第5話 次女のゆかり

 母親からこの話を聞いた時、聞いたその時は母親が話をしてくれているという意識があったことで、それほど必要以上に意識はなかったが、気が付けば一人になるのは当たり前のことで、寝る前にもう一度母親の話を思い出すと、何か不思議な感覚が襲ってくるのだった。

「そういえば、それまでに、何かおかしな現象があったような気がしたっけ?」

 そう思うといろいろ思い出してこれるような気がした。

 例えば、正夢と呼ばれるような夢を見たことがあったような気がした。その時に、誰かが夢の中で出てきたような気がしたのだが、その人というのは、自分の知らない人で、そもそも夢というのは、自分だけが創造して見るものなのだから、知らない人という人が出てくるはずはないと思っていた。

 もし出てきたとしても、その人を、自分の中で、

「知らない人だ」

 と意識するはずなどなかったはずだ。

 その時の夢というのは、確か遠足の前の日のことだった。遠足の前の夜というと、いつも気が立ってしまっていて眠れないというのが定番だった。

 その日も類に漏れず、最初はなかなか眠れなかったはずなのだが、気が付けば眠っていたようで、そんなときほど、不可思議な夢を見るような気がしていた。

 その時に出てきた光景は、滝つぼの前にいるという光景だった。

 水しぶきがすごくて、霧のようになっていて、足元はドロドロで、べとべとした状態だった。気を付けて歩かなければ、転んでしまいそうで怖いくらいである。

 水しぶきと、霧がかかっているようになっていることで、ほとんど目を開けられないような状態だった。

 その時、まわりに自分の他に誰もいなかった。そのことをその時は不思議に思わなかあったのだが、この滝の光景というのは、翌日の遠足の一場面として、有名な滝があるということは、前もってもらっていたパンフレットで知っていた。そして、そのパンフレットに乗っていた光景の壮大さに、写真といえども、感動して、前の日に夢に見たということは分かっているので、その夢に他に誰も出てきていないのは、おかしいと思うのだった。

 少し歩いていくと、そこには、小さな祠があった。

 小さいといっても、滝がある先にある祠なので立派な形で作られていて、そこには大福のようなものが備えられていた。

 その横に、何かまあるい影が見えたのだった。それは少し蠢いていて、じっと見ていると、太った人間の影のようだった。

 その影はすぐに走り去り、そのスピードの速いのなんの。ひょっとすると、人だと思っていたそれは、イタチかキツネのような獣だったのかも知れない。

 もっとも、そんなころにキツネやイタチが本当にいるのかどうかよくわからないが、何かがいて、一気に走り去ったということだけは意識として残っていたのだった。

 走り去った影を見ていると、いつの間にか眠ってしまっていて、夢から覚める自分を感じた。

 目が覚めるにしたがって、夢は忘れていき、完全に目が覚めた時には、ほぼ忘れていた。それを思い出させてくれたのは、その人遠足でのことである。

 皆で滝までいき、

「ゴー」

 という音で耳を塞いでいると、他の音がまったく入ってこない。夢で見たように、目も開けられないような水圧と水しぶきで、まわりを意識すると、誰のいないような感覚になったのだ。

「あれ? これって、昨日の夢で見たのと同じなのか?」

 と思うと。いろいろ思い出してきたのだ。

「そうだ、ちょっと行くと、祠があるはずだけど」

 と思っていると、確かに夢に出てきた祠があった。

「これって正夢なのか?」

 ということを感じたが、次の瞬間、

「以前、これとよく似た光景を、他の場所で見た気がしたな」

 というのを思い出した。

 正夢といえるかも知れないが、

「見たこともないはずの場所を創造したのだ」

 という感覚ではなかった。

 それを考えると、非常に不気味な気がした。そのことを人に話そうかとも思ったが、どうせ笑われるのがオチだった。

「もし、笑われたりしない相手がいるとすれば、頼子しかいないような気がするな」

 と思い、その時に、頼子に話したのだった。

 頼子は、

「ああ、それは正夢のようなものなのかも知れないわね」

 と言ったが、

「でもね、正確にいうと、正夢というものではないと思うのよ」

「どういうことなんだい?」

「あなたが見たのは、次の日に起こったことを初めてそこで見たわけでしょう? ということは、それは予知夢じゃないかと思うの。だから、きっと、何かの暗示のようなものがそこにあったんじゃないかと思うんだけど、違った?」

 と聞かれて、

「そういえば、その時、一人行方不明になった子がいた。その子は、ちょうど、皆とはぐれた上に、前がよく見えないということで、少し慣れてくるまで、その祠の裏に潜んでいたんだということだったんだ」

 というと、

「ほらね? あなたが夢で見たその白い影というのは、その友達を暗示するものだったんじゃないかしら?」

 というではないか。

「へえ、頼子は、よくそんなこと知ってるね?」

 というと、

「私、夢について興味があるの。だから、最近よく図書室で、夢について書かれている本を読んだりするのよ。そこには夢の種類が書かれていて、興味深い話がいっぱい載っているのよね。だから、結構詳しいと思うわ」

「予知夢と正夢って、違うんだろうかね?」

「うん、厳密には違うものなんだって、正夢というのは、いいことも悪いことも、そのまま見るんだけど、予知夢というのは、何かメッセージ性があったり、暗示のようなものが含まれている。だから、渡良瀬君の見たその夢というのは、予知夢に当たるものだと思ったのよ」

 と頼子は言った。

「何かの暗示とかいうと、霊能力だったり、妖怪のようなものを感じるんだけど、そういえば、あの場所に祠があったんだけど、何か関係あるのかな?」

「あるかも知れないわね。夢というのは、人間が魂だけになって、身体から離れようとしていて見るものではないかって考えている人もいるからね」

 といって頼子は、実におかしそうに笑った。

「ふふふ、ごめんなさいね。それを考えているのは、この私なの。ただ、本には、そのことについて触れてはいないけど、私が思っているんだから、他にも思っている人がいても不思議はないわ。それこそ、何か霊能力のようなものを感じるのは、おかしなことなのかしらね」

 と、頼子は続けて言った。

「でも、その意見。まんざらでもないような気がする。僕も聞いていて、本当にそうなのかな? って思えてきた。でも、僕は怖がりなので、認めたくないという思いがあるのもウソじゃないんだ。だから、話を聞いただけで、納得できるかどうかというのは、何ともいえないところな気がするよ」

 と、渡良瀬は言った。

 これが小学生の会話だと思うとすごいものだ。

 普段であれば、絶対にこんな話をするなど考えられない渡良瀬だったが、たまに頼子がこういう話が好きで、よく二人で話をしてきた。もちろん、自分たちの身近で起こったことなど何一つないので、すべてが、空想物語だったのだ。

 それだけに、いくらでも勝手な発想ができることで、怖いという感覚はなかった。頼子は、

「渡良瀬君と話していると面白いわ」

 といってくれた。

 話は、きっかけになるような話題を最初に渡良瀬が持ってきて、そこに頼子の知識と発想が着色をする。そしてそれについて渡良瀬が興味を持ったことを話すと、どんどん話題が広がっていくというのが、いつものことだった。

「時間の感覚がマヒしてくるようだ」

 というのが、二人の共通した感覚で、本当に、時間を忘れていつも二人で話をしたものだった。

 時々、頼子と夢の話などをするようになってから、頼子との会話のために、怪奇現象であったり、超自然現象などについて、自分でも勉強するようになっていた。

 その頃から、相手によって話を変えても大丈夫なように、幅広い知識を得たいと思うようになり、特に三姉妹に関しては、それぞれ話をできるようにはしておいた。

 長女の頼子と話をする時は、前述のとおりであるが、次女のゆかりに関しては、歴史の話が多かった。

「最近では、歴女とか言って、女の子も歴史の話題に入ってくることが多くなったといわれているようだけど、それは一部であって、まだ皆女の子って基本的に歴史は苦手な学問と言われているのよね」

 と言っているゆかりは、その頃はまだ小学生の四年生の頃だった。

 学校では歴史の授業のようなものはなく、あるとしても、自分の住んでいる町は、その町が所属する都道府県を習うのだが、そこの歴史くらいである。

 だから、

「歴史の授業」

 というような、○○時代や、その時代においての人物についてなど、まったく知らないに違いない。

 それなのに、

「どうして、歴史に興味を持ったんだい?」

 と聞くと、

「学校で、わが町のことを社会の授業で習うでしょう? でも、何も繋がってこないのよ。それを先生にいうと、先生が、じゃあ、歴史を勉強すればいいっていうのね。歴史というのは、勉強してみると分かるんだけど、時間が過去から未来にしか流れないのに、それを、過去を現代に見立てて、未来に対して勉強するのが歴史だと先生は思っているって言ってくれたの。それを聞いて私は何か、そこで歴史って面白そうだって思ったのよ。私は、現代から、過去や未来というものを見つめることが好きなんだって感じたんだけど、これは歴史だけではなくて、科学的な意味においてもね。だから、歴史は、科学のために、科学は歴史のために勉強しようって思ったのよ」

 というのだった。

 小学四年生で、よくもそこまで考えられたものだと思ったが、中学生になった自分が、どこまで真面目に学問を考えているかを思うと恥ずかしいくらいだった。

 ただ、ゆかりの失敗はそこにあった。

 その頃から、苛めが起こるようになったのだが、それは、自分の教養をひけらかすような真似をしてしまったからではないかと思ったのだ。

 確かに勉強を時分でする分にはいいが、人に押し付けたり、自分の考えをすべて正しいとして、相手の考えを否定したりすると、ロクなことはないだろう。

 それをやってしまうと、まわりは、劣等感を持ってしまう。それが分かってしまうと、完全に上から目線になり、自分一人では敵わないと思うと、他の同じように考えている人を仲間に引き入れる。そして、団結が結ばれると、数に物を言わせて、力でねじ伏せようとする。

 それが苛めなのだが、元々劣等感から始まっているので、絶対に背中を見せないようにしないといけない。そのためには、容赦があってはいけない。だから、苛めを受けている方は、

「どうして、そこまでされないといけないんだ?」

 と思えてくるのだ。

 それを思うと、相手に容赦がなかった理由を、おぼろげながらにゆかりは分かっていたのではないだろうか。

 そうなると、自分がとる手は一つしかない。

「相手になるべく逆らわずに、何とかやり過ごすしかない」

 ということであった。

 自分が逆らってしまうと、相手は警戒し、余計に攻撃力をつけなければいけないということで、仲間を増やす。そうなるとせっかく終息に向かっていたかも知れないことを蒸し返すことになるのだ。

 だから、決して自分から逆らおうとはしない気持ちが大切なのだ。

 そんな頃に、ゆかりが苛めに遭っていることを知った渡良瀬は、余計なことをして、ゆかりが考えていることを壊すのはいけないことだと思い、慰めるしかできなかったが、それが結果的にゆかりのためになったのを、本人は意識していない。ゆかりが一方的に助けてもらったと喜んでいるだけだった。

 当時、ゆかりには、

「ちひろ」

 という友達がいた。

「いくらまわりに誰もいなくなっても、私は、ゆかりちゃんの味方だからね」

 という、少しグサリと来る言葉をいう女の子だった。

 本人には悪気はないのだが、さすがに、本当にまわりが敵だらけの四面楚歌状態では、余計にショックに感じる。

 ただ、ちひろは、ゆかりの味方だといってくれたのは、本当だった。苛めに遭っている時も、さっと走ってきて、ゆかりを庇ってくれる。

「ありがとう」

 というと、してやったりの表情になる。

 思ったことが顔に出てしまうタイプで、ちひろの表情を見ていると、却って癒される気がした。

 だが、どこか、上から目線なのは気になった。上から下を見る時というのは、下から上を見る時よりも、実際には遠くに見えるものだ。

 それは高所恐怖症の人間にとっては、特に実感することであって、ゆかりもちひろも、どちらも高所恐怖症なところがあるので、よく分かっているはずだった。

 しかし、実際にそれを分かっていたのは、ゆかりだけだったようで、ちひろは時々してやったりのその表情が、上から目線になっている時がある。それを感じた時、

「少し怖いな」

 とゆかりは思った。

 しかし、それは本当に、

「少し」

 という程度で、そこまで気にするほどのものではないと感じたのだった。

 だが、それはあくまでも言い訳でしかなく、

「ちひろを信じたい」

 という気持ちが、ゆかりの中に強すぎたのだ。

 その思いが、信じたいはずなのにという思いに転換し、ひいては、

「信じられない」

 ということを、自分で露骨に感じているということを示しているかのようだった。

「ちひろちゃんは、高所恐怖症なんだよね?」

 とゆかりが聞くと、

「うん、そうだよ。ゆかりちゃんもでしょう?」

 というではないか。

「そうなんだけど、ちひろちゃんは、高いところから低いところを見ると、怖いと思わないの?」

「思うわよ。だって、目がかすむんですもん。じっと見ていると、遠近感が取れなくなって、そのまま真下に真っ逆さまに落っこちるんじゃないかって思うくらいなのよ」

「そうなんだ。私もそうなんだけど、でも、下から誰かが上から見ているちひろちゃんと目が合ったりした時はどんな感じ?」

「そうね、よく分からないけど、目線が怖いって感じると思うわ。でも、今までにそんな感覚になったことなんかなかったので、分からないわ」

 ということであった。

 それを聞いて、

「ああ、やはりこの子は、自覚症状がないんだ」

 と感じたのだ。

 自分が上から目線で下を見ているという自覚症状である。

 ということは、無意識な視線なのだろうか?

 そう思うと、ちひろにとって、ゆかりという人間を、

「いかに軽く見ているか?」

 ということなのだろう。

 自分の欲求不満を解消するすべをゆかりに求めて、ゆかりを助けているという、

「勧善懲悪」

 な気持ちが強すぎることから、上から目線という感覚がマヒしているのかも知れない。

 勧善懲悪が悪いといっているわけではないが、勧善懲悪を考える人間にとって、自分が勧善懲悪なのだという意識がないと、いろいろな意味での感覚がマヒしてくるのではないかとゆかりは感じていたが、その思いを証明してくれたのが、まさか、

「救世主」

 と思われたちひろだったとは、思ってもみなかったのだ。

 ゆかりは、ちひろのことを、最初からそんな、

「上から目線」

 をするような人間だとは思ってもみなかった。

 なぜならちひろのしていることは、無意識だからである。他の人のようにわざとやっているわけではないので、悪意がない。悪意がないと、近寄ってきたその人に、警戒心は解いてしまう。

 一度警戒心を解いてしまうと、もう一度その人に対して警戒心を強めることは難しくなる。だから、それ以降の相手に対しては、さらに強い警戒心を抱き、侵入を防ごうとする。まるで、受精のメカニズムのようではないか。

 一つで十分なものを受け入れて、それ以外を受け入れようとしないわけだ。そうなると、ちひろの存在というのは、ただ、ゆかりにとって、どのような存在なのかということを考える必要がある。

 本当にただの悪なのか、それとも何かの暗示なのかである。それこそ、

「予知夢のようなものではないのか?」

 と考えることもできるだろう。

 実際に後から考えると、ちひろがいてくれたおかげで、ゆかりの中でそれまで考えようとしなかった。いや、考えてはいるが、どこまで真剣に考えていたのかというところだったもかも知れないのだが、いわゆる、

「苛めの理由」

 に対しての考え方である。

 苛めの理由に関しては、基本的に、自分の立場からしか見ようがなかった。だが、ちひろの存在が、見方を広げてくれたというのか、上から目線で感じた、

「階上から階下を見下ろした視線と、逆の視線との距離感などの違い」

 を考えていると、そこに見えてくるのは、双方向からの発想であった。

 そのおかげで、今まで見えてこなかったものが見えてくるようになり、そうなると、苛めの根本までは分からなかったが、理由の一つとして考えられることが見つかると、

「苛めの理由が一つではないんだ」

 と考えるようになり、おぼろげでも自分の悪いところが見えるようになった。

 そうなると、その改善策をこれから考えようと思っていると、自然と苛めがなくなってくる。

 どうやら改善策が問題ではなく、

「苛めの理由に真摯に向き合う」

 ということが大切だったようだ。

 これは、苛めというものが、人によって全然違うものだったりすることで、その解決法もまったく違うのだろうから、一概に言えることではないが、

「ゆかりの場合は、理由と真摯に向き合うことで解決に近づいた。そして、それをアシストしてくれる存在として、ちひろがいたのだ」

 ということになるのだった。

 渡良瀬には、ちひろという友達がいることは分かっていたが、ゆかりの苛めが自然となくなってきた理由について、詳しくは知らなかった。

「自然消滅だったんだろうか?」

 という程度にしか分かっていなかったのだ。

 それだけ、ちひろという女の子の存在は、まわりから見ると目立つものではなかったが、ゆかりの中では、

「なくてはならない存在」

 となっていたのだった。

 自分にとって、なくてはならない存在なのに、まわりからはほとんど意識されない存在の人というのは、

「友達が一人もいない」

 と自他ともに認めている人以外であれば、誰にでもいるのではないだろうか。

 その人の存在があるから、自分の存在を表にアピールできるものであり、

「普段は、おとなしいけど、あるスイッチが切れたり、あるいは入ったりすると、急に性格が変わったかのように、目立つ存在になる」

 という人が、誰のまわりにだっているだろう。

 そういう人には、ちひろのような存在の人がすぐそばにいるということで、まわりの人には、ちひろが見えないことで、その存在が明らかになることはないが、本人には、別におかしなことでも何でもないということなのだろう。

 ただ、

「本当に友達が一人もいない人なんているのだろうか?」

 と考えることがあるが、

「いるようで、いないのではないか?」

 と考えるようになった。

 それは、渡良瀬が、ゆかりから、一度ちひろの存在を聞かされたことがあったからだ。

 渡良瀬には、ゆかりの言っている意味が最初は分からなかった。

「そんな俺たちが見えていない存在の人を、本人だけが意識しているなんて、何か変だよ」

 というと、

「そうかしら? 私はちひろちゃんという存在を意識できたから、苛めがなくなったのは事実だと思うの」

「じゃあ、今でもそのちひろちゃんという人は、いつもゆかりのそばにいるのかい?」

 と聞くと、

「いつもというわけではないわ。私がいてほしいと思う時にいつも現れて、救世主のように助言してくれて、それで、あとは私の様子をじっとみていてくれているような存在だといってもいいわね」

「それは、完全にゆかりにとって都合のいい人間だということになるのかな? でも、そんな都合のいい人なんているのかな?」

「うん、私も信じられないように思うんだけど、ちひろが現れると、そうとしか考えられないの。アドバイスをくれる時はちひろの声も感情もハッキリ分かっているんだけど、その悩みのような感情が消えてしまうと、まるでフェイドアウトするかのように、ちひろから言われていたことが、かすんでくるのよね」

 というのだった。

「ひょっとすると、ウソのような本当のこととして、ゆかりの言っていることの方が信ぴょう性があるような気がしてきた。ただ、これはこうやってゆかりと話をしているからであって、この話をやめたとたん、考えが元に戻るかも知れないと思うんだよね。これって、俺にとってのちひろが、ゆかりなんじゃないかな? って思ったとして、それはそれで信ぴょう性のあることだと思わないかい?」

「確かに……」

 といって、ゆかりも考え込んでいた。

「有名な妖怪の中で、座敷わらしと呼ばれるのがいるのを知っているかい?」

 と、渡良瀬が聞くと、

「ええ、聞いたことがあるわ。確か東北の方で伝わっているというのか、大きな家には、座敷わらしというのが住んでいて、普段は見えないんだけど、気配だけはしているというのかな? その座敷わらしがいる時はいいんだけど、いなくなると、その家は没落していくという話でしょう?」

「そうそう、その話が、今のちひろという女の子の存在の話を聞いて、よみがえってきた話だったんだけどね」

「そうなのよ、実は私もちひろちゃんと話をしている時、その座敷わらしの存在を見ているような気がしていて、ひょっとすると、ちひろちゃんが私にとっての座敷わらしなんじゃないかって思うようになったの。座敷わらしは、その存在を人に話したからっていなくなるというものではないと聞いたことがあったので、こうやって、一郎兄さんにはお話ししているんだけどね」

 と、ゆかりは言っていた。

「俺にも、そういうちひろのような存在がいるんだろうか? もちろん、身近にいないとっ成立しないもので、しかも、いつも自分の味方をしてくれる人でないといけないと思うんだけど、残念ながら、俺にはその存在が分からないんだ」

「それは、今忘れているからなんじゃない? 私もちひろから助けてもらった時はその存在をハッキリと意識できているんだけど、時間が経つにつれて、あれは夢だったのではないか? 夢の中でちひろちゃんは存在しているだけで、潜在意識が作り出した虚像なんじゃないかって思うようになっているのよね」

 というのだった。

「じゃあ、声や、どんな顔だったかということもおぼろげになってきているということなのかい?」

「ええ、そんな感覚だって言ってもいいわ」

「やはり、座敷わらしのような存在なのかも知れないね。でも、座敷わらしというのは、大きな特徴があって、自分のその家からいなくなると、その家は没落するというじゃない。だから、丁重に扱うということが必要なのであって、決して粗末に扱ってはいけないということになるんじゃないかな?」

 と渡良瀬は考えを話した。

「ええ、だから、心の中で、いつも感謝しているのよ。でも、まさかまわりの人に見えていないとは思っていなかったわ。でもそれだけに、私だけでなく、他の人にもちひろちゃんのような存在の誰かがいて、絶えず守ってくれる。そうね。守護霊のようなものがいるのかも知れないと感じているのよ」

 というのだった。

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