Dear:A 〜twilight sonata〜

地震が起こるのは、大地が歌っているから。

雲が流れるのは、空が歌っているから。


俺が演奏するのは、生きる為だ。



954年 グレンツェン 首都・ロンド

活気のある街。機械の歯車が回る音が響き渡る。

教会のステンドグラスが街道に反射し、色とりどりに光っている。

大きな鉄橋。高くそびえ立つ時計台。

そして鉄道の駅。大きな汽笛の音が近づいてくる。

やがて列車と線路が擦れる音が次第に近づいてきて、やがて駅に停車する。

プシューッと、蒸気をあげ、列車のドアが開いた。

下車する沢山の人々の中に、1人の男性が居た。


「着いた。芸術の都・ロンド。」


男は初めて踏むロンドの地で、そう呟いた。

彼の名前はジーク。ただの音楽家だ。ピアノを専門としている。

彼の演奏がロンドの有名な音楽家に認められ、ロンドでのピアノコンサートに招待されたのだ。

もちろん、ゲストの演奏者として。


コンサートホールの控え室で、自分の出番を待つ。

コンサートは終盤。いよいよ、ジークの出番だ。


(この演奏で、俺の人生を変える。)


そう心の中で呟き、舞台袖を後にするジーク。

彼がお辞儀をすると、今まで聞いたことも無いような大きな拍手が会場を包み込んだ。

緊張と興奮を抱えながら、彼は椅子に腰かけ、深呼吸して、演奏を始める。

しかしそこで、ホールが大きく揺れ始めた。観客たちは慌てて、我先にと外へ出ようとする。


「何?何なの!」

「地震だわ!!」

「皆様、落ち着いて下さい!頭を低く下げて!」


突然のことに困惑するジークの真上から落ちてくる巨大なシャンデリア。

咄嗟のことに反応できないジークの前に、1人の少女が割り込んできた。

ジークをシャンデリアから押し退ける少女。強い力で突き飛ばされたジークは、その場で腰が抜けてしまう。

そしてその瞬間、彼の目は人間では無い、見たことの無い生き物を見た。

「半、透明の…化け物…?」

少女は怯むことなく、怪物の攻撃を避け続け、ステージにあるグランドピアノの鍵盤を、両手で力強く叩いた。

聞くに耐えない不協和音が会場を埋め尽くす。

それと同時に、グランドピアノから衝撃波が溢れ出し、怪物たちを吹き飛ばす。それでも居座る怪物。

少女は、グランドピアノに立てかけられていた楽譜を手に取る。ジークの物だ。

「ぅ、あ…ああ…あ……。」

少女は楽譜を見たまま、うめき声のようなものをあげている。

何かを思ったのか、楽譜を戻し、右手の人差し指のみで楽譜のメロディーラインを演奏し始めた。

怪物の動きが止まって、一時の静寂が訪れる。

それを見て、少女は次の行動を起こす。

ピアノ椅子を持ち上げた状態で、怪物の体を駆け上り、天井まで飛び上がると、椅子をグランドピアノへと真っ逆さまに叩き落とした。

大きな破壊音、鍵盤が強く叩かれる音が響く。今まで以上に強い衝撃波が怪物に直撃し、半透明の怪物は蒸発するように、大気に溶けて消えていった。


「……終わっ…た…?」


ジークは力無く呟くと、プツンと糸が切れたように気を失ってしまった。



目が覚めると、ジークの視界には知らない部屋の天井があった。

「あら、起きました? ピアニストの殿方。」

「え?」

ジークの顔を覗き込んでいるのは、ジークの知らない女性。赤いドレスに身を包んでいる。

「エルビー、殿方が目覚ましましたわ!」

赤いドレスの女性が部屋のドアに向かって呼びかけると、中年の男性が入ってくる。

「気分はどうだ?」

「…え、あの……」

「あなたは、コンサートホールでノクターンによる襲撃に遭遇してしまい、そのまま気を失っていました。」

「ノクターン…?あ、あの化け物は!?」

「奴らがノクターン。人々の生活を脅かす、目に見えない怪物だ。」

「あなた、ノクターンが見えたの…?」

「半透明の、化け物が…突然……。」

「そう…。」

「君をここまで連れてきたのは、アンダンテという少女だ。覚えているか?」

「いや、知らない…待って、確かあの時……。

あの子は今、どこに?」

「アンダンテは別室で眠っている。」

「彼女も結構な傷を負っていた…。あの子、歌えないのにまた戦ったのね…。」

「だが、人間に興味を持つのはこれが初めてだ。」

「そうですわね。」

「君の名前は?」

「ジークです。」

「僕はエルビーだ。

ジーク君。君はノクターンを知ってしまった。

そして恐らく、アンダンテが君を選んだ。」

「…は?」

「傷だらけのアンダンテが、君と楽譜を抱えて帰ってきた。この楽譜は、君のものだろう?」

「…はい。俺が書いて、俺が演奏していたものです…。」

「君の楽譜を読ませてもらった。君には、作曲家の才能がある。」

「え?」

「僕が言っている作曲家は、君の思っているものとは違う。カンタービレ、説明してあげなさい。」

「ええ。私たちは、ノクターンに対抗できる、ただ一つの組織なのです。

ノクターンと戦う歌声を持つ歌手と、その歌手に歌を書く作曲家。2人がデュエットを組んで共に戦うのですわ。

私とエルビーも、デュエットを組んでおります。」

「音が空気と摩擦することによって具現化された怪物。それがノクターンだ。地震や災害をどこでも引き起こす。ここは、“救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタ”。ノクターンに対抗できる、最後の希望だ。」

「“救済ノ歌劇ヒルフェオペレッタ”…。」

「知らないのも無理はないでしょう。ノクターンは普通の人にも見えない。作曲家にさえも。私たち歌手にしかその存在は確認できない。

あなたは、少し違っているのでしょうけど。

世の中の人達は、地震も竜巻も、自然災害だと思っておられるのです。でもそれは違う。

ノクターンの仕業です。だから私たちは政府非公認の組織として、存在しているのです。」


そこで、ドアが開く音が聞こえ、3人が一斉に振り向くと、そこにはアンダンテと呼ばれたコンサートホールで戦っていた少女が立っていた。


「アンダンテ!」

「アンダンテ、もう大丈夫なの?」

「……。」

「ほら、彼よ。あなたが連れて帰ってきた…。

あなた、彼に作曲家になって欲しいんでしょう?」

「……。」

「楽譜も持って帰ってきたでしょう?

大事そうに抱えて…何かあるんじゃないの?」

「……。」

「ジーク君。アンダンテにはデュエットの作曲家がいないんだ。君さえ良ければ、ここで僕たちと一緒に、アンダンテと共に戦ってくれないか?」

「そんな急に言われても…。」

「もちろん、給料は支払われるよ。普通の音楽家より稼げるほどね。」

「……どうせこのまま他の奴に埋もれるくらいなら…。」

「働いてくれるということかな?」

「…分かりました。」

「やったわ!アンダンテ、あなた専属の作曲家よ!」

「……。」

「体調が落ち着いたら、マエストロの元へ連れていこう。そこで契約を結ぶ。」

「マエストロ…?」

「僕たちの総司令官だよ。」



そうして数日後、マエストロと呼ばれる人の元へと向かった。

重々しい雰囲気のドアをノックをすると、

「入りたまえ。」

という男性の声が。その声の通り、ジークはドアを開けて、中へ足を進ませる。

部屋の奥には、細身で小綺麗な男性の後ろ姿が。

男性は振り返る。おそらく、30代くらいだろうか?

少なくとも、エルビーよりは若いだろう。

「偉そうにしてしまってすみません。1度やってみたかったんです。」

そう言って、ふふっと笑みを浮かべる男性。

「初めまして。ジーク君ですね?

私はデッドリック。救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタの総司令官です。」

「初めまして。」

「さて、早速始めましょうか。エルビーから話は聞いております。

あなたを、救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタ、11人目の作曲家に任命します。

契約書はこちらになります。」

一通り契約書に目を通し、サインをする。

「ありがとうございます。そして…あなたとデュエットを組む歌手は、アンダンテという少女です。」

「知ってます。昨日、少し、会いました…。」

「そうですか。

彼女、アンダンテですが…。少し、欠点がございまして…。」

「はい。」

「あの子は、歌が歌えない歌手なんです。」

「は?」

「正確に言いますと、現在の彼女は声が出せない常態です。何年も…。

かつてはとても綺麗な歌を歌っていました。

ですがある時、前触れもなく歌えなくなったのです。

だから彼女は、歌以外の方法でノクターンに対抗しようとしている。」

「あ…。」

そこでジークは、あのコンサートホールでの彼女の戦い方を思い出した。何の躊躇いもなくグランドピアノを破壊した彼女の姿を。

「私はそんなあの子を、未だに歌手のままここに置いてしまっている。歌手たちに人類の希望を託しているからです。

でも彼女を…あなたなら変えられるんじゃないかと思いまして。

昨日アンダンテは、コンサートホールから貴方と、貴方の楽譜を持ち帰ってきた。

これは彼女なりの意図があるはずです。」

「そうですか…。」

「…私ばかり話してしまって申し訳ない…。

貴方の仕事は、彼女のための曲を作る。ただそれだけです。その他の心配はなさらないで下さい。」

「分かりました。」

「ではこれから、よろしくお願いいたします。」

「はい、こちらこそ…。」


デッドリックの部屋を後にしたあと、ジークは頭を抱えた。

歌えない歌手が、歌える曲を作曲するなんて、どうすればいいんだ…。

そうして思考を巡らせた結果、話せないアンダンテと会話を試みることにした。


「やあ、アンダンテ。お前の新しい作曲家だ。

ジーク。よろしくな。」

「…。」

「う、あはは…。……どうしたものか…。

…俺は、お前に曲を作りたいと思っている。だから、お前の事を知りたい。

あ、えっと、どうしてかと言うと、お前に合った曲を、作りたいから、だ…。

えー……そうだ、文字は書けるか?」

ジークの問いに、アンダンテはこくりと頷いた。

「よし。」

ジークは鉛筆と紙を1枚床に置き、話を続けた。

「じゃあ質問していくから、答えをこの紙に書いてくれ。

えっと、そうだな…。好きな食べ物は…?」

アンダンテは鉛筆を走らせる。

『金平糖』

「なるほど…好きなこととか、あるか?」

アンダンテの動きが止まった。

「…無いのか。」

頷くアンダンテ。

「んん…。」


そうして考えに考えた挙句、ジークが手掛けた1曲目は、ジークから見たアンダンテを元に作曲された。

「ほら、お前の楽譜だ。」

「……。」

「その…俺から見たお前の雰囲気を曲にしてみた。違ってたら、すまん。」

「……。」

彼女はそのまま、去ってしまった。



「南東地区にノクターン、5体の襲撃あり。

至急、歌手は出撃準備を。」

救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタ内を駆け巡る、放送の声。

慌ただしく準備を始める面々。それはジークとアンダンテも同じだ。

「よし、行くぞ。アンダンテ。」

「……。」

準備が終わると同時に、全速力で部屋を飛び出し、廊下を走り抜けるアンダンテ。

「アンダンテ!?」

ジークは必死にアンダンテを追いかける。

「あいつ、走るの速すぎだろ…!」


アンダンテを追いかけて、一足遅く、南東地区に辿り着いた。

辺りには瓦礫が広がっていて、ノクターンによる被害の悲惨さが伝わってくる。

「アンダンテ!」

見渡すと、前方に、屋根の上に立っているアンダンテを見つけた。

「アンダンテ、何やってるんだ!降りてこい!」

「……。」

ジークの言うことに耳を貸さず、遠くを見つめ続けるアンダンテ。その瞬間、ノクターンが出現し、アンダンテはノクターンを追って屋根の上を駆けていく。

「おい!アンダンテ!!行っちゃダメだ!止まれ!」

必死に呼び止める。彼女は、歌えないから。

ノクターンを倒せないから。このままではノクターンに殺されてしまう。

しかしアンダンテは止まらない。

「何で俺の言うことを聞いてくれないんだ…!おい!止まれ!!」

アンダンテはノクターンに攻撃を仕掛ける。

瓦礫の山から壊れた煉瓦を持ち上げ、それを両手で叩き合う。その音でノクターンを攻撃しようとしているのだ。音で怯んだノクターンに蹴りを浴びせるが、その直後にノクターンの攻撃を受け、瓦礫の山に叩きつけられる。

「アンダンテ!!」

アンダンテがノクターンにとどめを刺されそうになった時…。

「ah……。」

と、背後から歌声が聞こえた。

ジークとアンダンテが声の方を向くと、屋根の上にカンタービレが立っている。優雅な立ち姿。それがスポットライトに照らされている。

「アンダンテ、下がってて!!第1歌唱…喜劇!」

カンタービレが歌うと、辺りに金色の衝撃波が展開され、2体のノクターンは一瞬にして砕け散った。

「凄い…ノクターンが……。」

「あ…あなた、はじめてですか……?」

「え?」

ジークがカンタービレの戦いに見惚れていると、すぐ真横から声をかけられた。

ジークが振り向くと、眼鏡をかけた知らない少女が。

「ぁ、カ、カンタービレは、救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタ内で現在最強の歌手です。

えへへ、心強いですよね…。」

「カンタービレが…!?」

「はい…。私たちも行きましょう、アレグロ。」

メガネの少女の背後から、もう1人、藍色の華やかな紳士服に身を包んだ、おそらく少女が歩いてやってくる。その姿は少年のような、短髪で、膝が見えるズボンを履いている。

「行くのは、君じゃなくて、僕でしょ?クララ。」

「そ、そうだよね…。私は見てるだけだから…。

き、気をつけて…。」

「言われなくても。……すぅ…第1歌唱・瞬き。」

そう言ってアレグロは歌い出した。すると身体中に青い稲妻が駆け巡り、すごい速さでノクターンの方へ駆け出して行った。

そんなアレグロの勢いで彼女が去った場所は、風が吹き荒れた。

「うお…速…っ。」

クララと呼ばれた眼鏡の少女は目を輝かせながら、遠くへ行ってしまったアレグロを見つめる。

「凄いでしょう。アレグロは。…私の歌を歌ってくれる歌手です。」

「君も、作曲家なのか…。」

アレグロは稲妻を描くように、目に追えない速さで市街地を右往左往する。

その速さで彼女は家の壁を上り、地上にいるノクターンに向かって屋根から飛び降りる。

「第2歌唱・連符変奏曲…!」

短刀を構えながらノクターンへ真っ逆さまに落ちていく。普通の人には到底歌えないような速度の歌を歌いながら。

彼女の短刀がノクターンに触れると同時に、水色の衝撃波が縦に広がっていく。

それにより、ノクターンの1体は消滅した。

「あと2体…!」

カンタービレは、最後のノクターンのいる場所へ向かった。それまで笑顔で歌っていた彼女だが、急に表情を歪ませ…。

「第2歌唱…悲劇。」

悲しげな旋律を歌い出した。

今まで見た中で1番大きく、広範囲の衝撃波が、黄金色に輝いた。かと思うと、その光にも似た衝撃波に飲み込まれ、残り2体のノクターンも大気の中へと消え去って行った。

「ふう…。終わりましたわ。演出家。」

カンタービレはそう言って、作曲家・エルビーがいるであろう方角へ向かって優しく微笑んだ。


昼間に起こって終了したこのノクターンとの戦いだが、戦闘が終わっても、アンダンテが帰ってこない。

夕方、南東地区の入口で待ち続けていたジークの元にやっと帰ってきたアンダンテは片足を引きずっていた。

「アンダンテ!どこにいたんだ、こんな遅くまで…!」

「……。」

「お前、何で勝手に突っ込んで行くんだよ。歌えないんだろ?戦えないんだろ?」

「……!」

アンダンテはその辺に落ちていた木の枝を乱暴に拾い上げ、文字を殴り書きしていく。

【私たちは、やがて死ぬために存在します。】

「…はあ…。ごめん、もういいよ。じゃあな。」

「……。」



その後もノクターンが現れては、出動要請が入った。

その度に、アンダンテは真っ先に飛び出していく。戦えないのに。

「おい、アンダンテ!!待て!!」

そしてノクターンを1人も倒せず、傷を負って戻ってくる。

呼び止めることを諦めたジークは、ある日のノクターンとの戦闘後、アンダンテに怒りをぶつける。

「アンダンテ、お前、いい加減にしろよ。

毎回そんな傷を負って戻ってきて…。何がしたいんだよ。」

「……。」

「お前が心配なんだよ。俺は、お前のことは何も知らない。でも、俺とお前はデュエットなんだよ。相棒が知らないうちに死なれちゃ困るだろ。

…もう、無茶なことは止めてくれ。」

そう言ってジークはアンダンテの元を去った。

アンダンテは声も出せず、彼を呼び止めることもできなかった。

でもジークは知らなかった。アンダンテが、ジークが自分の歌の楽譜をくれた時からずっと、自室で歌えるように練習していることを。

「…ぅ、あ…あ……あ…。……っ!……。」



ジークは悩んでいた。アンダンテのことがまるで分からないからだ。

夜、テラスのベンチに腰掛け、カクテルを飲みながら溜息をつく。普段は酒は飲まないが、今日は酔いたい気分らしい。

「どうしたのかしら?夜更かしさん。」

「…カンタービレ。」

「私も夜風にあたりに来たの。さっきまでエルビーの演出を受けていたの。練習ってとこかしら?うふふ。」

「そうか。」

「それで、どうしたのかしら?夜更かしさん。」

「…アンダンテが、分からないんだ。あいつ、喋れないし、無表情だし…。

あいつ…いつもすぐノクターンに突撃していくだろ?何度も止めてるんだが…。聞いてくれなくて。」

「…あの子も色々複雑でね……。デッドリックさんに聞いたかしら?アンダンテの過去の話。」

「過去…?」

「その様子だと、聞いてないみたいですわね。

3年前、アンダンテが歌手として戦いにデビューした時期よ。

当時は彼女の他にも、彼女の同期が4人いたわ。全員私の後輩たち。

……でも、ある日の戦闘で、新人の彼らが、戦いの最前線に配置されたの。

運も悪くノクターンも強い個体が多くて…。

共に行動していた5人はノクターンに返り討ちにされた。その時1番後ろにいたアンダンテは生き残ったけど、他の4人は即死だった…。

それからよ。彼女が声を出せなくなったのは。

よっぽとショックだったんでしょうね…。」

「…そうなのか。教えてくれてありがとう。カンタービレ。」

「いいわよ〜。今度はアンダンテと3人で、アフタヌーンティーでもしましょう。」


その次の日。昼。ジークはアンダンテの部屋の前まで来ていた。

緊張するが、咳払いをして落ち着かせ、ドアをノックをする。

アンダンテが出てきた。

「アンダンテ。話したいことがあるんだ。」


そのまま2人は、誰もいないテラスまで来た。ベンチに並んで腰かける。

「お前の過去を聞いたよ。

お前の同期の話…。」

「…。」

「俺のこの眼鏡は、父のものだった。

父は、俺が15歳の時に死んだ。軍に入ってたんだ。軍って言っても軍楽隊だったんだが…。つまり、俺と同じで音楽をやってた。

父は遠い国での戦争に兵士として向かって…。

帰ってきたのは、骨と眼鏡だけだった。

つまりその…何が言いたいのかと言うと…俺もお前と同じだってことだ。」

「…。」

「お前のトラウマを低く見積もってるとか、そういう事じゃない。

ただ、お前の気持ちが、少しは分かるかもしれないと、思っただけだ。…辛かったよな。」

「……。」

「それだけだ。あ、あと、もう危険な行動はするなよ。それじゃあな。」

「ぁ…あ…。」

「…?」

「ぁ…ああ…ああー、しぉぅ、ここお…」

「歌…?」

「ああー、しぉぅ、ここお…。」

「それ、俺が作曲した…。」

「しぉぅ、ここお…。しぉぅ…ゲホッゲホッ…。」

「だ、大丈夫か!?」

「……っ!」

「よく歌えてたよ!もっと練習すれば、ノクターン相手でも大丈夫だ!だから、焦るな…!」


この日3年ぶりに、アンダンテが歌を歌った。



それからアンダンテは、毎晩、楽器庫でジークのピアノ演奏と共に歌の特訓をした。

少しずつ、発音が元通りになっていき、歌声も澄んでいく。まだまだ、歌には程遠いが。

そうしているうちに、また…。


「北東ローゼン通り付近に、ノクターン3体の襲撃を確認。歌手は直ちに戦闘準備を。」


「来たか…。ノクターン。」

「……。」

「いいか。アンダンテ。絶対無茶はするなよ。」

ジークの言葉にアンダンテは小さく頷く。

そしてジークの方を1度見ると、振り返らずにノクターンの方へ向かって行った。


「今日は怪我なく帰ってきますように。」


一方、戦場で戦っていたカンタービレは…。

「もう、今日のノクターンちゃんたちは、大きい子ばっかりなんだから。

ふぅ…。第2歌唱・悲劇。」

カンタービレはいつも通りに歌を歌うが、彼女が生み出した衝撃波を受けてもなお、立ちあがるノクターンたち。

ノクターンの攻撃を受けそうになったカンタービレは、受け身の体制を取ろうとする。

しかしその時…。

ドシャア…ッ!

大きな音を立てて、1本の街頭が倒れた。倒したのはアンダンテ。その音で、ノクターンの動きが止まった。

「アンダンテ、危ない!下がって!!」

ノクターンの前に立つアンダンテを、カンタービレは必死に声をかけて逃がそうとするが…。

「ああああああ!!」

「……アンダンテ…!?」

がむしゃらに叫ぶように、アンダンテは歌う。その衝撃波にノクターンは体を仰け反らせ、アンダンテが先程倒した街頭に躓き、地面に倒れる。

「今だ!…第1歌唱・喜劇!」

喜びに包まれるようなカンタービレの歌声に飲まれ、ノクターンは消え去った。

「はあ、はあ…。アンダンテ、今…声が……。」


もちろんこの間、他の歌手たちもノクターンと戦っていた。3体のうちの1体と対峙していたアレグロ。

「第1歌唱・瞬き。」

まるで瞬間移動のような動きを見せて、一気にノクターンとの間を詰める。

ノクターンとゼロ距離かという位置で、彼女は囁く。

「第2歌唱・連符変奏曲。」

間近にいたノクターンは彼女の歌に為す術なく、衝撃波を直に受け、一瞬にして砕け散った。

「ふう…。あと1体は…。…!?

あいつ…、ローゼン通りを出ようとしてる…!?」


そのノクターンの様子を、アンダンテとカンタービレも見ていた。


「この通りを出たら、民間人が危ないわ!

追いかけましょう!」

「……ぁ…。」

アンダンテは知っていた。ノクターンがいる方角は、アンダンテが最初にいた場所。

つまり、ジークの近くにノクターンがいる。ジークが危ない。

「…っ!」

アンダンテは全速力で駆け出した。

「アンダンテ、待って!!あなたはまだ戦えないわ!!」


今、ジークの目の前に、半透明の化け物が、いる。

「あ、ああ…。」

あのコンサートホールでの出来事が、鮮明に蘇る。

「やめろ、来るな…!」

ノクターンが拳を振り上げたその瞬間…。

「ジーク!!」

少女の声が聞こえた。

「アンダンテ…!」

アンダンテは高く飛び上がる。

「第1歌唱・無垢の終雪」

そして彼女は歌った。発音のめちゃくちゃな下手な歌を。

しかしその歌は、ノクターンに響いた。彼女の歌による衝撃波が、ノクターンの身体を貫いた。

歌い終えたアンダンテは、その場で崩れ落ちる。

「アンダンテ…!」

ジークは駆け寄り、アンダンテを抱き上げる。

「ジぃーク…。」

「お前、ノクターンを倒したぞ。歌で…。俺たちが、ノクターンを…!」

「……。」

アンダンテは優しく笑うと、そのまま気を失った。



それから1週間後、ジークとアンダンテは、ダイニングテーブルに座っていた。


「うふふ、やっと出来たわね。お茶会!」


カウンターで満足そうに紅茶を注いでいるカンタービレ。


「あの、私達も…よかったんでしょうか…?」

「正直帰りたい。」

「ま、まあたまには…。こういう休息も必要か。」


ジークとアンダンテと同じテーブルに座っている、クララ、アレグロ、エルビー。


「一体これは、どういう組み合わせなんだ…。」

「私が一緒にお茶会したい人たち全員よ。」

「ふええ…呼んでくださって、ありがとうございます…。」

「ケーキも用意したの、みんなで食べましょう♡」

「…ティラミス……!」

さっきまで嫌そうだったアレグロが、嬉しそうな声をあげた。


「さあ、飲みましょう♡」


そうしてカンタービレ主催のお茶会が始まった。

「やだ…こんなに食べたら太っちゃうかしら?ね、エルビー。」

「多少食べたくらいで体型は変わらない。今日くらいは好きなだけ食べればいい。」

「そうよね!いっただきまーす!」

「…ほら、クララ。クリーム。」

「あ、つ、ついてる?あ、ありがとう…。」

「ティラミスは僕のだからね。」

「……楽しいか?アンダンテ。」

「…ぅ。」

アンダンテは頷いた。

「嫌なことがあったなら、それを埋めれるほど楽しいことを見つければいい。俺ならいくらでも付き合うよ。」

「……。」


このお茶会後、1週間に1度は必ず、この6人はこうして集まって交友するようになった。


「ほら、もっと食べていいのよ、アンダンテ。

金平糖、好きでしょ?」

「ぁ、あありがと…。」

「ううん。」

「だ…だいぶ話せるようになりましたね。」

「お前たちのおかげだ。みんな、ありがとうな。」

「僕はティラミスが食べれるから来てるだけだ。」

「ア、アレグロ…!」

「でも、君たちは……嫌じゃない。」

「確かに、こういう穏やかな時間も、悪くないな。娘たちを思い出す。」

「え?」

「いや、何でもない。」

「クララ、それ、上に乗ってるチョコ食べてあげるよ。」

「アレグロが食べたいだけでしょ!」

「クスクス…。」

「アンダンテ…。」

「笑った…。」

「あ…。」

「楽しんでくれてるってことよね!お姉さん嬉しいわ!」

カンタービレはアンダンテを力いっぱい抱きしめた。

「うぅう…。」

苦しがるアンダンテだったが、嬉しかった。



そんな日常が続いていたある日、ジークは総司令官デッドリックに呼び出された。


「あの、ジークです。」

「ジーク君、お待ちしていました。どうぞ座って下さい。」

デッドリックに言われた通り、ジークは席に着く。テーブルを囲んで、向かい合わせに座っている形だ。

「それで、お話ってなんですか…?」

「アンダンテのことです。最近、彼女の症状は改善しつつある。貴方のお陰です。ありがとうございます。」

「いえ、俺は何も…。」

「謙遜しないで下さい。お礼をしたいんです。

カクテル、お好きでしたよね?丁度いいものが入りまして、どうぞ…。」

「ありがとうございます。」

渡されたグラスに入ったカクテルをひとくち飲む。その途端、視界がユラユラと揺れだし、心臓がバクバクと鳴り出した。

「な、なんだ…!?どうなって…。」

そのままジークは床に崩れ落ちる。

「飲みすぎたんじゃありませんか?ジーク君。」

「お前…あれに、何入れた…!?」

「目障りなんですよ。貴方。

私の計画が台無しだ。いや…むしろ、貴方のおかげ…かも知れませんね。」

「な、何言って…!?」

「アンダンテの覚醒。」

「…え?」

「貴方が知る必要のないことです。それでは、お元気で。」

「デッドリック!!…うぅ…う……。」

ゆっくりと穏やかに部屋をあとにするデッドリック。それと対照的に、苦しさで床をのたうち回るジーク。

今にも気を失いそうな、回らない頭で考えた。生き残る術を。

そして、全体重をかけて、骨董品が並べられているガラス棚を倒した。

ガシャンと、大きく響き渡る音。バリン、バリンとセトモノやガラスが割れる音。

(誰か、気づいてくれ…!!!)

しかしそこで、力尽きて気を失ってしまった。


棚が倒れた音は、下の階にいたアンダンテたちの耳にも届いていた。

「…音……。」

「大きな音だったわね…何かあったのかしら…?」

「ジーク!!」

アンダンテは部屋を飛び出した。


「ぅう…。あ…。」

見覚えのある景色が広がっていた。まるで、最初にみんなに出会った時のような…。

いや、その時と全く同じ医務室に、ジークは連れてこられていた。

「ジーク!!」

「ジークさん!」

「大丈夫か!?」

「……ここ、は……デッドリック!」

「動かないで!解毒したばかりなのよ!」

「君が総司令官の部屋で倒れてた。アンダンテが、見つけた。」

「部屋が凄い荒れようだったが…どうしたんだ?」

「というより、誰が毒を盛ったのかなんて、一目瞭然でしょ。」

「総司令官…どういうつもりなの…?」

「…アンダンテの、覚醒……。」

「え?」

「アンダンテの覚醒…そう言っていた。」

「それってどういう…?」

カンタービレがそう発したと同時に、外から大きな爆発音や破壊音が聞こえてきた。

「何!?」

「…!」

アレグロは医務室のカーテンを開けて外を見る。

「皆、あれ…。」

そこには、今まで見た事のない数のノクターンたちが。市街地で暴れ回り、蹂躙していた。

「ノクターンが、一度にあんなに…。」

「行かなきゃ。」

「待て、ジーク君。ノクターンたちは僕らや他の者たちがやる。

君たちは、デッドリックについて調べるんだ。」

「でも…!」

「あいつは何かを隠してる。少なくとも、僕たちの敵であることは確からしいからな。

もしかしたら、ノクターンについての対処法が見つかるかもしれない。」

「ジーク…。 肩…。」

アンダンテはジークの腕を自分の肩に回した。支えてくれるようだ。

「…わかった。みんな、先に行って待っててくれ。」

「は、はい!」

「あなた達の助けなんていらないわ。」

「そう、僕たち強いから。」

「ありがとう。…行こう、アンダンテ。」

「ん…。」


よろつくジークを、アンダンテが支えながら、最上階のデッドリックの部屋まで急ぐ。

部屋の中は酷い有様。そして、デッドリックの姿はなかった。

「アンダンテ、手がかりを一緒に探してくれ。」

「ん…!」

引き出しを漁ったり、ノートのページをめくったり、調べられるところは全部調べた。

アンダンテはデッドリックの机の引き出しの1番下、二重底の下に、古いノートを見つけた。

「ジーク!」

「な、なにか見つけたか!?」

2人でそのノートを開く。

【人類を減らす。争いのない世界へ。

音を大気と摩擦させ、形あるものにすることにより、人を殺せる驚異になり得る。

最大威力を持つのは、感情を持った美しい声の持ち主による、絶望の歌。

絶望の振り幅が、昂れば昂るほど、強力になるという仮説。

実験体1 エネルジコ ×

実験体2 ジョコーソ ×

実験体3 スピリトーゾ ×】

そんな風に、かつて存在していたであろう歌手たちの名前が何十と書かれていて、最後に…

【アンダンテ ○】


「え…?」


【アンダンテを絶望させる。

仲間を作らせる。

・コモド

・レジェロ

・アニマート

・ペザンデ

全員、951年 11月7日 ノクターンにより戦死させる。

失敗。

アンダンテの声が出なくなった。最初からやり直しか。


954年 10月1日

ジーク。新たな希望。

もう一度アンダンテの覚醒を試行する。】


「なんだ、これ…。

お前は…お前たちは……人形?」

「……?」

「過去にアンダンテの同期が死んだのも、俺を殺そうとしたのも…アンダンテの…覚醒の、ため…?」

「し、知らな…い…。ジーク…私……。」

「大丈夫だ。俺は、絶対にお前を人殺しにさせない。」


怯えるアンダンテの背中を摩っていると、ロンド中央の大聖堂の鐘が鳴った。

鐘の音に動かされるように、ノクターンたちは大声で吠え始めた。


「なんだ、これ…。鐘の音のせいなのか…?」

「ジーク、みんな、が…。」

「アンダンテ、戦えるか?」

「ん。」

「よし、先にノクターンを叩こう。

その前に…1度俺の部屋に戻ってもいいか?」


2人は走って、デッドリックの部屋を後にした。


一方、ノクターンとの戦闘に出ていた4人は…。

「何人いると思う…?」

「10…20…いや、それ以上かも。」

「そ、そんなに!?」

「とにかく、街の人を避難させなければ。」

「それは私たちの仕事よ。エルビー。」

「え?」

「エルビーとクララを先に街から出す。」

「カンタービレ、何言ってるんだ。僕達の仕事は、人々を守ることだろう?」

「私にとって、市民の安全なんかどうでもいい。それよりも、エルビーの方が大事だもの。」

「クララ、君も曲が書けるだけのただの一般人。ただの一般人がたまたま近くにいたから、僕は君を街の外に避難させる。」

「アレグロ…置いていけないよ…。」

「そういうのいいから。足でまといになるから街の外へ連れていく。」

「アレグロ…。」

「急ぎましょう。みんな。」

そう言って、カンタービレとアレグロは、2人の作曲家を強引に引連れて、彼らを街の外へ逃がそうとしたが、大きな音が響く。

見ると、行く手を阻む、何体ものノクターン。

みんな無傷で街の外まで行くことはできないようだ。

「…アレグロ、2人を連れて先に行ってて。」

最初に口を開いたのはカンタービレ。後ろ姿でも、肩が震えているのが分かる。

「カンタービレ、でもこの数を1人じゃ…。」

「大丈夫よアレグロ。私、救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタ、最強の歌手なんだから。」

「カンタービレ、ダメだ。」

「私の歌が聞こえなくなったら、最期までよくやったって、褒めてね。エルビー。」

「カンタービレ!」

エルビーの声を無視して、カンタービレはノクターンたちの中へ突っ込んでいく。

「第1歌唱・喜劇!」

「行こう、2人とも。」

「カンタービレ!カンタービレ!」

「アレグロ!カンタービレが!!」


こうしてアレグロは、カンタービレのおかげで作曲家ふたりを、街の外へ逃がすことができた。


「2人は、この街から出たら、ひたすら東に進んで。

できるだけノクターンから離れるんだ。列車に乗るなり、なんなりして。」

「アレグロは…?」

「僕はカンタービレの所に戻らないと。」

「嫌だよ…あんな数のノクターンに勝てるわけない……。ねえ、アレグロ、行かないで。」

「僕が行かなきゃ、カンタービレは1人で戦うことになる。じゃあね。」

「アレグロ、やだ…!アレグロ!!」

アレグロは【瞬き】の歌を歌いながら、稲妻のごとく、街の中へ戻って行った。


その頃、ようやく街に出てきたジークとアンダンテは、街の惨状を目の当たりにする。


「酷いな…。」

「……ジーク…。」

「こんな時に悪いんだが、新しい曲を作った。

カンタービレにもアレグロにも、戦闘曲が2曲あるのに、お前は1曲しかなかったなって、思って…。

受け取ってくれ、アンダンテの第2歌唱曲だ。」

ジークは自室から持ってきた、手書きの楽譜をアンダンテに渡した。

アンダンテが楽譜を確認すると、タイトルに目が行った。

「Dear:A …?」

「ああ。歌ってくれ。」

「うん…。」


その時、ジークは目線の端に、大聖堂の鐘付近にいる人影を捉えた。

「あれ…、デッドリックか!?」

「え?」

「さっきの鐘の音、鳴った時からノクターンたちが凶暴化したような気がする。

あいつ、街全体に聞こえるデカい鐘の音で、大勢のノクターンたちを操ってるんだ。

アンダンテ、俺は奴を止めに大聖堂に行く。お前は、カンタービレたちと合流しろ。1人になるなよ。」

「ジーク…。」

「大丈夫だ。何とかなる。」

「……うん。」

ここで、ジークとアンダンテも別れた。

アンダンテは街の中へ。ジークは大聖堂へ走った。

「第1歌唱・無垢の終雪」

アンダンテは歌でノクターンを倒しながら先に進んだ。カンタービレたちの歌声を探して。


「第2歌唱・連符変奏曲!……はあ、はあ…。

6体目!」

水色の衝撃波を食らい、ノクターンが焼失する。それでもキリがなく、また別のノクターンの相手をする。

「ゲホッゲホッ。うわっ!ぐっ…う……。

僕一人で、一体何体倒せばいいんだろう…。

それでも、僕が諦めたら…みんなを守れない。

第1歌唱・瞬き…!」

満身創痍の状態で、とっくに限界の状態で、1人で戦い続けている。アレグロ。

最後の力を振り絞って、瞬きを連続して歌い、ノクターンからノクターンへ飛びうつっていく。

アレグロの限界突破のスピードに耐えきれず、ノクターンたちは身体を切り裂かれて散っていく。

そうすることで、アレグロの近くにいるノクターンはいなくなり、辺りは静けさに包まれた。

「はぁ…。はぁ…。流石にちょっと疲れたかも…。

一度体制を整えて…。!?」

背後にいるノクターンに気づかなかった。次の攻撃は避けられない…!と思った時、アレグロは背中をいきなり強く押され、地面を転がって行った。

何事かと見ると、ノクターンに踏み潰されたクララがいた。

「クララ!!」

アレグロは急いで駆けつけ、ノクターンを片付ける。

でもクララは起き上がることができない。

「クララ、何でここにいるの!?せっかく街の外に出したのに!」

「私…、やっぱりアレグロを置いてなんか行けないよ……。

あのね…。アレグロの歌が聞こえたの…。だから、近くにいるって、来たの……。」

「喋らないで。」

「えへへ…、アレグロは、私の憧れ…。

正直で、かっこよくて……私の曲を歌ってくれる……嬉しい……。」

「クララ!」

「アレグロ……ずっと、友達でいてね……。大好き。」

「クララ…?クララ、クララ!!

……何で、前線にいる僕より、君が先に死んじゃうの。そういうとこだよ、ほんと、要領悪いんだから…。」



この頃、1人で戦っていたアンダンテも苦戦を強いられていた。


「うっ…。ぐぅ……。ゲホッゲホ……。はあ…はあ…。

第1歌唱・無垢の終雪!」

歌っても、倒してもキリがない。喉が痛い。乾いた。それでも歌い続けなければやられてしまう。

「第1歌唱・無垢の…うあああっ!

はあ…はあ…。」

歌って、逃げて、逃げ続けて、路地裏にしゃがみ込んだ。

そこで、ジークから貰った第2歌唱の楽譜を広げる。

音符を追って、歌を口ずさむ。

「行かないで。ここにいて。

時間を巻き戻し もう一度同じことを繰り返す。

君と、君と、君と。」

そこでノクターンに見つかり、また逃げだす。逃げながら、歌い続けるアンダンテ。

「第2歌唱・Dear:A。」

走りながら、歌い続ける。


【全ての絆を 結んで 今 ここにいる。僕ら

生きて 幸せに あなたを悲しむ涙がある

生きて 当たり前の幸せ 掴む権利があるはずだ】


気づいた。この楽譜の正体を。

「Dear:A」の意味を。これは、ジークがアンダンテへ贈った、手紙なのだと、アンダンテは悟った。


涙がとめどなく溢れ出し、立ち止まって、必死に目を擦る。


「嫌だ…死にたくない。……生きたい。生きたい……。」



その頃ジークは、大聖堂の中へ入っていた。

鐘に近づくために、螺旋階段をひたすら上り続けている。

「はあっ、はあっ…。」

息が切れて、肩で息をしながら、病み上がりの体を酷使して、ようやく最上階までたどり着いた。


目の前には、無心で鐘をつき続けているデッドリックがいた。

この鐘を止めれば、ノクターンたちは大人しくなるはずだ。


「うあああっ!!」


ジークはデッドリックに組み付き、床に押し倒した。


「ジーク!?どうしてここまで…!」

「お前を止めに来たんだよ!」

「死んだことを確認しておけばよかったです。」

ジークを押しのけ、もう一度鐘に手を伸ばそうとするデッドリック。

それを止めようと、また組み付くジーク。

「やめろ!」

「触るな!!離せ!」

それを繰り返し、転がり合って、ジークが優勢になったりデッドリックが優勢になったりしながら、醜く掴み合う。

「全ては、この世から戦争を無くすため!!!」

「アンダンテは、お前の道具じゃない!!!」

力任せにデッドリックを押すと、彼は体を仰け反らせ、抵抗虚しく、大聖堂の最上階から落ちてしまった。

「うわああああ。」と情けない声が耳に残る。

この高さじゃ、助からないだろう。

デッドリックの体が地面に辿り着くのを見届けると、ジークは落ちていたガラスの破片で、鐘を吊るしている紐を切り、鐘を地面に落とした。

「物音だけでも、ノクターンには有効なんだよな?アンダンテ。」

大聖堂の最上階から落とされた鐘は、凄い音を立てながら地面で大破してしまった。

その衝撃波が街全体へ広がり、ノクターンたちは砕け散った。その音と衝撃波は、アレグロが強い耳鳴りだと思うほどだった。


そうして全てが終わった。

ジークは大聖堂を去り、グチャグチャになった街を駆け回る。

アンダンテを探して。

しばらくすると、アレグロと合流することができた。

「アレグロ!大丈夫だったか!」

「うん、何とかね。」

「アンダンテを知らないか…?」

「アンダンテは…。こっちだよ。」


アレグロについて行くと、瓦礫の山の上で、力なく横たわっているアンダンテがいた。

「アンダンテ!!」

しかし、息をしていない。既に死んでいた。

この日、ジークは大人気なく、久々に号泣した。

同じくデュエットを失ったアレグロは、泣きそうになるのをグッと堪えて、目を背けた。



それから、救済ノ小歌劇ヒルフェオペレッタは解散。

ジークは音楽家に戻り、再会したエルビーと共に各地でコンサートを行っている。

アレグロはスイーツショップで住み込みで働き始めた。

列車の中で、窓の外を眺めるジーク。

今でもふと思う時がある、アンダンテ。彼女に最後贈った歌を、一度でもいいから聞いてみたかったと。

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