第2話
家に帰った俺を、リビングでくつろぐ少女が出迎えた。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
明るく染めた髪に、耳のピアス。
手足の長いすらりとしたスタイルは、つい最近まで中学生だったとは思えないほどだ。
彼女は、つい最近親の再婚によって、ひとつ屋根の家で暮らし始めたばかりの同居人。
俺にとっては義理の妹である。
「――って、兼森くんちょっと待って!」
そのまま自分の部屋に行こうとする俺を、伊吹さんが咄嗟に引き留めた。
「あ……なに?」
「あのさ……ダンジョンでのことだけど……お母さんには言わないでね」
「え、言ってなかったの?」
「配信してるのは知ってるけど、あんまり危ない目に遭ってるとかは、言ってない。
言ったらダンジョン禁止にされちゃうもん」
「まあ……そうだろうけど」
彼女の言うお母さんというのが、今では自分の義理の母親である、
ということが、いまだ俺には実感がなかった。
「あ、それより本題! 助けてくれてありがとね。
ってか兼森くんめちゃくちゃ強くない!? なにあれ!?
S級モンスターワンパンしてなかった!?」
「ああ……まあ、つい」
「つい!? そんな簡単なことじゃなくない?
もしかして、すごい武器とか使ってるの?」
「いや、べつに皆が使ってるような普通の対モンスター用の刀だけど。
メルコレで5000円で落札したやつ」
「じゃあ私の剣とあんまり変わんないか……」
伊吹さんは不思議そうに俺の全身を見渡している。
なんだか居心地が悪い。
「結構ダンジョン行ってるの?」
「まあ、学校帰りには、だいたい」
「そっかー知らなかった。兼森くん、部活とかやってないみたいだし、帰り遅い日なにしてんのかなーって思ってたけど」
「俺だって、伊吹さんがダンジョン配信してるの知らなかったよ」
「いまどき普通でしょ。え、ってか……もしかして、兼森くん配信してないの?」
「うん、べつに。ひとりで楽しんでるだけだから」
俺がダンジョンにもぐっているのは、あくまで趣味だ。
自分のためにやっているだけで、誰かを楽しませよう、なんてことは考えたこともなかった。
「へぇー勿体な。あんな強かったら、絶対めっちゃ伸びるんだけど思うんだけどなぁ。この間の私の配信回、兼森くんのおかげでめっちゃバズったんだよ!
登録者一気に1000人も増えたんだから!」
「へぇ、よかったじゃん」
「もーめっちゃ最高! あーやっと私のチャンネルにも光がさしてきた感じ」
伊吹さんは本当に嬉しそうだった。
つい最近まで顔も名前も知らなかった、赤の他人だった少女が、
家のリビングで屈託のない笑顔を浮かべている。
奇妙な感覚だが、決して不快ではない。
「……ふふっ」
ふいに、伊吹さんが口元をかくして笑った。
「え、なに?」
「あ、ううん。……兼森くんとこんな喋ったの、なにげに初めてかも、って」
「そう……かな」
「そうだよ」
伊吹さんは立ち上がると、すっと俺の前に立った。
彼女は女子にしてはわりと背が高く、俺より数センチほど低いくらいの背丈だった。
「あのさ……兼森くん」
伊吹さんは少し恥ずかしそうして視線をそらした。
その仕草が妙に女の子らしく感じてしまい、どぎまぎした。
「な、なに?」
「もしよかったらなんだけど……」
伊吹さんは、俺の前でぱんっ!と両手を合わせた。
「私のチャンネル、よかったらまた出てくれない?」
「――え?」
「だって、兼森くんが出てくれたら、絶対また伸びるよ!
私のチャンネルにも、あの野良の探索者誰だとか、めっちゃコメント来てるんだから」
「そうだったんだ……。でも、配信とかは、ちょっと……」
やったことがないし、正直、人前で話すのもそれほど好きでも得意でもない。
上手くやれるような自信はなかった。
「だいじょーぶ! 喋るのは私やるし、兼森くんはゲストみたいなもんだから。
ねっ? お願い!」
俺は少し考えて、断ろうとしたが、そのとき先ほどの伊吹さんの言葉が頭をよぎった。
――お母さんには、言わないでね。
彼女の母親、俺の義母。
親に余計な心配をかけたくない、という気持ちは、俺も同じだ。
一緒にいれば、少なくとも、放任するよりは安全だろう。
なにより、さきほど見た彼女の笑顔。
まだまだ他人である彼女のことを、俺は、もっと知りたいのかもしれない。
「わかった。いいよ」
「マジ!? やったー! 兼森くんありがとっ!」
伊吹さんははしゃいで飛び回る。
そのとき、玄関のドアが開く音がした。お義母さんが仕事から帰ってきたのだろう。
ただいま。おかえりなさい。いつもの家族のやりとりが交わされる。
だが玄関に迎えに行く直前、伊吹さんは俺をつかまえて言った。
「あ、いっこ大事なこと言い忘れてた」
「なに?」
「配信じゃ、私たちが同じ家で暮らしてることは、絶対秘密にしてね。
バレたら炎上確定だから」
「そういうもん……なの?」
「そりゃそうでしょ。私のチャンネルを楽しみにしてくれるファンのために、よろしくね。
――お兄ちゃん♪」
冗談めいた口調で、伊吹さんが微笑んだ。
俺はいくつかの意味で呆気にとられながら、義妹のダンジョン配信を手伝うこれからの日々に、ぼんやりと思いを馳せるのだった。
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