第5話
「うっわ、ガチで緊張してきた……」
次の休日、俺たちはオフィス街にやってきていた。
ガラス張りの大きなビルを見上げる。
ここは、伊吹さんのユノチャンネル宛てにメッセージを送ってきた、Stuberの事務所【メタライブプロダクション】が入っているビルだ。
「兼森くん、さき入ってよ」
「呼ばれたのは伊吹さんでしょ」
「そうだけど……だってこんなとこフツー来ることないじゃん」
落ち着かない様子の伊吹さんを促すため、俺は率先してビルに入っていった。
+++
「初めまして。メタライブプロダクションでマネージャーをしています、
案内された来客用の会議室で待っていた俺のところに、
パンツスーツ姿の女性がやってきて、挨拶をした。
「ど、どうも! 初めまして……です!
ふ、ふつつかものですが……お世話になります!」
伊吹さんがガチガチに緊張した様子で頭を下げた。
そんな彼女の様子にも、マネージャーを名乗った各務さんという女性は柔和な笑みを浮かべただけだった。
見た目からすると、たいして年は変わらないように見える。
大学生くらいなのでないだろうか?
「ユノさん、ですよね。そちらの方は……」
「あ、俺はただの付き添いです。ダンジョン配信を手伝ってるだけの」
「! ひょっとしてあなたが【ちょいかわ剣士】さんですか!?」
「……はい、まあ。
べつに自分からは名乗ってないですけど……」
「こ、こんな若い方だったんですね……。あ、いえ、失礼しました。
な、なんとお呼びすればよいでしょう?」
「では……ユウで」
「わかりました。ユノさん、ユウさん。
本日はご足労いただきありがとうございます。
事前にチャットでもご相談させていただいた通り、
弊社はStuberとして活躍されている方々を、多くサポートさせていただいておりまして――」
それから各務さんは丁寧に、このメタライブというStuberの説明をしてくれた。
話をまとめると、
・メタライブは、複数あるStuber事務所のなかでも大手であること
・Stuberの配信活動を、機材や装備、ダンジョンの攻略情報等々の面でサポートしてくれること
・メタライブと契約することで、企業から商品のプロモーション協力などの仕事を紹介してもらえること
・それらの見返りとして、チャンネルで発生する利益の一部を手数料として事務所が受け取ること
などなど。
伊吹さんは真剣な眼差しで、各務さんの説明を聞いていた。
「なにか、ここまででご質問はありますか?」
「あ、あの……メタライブって、【彼岸花ネリネ】ちゃんの事務所ですよね?」
「はい、そうですよ」
「えっと……誰?」
「知らないの!? 登録者500万人越えの超有名なStuberだよ!
もう可愛くて強くて、私の憧れのひとりなんだから」
「へぇ……」
「あの、ってことはネリネちゃんもここに来たりするんですか……?」
「はい、打ち合わせがあるときは。今度タイミング合えばご紹介しますね」
「あ、ありがとうございます! うわえっぐ~~~!」
伊吹さんはこれまで見たことないくらいテンションが上がっている。
よほど憧れているのだろう。
となれば、その人と同じ事務所に所属できるという今回の話に飛びあがったのも頷ける。
「よかったら事務所をご案内しますよ。
何名か、他のStuberさんもいらっしゃると思いますし」
「いいんですか? ありがとうございます!」
各務さんに導かれ、俺たちはオフィスのなかを見て回った。
あちこちに有名な(?)、Stuberのポスターや、グッズなどが置かれており、いまダンジョン配信が一大ムーブメントになっていることが実感できる。
「こちらは撮影用のスタジオですね。
それからこちらは、対モンスター用の装備を保管している……」
オフィスの角で各務が説明していたときだった。
身長が2メートル近くありそうな巨漢が、ぬっと部屋から出てきた。
「わっ!?」
驚いた伊吹さんが、慌てて俺の後ろに隠れる。
まるでプロレスラーのようながっしりとした体格。
さらに巨漢の顔には、額から目にかけて斜めに走る古傷の痕があった。
強面と言うレベルを超えている。たしかに当然の反応かもしれなかった。
「すみません、お嬢さん」
「あ、いえこちらこそ……」
巨漢に気づいた各務さんが話しかける。
「あ、お疲れ様です。講習、もう終わりですか?」
「はい」
各務さんの同僚か、関係者のようだ。
各務さんが巨漢を俺たちに紹介する。
「あ、こちらは弊社所属のStuberの方々に向けて、ダンジョン攻略の講習を担当してくださってる方です。配信者の方がより安全にダンジョン配信を行えるよう、ダンジョン攻略のいろはを初心者向けから上級者向けまで、幅広く教えてくれています」
「へぇ……やっぱり事務所ってそういうところ、しっかりしてるんですね」
「もちろんです。Stuberの方々をサポートするのが、私たちの使命ですから。
あ、ユノさんたちも希望すればいつでも受けられますよ」
各務さんは自慢するように、巨漢の男性を見上げた。
「しかもこの方は、なんと元軍人さんなんですよ。過去にはダンジョンの上層攻略や、数年前のダンジョン災害でも出動されたすごい方なんです」
「ほぇ~……」
伊吹さんはぽかんとして話を聞いている。
ふと俺が視線を感じて見上げると、巨漢と目があった。
するとなぜか次の瞬間、彼が大きく目を見開いた。
「……!! き、君は……!!!」
事務所に、突然の大声が響き渡る。
周囲の視線が一気に集まった。
「馬鹿な……。な、なぜこんなところに――」
「はい?」
俺が首をかしげると、巨漢ははっとして口元を抑えた。
それから呆然としている各務さんや伊吹さんと見渡した。
「い、いや、……そんなはずはない、か。
失礼しました、おそらく人違いです。……それでは」
巨漢が去っていくと、伊吹さんが不思議そうに俺を見た。
「知り合い……?」
「いや。勘違いみたい」
俺はそれだけ言って肩をすくめた。
「あ、ところでユノさん!ユウさん!
早速なんですけど……」
各務さんは、いつの間にか、どこかの会社名とロゴが書かれた紙袋を手にしていた。
ニコニコと楽しそうに微笑んでいる。
「企業案件とか……興味ありませんか?」
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