第3話 待ち合わせ
三女のはるかが、中学一年生になってからのことだったので、渡良瀬が高校二年生、ゆかりが中学三年生になっていた。
ゆかりは、成績もよく、普通に勉強していれば、行きたいと思っている高校には入学できるだけの実力はあったので、そこまで必死に勉強する必要もなく、受験生とは思えないほど、気持ちに余裕があった。
もちろん、油断しているわけではなく。抑えるところはちゃんと抑えているので、必要以上に勉強に励まなくてもいいということで、彼女の態度が、
「しゃにむに勉強する必要はない」
ということを教えてくれた。
実際に、先生もゆかりに関しては心配はしていなかった。その頃になると、ゆかりはクラスでも人気者になっていて、かつていじめられっ子だったなどということを、誰が信じるであろうか。
あの時、大騒ぎしていた親でさえも、もうすっかり、
「うちでは、ゆかりが一番しっかりしているんじゃないかしら?」
と思われるほどになってきた。
本当は、一番あてになるというのであれば、長女の頼子なのだろう。
頼子の場合は、静かなタイプなので、あまり目立たないが、本当はその方が一番頼りになるはずなのに、ゆかりが明るくてしっかりしている性格なので、頼子が目立たない。余計に目立たない性格に見えることが、頼子の長所であり、短所なのかも知れない。
天ケ瀬三姉妹は、知っている人は、
「仲のいい三姉妹だ」
と、感じるだろうが、知らないと、
「あの三人が姉妹だったなんて」
というほど、見た目は似ているというわけでもない。
しかし知っている人から見れば、
「あの三人は、姉妹であるがゆえの姉妹だ」
という、まるで禅問答のような言い方をされる姉妹ではないだろうか。
ちょうど、長女が高校二年生のこの頃が、一番、三姉妹として結びつきという絆が深い時期だったのではないかと、渡良瀬は思っていた。
小学生の頃から、三人ともよく知っている。
三姉妹が自分たちのことを知るよりも、渡良瀬の方がよく知っていることだろう。表から見ていることで、三人の人間性に関しても、そしてそれがゆえの関係性に関しても、ある程度分かっているつもりだった。
「三人の中の誰が一番好きなんだ?」
と聞かれたとすれば、渡良瀬は考えてしまうだろう。
自分が高校二年生になった今まで、三人の誰かを絶えず好きだった。三人とも、同じくらいに好きだった時期もあったくらいだが、それぞれの誰かを好きだったという時期の方が圧倒的に長い。
それだけ、自分があいまいだったのか、それとも、思春期であるがゆえに、好みがコロコロ変わったのか。考えてしまうのだった。
確かに、誰が好きなのかと聞かれると、その時々で変わったことだろう。やはり好きなタイプがコロコロ変わったからであるが、逆に考えると、
「好きなタイプが変わったから、好きな子が変わった」
というわけではなく、
「好きになった子が、そういうタイプだったから、好みのタイプをその子の雰囲気のように感じたことが、カモフラージュになったのではないか?」
と感じた。
じゃあ、カモフラージュというのは何なのだろうか?
それは、好きになったということ自体が恥ずかしく、自分のタイプの女の子が好きになった子だということにしてしまうと、言い訳になると考えていたのかも知れない。
ただ、高校二年生というと、多感な時期であり、思春期が終わったのかどうか、微妙な時期ともいえるだろう。渡良瀬の場合、女の子を意識するようになったのは、中学三年生の頃だったような気がする、ハッキリとした時期としては曖昧だが、いきなり意識するようになったということだけは自分でも分かっている。
年齢としては、15歳くらいだっただろうか。なぜ急にそんな気持ちになったのか、何となく分かっていた。
その頃まで、女の子に興味を持つことはまったくなかった。女の子に興味を持って、学校などで、エッチな本を見ている連中を見ていて、まるで汚いものを見るような気がしていたのだ。
特に同級生の男の子など、自分のことを棚に上げて、顔にできたニキビや吹き出物を見て、
「なんて汚いんだ」
と思い、そばによるだけで、臭い匂いがしていたのだ。
実際に、オーデコロンのようなものを振りかけていることで、余計に匂いが混ざってしまい、悪臭になるのだった。
そんな状態を感じていると、悪臭以外にも思春期の男が汚らしいものであると感じる。
特に、自分にも性的反応が身体に現れているのを感じると、自分のことを棚に上げて、まわりだけが、汚らしいものに感じるのだ。
しかし、朝起きた時の下半身の変化であったり、夢精してしまっていたりするのを感じると、自分も汚らしいことが分かって、それを言い訳にしたいから、余計にまわりが汚いことを痛感させられる。
だからといって、潔癖症になるわけではない。自分だけが潔癖症になったとしても、まわりは、余計に思春期の自分たちを受け入れているようだ。
最初は男子だけではなく、女の子に対しても、汚らしいものを見るような感情にあった。だからこそ、女性を好きになるという感情が分からなかったのである。
しかし、女性に対しては、男性と違っていることに気づくと、今度は、女性というものが神秘なものに感じられた。
汚らしい男が、好きになった女性が神秘的だと思うと、
「他の男どもに汚されたくない」
と感じるようになった。
これも、自分を棚に上げてのことである。
ただ、そんな汚らしい男と、かわいい女の子が仲良く笑っている姿を見ると、世の中が信じられなくなるくらいになっていた。
「なんで、あんな連中なんだ?」
という思いである。
「あんな連中と一緒にいるくらいなら、俺と一緒にいる方がよほどいいじゃないか?」
と、これも、自分のことを棚に上げて感じるのだった。
つまり、嫉妬という感情が、他の人とは違う形で生まれたのだ。
それ以前にも嫉妬の感情があったかも知れないが、自分の中で嫉妬というものがどういうものなのかと感じたのがこの時だっただけに、この時、初めて、女性を意識したといってもいいだろう。
それは、女の子に対しての意識ではなく、汚らしいと思う男どもに群がる女の子の見る目を正したいという感覚からではなかった。
つまりは、
「俺を見ろ」
という感覚である。
そう感じてきているのに、女の子はまったく自分に靡こうとはしない。それが不思議で仕方がないのだ。
それが嫉妬であると、勘違いをしていて、その思いが思春期に女の子を意識するということへの入り口だったということで、自分でどうすればいいのか分からなくなっていた。
そんな時、自分の一番近くにいる天ケ瀬三姉妹を見ていると、
「彼女たちは、他の女の子たちとは違うんだ」
と感じるのだった。
三姉妹という特殊な関係、さらには、長女の同級生で、三人ともよく知っているという関係性から、
「異性として、女の子として見る」
という感覚とは違っているように思えたのだった。
特に長女の頼子に対しては。
「まるで、大人の女性のような雰囲気を感じる」
というもので、女の子という意識よりも、
「お姉さんか、母親」
という感覚になることで、感じているものが癒しだということが分かるまでに、少し時間がかかるようだった。
そういう意味もあってか、同級生であるにも関わらず、なぜか頼子とは接点がないような気がしていて、
「頼子を好きになるということはないかも知れないな」
と、感じた渡良瀬だったのだ。
次には次女のゆかりだった。
ゆかりとは、苛め事件の時に親しくはなったが、あくまでも、今度は自分が、
「おにいちゃん」
という感覚だった。
姉の頼子に対して、お姉さんという感情を抱いていることで、ゆかりに対しては、同級生くらいの感覚はあったのだが、年子ではなく、二つ離れているというところが同級生を通り越す感覚だった。
しかも、中学校、高校と、思春期の間に、自分がゆかりと同じ学校(学校は違っても、同じ中学生という感覚)になれるというのは、ゆかりが一年生の時で、自分が三年生だ、つまりは、進学のために、受験というものが控えているということになり、それどころではないということであった。
それに、ゆかりは頭がよく、自分はそれほど成績もパッとしないことから、最初から劣等感のようなものを抱いていたので、ゆかりのことを、女性として意識することはなかったといってもいいだろう。
ゆかりには、そんな意識はなかった。中学生の頃までは、渡良瀬には、
「自分は何においてもかなわない」
と思っていた。
それは勉強についてもそうなのだが、苛めに遭っていた時、
「せめて勉強では負けたくない」
という思いもあって、一生懸命に勉強したことで、渡良瀬を追い越してしまったのだろうか?
いや、そもそもゆかりは頭がいいというのか、要領がよかったのだ。勉強も最初の頃は、うまく頭が絡まっていかず、
「自分で納得できないことは、いくら勉強しても身につかない」
と思っていた。
それだけに、
「歯車がかみ合えば、できるようになる」
という思いを抱くようになると、これがうまくいくもので、一つ理解できるようになると、今度は教科の枠を超えて、分かるようになってきた。
それが、勉強ができるようになったきっかけであり、
「納得こそが、私にとっての歯車なのかも知れないわ」
と感じるようになった。
そのおかげで、勉強がはかどるようになり、勉強するのが楽しくなってきた。
だから、勉強は別に苦にならない。逆に勉強を怠る方が怖いくらいだった。
二年生の頃にはすでに三年生の問題集を解くようになっていて、三年生になってからすぐ、高校受験の過去問を解くくらいになっていた。だからといって、早くゴールに近づいてしまうと、本番までに時間がありすぎるので、ペースダウンもうまくやらなければいけなくなった。
おかげで、ゆかりの方から高校二年生の渡良瀬に誘いを掛けたりしていたのだが、
「受験勉強に差支えがあるんじゃないかい?」
と、却って気を遣わなければいけないという思いがあった。
しかし、実はここでゆかりと一緒にいることになると、今度は自分に都合は悪いと思うようになっていた。
なぜなら、自分が今度は来年、受験を控えている。だから、今年は、受験を気にすることなく、高校生活を謳歌したいと思うようになったのだが、せっかく受験を忘れたいと思っているところに、高校受験とはいえ、受験生であるゆかりと一緒にいると、自分が受験を思い出さなければいけないということで、あまり喜ばしくはなかった。
そんなことを考えていると、せっかくの高校時代が台無しになるという思いから、なるべくなら、ゆかりが受験生だということを理由に、距離を置きたいと思っていた。
しかし、そんなことを口にできるはずもない。嫌われたくはないという思いと、何よりも相手が受験生だということだ。
いくら頭がよくて、
「ほぼ、合格間違いない」
と言われているだけに、逆にプレッシャーもあることだろう。
それを思うと、変なプレッシャーをかけてはいけないと思う。だからこそ、距離を置きたいという展開にしたいのだった。
だけど、
「一度くらいはデートらしいことをしてもいいかな?」
と思ったのは、ゆかりが、以前苛めに遭っていたという思いがあったからだ。
寂しさを身に染みた彼女を、いきなり突き放すようなことをすれば、今度はブーメランとして、自分にその戒めが帰ってくるということが分かったのだろう。
その日、渡良瀬は緊張していた。妹のように思っている女の子だとはいえ、今までデートなどしたことはなかったので、これをデートと呼んでいいのかどうか迷っていたこともあって、さらに緊張が増してくる。
待ち合わせ場所は、駅にしておいたのだが、このことは、たぶん、誰も知らないはずだった。
自分が誰かにいうようなことはしないし、ゆかりの方こそ、彼女の性格からいうと、本当に付き合っているというわけでもないのに、デートというのは、絶対に隠しておきたいことに違いないからだった。
ただ、三姉妹やその家族は皆勘がいいので、誰か一人くらいは気づくかも知れない。それでも、気づいたその人が、誰かにいうようなことはないと思う。自分の時にされても嫌だからだ。
それくらいのことは、皆心得ているので、もし、誰かに気づかれたとしても、それ以上話題が大きくなることはないだろうと、渡良瀬は感じていた。
待ち合わせの時間に、今まで一度も遅れたことのない渡良瀬は、その日も、約束の時間よりも二十分も早目に来ていた。
早めにくると、想像以上に自分がワクワクしていることに気が付いた。
「こんなに楽しみに感じていたなんて」
と思ったが、本当のデートではないという思いからか、複雑な心境になった。
かといって、他の女の子とデートがしてみたいという意識は、さっきまでは確かになかったのだ。だが、
「待ち人を待っている。その相手が女性であり、デートをする相手だ」
ということを意識し、実際に自分が相手を待っている状況に陥ると、本当にデートをするような気持になっていた。
「これは、本当のデートじゃないんだ」
と、言い聞かせようと思ったが、それもうまくいかない。
「このまま、付き合ってしまおうか?」
と、まだデートもしていないくせにそんな風に感じた。
もっとも、デートというのは、知り合ってから、仲良くなるためにするものであり、自分とゆかりとでは、
「すでに仲は良く、ただ、付き合っているというよりも、兄妹のような関係なんだ」
と思うことで、ゆかりに対しては、
「デートをする相手よりも、むしろ、仲の良い相手であり、気持ちも分かりあっているんだよな」
と感じていた。
だが、そんな相手とデートをするというのは、ある意味で新鮮な気がしてきた。
「お互いに、まだ知らない相手の奥の部分を垣間見ることができるかも知れない」
と思うと、半分怖い面もあった。
「知りたくなかった」
と感じる部分まで掘り下げてしまいそうで怖いのだった。
そのうちに、震えが襲ってきた。これが本当のデートだったら、
「これは武者震いだ」
と感じたであろうが、相手がゆかりともなれば少し違う。
どうしても、ゆかりのことを気遣ってしまう自分がいるのだ。
普通のデートであれば、相手のことをまだ知らない状態でのデートなので、その場で何とかなると思うところもあるだろうが、今回のデートは、相手を知っている。しかも、それが自分にとっての初デートであり。ゆかりもそうであろう。
それだけに、気を遣ってあげなければいけないという思いが強くなり、ゆかりの目をしっかりと見てあげなければいけないと感じた。
しかし、正直恥ずかしい。
好きになってくれたと思う自分に対してどんな目をするというのか?
「まさかとは思うが、自分がゆかりを好きになり、離れられなくなるなんて感情が芽生えたとすれば、どうしよう?」
と感じるのだ。
好きな男を、じっと見ない女の子っているのだろうか?
男女が見つめあっていて、女の子が男性をじっと見つめているのを、ドラマなどで見ると、さすが女優というべきか、その視線の鋭さに、見つめられたわけでもないのに、釘付けになってしまうのは、それだけの目力のせいであろう。それを考えると、その時の女優にも勝るとも劣らない目をしているのが、ゆかりだと感じているのだった。
時間というのは、最初に感じていたものと次第に変わってくるもので、いつも友達との待ち合わせで、自分が最初に来ているので、最近では三十分という時間に慣れてしまって、最初ほど、長くは感じないようになっていた。
ただ、それは、いつも待ち合わせをするメンバーが決まっていて、人数もほぼ決まっているのだとすると、大体誰が早くきて、誰が遅いのかというのは、ほぼ間違いないくらいに決まっていた。
いつもの、
「仲良しグループ」
というのは、大体が六人のグループだった。
そのうち、早く来るのは自分を含めて、三人、そして、ほとんど時間通り、大体二、三分前からちょうどくらいの時間にくるのが、二人、この二人は遅れることはない。そして、残りの一人が必ず遅れてくる。時間通りであっても、一度もなかった。
早く来る人で、さすがに30分も早く来るのは、渡良瀬だけだった。
「お前いつも早いな」
といって次に来るのが、十分前の友達で、その次に五分前に来る友達も、やはり、同じ言葉を掛けるのだった。
二人も最初から、来る時間を集合時間から逆算して決めてきているのだろう、そういう意味で、それ以上早くも遅くもない。
そしていつも遅れるやつは、どれだけ遅れるかは決まっていない。5分遅れくらいで来ることもあれば、30分遅れることもある。ハッキリしているのは、
「必ず遅れる」
ということだ。
だから、
「待ち合わせを正午にした場合、早く来る連中はいいとして、いつも遅れるやつだけに、待ち合わせ時間を、11時半だと言えば、何時に来るだろう?」
と話したことがあり、実際に実行したことがあった。
三十分、彼だけ早く告知していると、ちょうど、正午に来たのだった。
結局その時は、
「実は待ち合わせが正午だった」
ということは話していない。
「彼が遅れるということは何かの彼なりにポリシーがあり、その通りに遅れているのだとすれば、教えない方がいいだろう」
ということになった。
結局、その時は結局彼が一番遅かったのだが、予定通りに行動することができた。
彼の存在があるから、渡良瀬は、30分以上待つことになる。しかも、下手をすれば、一時間である。
しかし、これは面白いもので、もし一時間待たされたとしても、最初の30分と。後の30分では、明らかに違っている。約束の時間までの時間は結構長く感じるのに、タイムリミットを過ぎてからの、ロスタイムは、それほど時間がかかる気がしないのだ。
これはサッカーなどでのロスタイムとは違い、どちらかというと余生のように感じる時間だからであろうか。
サッカーなどはこの時間が、
「魔の時間」
と言われているようで、その時間に気を許すと、相手に点を与えてしまう。
そういえば、今から30年くらい前に、
「ドーハの悲劇」
というのがあったということを聞いたことがあった。
中学時代までサッカー部に所属していた渡良瀬は、どうしても、サッカーに例えてしまうところがある。
高校に入ってサッカーをしないのは、高校ではあまりにもレベルが違いすぎて、
「しょせん、俺は中学レベルまでなんだな」
と思ったからだった。
それに、
「どうせすぐに、受験勉強で部活をしたとしても、できなくなるんだ」
と思ったからで、サッカーだけではなく、部活自体をやらないようにしたのだった。
いわゆる、
「帰宅部」
というやつだが、最近では身体がなまってきていて、ジョギングを朝するようになった。
運動というと、それくらいのもので、筋肉が収縮しているからなのか、たまにこむら返りを起こすようになっていたのだ。
それなので。最近は、三十分も前から行って待つのはつらくなってきた。そのせいで、せめて15分くらいに待ち時間を狭めたのだった。
そのつもりで、その日も約束の15分前についたが、その日の計画はしっかりと練っているわけではなかった。
本当は年上の自分がエスコートするべきなのだろうが、デートをすることすら初めてなので、ネットでいろいろ見たりしたが、あくまでも、ネットの情報は、初めての人への若葉マークではなく、ある程度デートの経験がある人たちが、
「たまには、変わったところでのデート」
という認識で探している情報が多いようだった。
だからといって、他の友達に聞くわけにはいかない。三姉妹の家族には内緒だということなので、友達でも危ないくらいだ。もし、待ち合わせが、誰かに見つかったとしても。二人の仲なので、二人でどこかに行くというくらいは普通だから、それは問題ない。しかし、これがデートだということになると、いろいろややこしいということで、まわりには知られないようにしようというのが、二人の一致した意見だった。
そもそも、二人が付き合うということは、今のところ、普通に考えられないということなので、このデートが恋愛に発展するということもないだろうと、お互いに思っていた。
二人の感覚は、
「思い出作り」
であり、それ以上でも、それ以下でもない。
だから、二人は、
「最初で最後のデートだ」
と思っていることだろう。
もちろん、これからも二人でどこかに出かけることはあるだろうが、その時は、誰にも隠すことはなく、普通に出かける。そうなると、デートでもなんでもないのだった。
「ゆかりちゃんの受験前に、俺がデートというものを味合わせてやるよ」
という感じで軽くいったのだが、ゆかりは、キャッキャッと喜んだ。
本当に、まだ大人になり切れていない少女だったのだ。
ゆかりは、渡良瀬に彼女がいないどころか、彼女いない歴が、年齢と同じだということを知っているだろうか?
だから、デートに誘われたとしても、ぎこちないデートになるということを知らないだろうから、何とか失望させないようにしようと思っていた。
だが、それは実は鳥越苦労だった。
渡良瀬に彼女がおらず、彼女いない歴が年齢と同じだということを、ゆかりは知っていた。その情報源は他ならない姉の頼子だった。
頼子は、意外と渡良瀬のことをよく見ていた。高校も同じ学校になり、クラスこそ、この二年間別々であるが、見ている限り、渡良瀬に彼氏がいたということはない。それを頼子は家に帰って、よく話していた。
食事の団欒の時などに、渡良瀬の話題を出すと、結構ウケるのだ。
渡良瀬の話題があまりにも盛り上がりすぎて、失礼になりそうな時は、母親が止めていた。
「ちょっと、それ以上いうと、失礼よ」
と言いながら、母親も笑っていたものだ。
そんな渡良瀬だったが、それだけ天ケ瀬家では人気がある。
もし、子供が、
「デートに行く」
といって、
「誰と?」
と聞かれて、
「渡良瀬さん」
と答えたとすれば、まず最初に、奇声が上がるかも知れないが、次の瞬間には、
「そう、それなら安心だわ」
と言われるだろう。
それだけ、意外ではあるが、全幅の信頼を置いているということで、親の方も、
「三姉妹の誰かが、渡良瀬君と結婚してくれればいいのに」
と思ったが、
「ひょっとすると、そこで三角関係、いや、四角関係が起こってしまったら、どうしよう」
とも考えていたのかも知れない。
とにかく、渡良瀬と、天ケ瀬家との信頼関係はかなりのものであり、却って、渡良瀬の母親が恐縮するかも知れない。
「うちの息子に、お嬢さんをなんて、そんなもったいない」
と言われることであろう。
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