第3話

「え、なにそのお面?」


 後日、俺と伊吹さんは再びダンジョンの入口にやってきていた。


 配信機材のドローンカメラをチェックしていた伊吹さんが、俺がおもむろに取り出したを見て、目を丸くした。


 それは、お祭りで売っているようなペラペラのお面だった。

 ――というか、本当に俺が小さい頃に地元のお祭りで買ってもらったもので、たまたま家の押し入れにあったものを引っ張ってきただけだ。


「だって顔バレしたくないし。幸いこの前は、顔映ってなかったから」


「ふーん。ま、確かに後で編集するのもめんどくさいし……。

 でも……なんで“ちょいかわ”?」


「あの頃流行ってたから……っていうか、これしかなかった」


 俺が付けたお面は、ちょいかわ、というちょっと昔にかなり流行った、ゆるキャラ(?)のお面だ。

 猫のようなクマのようなよくわらない、ちょいとかわいい生き物たち。


「ふうん、まあなんかシュールでいいんじゃない?

 あ、そだ。もちろん配信中は、苗字で呼ばないよう気をつけてね」


 俺と伊吹さんが、最近同じ家で暮らし始めたばかりの、義理の兄妹であること。

 それは配信では絶対に秘密、というのが二人で取り交わした約束だった。


「わかってるよ。ユノ、でいいんでしょ」


「ありがと♪ あ、私はなんて呼べばいい?」


「べつに、なんでもいいけど。そうだな……」


 俺は少し考えてから、答えた。


「じゃあ、ユウで」


「おけ! ユウ」


 伊吹さんはオッケーサインを出して、手際よく準備を進めた。


 +++


「こんゆの~! 聞こえてますか?

 ユノチャンネル、今日も元気にダンジョン配信やってくよ~」


 伊吹さん――ユノがドローンカメラに向かって笑顔で手を振っている。


「今日は皆さんにビッグニュースがありまぁす!

 コメントでたっくさんもらってた通り、このあいだ私のチャンネルにしてくれた噂の探索者さん――ユウが、これから探索者仲間として、レギュラー出演してくれることになりました!」


 カメラが俺の方を映す。


 〈おおっ!〉

 〈来た!〉

 〈なぜちょいかわwwwww〉

 〈なつすぎる〉

 〈流行ったなぁ〉

 〈中学生だけど知らない〉

 〈バレ対策?〉

 〈そういえば顔映ってなかったな〉

 〈ちょいかわwwかわいいw!〉

 〈てか本物? 中身別人じゃない?〉

 〈怪しいwww〉


 それまでゆるやかだったコメントが一気に加速する。

 別にウケを狙ったわけではないが、予想以上に注目されているらしい。


「きっと今日も、この前みたいなものすんごい技で、A級でもS級でもやばいモンスター倒すとこ見せてくれるはず!」


 〈姫プじゃんw〉

 〈いっそ清々しい〉

 〈完全に寄生する気しかない〉


「姫プじゃないです! 私だって戦うから。

 ね? ユウ」


 俺は曖昧に頷き、ユノを連れ立って歩き始めた。

 

 ところで、ユノは気づいているのだろうか?

 と俺はふと思った。

 


 ――こんな低層に、A級以上のモンスターなんて、普通は出現しないということを。


+++


「ほいっ」


 俺はE級モンスターのスライムを一刀両断した。

 闘争心すらあるのかないのかわからないモンスターが弾け、消えていく。


「…………またスライムぅ」


 ユノが大きく落胆のため息をついた。

 ちらりとスマホ画面を見る。


 コメント欄も、すっかり沈静化していた。

 俺が登場したときがピークだった。

 かれこれ一時間ほど、ひたすらスライムを狩り続けるという地味すぎる配信内容に、視聴者も完全に飽きてしまっている。


「うぐぐ……このままじゃヤバいよ。なんかすごいの出てこーい!」


 ユノの懇願がむなしくダンジョンに響きわたる。

 だが、ユノの安全のために同行している俺からすれば、むしろ有難くあるのだが。


 そのとき、ふとユノが立ち止った。


「! ねえユウ! みんなあれ見て!

 宝箱じゃない!?」


 ユノが示した先に、確かに錆びついた宝箱らしき物体が見えた。

 

 ひさびさの撮れ高、と言わんばかりに、ユノが宝箱へとダッシュする。

 確かに、もし中身がレアなアイテムだったりすれば、ワンチャン起死回生の盛り上がりが見込めるかもしれない。


 だが、俺はふと気づいた。

 宝箱の周辺の地面に、があることを。


「みんな注目! 宝箱開けちゃうよ~。

 いざ、開封の儀!」


 次の瞬間、俺は地面を蹴っていた。

 

 ユノが宝箱に触れた瞬間、宝箱から

 

 さらに、箱の中にびっしりと並んだ鋭い牙が、むき出しになる。

 人間ひとりを丸のみにできるような怪物の口が、ユノに襲い掛かった。


 甲高い音が鳴り響く。


 ――少々、危ないところだった。

 

 俺は刀の鞘で、その宝箱の怪物――ミミックの牙をふせいでいた。

 

 ユノはその場でへたり込み、呆然とその怪物を見上げる。


「な、ななな……! ナニコレ!?」


 どうやら、ユノはミミックは初見らしい。

 ダンジョンには、稀によくいる、という頻度で出没するモンスターだ。

 今見た通り、宝箱に擬態して探索者を襲う。


 大きく開いたミミックの牙から、どろりと涎が垂れる。

 普通にお宝は諦めて倒すしかない。

 俺は刀の柄を握る手に、力を込めた。


 ……と、そこでふと思う。


 ユノの願いは、配信がバズること。

 このまま倒してしまってもいいが、もしかすると、もっと他に良い方法があるかもしれない。


「……よし」


 俺はその場で思いつきを試すことにした。


 一旦ミミックを弾き返す。

 正面で対峙すると、俺はこれみよがしに、その場で刀を捨てた。


「ちょ、ユウ! なにしてんの……!?」


 ユノが無防備な姿をさらす俺を見て、真っ青な顔で叫ぶ。

 だが俺は動じず、ミミックをじっと見つめる。


 ――そして、ほんの少しだけ、睨みつけた。

 

 すると次の瞬間、獰猛に唸っていたミミックが、ぴたりと静止した。


 すると、大きな口を閉じて四足歩行になったミミックは、

 まるで犬のように俺の足元にすりよってきた。


「……………………………………………………は?」


 ユノが目を丸くしている。

 どうやら、上手くいったようだ。


「あの……ユウ、今、なにしたの?」


「ミミックを手なずけてみた」


「は、はぁ!? そ、そんなの聞いたことないけど……!?」


 ユノが唖然と口を開け、続いてスマホの画面に目を落とす。

 

 〈何が起きた〉

 〈意味がわからん〉

 〈???〉

 〈モンスターって手なずけられんだっけ??〉

 〈E級とかD級なら〉

 〈いや、ミミックは無理っしょ〉

 〈ってか、今何したの?〉

 〈アイテムとかじゃない〉

 〈気合い? スキル?〉

 〈何のスキル?〉

 〈これはすごい〉

 〈初めて見た〉

 〈鳥肌〉

 〈ちょいかわ剣士wwwやばすぎるwww〉


 スマホを見ていたユノが、だんだんと笑顔になっていく。


「なんだかよくわかんないけど……バズってるから、いっか!」


「それはよかったよ」


 俺は落ちていた刀を拾いながら、肩をすくめる。

 配信というのは、結構気を遣うものだなとしみじみ思いながら。

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