第4話
高校一年生として当然のことながら、
俺も伊吹さんも、昼間は学校に通っている。
休み時間、廊下で前方から歩いてくる華やかな女子に視線が向いた。
リボンを緩めた首元。腰巻のスクールカーディガン。
明るい髪色に、耳元のピアス。
ギャルっぽい印象の彼女は、家で見るよりも、少し近寄りがたい印象がある。
彼女――伊吹さんと俺は互いに気づいたことに気づきながらも、
無言ですれちがう。
つい先日まで、赤の他人同士だった男女の学校での距離感なんて、こんなものだ。
必要以上に干渉したりしない。
ただ、なんとなくちらりと後ろを振り返ると、
伊吹さんも俺とまったく同じように俺を見ていた。
「あ……」
「あ……」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる伊吹さんは、
以前よりも少しだけ、親しみやすい気がした。
+++
「ね、兼森くん。ちょっといい?」
家で一緒に夕飯を食べた後、ふとリビングで家着姿の伊吹さんから声をかけられた。
「ダンジョン配信のことなんだけど」
「ああ、うん。なに?」
聞き返すと、なぜか伊吹さんは俺の耳元に顔を寄せて声をひそめた。
「……ちょっとお母さんとかいるし、私の部屋来て」
「え……」
俺が答えるより早く、伊吹さんはリビングを出ていってしまった。
遅れて俺も、二階へと向かう。
自分の部屋とは逆側にある、彼女の部屋の前に立つと、
伊吹さんが出てきた。
「ごめんね、下だと話しにくいからさ」
「うん、それはべつにいいんだけど……」
彼女が引っ越してきてから、この部屋に入るのは、初めてのことだ。
少々ためらいを覚えたものの、伊吹さんがまったく気にした様子がないので、
俺も腹をくくった。
女の子らしい(?)色合いの家具や、壁にかけられた制服、
ドローンカメラなど配信用の機材などが目に入る。
伊吹さんはベッドに腰掛け、俺に自分の椅子を勧めた。
「さて、と……。
ふふっ、なんだかイケないことしてるみたい」
「それって、ダンジョン配信で少し危ない目に遭ってるのを黙ってること?」
「まーね。でも思春期の女子高生なんだし、親に隠し事のひとつやふたつくらいする権利あるでしょ?」
伊吹さんが茶化すように言ったので、俺も小さく笑った。
確かに、それはそうかもしれない。
素行不良になるよりは可愛いものだろう。
「で、本題! 兼森くん、ビッグニュースだよ!
なんと私のユノチャンネル……登録者、なんとついに1万人達成しました~~!!」
伊吹さんが、満面の笑顔で拍手した。
「へぇ、すごいじゃん」
「ふふっ、同接はまだ三桁だけど、どんどん伸びてるし。
これもぜんぶ兼森くんのおかげ!
この前のミミックもマジですごかったもん」
「べつに、たいしたことしてないよ」
「たいしたことあるってば。この前の配信、私のチャンネルだと過去一伸びたんだから。あと掲示板でもスレッド立ってたよ? や、まとめサイトだったかな?」
「そうなの?」
「うん、【謎のちょいかわ剣士、ミミックを謎スキルで手なずけてしまうwww】とかそういう感じで」
「全然知らなかった……」
なんだか恥ずかしさを通り越して、すこし恐ろしい。
エゴサはあまりしないようしておこう。
「でもほんと、兼森くんってなんであんなに強いの?」
「べつに、前言った通りだよ。ダンジョンには昔から趣味で潜ってたから」
「それにしたってさ、色々と常識越えてない?」
「まあ、色々と経験だけはしてるから……かな」
「ふぅん……」
伊吹さんはあまり納得した様子ではなく、腕を組んで唸った。
「実は私、ダンジョンって配信やるまで、ほとんど興味なかったんだよね。
配信で一番バズりやすいからって、探索者始めたんだ」
「まあ、最近はそういう人多いでしょ。
……一昔前は、いまほどダンジョンが階層でラベリングされてなかったり、
安全管理なんてもののなかったから、それに比べると、最近はだいぶ潜りやすくなったから。危険もけっこう減ったし」
「あっ、そうなんだ?
……もしかして、それって、前にあった《ダンジョン災害》とかってやつと、関係あるの?」
「まあ、それもあるけど」
ダンジョン災害とは、ダンジョン内のモンスターが、ダンジョンの外に出現する異常現象のことだ。
特に数年前に起きた特大級のダンジョン災害では、
極めて危険なS級“以上”のモンスターまでもが大量に出現し、
軍の人間や、志願の腕利き探索者が、大勢モンスターの掃討に乗り出した。
戦いは苛烈を極めた、といっていい。
「あのときは……みんなよく生き残ってくれたよ。
……本当に、諦めずによく戦った」
思わず、しみじみとしてしまう自分がいた。
「ふうん……。兼森くん、なんか詳しいんだね」
伊吹さんの興味深そうな視線に、俺は苦笑いした。
「ニュースとかで見てたから。
……ともかく、あの頃と比べたら、今の低層のダンジョンはそこまで危なくないけど、一応気をつけた方がいい」
「うん、わかってる。こー見えて、私だってけっこう戦えるんだよ?」
伊吹さんは腕で剣を振る真似をする。
その仕草は確かに意外と様になっているように見えた。
「うん。じゃあ背中は任せようかな」
「おっ、任されました!」
伊吹さんが敬礼をして、嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ると、なにはともあれ、応援したくなるのは、視聴者だけではなく俺もまた同じだった。
「でも……ほんと、兼森くんでよかった」
「たまたま運よくバズったからね」
「じゃなくて。
……義理の兄妹になった相手が、ってこと」
ふと、伊吹さんの声が神妙になっていた。
はっとして顔を見る。
だが伊吹さんは、穏やかに微笑んでいる。
「こんな風に、気を遣わないで話せるなんて、お母さんたちが再婚してこうなる前は、思ってなかったら。絶っっ対もっとぎくしゃくすると思ってた」
「……うん、俺も」
「ふふっ、私たち、似た者同士だよね」
「そう……かな?」
「そうだよ」
伊吹さんは、学校では決して見る事がないような柔和な表情で、俺を見つめている。
その視線は妙に居心地が悪く、しかし同時に、安心するような気もした。
「あのさ……もし私がほんとに、兼森くんのこと、その……」
伊吹さんが顔をそらし、なにかをごにょごにょと呟いた。
だが声が小さくて聞こえない。
聞き返そうとした瞬間、彼女のスマホがピロンと鳴った。
スマホを手に画面を眺めて数秒後――
「――ぎょぇえええええええええ!!??」
彼女が、突然大声を上げた。
俺は、ダンジョンでどんなモンスターと遭遇したときより驚いた。
「ど、どうしたの?」
「き、き……きた」
「きたって……なにが?」
伊吹さんはずばっと立ち上がると
俺にスマホの画面を突き付けた。
「Stuberの事務所から!! 所属Stuberに興味ありませんか? だって!!!」
俺がその言葉の意味を理解するのには、数秒の時間を要した。
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