

 と思うようになった。

 それは、自分の中にゆかりのいうところの、

「ちひろのような存在」

 がいるような気がしているからだった。

 それが、天ケ瀬三姉妹の誰かではないかと思ったが、最初から、

「私にはちひろちゃんがいる」

 と言ったゆかりではないのではないかと感じてきた。

 そうなると、一番の候補は、長女の頼子であった。

 頼子は才色兼備なところがあり、教養も備わっていて、最初はついていけなかったような気がしていたが、いつの間にか、彼女の考えに近づいてきているように思えたのだ。

 それだけ、自分が頼子に考えが近づいていて、合わせようとしているということではないのだろうか?

 それを思うと、

「俺って頼子に対して、いや、頼子だけではなく、人に対して合わせようとするところがあることから、どこか女性っぽいところがあるのではないか?」

 と感じるようになった。

 これは、本当は認めたくないと思えるところであった。

 自分にとって、天ケ瀬三姉妹に対しては、男としての威厳のようなものを持っていることで、妹たちから兄のように慕われ、そして、頼子からも、信頼されていると思っていたのだが、それが違っているということだろうか。

 いや、この感情は、三姉妹それぞれに違う感情を持っているからであって、それはむしろ当たり前のことなのではないだろうか?

 そういう意味で自分が頼子に対して、どのような感情を持っているかということを、再度考えてみた。

 頼子に対しては、同級生で同い年なのだが、まるでお姉さんを見ているような感覚だった。

 それは、

「慕いたい」

 という気持ちから来ているような気がしていたが、その漠然とした感情の中に、

「お姉さんがいたらよかったのにな。もしいたら、頼子のような人だったんだろうな?」

 と感じた。

「待てよ。そういえば、以前お母さんから、お前には兄がいた」

 と言われたことがあったのを思い出した。

 あまり詳しいことを覚えていないが、生まれてからすぐに死んだという。父親が違うので、あまり兄という意識はなかったが、本当はもっと強く意識をしてあげなければいけなかったのかも知れない。

 それを考えていると。

「俺にとっての、ゆかりの中のちひろのような存在というのは、今はこの世に存在しない兄なのかも知れないな」

 と感じた。

 そう思うと、

「ゆかりにとっての、ちひろというのも、あくまでも、自分の中の気持ちが作り出した虚像なのかも知れない」

 とも思った。

 それはまるで夢の世界のことのようで、そう、まさに、以前頼子が話していた、

「予知夢」

 の話を彷彿させるものではなかったかと考えるのだ。

 ゆかりと頼子では、同じ姉妹であっても、まったく違っている。

 ただ、二人とも、天真爛漫性はない。あるとすれば三女のはるかだけであった。

 だが、三人一緒にいる時は、天真爛漫さを感じる。それなのに、ゆかりと頼子からはまったく感じられないということは、

 三姉妹が三人一緒にいる時というのは、

「最強なのではないか?」

 という思いだった。

 それぞれ二人だけであっても、個人でいるよりも、何倍もその特性があらわになるように感じるのだった。

 子供の頃に見た、ロボットアニメでそんなものがあった。三つのメカが合体するのだが、その合体の順番によって、陸海空というそれぞれに特化した合体ロボットになるのだ。

 一体ずつでは、普通の戦闘機で、戦闘機としての力も十分にあるのだが、相手が巨大メカであれば、戦闘機の状態では太刀打ちできない。

 そのために、合体して巨大ロボットになるのだが、その組み合わせで、かなりの威力に違いはある。

 それは、それぞれの先頭場所に特化した仕組みになっているからだ。

 陸上で戦うのに、海上に特化したメカに合体したとしても、その性能はいかんなく発揮されるということはない。あくまでも、その機能に特化したものでないと、うまくいかないというのは、周知のことである。

 テレビを見ている子供にだってわかることで、それは、パイロットの熟練さがものをいうということであろう。

 つまりは、日ごろの鍛錬によるものだということも、重々に分かることではないだろうか?

 何も天ケ瀬三姉妹と、この合体ロボットを比較するというのは、あまりにもということになるのだが、合体することで、どのような特化したものになり、そしてその特化が導き出されると、無敵の存在になるかということを、子供心に感じた気がした。

 ロボットアニメをよく見ていた小学生時代というと、そばにいたのは、頼子だった。

 頼子を通じて、天ケ瀬三姉妹を知ることになるのだが、最初は一人一人が新鮮だった。

 頼子の紹介とはいえ、三人それぞれに独立した存在として見ていたからだ。

 いくら姉妹だからといって、そんな絆が存在するなど、兄弟がいない渡良瀬に分かるわけもなかったからだ。

 渡良瀬にとって、

「兄がいた」

 ということを母から聞くことになるのは、まだまだ後のことであったが、天ケ瀬三姉妹を見て、

「羨ましいな」

 と感じたのと同時に、自分にも、似たような存在の人がいたのではないかと感じたのも事実だった。

 その時にどのようなことを感じたのかというと、それが、

「ゆかりにとっての、ちひろのような存在」

 だったのかも知れない。

 自分を助けてくれる救世主がきっと現れると思っていたのかも知れないと思うと、後からであったが、ゆかりが自分に感じた、

「救世主」

 のような存在と、ちひろという女の子の存在とが、自分の中で一緒になったりはしなかったのだろうか?

 という、少し不可思議な感覚を抱いていたのだった。

「ちひろちゃんって、私の考えていることが、すべてわかるみたいなの。一郎兄ちゃんは私が考えていること、すべてわかってくれているのかしら?」

 と、ゆかりに聞かれたことがあり、返事ができなかった。

 ゆかりもさすがに、まずいと思ったのか、すぐに話をそらしたが、ゆかりにとって、絶対に聞いておきたいことだったに違いない。

 ただ、そこにゆかりにとっての、納得がいく答えが返ってくるかということを考えていたかどうかは、甚だ疑問ではあった。

「俺は、頼子のことが好きなのかも知れない」

 と唐突に思ったのは、たぶん。母親から兄がいたということを聞かされた時だったのではないかと思うのだった。

 兄がいたという事実と、頼子に感じていた感情が、どこかでいったん交差して、さらに離れていったことで、感じたのは一瞬だった。

 そのことを感じたことで、自分が天ケ瀬三姉妹に何を感じているのかが、少しずつ分かってくる気がしたからだ。

 今までは、

「俺には兄弟がいないから分からない」

 といっていたことの、根本が変わってきたからであり、それを知りたいと以前から思っていたことの理由がここにある気がしたからだった。

 渡良瀬は、前述で、

「自分はM性があるのではないか?」

 と感じていたが、その感情はまんざらではないようだ。

 頼子に合わせようとする感覚と、M性というものを一緒にしてしまうのは、乱暴で危険なことではないかと思うのだが、実際に頼子と一緒にいて、そんな感情を抱いたことがあった。

 それは、小学生の三年生の頃で、頼子をクラスメイトとして意識しだした頃で、次女、三女など知らなかったという、ある意味短い期間のことだった。

 それだけに意識としては憶えているのだが、自分にとっての黒歴史のようなものだという意識から、わざと意識を消そうとしていたように思える。

 だからこそ余計に、内容は別にして、そういう意識があったということだけを覚えているのであって、それこそ、たまに夢に出てくるくらいで、その時は、

「こんなことがあったんだ」

 というのを思い出すという程度であった。

 あれは遠足に行った時だったか、遠足というか、登山に近いものだった。

 とはいえ、小学三年生のいく遠足などで、それほど危ないところに行くことはなかった。

 一般の登山道の入り口にあたるところくらいまでを、集団で歩いていくという程度のもので、歩きながら、自然に親しめるという意味で、計画されたものだったのだろう。

 それでも、まわりの大人の人は皆、登山の恰好をしているので、

「どうして、皆あんな恰好をしているんだろう?」

 と子供心に感じたものだった。

 その時、滝つぼの近くまで行ったのだが、初めて滝というものの壮大さに驚かされた気がした。

 前述の夢で見た滝の光景の基礎になっているのが、この時に見た滝だったのだ。

 その滝の勢いというのは、かなりのものだった。

 前述のような水しぶきで前が見えないようになったところで、その時、自分では、何がどうなったのか、どうやら皆とはぐれてしまった。そばには頼子がいて、

「大丈夫だよ。僕がいるから」

 といって虚勢を張っていたが、正直足の震えが止まらなかった。

「うん、分かった」

 といって、頼子の顔もひきつっていたようだが、渡良瀬には、やたらと頼もしく見えたのだ。

「男の僕よりもしっかりしている」

 と思ったのだが、その理由はいくつかあるだろう。

「女の子というのは、男よりも弱いものだ」

 という先入観。

「自分が怖がっているのを見せたくないという虚勢を張っていることを自覚しているから、どんな相手でも冷静に見えるのではないか?」

 という思い。

 さらには、

「ここで弱虫だと思われると、まわりに告げ口されて、バカにされてしまう」

 という思いがあったからだ。

 それぞれに、密接にかかわっているようで、それでいて、一つではない理由が存在しているということを意識しているのだった。

 滝の近くで迷ってしまったのだから、本当なら動かなければいいはずなのに、動いてしまった。

 頼子も心配そうに後ろからついてくるだけで、頼子を意識しながら前に進んでいると、見えていたはずのものが見えなくなってくる。

 そのうちに、足場が緩くなっていることを意識していなかったのか、滑ってしまい、少し崖のようなところから滑り落ちた。

 途中で衣服が木に引っかかって、それ以上落ちることはなかったのだが、ちょうどその時、皆が二人を探しにきてくれたのだった。

「おーい、大丈夫か?」

 という声が聞こえ、必死で返事をしているつもりだったが、声が出ない。

 どうやら、頼子を先生が見つけたようで、

「大丈夫か?」

 という声が聞こえ、頼子の声は聞こえなかった。

 どうやら後で聞いてみると、その時、頼子は恐怖のあまり、声が出せなかったようだ。

 それでも、指を谷の方に向けて、

「あそこです」

 といったのだろう。

「渡良瀬、大丈夫か?」

 と叫ぶ先生の声が聞こえた。

 さすがにここで声を出してしまうと、安定感が保てずに、そのまま谷底に転落するという恐れがあり、声を挙げることができなかった。

 先生が、命綱のようなものを腰に巻き付けて、上から降りてきてくれた。

 小学生なので、すぐに助けてもらえたが、先生も助け上げた後は、脱力感からか、しばらく横になっているようだった。

 子供だから分からなかったが、先生が引率していても、結構怖いところであったらしく、来年からそのあたりまで、小学生は入らないというように決まったのは、渡良瀬のこの一件があったからだった。

 その時、頼子が声も出せないくらい怯えていたというのを聞いた時、

「あの頼子が?」

 と感じ、意外な顔をすると、

「何そんな顔してるんだよ。まだ小学三年生の女の子じゃないか。どれだけ怖かったのかということを考えると分かるというものだろう?」

 と先生が言っていたが、まさにその通りだった。

「あいつ、あんなところで迷ったと言ってるけど、本当は迷うはずなんかないんじゃないか? わざと注目を浴びたくて、一人にんあったんじゃないか?」

 などということをいう、やつもいた。

 子供が子供に浴びせる誹謗中傷としては、かなりのヤバいものだったことだろう。

 それを聞いた渡良瀬は、

「俺にそんなつもりあるわけないじゃないか。ただ、頼子と二人きりになりたいという意識があったのは、本当ではないだろうか?」

 と感じていた。

「二人きりになって、何をしたいというんだろう?」

 それは、遠足の数日前だっただろうか? 頼子が、男の子から苛められているのを見たことがあった。

 その時は、苛めというか、じゃれ合っているようにも見えるのだが、何やら、虫を近づけられて、怖がっているとことだった。

 それを見た渡良瀬は、

「おい、何やってるんだ?」

 と言って、その連中を追い払った。

 やつらにも、後ろめたさがハッキリとあったのだろう。渡良瀬の言葉に、反射的になったのか、

「ヤバい」

 と言って、急いでその場から立ち去って行ったのだった。

 泣きそうな顔で、べそをかいているような顔で、目も真っ赤だったが、震えている身体は、恐怖で震えているというよりも、怒りなのか、涙は出ていないようだった。

「頼子って、意外と我慢強いんだな」

 と感じた。

「自分だったら、感情に任せて、暴れているか、号泣しているかのどっちかなのかも知れないな」

 と思った。

 その時、ふいに感じたのが、まったく正反対の感情だった。その頃から、もし自分が恐怖や感情が動かされるような時、まったく別の反応をしてしまうかも知れないと思い、異常な性格なのではないかと思った。

 二重人格などというものがあるとは思ってもいないので、きっと、怖がりなところから、変な行動をしてしまうのだろうと思ったのだ。

 その時に思った両極端などちらが本当の自分なのかということを考えた時、

「実際に感じたことのない方が本当の自分なのかも知れない」

 と感じた、それが、号泣の方だった。

 そして、暴れている自分が号泣している自分を見た時、

「なんて、情けないやつなんだ。ひっぱたいてやりたいくらいだ」

 と、自分で自分を苛めるという感覚が、急に心地よいものだという感覚になった。

 それが自分の中での言い訳のようなものであり、決して、人に知られたくない部分であり、

「知られるかも知れない」

 と感じることが、ドキドキしてしまうという以上性癖だと思うようになった。

 それが、

「自分の中にあるM性だ」

 と思うようになったのだった。

 小学生で、M性などという言葉を知らなかったので、おぼろげにこんな性格だという意識があっただけだが、中学生になって思春期に入ってくると、まわりが皆、

「自分が異常な性格なのではないか?」

 と思うようになり、実際に、

「異常性癖」

 に纏わるような本を読んだりするようになっていた。

 それぞれ、子供同士で情報交換などを行うようになり、その中には、二重人格であったり、SMのような感覚。あるいは、人を襲いたいというような、狂暴ではない方の却ってヤバい方、静かに考える、ストーカーのような粘着系の人がいたりと、さまざまであった。

 そういう意味では、M性というのは、まだマシな方なのかも知れない。人に迷惑をかける系ではないだけに、そんなに人から異常とは思われないが、自分の中では結構ヤバい方だと感じるのだった。

 それは、

「内に籠る性格だ」

 というところが表に出ていて、隠そうとする思いと、気が付けば表に出ているという、まるで逃れられないようなところがジレンマとなって襲い掛かってくるからだった。

 そんなM性について、一番最初に理解していたのが、頼子ではないかと思っている。

「もし最初に気づかれるとしたら頼子だろうな」

 という思いはあった。

 何しろ、一番一緒にいる時間が長いのが頼子だった。

 親とだって、先生とだって、一緒にいる時間が長いように思うが、その中でいちいちスイッチのようなものを切ってしまうからだった。

 先生などは、他の生徒も見なければならず、親も仕事のことでいつも頭がいっぱいの状態だった。

 頼子の場合は、四六時中一緒にいるというわけではなかったが、一緒にいる時間が長かったのは間違いのないことだった。

 それに、二人とも他の人を気にすることはなかっただろうと、渡良瀬は思っていたが、本当は妹たちの存在が大きかったことで、頼子も、渡良瀬を気にしてはいたが。さすがに妹たち以上ということはなかったのだ。

 それに気が付いたのが、三年生になってからのことだった。

 いよいよ受験という、人生で最初の難関に挑まなければいけなくなったことで、一人の人間ばかりを気にしているわけにはいけなくなった。

 それなのに、頼子は自分に対しての見方が変わったわけではない。

「ということは、頼子は今までも、自分だけではなく他の誰かを気にしていたということだろうか?」

 と思うようになり、ここまでくると、

「その相手が妹たちだ」

 ということが分かるようになったのだ。

 中学三年生というと、次女が中学一年。思春期に差し掛かっている。三女は小学五年生。そろそろ、思春期になる心の準備がいる頃である。頼子にとっては、自分が通ってきた道、妹たちを少しでも楽に進ませていやりたいと思うはずだ。それほど、頼子はいい子だと思っていたのだ。

「ねえ、頼子って、いつも妹たちばっかり面倒見ているように見えるんだけど、自分で楽しいことを見つけてできているの?」

 と友達から聞かれていた。

「うん、大丈夫だよ、妹たちがいるからと言って、自由が奪われているわけじゃないからね」

 というのだった。

 確かに、頼子は友達から言われなければ、誰も彼女の苦労だったり、努力を知ることはないだろう。それを見ていると、

「頼子が可哀そうだ」

 と思うようになっていた。

 何が可哀そうなのかよく分からないのだが、渡良瀬なりに考える、

「可哀そう」

 があるようだった。

 その、

「可哀そうなことというものを、理解しているのは自分だけだ」

 と思うことが、渡良瀬の中の気遣いなのではないかと思っていたのだが、それが大きなお世話であるということに、気づいたのが、

「自分の中にあるのが、M性だ」

 と感じたからだった。

 世の中には、

「人から苛められたい」

 などと思っている人がいるなど、想像もしていなかった。

 目の前で苛めを受けているゆかりの存在を目の当たりにしているので、そんな性癖というのは、いじめられっ子に対して失礼だと感じるようになっていた。

 ゆかりが苛められているのを見て、ゆかりの気持ちが分かった気がした。

 それは、自分にM性があり、ゆかりが苛められているのを見て、最初は、

「可哀そうなので、自分が変わってあげたい」

 と感じていたのだが、そのうちに、苛められているゆかりが羨ましく感じられるようになった。

 それは苛めを受けることで注目を浴びていると思えたからで、まさかそんなことはないはずだった。

 苛めを受けて、それを羨ましがられるなんて感じているなどと、ゆかりが知ったら、ショックで、もう口もきいてもらえなくなり。天ケ瀬姉妹とも、絶縁になるかも知れない。

 家族ぐるみで仲がいいので、親からも、

「渡良瀬君、最近来ないわね」

 と言われ、その理由に関しては、きっと見当違いの理由を考えるに違いなかった。

 渡良瀬が来なくなった理由を、頼子は、

「渡良瀬君の中にある性格の問題」

 とまでは思っていたが、まさか、彼が自分のM性に悩んでのことだとは思わなかった。

 だが、来なかった期間は短いもので、母親が気にするようになってから何日か後には、あっけらかんとして、いつものように現れていた。

 それを見た頼子の方では、

「あれ? 私の勘違いだったのかしら?」

 と感じた。

 頼子が、渡良瀬の性格の中にある問題が原因で来なくなったと思っていたことで、こんなに早く復活するなどと、思ってもいなかったことだろう。

 頼子が渡良瀬を見る目に気づいた本人の渡良瀬は、

「あんな頼子の目は初めて感じたな」

 というほど、今までに見たことのないような視線であった。

 最初は、何か気の毒な感覚に思えたが、それが、自分に対して、

「可哀そうだ」

 という感覚だと思った時、何が可哀そうなのかということを考えた時、

「同情だ」

 と考えてしまうと、何かが違っていることを感じ、

「どうせなら、正反対の感情かも知れない」

 と思い、それが、恋心のようなものだと思うと、

「自分は頼子が好きだったのではないか?」

 と思うようになったのだ。

 この感覚は、

「好きだから好かれたいというわけではなく、逆に好かれているから好きになるんだ」

 という感覚に近かった。

 本当は逆なのだろうが、好かれているという前提がある方が安心だし、何よりもそっちの方が格好いいと思うのだった。

 そのせいがあって、まず、

「自分が好かれている」

 と思い込んだことで、頼子を見る視線に、頼子自身が気づき、そして、頼子も自分が好かれているということで、渡良瀬のことを好きになったようだ。

 その思いはお互いにすぐに途切れてしまったようだが、最初に切ったのは、頼子の方だった。

 その思いがあったことから、お互いに、その後、好きになるということはなかったし、あったとしても、すぐに、

「また勘違いを繰り返してしまう」

 と思い、

「お互いに適度な距離が一番いいのではないか?」

 と感じるようになったのだった。

 それが、頼子と渡良瀬の関係だった。

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