第9話 デイジー、ギルドに行く

朝早く、わたしは家の前の湖面の前に立っていたわ。


まるで鏡面のような湖面に目をつむったわたしの姿が映ってる。

目をつむっていても、理合で感じるの。

わたしは精神統一していた。

深い呼吸を繰り返し、大気に自分を溶かしていく感覚。

ゆっくり、ゆっくり。

この世界と合一していく感覚。

空高く、うずまく雲の大気すら掌中にある感覚。


「ハッ!」


一気に目を見開く、髪は毛先がピリピリと持ち上がり、体は身震いしたわ。

呼応するように、湖面のはるか上空にある雲が一気に晴れてった。


「ふぅ」

スッキリした。

これが攻めの“理合”。

それも極大化したバージョン。


理合は相手の攻撃に合わせるカウンターが主だけど、積極的に大気に満ちる理と同調することで大きな力を発揮できるの。

わたし自身に大きな力は必要ないわ。

今、天空の雲を割ってみせたのも、目の前にある空気にほんのわずか力を加えただけ。

あとは連鎖反応のようにして大きな力となっていくの。

強力な力よ。


だけど、この力は実戦向きではないの。

同調するまでに時間がかかりすぎるから。

その間、無防備なのよね。

一人きりで戦わざるを得なかったから、攻めの“理合”は狭い範囲での同調しか実戦的じゃないのよね。

そのくらいなら、ほんのすこしのタメで、隙もわずかで済む。その分威力は各段に落ちるけど…。



「わっ!いまなんか急に晴れませんでした?」

「…おはよう、ルーファス君。早いね」

「あっ、おはようございます!お師匠さま」

スッキリしようとしたモヤモヤの原因が朝一で来てしまったわ…。

モヤモヤついでに、過去戦った大人のルーファスには攻めの“理合”が通じなかったことが思い出される。


「あの…」

ルーファスはなにやら後ろ手になってモジモジしていたわ。

「なに?」

ついモヤモヤした気持ちのままつっけんどんな対応をしてしまった。大人げない。ぜんぜん削れてないじゃないか。まったくクロめ。


「これ!よければ受け取ってください!」

後ろ手からバッと出されたものは、白い花束だった。

「え?」

「あの…家の庭に咲いている花なんですけど、きれいだったから、よくデイジーさんに似合うと思って…」

「あ、そう…」

一気に顔が熱くなった。


きれいだったからわたしに似合うってなんだ!?

てゆうか、花なんてプレゼントされたの初めてなんだが!?


「あの…」

ルーファスは花束を手渡そうとしたままだったわ。受け取らなければ。

「あ、ごめん…」

花束を受け取ると、一気に甘い香りがしたの。


「いい匂い…」表情が自然とゆるんじゃう。

「えへへ」

ルーファスはそこでうれしそうにほほ笑んだの。

まるで子犬のように。美少女のような美少年が。

「…ずっる」

「え?」

こんなの許しちゃうな。


昨日のお詫びの意味を込めての花束だったのだろうけど、これを自然にできているとしたら、ルーファスというのは魔法の才以外にもとてもやっかいな才能があるんじゃないかしら?

まあ、それは置いといて。


「…ごめんね」

「え?」

昨日、ちょっとめんどくさい奴と思って申し訳ないなという気持ちになった。

子供だもん、当たり前だよね。

だけど、子供なのに末恐ろしいやつでもある。

わたしは改めてルーファスを全力でアイスクリーム屋さんにしなければ!と思ったわ。




「それで、今日は朝早くからどうしたの?」

花瓶がないから、花束をコップに入れて飾ったわ。クロが寝ぼけた顔で花の香りをふんふんと嗅いでいる。


「はい!ギルドに提出する書類ができましたから、一緒に行きましょう!」

「もうできたの?」

「はい!」

ニッコニコでルーファスは答える。やる気がまぶしい。

ギルドかぁ~と内心思ったわね。


ギルドは商工ギルドのほかに冒険者ギルドも兼ねていて、ギルド長のドワーフはよく殺した相手だから。

「う~ん、わたしも行かなきゃダメ?」

「はい。書類代行はだいじょうぶなんですけど、登録は本人がやることに決まってます」

「決まってたかあ」

「それにギルドに行くのは顔なじみを作るためにも必要なことですよ。商売の基本はコネですから」

「そっかあ」

わたしは覚悟を決めたわ。


「じゃあ、いこっか」

「はい!」



街の朝は眠たげだけど、多くの人が移動してて、慌ただしそうだったわ。

「行くって言ってくれてよかったです。ちょっとドキドキでした」

「まあね~。デイジーさんは日々大人になってるんですよ」

「さすがお師匠さまです!」


どこまで本気かわからないけど、とりあえずキラキラした笑顔をルーファスがしたの。そしたら、通り過ぎる人たちがあからさまにふり向いていたわ。


「…キミが女の子だったら、きっと国を傾けていただろうなあ」

「またお師匠さまは変なこと言って~」

ルーファスが困り顔をする。

困った顔を見たいがためにウザ絡みをするおじさんの気持ちがわかってしまいそうだったわ。


「朝からヘンタイはよしなさいよ」クロがボソッと耳元でいう。

「は~い」

「あ、ここですよ」

ギルドは何の変哲もない木造の建物だったわ。両側を石造りの建物で挟まれているから、余計みすぼらしく見える。

「ずいぶんぼろっちいね」

「協会員の金をみだりに使用してはならないという理念に基づいていますね。ちなみに右側が税務署で左側が警察署です」

「oh・・・」

ギルドというのはなかなか清廉潔白なところだったらしい。知らないことばかりね。


「さ、入りましょう。もう開いているはずですから」

なかはずいぶん賑わっていたわ。商人風、職人風、冒険者風の人々が入り混じって何やら話していて、朝から熱気がある。


「お、酒」

クロが鼻をピンと上にあげて反応したの。

広い一間の一角には、軽く酒を飲めるところが併設されているらしく朝から冒険者風の男たちが吞んでいたわ。きっと仕事帰りなのね。

「呑まないよ」クロに一言添えといたわ。

「え~」

クロは不思議なことになにも飲み食いを必要としないし、排泄すらしないの。ただ、趣味的に酒は好き。中に入ったものがどこにいくのかはわからないけど、しっかり酔って気持ちよくはなれるみたい。

何回か一緒に酒を飲んだことがあるけど、いつもより明るく甘えっ子になる良い酒だったわ。

でも、今日はほかに用事があるのよね。


「え~と、ああ、こっちですね」

ルーファスが三つあるうちの受付から、商業ギルドの受付へといざなってくれたわ。

「すまんのう、何から何まで、ルーファスちゃんや」

わたしは一気に老け込んだ気がした。まあ、実際、トータル数千歳くらいのはずではあるんだけど。

「いえいえ。え~と、すいませ~ん」


ルーファスが受付の奥に声をかけると「はぁ~い」といやに妖艶な返事が返ってきたわ。

「な!?」

受付にまず現れたのは、巨大な胸だった…。

ついでロングヘアで垂れ目でニットワンピースを着た女性が現れた…。


「おぉ…」

クロが小さく感嘆の声を漏らしたわ…。

「なっ!?」猫みたいなもんのクセになにをっ!?てゆうかアンタ精霊でしょっ!?ちょっとはそれらしくしなさいよっ!

クロはふいっと視線をそらした。許すまじ…。


「はっ!?」

見ると、ルーファスまで目を奪われていた。ぽっーとなって上を見上げている…。

悲しいのは本能か。見た目は美少女なのに、ルーファスはしっかり男の子だった…。


「あらあらぁ、可愛い子たちねぇ~どうしたのかしらぁ~?」

「えっ…あっ」ルーファスは声をかけられてようやくわたしの視線に気づいて「は、はい!お店の登録に来ました!」とつっかけるように言ったわ…。

「ふ~ん…」

「な、なんですか、お師匠さま」

「なんでもないけど…。ほら、お姉さんとちゃんと話して。見てるから」

「は、はい…」

ルーファスは顔を赤くして受付のお姉さんと対峙したわ。


お姉さんはわたしとルーファスの二人を交互に見て、なにやらニヤニヤしてた。

「キミってぇ~、もしかして男の子~?」

「え、はい、そうですけど…」

「ふ~ん」わたしを見て「いいね~、なんか初々しいね~」とほほ笑みかけてくる。

なんだこの女は。なにか勘違いしているようだ。それも淫らな類だ。


「あの…」

「おい、マチルダ!今夜空けとけよ!飲みに行こうぜっ!」

受付の女の勘違いを正してやろうとしたとき、後ろから酒臭い息がふりかかってきたの。それと女はマチルダというらしい。覚えたわ。

「あら~、ジェッツさん、奥さんいるじゃない~」

ジェッツと呼ばれた男は手に持ったジョッキを空にしてから「ぷはー、いいんだよ。どうでもいいんだよ、そんなことは」と管を巻いたの。


なにやらめんどくさい雰囲気になって来たぞと思っていたら、案の定だったわね。

「おっ!なんだこりゃ!とんでもねえ美少女じゃねえかっ!エルフか!?嬢ちゃん?」

とルーファスに絡みだしたの。

「え、いや…」

酔っぱらいの相手に慣れていないのだろう、ルーファスは見るからに困ってた。

「ちょっと~、その子は男の子だから~、手を出さないで~」

マチルダが助け船を出す。

「えっ!?男の子?ホントかよ?」

「ひゃっ!?」

だけど、逆効果だったらしく、酔っぱらいジェッツの手は無造作にルーファスの大事なところに向かって伸びて行ったわ。


「これ」

わたしはその腕を途中でつかんだの。

「んあ?なんだぁ?嬢ちゃんが相手してく」

わたしは理合を使って、ジェッツの重心を操作して、その場でくるんっと回転させて背中から落としてあげたわ。

「あっ、がっ」

息ができないようで、ジェッツは陸にあがった魚のように口をパクパクさせたの。

いい気味だわ。


ルーファス君を困らせていいのは師匠であるわたしだけなんだから。

「顔、顔」

クロに注意されちゃった。

いつの間にか愉悦的な笑みが浮かんでいたみたい。


「おいおい、ジェッツ兄どうしたことだ!?」

ジェッツの仲間たちが集まってくる。みんな酒臭い。嫌ね。

酒臭い大人たちに子供たちが囲まれている構図。不健全よね。

「ちょっと~」

マチルダが間の抜けた声をかけた時だった。

「ぬぁにをしてるかっ!!!」

マチルダの声をかき消して、広間中に胴間声が響く。

でたよ…、邪魔をして…。内心思ったわ。


ジェッツの仲間たちの二倍も三倍も横に太い巨大なドワーフが現れたの。

「このギルド長、金鉄のザッケルがいるのを知っての狼藉か、馬鹿野郎ども!」

ドスンドスンと地響きが鳴りそうな足音でザッケルはやってきて、酒臭い男たちの間に割って入ったわ。


「んんっ?ジェッツはなんでこんなところで寝てるんだ?」

「え?いや、さあ、わかりません。なんか急に倒れて」ジェッツの仲間の小太りが応える。

もう一人の細い方が「いや、でも、なんか倒れる前にくるんって宙返りしてから倒れてたぜ?」と言ったわ。

「なんだそりゃ?」

ザッケルは呆れてた。


「あの~」とマチルダが声をかけた。「たぶんなんですけど~、ジェッツさんは子供たちにいいとこみせようと思ってバク宙しようとしたんじゃないですか~?で、失敗しちゃったんだと思います~」

いまだに痛みでウンウン言っているジェッツをその場にいる全員が見下ろしたわ。

「…おい、お前ら、介抱してやれ」ザッケルがそういうとジェッツの仲間たちは「そうっすね…」と言って、ジェッツを引きずっていっちゃった。


チラリとマチルダを見ると、二人だけの秘密だよ、とでも言うかのように笑みを向けてきたわ。

…悔しいけど、この女はモテる。仕方がないので、心のなかでありがとうと言っておいたわ。


「ん?お客さんか?」

「いいえ~、ギルド登録の方です~」

「なに?」ザッケルはひざまずいてわたしたちの目線と同じ高さになったの。「嬢ちゃんたちはどんな店を開くんだい?」

思いのほか柔和な笑顔と物腰でザッケルは聞いてきたわ。

「え~と、〈どうぶつの歯医者さん〉です」とわたしは応えた。

「ほう!そいつぁ珍しいな!こりゃ~将来有望だ!よろしくな!」と一際力強い笑顔を残すと、ザッケルはさっさと退散してしまったわ。

金鉄のザッケル。冒険者としてもS級でその鋼のような肉体から放たれる一撃は山をも吹き飛ばす。獲物はハンマーで、神々の遺物と呼ばれる逸品を使っていた。

そして、何回もわたしと死闘を繰り広げ、何回も殺した。


だけど、今生では殺し合いなんてしないでいいし、あんな笑顔を向けられもする。

「…幼女最強かもしれん!」

わたしがとんでもないことに気づいている間、ルーファスとマチルダは事務手続きを進めていたわ。


持つべきものは有能な弟子ね。

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