第6話

「おはユノ~! みんなー見えてるー? 声も聞こえてるかな?」


〈おはユノ~〉

〈おはユノ~!〉

〈おはユノー〉

〈きた〉

〈はじまた〉

〈キタ――――――!!〉

〈おはユノ~!!〉


 ダンジョン低層階。

 今日も配信を開始する伊吹さん――ユノの姿を、俺は隣で眺めていた。

 いつもと同じく、ちょいかわのお面を被りながら。


「じゃあ、今日もダンジョン配信やってくんだけど、

 実は……みんなに大事なお知らせがありまぁす!

 めでたくユノはメタプロダクションさんに所属になったってことは、

 この前の動画で告知した通りなんだけど……」


 伊吹さん――ユノがスマホ片手にドローンカメラに向かって語りかける。


「なんと! 早速企業案件いただいちゃいました!

 なので今日はその配信でーす!」


〈企業案件!〉

〈おおっ〉

〈おめでとうー!〉

〈すまん知ってた〉

〈PRタグついてますよw〉

〈マジか〉

〈うおおおおお(棒)〉

〈とにかくおめでとう!〉

〈どこの会社?〉


 コメント欄が盛り上がる。


「おはは、ごめんフツーにバレてたかな。じゃあさっそく、みんなが一番気になってるはずの、今回の商品をさっそく紹介しちゃうね。

 こっからは私じゃなくて、謎のちょいかわ剣士・ユウに注目!」


 ユノがカメラを俺に向ける。

 それに合わせて、俺は手にしていた商品をかかげた。

 そして、手元のメモを読み上げる。


「えっと……【超級戦隊ウルトラレンジャー DXレインボーブレード】……です。

 今日は、これでダンジョン攻略、していきます」


 俺はだいぶ棒読みだったが、ユノはうんうんいい感じ、といったリアクションで頷いている。


〈玩具やんwwwwww〉

〈武器とかアイテムじゃなくて?〉

〈あっ……(察し)〉

〈なぜ受けたし〉

〈まさかの玩具wwwww〉

〈は?ウルトラレンジャー馬鹿にすんなし〉

〈子供の頃こういうので遊んだわ〉

〈悲しいなぁ・・・〉


 コメント欄もざわつている。まあ、この反応はある程度予想はしていたことだ。

 今回、俺たちが受けたのは、子供向けの玩具のプロモーション案件だった。


 だいたい、Stuberに来る企業案件の多くは、迷宮攻略用の装備を開発している武器防具メーカーの新商品や、あるいはドローンカメラ等の配信機材の会社だったりする。


 だがなぜか、俺たちに来たのは、この男の子の心をくすぐるDXレインボーブレードだ。

 各務さんいわく、なかなかダンジョン内で使って配信してくれる受け手がいなかったらしい。

 それもそうだろう。

 なぜわざわざ、玩具をダンジョン配信でPRしなくてはならないのか。

 それもこれも、ダンジョン配信が流行りすぎているせいだ。


「あ、もちろんこれは玩具だから、モンスターに向けて使っちゃいけませんよ。

 じゃあユウ、商品のアピールは任せたからね。いざしゅっぱーつ!」


 +++


 この低層階に出現するモンスターは、ほとんどがE級はD級などの危険度が低いモンスターばかりだ。

 基本的に、装備さえ最低限しっかり整えておけば、それほど苦労することもない。

 

 実際、ユノはいつも使っている細身の剣を盛大に振り回し、

 スライムや、角ウサギといったD級以下のモンスターを倒していく。


 その横で、俺はDXレインボーブレードを、カメラの動き合わせて振る。

 内蔵のスピーカーから効果音が鳴り、さらに等身が七色に光る。


 今日はこの商品で両手が塞がっているため、自前の戦闘用の刀は持ってきていない。


〈かっけぇ……〉

〈なにを見せられているんだ〉

〈普通に欲しいぞ〉

〈悲報:ちょいかわ剣士、童心に帰る〉

〈商品予約した!〉

〈ぱねぇすwww〉

〈似合ってはいる〉


 俺はコメントに心を乱されないよう、真面目に商品をアピールし続けた。

 商品はともかくとして、大事なユノの配信における初めての企業案件なのだ。

 ちゃんと成功させてあげたい、というのは本心だった。

 

 そんな気持ちでユノの後ろでDXレインボーブレードを丁寧にアピールし続けていた、そんなときだった。


「ん、誰か来たよ。なんだろ?」


 ダンジョンの奥から、探索者らしき少女がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 その近くには、ユノと同じく浮遊型のドローンカメラが追随している。

 どうやら配信者らしい。


 華奢な身体と、可憐な容姿。

 それを引き立てるのは、赤く染めた髪に、真紅の探索用戦闘衣装。

 かなり特徴的な見た目だった。


 それを凝視していたユノが、突然大きな声を上げた。


「えぇえええええ!?

 あ、あれって、ひょっとして……彼岸花ネリネちゃん!?」


「え、それって確か、この前ユノが言ってた……」


「超大人気Stuberだよ! う、うわ感激……!

 しかも配信中の姿見れるなんて……!! やばっ、勝手に映さないようにしないと……」


 どうやら、あれが登録者数500万人越えのStuberらしい。

 だが彼女――ネリネは両手に対モンスターの双剣を持ったまま、

 なぜか一目散にこちらに向かって走ってくる。

 

 ネリネは棒立ちしている俺たちに気づくと、血相を変えた様子で叫んだ。


「キミたちここは危ない! 早く逃げて!」

「え?」


 俺が聞き返すと同時に、ダンジョンの奥から地鳴りような重低音がした。

 

「くっ……!? もう追い付いて――」

「あ、あのネリネちゃんさん、私大ファンで……! 初期の頃からずっと見てて、雑談もダンジョンも歌配信も全部好きで……!」

「ユノ、今それどころじゃないみたい」


 俺はユノを制止して、ダンジョンの奥を睨みつけた。

 

 そこから現れたのは、漆黒の馬にまたがった重厚な騎士鎧。

 手には死神の持つそれのごとき、巨大な鎌を携えている

 全身が陽炎のようにゆらめき、青い炎に包まれたその相手。


 最大の特徴は――その首から上が存在しないこと。


「なに、あれ……」


 ユノが呆然と呟く。

 俺はその相手を知っていた。


 命を刈り取る騎士。死の預言者。

 ダンジョン上層にしか存在しないはずの“SS”級モンスター

 ――デュラハンだ。

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