第2話 天ケ瀬三姉妹
F県の田舎町に、三姉妹が住んでいた。その三姉妹というのは、田舎町にいる間は、まだ皆小学生だった頃など、近所でも有名な美人三姉妹ということで、少し評判であった。
「小学生くらいで、何が美人だ」
という口の悪いことをいう人もいたが、母親が評判の美人であり。三姉妹がそれぞれ、どんどん母親に似てくることから、誰が言い出したのか。
「美人三姉妹」
という表現が定着してきた。
だが、この三姉妹、いうほどそれぞれが似ているわけではない。それも成長とともに、明らかになってくることなのだが、やはり、思春期くらいから、その違いが顕著に見えてきた。
三人、それぞれ形容が違っていた。長女はキレイ系で、次女は清楚系、三女は可愛い系という感じの言われ方をしてきた。ただ、
「美人」
という表現に変わりはなく、それぞれに学校時代、ファンがついていたのだ。
ただ、三人の男性の好みは結構似ていた。中学時代など、よく、次女と三女の間で、好きになった男の子が一緒だったようで、喧嘩になったりしていた。
その時に、やっと、
「私たちって、男性の好みが一緒だったんだ」
と感じるようになったようだ。
実は長女は、ウスウス気づいていたが、
「下手にそれを口外して、わだかまりを作る必要もないわ」
と思うのだった。
ただ、長女が他の二人と男のことで喧嘩をすることはなかった。
だからといって、好きな相手がバッティングしなかったわけではない。あくまでも長女が最初に気づいて、自分がそのまま諦めることで、事なきを得ていたのだ。
長女は、二人の妹に対して、責任のようなものがあると思い込んでいた。小さい頃に母親から、
「あなたはお姉ちゃんなんだから、妹たちを大切にしなさい」
と言われてきたからかも知れない。
しかし、これは、この三姉妹に限らずであるが、兄弟姉妹がいれば、年上が一番多くもらえて、下に行くほど、冷遇されるというのは、昔からの「あるある」である。
特に服などは、妹たちは、お姉ちゃんのおさがりを着せられるというのが、よくあることであった。
昔のように、日本全体が貧しいわけではないので、普通に服は買ってもらえる時代にはなったのだが、
「長女優先」
という考え方は、古くから受け継がれてきて、
「悪しき伝統」
ということで、今でも息づいているのであった。
そんな三人の姉妹も、世間一般の姉妹とそんなに変わらない。どこにでもいる三姉妹だったのだ。
この三姉妹は、性格的には似ているのか似ていないのか、よく分からない。ただ、気性という面では、似通っているわけではない。それは、他の三姉妹と同じである。
ただ、他の三姉妹と似ているところがあるように思うのは、
「三姉妹だったら、それぞれに、こういう気性なのだろうな?」
という感覚を皆それぞれ持っているからではないだろうか。
これは、姉妹に限ったことではなく、三兄弟にも言えることだ。
ただ、三兄弟との違いも実はハッキリとしていて、その部分がこの三人に顕著に出ていることから、
「余計に、他の三姉妹とよく似ているんだ」
と思われるようになったのだろう。
この三姉妹を、皆、
「天ケ瀬三姉妹」
と呼んでいたのだ。
天ケ瀬三姉妹のうち、次女であるゆかりは大学一年生であった。
彼女は、三人の中で一番活発だった。どちらかというと、思ったことを口に出さないと気が済まないタイプだったのだが、小学生の頃、学校で苛めに遭っていたのを知っている人はどれだけいるだろう。
時期としては短いものだったので、兄弟二人にもギリギリ気づかれないくらいであったが、お姉ちゃんには、気づかれていたかも知れない。だが、それを気遣う前に苛めがなくなっていたので、姉もわざわざ気を遣う必要もなく、
「事なきを得た」
という状況になったのだった。
ゆかりを助けてくれたのは、三姉妹の幼馴染である、渡良瀬一郎という少年だった。
少年といっても、それはゆかりと助けてくれた頃のことで、今は大学三年生の青年になっていた。大学三年生というと、姉と同じ学年であり、元々姉とクラスメイトだったのだ。
渡良瀬少年も天ケ瀬三姉妹と仲良くなり、子供の頃はよく遊んでいたりしたものだ。
親同士も仲が良く、母親同士は、よく一緒に出かけていたりしたものだ。小学校の頃は、よく母親が学校行事に参加していたこともあって、子供が仲良くなると同じくらいに、母親の方でも親交があった。
姉が家に帰ってきて、
「遊びに行ってきます」
というと、
「どこに行くの?」
と聞かれて、
「お友達のところ」
「お友達というと?」
「渡良瀬君のところ。最近仲良くなった」
「うんうん、渡良瀬君なら大丈夫ね。お母さんにもよろしく伝えてね」
と母親がいうのを聞いて、姉は少し怪訝だった。
「おかあさんは、渡良瀬君を知っているのかしら?」
と思ったのだが、母親同士が仲がいいとはその時は知らなかったので、怪訝な気がしたのだが、
「お母さんによろしく」
という言葉で、その理由が分かったような気がしたが、実際に本当に仲がいいと感じたのは、渡良瀬家に遊びに行った時、お母さんが、大切にもてなしてくれたのを感じた時だった。
子供だけに、それから姉は、渡良瀬少年と遊ぶのが楽しみというよりも、渡良瀬家にお邪魔するのが楽しみになっていたというのが、本音ではないだろうか。
そういう意味もあって、姉は、渡良瀬少年を友達だと思っているようだが、それだけみたいだった。そのうちに、天ケ瀬三姉妹の妹たちも渡良瀬少年と仲良くするようになり、それを引き合わせたのが自分だという意識を持つことで、妹たちにマウントをとれる気がしたので、妹たちが渡良瀬少年と仲良くすることに、一切のわだかまりなどなかったのだった。
次女のゆかりからすれば、最初は、
「近所のお兄ちゃん」
という思いと、
「お姉ちゃんのクラスメイト」
という当たり前の感情しか抱いていなかった。
親同士も仲がいいので、平和な関係だということで、渡良瀬少年に対して、
「お兄ちゃんができたようだ」
という感覚を持っていたのだ。
しかし、そのうち学校で、何が原因なのか分からないが、ゆかりが苛めの対象になっていた。苛めに遭う理由はこれといって見当たらない。ゆかりが誰かに何かをしたという苛めに繋がるようなことはなかった。
事実、ゆかりを苛めるようになった具体的な理由は何もなかったのだ。たまたま、苛めの対象だった相手が転校していき、そのため、苛めの対象を他に探していると、目についたのがゆかりだっただけのことだった。
「ゆかりちゃんって、いつも言いたいことをいう」
という、誰かの言葉を聞いて、
「そうね、確かに」
と、苛めを行っていたボスが、そう感じたことが一番の理由だった。
そんなことが苛めの理由になるのであれば、それは世の中から苛めがなくなるなどありえないということであろう。
そもそも、苛め集団からすれば、これを機会に苛めをやめることもできたはずだった。誰かの一言でターゲットが決まらなければ、苛めはなくなっていたかも知れない。そういう意味で、
「あの時、あんな言葉を聞かなければ」
と苛めのボスは思ったことだろう。
だから苛めが継続される形になったが、ゆかりは、苛めを受けるようになっても、それ以外のまわりの人たちに対して、自分のそぶりを変えることはなかった。
少しでも違っていれば、
「ゆかりちゃんが、苛めに遭っている」
ということに気づいた人はいるだろう。
ただし、気づいたからといって、誰が助けてくれることだろう? ほとんどの人は、誰かが苛められていたとしても、それを止める勇気などないに違いない。なぜなら余計なことをいうと、今度は苛めのターゲットが自分に向くからである。
そんなことは、誰もが百も承知のことだった。
ゆかりとしても、自分が第三者の立場で、誰かが苛められているのを分かったからといって、助けに入るだろうか? いや、そんなことはしないだろう。
ゆかりには、それほど、
「勧善懲悪」
という感情があるわけではなかった。
「自分さえよければいい」
という考えでもなかったが、苛めがどういうものなのか、客観的にしか見ていないので、もし自分が苛められるとすれば、それがどれほどの辛さなのか、実際に味わうよりも、さらに強いものだろうと考えることで、人を助けて、そのために、自分が苛められるのであれば、それは一切の問題解決になるわけではなく、本末転倒もいいところである。
底なし沼に攫われそうになっている人を助けようとして、自分が沼に沈んでいくようなものだ。
それを考えると、その時ゆかりは、ある昔話を思い出していたのだ。
その昔話というのは、ある木こりが、森の中で迷った時の話だった。
いつも、入り込む森なので、普段であれば、迷い込むなどということはありえないのに、その時はどうかしていたのかと思ったが、彷徨えば彷徨うほど、森の奥深くに入り込んでいっているような気がした。
そのまま歩いていくと、少し広いところに出てきた。
そこで一人の少年が立っていたのだが、その少年は様子がおかしかった。歩いていって、その広っぱに出てくると、その中央にその少年は立っていた。よく見ると、足は一本の木の幹になっていて、そのまま、地面に根付いていた。上半身は、蓑に覆われた普通の少年だが、下半身は、腰から下が、木になっていたのだった。
足がなく、木の幹が地面にしっかりと根を下ろしているので、当然のごとく動くことができない。
木こりの男が、普段なら気持ち悪がって近づくはずなどないだろうに、その時はなぜか気になるという好奇心の方が強く、近づいていった。
「どうしたんだい?」
と聞くと、
「おらは、ここでずっとこうしているんだよ」
というではないか。
「元に戻ることはできないのかい?」
といって、自分が愚問を口にしたことに気が付いてハッとした。
なぜなら、分かっているなら、最初からしているからだった。
しかし、少年は怒るわけでもなく、ただ、
「フッ」
とため息をついて、下を向いた。
「やっぱり言わなければよかった」
と思ったが、少年がふと、
「そこに水晶が落ちているんだけど」
というので見てみると、確かにそこには水晶が落ちていた。
「あれ?」
そう、確かに今までにはそんなものはなかったはずなのに、いつの間にそこに現れたのだろう?
「その水晶を手に取って、おらに渡してくれないか?」
というではないか。
普段なら、そんな危険極まりないことはしないのだろうが、少年に対しての同情なのか、それとも、
「何もできない自分にできることは水晶を取ってあげるくらいしかない」
という思いから、少年を助けてあげようと思ったのか、水晶を拾い上げた。
その水晶は実に綺麗で、中で何かが蠢いているように思えた。それを確認しようと思ったのだが、その時、少年の目線が、
「早く」
といっているようで、とにかく少年に持たせてやるしかないと木こりは思い、少年に手渡ししたのだった。
すると、思わず、ビリっとした感覚を覚え、手を放そうとしたのだが、少年の手が、急に力強く木こりの手を握りしめた。
「痛っ」
と思ったその瞬間、木こりは目を閉じてしまった。
その時に、自分の足が急にズンと重くなったかと思うと、腰に何かがのしかかったような気がした。
「どうしたんだろう?」
と思って目を開けてみると、そこには、先ほどの少年がニコニコ笑っている。
その顔はまるで生気を取り戻したような表情で、あらためて、さっきまでの少年の顔がまったく生気の見えない表情だったと想像したが、だが、どんな顔だったのかをもう一度思い浮かべることはできないでいた。
少年に近づこうとすると、
「うっ」
と声が出てしまった。
前に全く進めなくなっていたのだ。その瞬間、何が起こったのか、すぐに分かった気がした。なぜなら、自分の目線は最初に目の前にいる少年の下半身に向いたからだ。
そこには、先ほどの木の幹はなく、普通に足が二本生えていた。普通なら、
「ああ、よかった」
と思うはずなのに、足を見た瞬間、木こりは絶望感に襲われたのだ。
そう、木こりの下半身は、先ほどまでの少年の足になっていて、下半身が入れ替わってしまったのだ。
それまで木こりは少年のことを、
「妖怪なんだ」
と思っていたが、違ったことに気づいた。
「少年は妖怪の手によって、足を奪われ、ここにいただけなんだ。誰か身代わりになってくれる人を見つけない限り、自分はずっとこのままここにいるしかなかった」
ということを悟った。
「一体どれくらいの間ここに?」
と聞かれた少年は。
「いつくらいだろう? 数十年はここにいたと思う」
「数十年? そんなにいたのにまだ少年なのかい?」
「うん、ここでは年を取らないようだ」
と言われて、木こりはゾッとした。
「じゃあ、年を取ることもなく、ずっと誰かを待ち続けるしかないのか?」
というと、
「そういうこと。誰かが来て、さっきおじさんが握ったあの水晶を誰かに握らせれば、入れ替わることができて、自分は晴れて自由になれるということさ。おらも、同じように、水晶を手に持ったんだ。その水晶に妖怪が宿っているようで、その水晶を壊したりしようものなら、永遠にここから逃れられなくなってしまうんだ。もっとも、その水晶が壊れることはないけどね。ここで待っている人間が壊そうとしないかぎりね」
と少年は言った。
「じゃあ、俺はこのままここで、誰かが来るのを待ち続けないといけないのか?」
「そういうこと。たまに、人間が入り込んでくるタイミングがあるらしいんだけど、詳しいことは分からない。何しろ、ここでずっといるだけで、時を知らせるものもない。何度も日が昇って、日が沈むのを繰り返してきたけど、数えるのも、面倒くさくなり、もうどうでもいいやって気になってくるだろうね」
「じゃあ、君はこれから自由になったというわけか」
「でも、怖いんだ。とてつもなく怖いんだ。今までずっと守られていた気がしたからね。そこまでの心境になると、誰かが現れるんじゃないかな? おらがそうだっただけにね」
と少年はいう。
どうやら身体は少年でも、精神的には大人になりきっているようだ。ひょっとすると悟りのようなものすら感じているのかも知れない。
「怖いのに、自由の方がいいというのかい?」
「分からない。分からないんだけど、おじさんが来てくれたことで、急に自由になりたいという意思が生まれたんじゃないかな? 今おじさんが手にしている水晶があるでしょう? その水晶は、おらがその気にならないと現れないだ。その水晶がないと、僕が自由になれないということは、今おじさんが目の前で見て分かったことだよね? つまりは、おらがその気にならないと、自由にはなれない。そして自由になるには、誰かがここに来ないと自由にはなれないんだ」
「じゃあ、君がここに来てから、今までに誰かが来たことがあったかい?」
「うん、何度かあったよ。でも、一度は水晶が目の前に現れなかった。その時は、後から考えると、元の世界に戻るのが怖かったんだね。ここでは、食事をしなくてもおなかがすかない。眠らなくても眠くならない。だけど眠くなると普通に眠っているんだよ。身体だって固くなるわけではない。そういう意味では居心地はいい。さらに、年も取らない。死の恐怖というものはないんだ。ただ、あるのは死ぬほど退屈な毎日、今がいつで何時なのかなど気にすることもない。ただここにいるだけなんだ」
「不安にはならないのかい?」
「不安を感じることはない。そもそも不安っていったい何なんだい? 死ぬこと? 苦しいこと? それとも、孤独なこと? ここにいると分からなくなってくるんだ。このままこうしているだけで、これが幸せなんだって思うと、本当にそう思えてくるのさ。かつて自由に動けた時代を思い出すこともない。疲れることもないんだから、そりゃあ、そうだろうね。自分の身体でありながら、自分の身体ではない。そうなると、考える必要もない。次第に何も考えることがなくなると、死ぬほど退屈だと思っていたその思いもなくなってくる。そもそも、死という概念がここにはないんだからね。死も苦もない。あるのは何も考えないでもいいという自由だけさ。身体の自由の代わりに、精神的な自由を手に入れたと思っていたんだよ」
「うーん、分からないな」
「それはそうだろうね。おらだって、今ここにこうやっていると、前にここで入れ替わった時が、まるで昨日のことのように思えるくらいさ。人間なんて、しょせん、一つの枠でしかものを考えることができない。そのくせ、人間以外の動物はものを考えることなどできないから、自分たちが一番高等な動物だと思うのさ。つまりは、驕り高ぶりってことかな?」
と、話を聞いているうちに、
「これが本当に少年が喋っていることなのだろうか? この少年には、妖怪が乗り移っているのではないだろうか?」
と感じる。
ただ、妖怪というものが、この少年の身体を借りて喋っているとすれば、この男に何が言いたいのかを考えさせられる。
この話は、おとぎ話としてみたのか、それとも、童話として誰かに聞いたのか忘れたが、ここまでハッキリと詳しく聞いたという意識はない。話を聞いた中で、渡良瀬少年が、想像してのことなのかも知れない。
「中学生くらいになれば、これくらいのことを感じることができるようになるんだな」
と感じたものだ。
この話を思い出したのは、小学生の頃に一度、どこかで思い出し、中学に入ってから、またふと思い出したのだ。やはり、ゆかりが苛められているというのを知った時だったのかも知れないと感じたのだ。
「人を助けようとしても、自分にそれ相応の力がないと、引きつりこまれることになる」
ということを、思い知った話だった。
しかも、苛めというのは、下手に年上が助けに入ると、苛めっこの感情を刺激することになる。
「大人を味方につけやがって」
という感覚である。
そうなると、余計に苛めが激しくなり、苛めに対して、
「なるべく平穏無事にやり過ごすのが一番だ」
ということで、相手に逆らわないようにすることが一番だと思うようにしていた。
だから、親にも先生にも自分が苛められていることを知られないようにしている子供も結構いたりする。
大人は、特に親は自分の子供が苛められているとすると、すぐに先生のせいにして、学校に怒鳴り込んでくる。
しかも、自分の子供は悪くないという態度でやってくるのだ。
それが正しいとしても、いきなり親が親の立場で、学校や先生を非難して抗議してくるのであれば、学校側も、面白くはないだろう。いくら、
「保護者に逆らってはいけない」
などというマニュアルがあったとしても、先生の方としても、
「親の教育がなってないからではないか」
と言いたいのを必死に堪える。
こうなってしまうと、先生と親とは仲たがいをするしかない。そんな仲たがいに対して、子供はどうすることもできず、子供は子供で苛めが継続するしかない。しかも、
「親に言いつけやがったな?」
ということになると、それまでせっかく穏便にと思っていたものが、親のせいで、感情を逆撫でさせてしまうのだ。
先生も、苛められっこの親からいいように言われては面白くない。いじめっ子側に問いただし、相手の親が言っている事実はないと言い放ってやりたいだろう。
先生だって、クラスでは苛めがないと思いたいはずであり、それを真っ向から否定されれば、先生も怒りがこみあげてきて、下手をすれば苛めっこ側の味方になるかも知れない。
意外と子供はそれくらいのことまで頭が回っているようだ。これは、作者の経験からであるが、苛められっ子の方が、頭の回転が速かったりする。それを誰も分かっていないことが却って苛めに繋がる。苛めの原因は、
「苛められているやつが、理屈っぽいからだ」
ということもあるようであった。
どんどんと最悪な方に向かっていって、下手をすると、不登校などということになってしまうのだろうが、ゆかりの場合は、そんなことにはならなかった。
寸でのところであったのだろうか。渡良瀬少年が、話し相手になってくれた。
いつも一人で孤独な自分が、次第に嫌で嫌でたまらなくなりかかっていたところで、渡良瀬少年が話しかけてくれたことで、八方ふさがりになっていた気持ちが次第に和らいでいった。
渡良瀬少年に、その時、ゆかりが苛められていたという事実を知っていたのかどうか、ゆかりは聞く勇気はなかった。苛められるのは嫌だったが、渡良瀬少年が、話しかけてくれて、孤独が癒えていくことが何よりも嬉しかったのだ。
もう少しで自己嫌悪が最高潮に至るところであったが、そこまではいかなかった。
ただ、気になったのが、自分が苛められていることを、渡良瀬少年に分かってしまい、それがまわりに広がることだったのだ。
渡良瀬少年自身に、分かってしまうことも怖かったが、それ以上に、まわりに分かるのが怖かった。ただ渡良瀬少年がいう前に、母親から、
「最近、あなたおかしいわよ」
と追求されて、自分から苛めに遭っていることを告白してしまったのだ。
それだけ、自分が尋問に弱いかということを露呈したわけで、それが今度は違う意味での自己嫌悪に陥ったのだ。
最悪になりかかったところで、突然苛めがなくなった。他のターゲットに移っただけだったのだが、急になくなってしまうと、学校と親だけで騒いでいることになる。
本当は苛めがなくなったということを言えばいいのだろうが、その時の親は頭に血が上っていて、余計なことを言える状況ではなかった。そのため、放っておいたのだが、よく考えてみると、それも別に悪いことをしているわけではない。勝手に騒いでいるだけではないか。確かに、
「私のためだ」
とは思っても、しょせんは、学校も親も世間体などを中心にしか考えていないということが分かっているので、
「勝手にやらせておけばいい」
と思うのだった。
ゆかりは、そんな時代を、苛めっこよりも、親や先生の。
「大人の都合」
を垣間見たことで、大人が嫌いになりかかっていたのだが、それを何とか嫌いになるまでさせなかったのが、渡良瀬少年の存在だった。
彼は、そばにいてくれるだけで、それでよかった。そのことを思うと、ゆかりの中で、今まで感じていた渡良瀬少年に対しての、
「お兄ちゃん」
という気持ち以外に、何かそれ以上の感情が沸いてきたのが分かっていた。
恋愛感情なのか、それとも、慕いたいという気持ちが最高潮になっているのか、その答えは、まだ子供のゆかりには分からなかった。
もちろん、渡良瀬少年にもそこまで分かるはずもなく、普通に接していた。
ただ、少なくとも、ゆかりにとっては、初恋のようだったものに違いなかったといえるだろう。
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