１００万回生きたデイジーは復讐にも飽きたので自由に生きることにした（一人称バージョン）

第10話 デイジー、子供は苦手だなあと思う

無事にギルドに登録できた。ギルドに登録することで、税務処理代行してくれたり、仕事の紹介をしてくれたり、事業を畳むときには便宜を図ってくれたりと、とにかくいろいろしてくれるらしい。

「ルーファス君、ありがとー」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

お礼を言われてしまったわ。

「なんのお礼？」

「助けてくれたじゃないですか、その…おじさんから触られそうになったとき」

やや恥ずかしそうなルーファス君。無理もない。トラウマにはなってなさそうでよかったな。

「勝手にスッ転んだだけだよ」

「んー？そうですか？ほんとに？」

「ほんとだよー、この細腕でどうやるのよー」

わたしは内心ビクついた。まさかバレてる！？

「ん～、なんか転んだおじさんに向けて邪悪な笑みをしていたんで…」

「お師匠さまの笑顔を邪悪な笑みとは」

「あ、すいません。でも、おじさんの腕をつかんで止めてはくれましたね」

「ん～、ま～、わたしってルーファス君のお師匠さまだし？弟子を守るのは当然じゃない！」

「…なるほど」

「そ。あ、あとこれ重要なんだけど」わたしはルーファスの前にわざわざ回り込んだ。「あのくらいの歳の人はおじさんとは言いません！」

ジェッツは見たところ２０代前半だったわ。

「え？あ、はい…」

「お兄さんと呼んであげましょう」

「なんでお師匠さまが気にするんですか？」

わたしは痛いところをつかれ、つい真剣な口調になった。

「…じゃあ、お前はマチルダさんをおばさんと言うのか？マチルダさんとジェッツさんはおない年くらいだろ」

「…たしかに！」

ルーファスはなぜか蒙を啓かれた顔をした。無垢すぎるよルーファス君。

「ボクはなにやら偏見にまみれていたようです…」

「うん、わかればいいんだよ」

わたしはお師匠さまとしてやさしく諭したの。我ながら立派だわ。

「自分がおばさんって言われたくないからじゃろ」とクロがルーファスに聞こえないよう小声で言う。

わたしはクロの顔をガッとおさえたわ。

「お師匠さま、なにを？クロさんが苦しそうです」

「おほほ、スキンシップしてるだけよ。気にしないで。あたっ！」

クロにかまれた。

クロは「暴力はよくないよな？」とささやいてきたの。なにやら含みのあるささやきだったわ。

「自分だって今かんだじゃない」

クロは肩にのったまま腕を伸ばして、わたしの頭をグイッと自分の方に寄せたの。

「ほかにもいろいろここでは言われたくないネタあるよな？」と悪人そのもののささやきを続けてきたわ。

「な！？」

こいつ、ルーファスにすべてぶちまけても構わないという目をしてやがる！？

わたしが驚くと「ルーファス。ちょいと耳ふさいでな。よしよし。良い子だ。さて、デイジーさんよ」

「な、なによ。人の弟子に勝手に命令しないでよ」

「にょほほ、弟子、ねぇ。その関係性が薄氷の上にあることを忘れないでほしいなあ」とイヤらしく笑ったの！

「こ、この人でなし…！」

わたしが何度も死に戻ってて、何回も大人のルーファスに殺されてるんだよなんて言ったら、さっきまでは頭のおかしい人だなと思われると予想していたわ。

でも、なんかルーファス信じちゃいそうだなあ、と今は思う。

そうしたら、ルーファスって傷ついちゃうんじゃないかしら？師匠を何回も殺した自分を。未来の自分なのに。

「なぁに。ちょいと鼻薬かがしてくれればこちとら大人しく眠っているってもんよ。な？わかるだろ？刺激が欲しいんだよ…」と髭を震わせささやいてくる。

「…酒か？」

「わかってるじゃないか」

こうしてわたしは街から出る前にお酒を買うはめになったのよ。しかも「おとうさんのおつかいでー」という屈辱的な言い訳を使わざるを得なかったわ。本当にひどいわ！

クロはにょほほにょほほとご機嫌に笑ってた。

「お師匠さま、なにか弱みでもにぎられてるんですか？」

「…聞かないで」

キミをアイスクリーム屋さんにする計画をおじゃんにされるところだったんだよ…。

「わかりました。せめて持ちます」

「ありがと」

ルーファスはワインの入ったビンを持ってくれた。本当にやさしい子だわ。

「あれ？」

家が見えてくると、家の前にふたつの人影が見えたの。わたしたちよりも小さな人影だったわ。

「お客さんじゃないですか？」

ルーファスが浮足立って言ったわ。

「かもー」

わたしはお茶にしたいと思っていたので内心ゲッと思ったわ。

「こんにちは！」

ルーファスがあいさつすると、二人はちょっと驚いたようにぺこりと軽く頭を下げたわ。

いかにも貴族お嬢様と下男の子供という取り合わせのふたりだった。

「あの、ここ〈どうぶつのお医者さん〉であってますか？」と男の子のほうが聞いてきたわ。8歳くらいに思えた。女の子のほうもおない年くらいね。

「そうだよー」

「看板もないから…」と女の子のほうがちょっと不満げにぼやいたわ。

「あー、そうだ。看板。わすれてましたね、お師匠さま」

「そだねー。よくわかったね子供たちよ。やっぱりチラシ見て来てくれたの？」

「はい」と下男風の男の子。

「よし、それじゃあ歓迎のお茶をふるまおう。家のなかにどうぞ」

わたしは流れるようにしてお茶にありついたのでした。

「ふぅ」

花の香りのするお茶を楽しんだ。テーブルのうえにはルーファスからもらった白い花もある。なかなか家らしくなってきたなと満たされた気分になるってものよね。

「シャロワちゃんとベニマル君っていうんだね。よろしくね」

ルーファスが二人の子供の相手をしている。すでにルーファスが自分の名前とデイジーの名前を伝えてくれていた。楽だ。ルーファスは案外年下の子に慣れてるのね。

わたしはどうもこの年頃の子供が苦手。

たぶん、妹のキャロットを思い出すからだろうと自己分析していたけど、苦手なものは苦手だわ。

「ベニマルっていう名前はめずらしいね」だけど、わたしはただいまなんでもやってみよう期間中なので、あえていってみたの。

「あっ、はい。おじいちゃんが東洋の端っこの方出身らしくて…」

「そうなんだ。わたしも祖先は東洋のほうから来たみたい」

「そうなんですね」とルーファス。「言われてみれば二人ともきれいな黒髪ですね」

「ありがとー」

そこでシャロワがきょろきょろとわたしとルーファスの顔を交互に見て言ったわ。

「お二人はお付き合いされてるんですか？まさかいっしょに暮してるんですか？夫婦？」

お茶を噴きそうになったわ。

見るとルーファスも同じような顔をしてた。

「付き合ってもないし、一緒に暮らしてもないよ。当然夫婦でもない」と早口で否定しといた。

「え～、そうなんだ～」とシャロワはなぜか残念そうだったわ。このおしゃまさんめ。

「彼女はボクのお師匠さまなんですよ。お二人のご関係は？」

さすがルーファス、あまり聞かれたくないことはさらっと答えて、相手のターンにしてしまう。見習いたいものね。

シャロワが「わたしが主人でベニマルが下僕よ！」と言い、ベニマルは「コイツは貴族の子供でボクはその貴族に雇用されている庭師の息子ですね」と言ったわ。

「そうなんだあ」

「まあ！コイツとは失礼ね！あとで折檻よ！」とシャロワが高笑いをしそうな悪い顔で言うけどベニマルは「…冷たくすると泣いて謝ってくるくせに」と言い「こんなとこでそういうこと言わないでよ！」と痴話げんかを始めちゃった。

人の家でなにをしてくれてるんだろう？この二人こそ付き合っているんじゃないか？

少なくとも自分とルーファスよりは健全で親しい間柄のように思える。

チラリとルーファスを盗み見たけど、シャロワとベニマルのやりとりに苦笑しているばかりだったわ。

わたしはなんとなく気疲れしてきたの。やっぱり子供は苦手。

「それで、ペットがいないみたいだけど、今日は話だけ聞きに来たのかな？」と先を促したわ。とっとと終わらせたかったし。

「あっ、実は…」とベニマルが改まって話し始めたところによると、シャロワの家ではペット禁止らしく、二人でこっそり森の中で育てている子がいるらしい。「アレキサンダーっていうのよ！」とシャロワが合いの手を入れる。

「それで、どうも最近歯が痛いみたいで…」

「なるほど…」とルーファスがチラリとわたしを見たの。それから顔を近づけてきてこっそり耳打ちしてくる。「どうします？今日は朝から疲れたでしょうから明日にしてもらいましょうか？」

耳がこそばゆくて、熱くなったわ。

でも、おかしい。クロの髭がいくらこそばゆくても耳が熱くなることなんてないのに。現に今だって肩に乗ったクロの髭はピシピシとわたしの耳や頬に当たっている…。

「行こう！」わたしは急に立ち上がったの。「苦しんでいる患者がいるならすぐに治したほうがいいもんね！」

「わあ！」とシャロワとベニマルが喜び顔になる。

「わかりました。行きましょう」ルーファスもまたキラキラ顔で見上げてくる。

顔が熱い。

ふぁ～とクロはわたしの肩であくびするのだった。そのまま寝の態勢だ。

うらやましいなあ！