第8話 デイジー、人間関係を頑張る

「第一回〈どうぶつの歯医者さん〉経営会議!いぇ~い!」

「ぱちぱちぱち」

わたしのはしゃぎにルーファスが手をたたいてくれたわ。クロはマイペースに体をなめて毛づくろいしていたわね。


場所は行きつけのカフェ〈アドリアネ〉のカフェテラス。空が青い。

そこでわたしは気づいたの。


「あれ?ルーファスって今日学校ないの?制服だけど」

「あ、はい、サボりです!」

元気よく答える。


「え?そうなの?いいの?」

「いいんですよ。あんまり意味を感じないし」

「ふ~ん、そうなんだ。…魔法学園ってどんな感じなの?」

「ん~、感じでいうとつまらない感じですね」

「へ~、どんなふうに?」

「なんかダンゴムシ同士がマウント取り合ってる感じです。たいしてちがわないのに」

「うぉい!めちゃくちゃいうな!美少年!」


ルーファスはきらきらと笑顔を輝かせたわ。

「だって、事実ですから!」

「…こいつ、なかなか闇が深いんじゃないか?」クロがゴクリと息をのむ。

「ええ、やっぱり油断ならないわね…」

「やっぱり?」


聞いてたルーファスが小首をかしげていたわ。

「なんでもないの。こっちの話」

わたしは百万回くらい死んでるの!とか、そのうち5000回は未来のあなたに殺されたのよ!と言ったところで信じないだろうし。

まあ、言ってみてもいいのだけれど、頭がおかしいと思われてせっかくのルーファスアイスクリーム屋さん計画がとん挫するのがオチだわ。

クロも刺激が欲しいとかまえに言ってたけど、なんだかんだ黙ってるみたいだしね。



「ま、ルーファス君の闇は置いといて」自分でも呼び捨てなのか、君付けなのか安定しないな~と思う。「経営会議ですよ!」

「あ、はい。なにを話し合うんですか?」


「そうね…このコーヒーが400ドシア」わたしは手元にあるコーヒーを両手で包みながら、ルーファスに聞いたわ。「わたしの魔法は、いくらくらいだと思う?」

「そうですね…。それは本当にとてもむずかしいですね。というのも、比較対象がありませんから」


「結構この都は大きいと思うんだけど」今いる都〈ゼファニヤ〉が〈バクス〉〈テオドラ〉に次ぐ、この国第三の規模を誇る都だったわ。たしか。「わたしみたいな魔法使いはほかにいないの?」

「いませんね」


「え~と、たとえばお店開いてなくても?治癒術院の片隅でサービスとしてやってるとか、それこそ歯医者でやってるとかは?」

「ないです。治癒術で治せるのはその場で負った傷だけで古傷だとか病は治せません。歯医者は人間の歯医者はいますけど、基本的に虫歯を抜くだけですよ」

ルーファスはペンチでつまんで歯を抜く仕草をしてみせたわ。


「そうなんだ」

古傷は治せないという言葉を聞いて、わたしは反射的に一瞬自分の手を見ちゃった。今は火傷の痕は白手袋に覆われているのにね。

「ええ、そうです。だから、比較対象がないんです。お師匠さまの魔法ってめちゃくちゃレアなんですよ!」

ルーファスはやや興奮気味に言ったものよ。


「へぇ…。わたしレアだったのかあ」

わたしの胸中は複雑だったわ。そのレアな魔法のせいで虐待され、苦しみを繰り返してきたのだから。素直に喜んでいいものかわからない。

「さきほどの質問からすると、お師匠さまって魔法学園には通ってないんですよね?」

「うん」

正確にいうと、通わせてもらえなかったのだけれど。


「わかります。ボクのような氷系の魔法ならよくある魔法なんで教えられますけど、お師匠さまの魔法はなかなか教えられる人いないでしょうね…」

「そっかあ。で、値段なんだけど」

「あ、ごめんなさい。う~ん、これはもうお師匠さまの言い値で良いんじゃないですか?」

「え?言い値って、その場の気分で決めるってこと?」

「あはは、まあ、そうですね。あとはお師匠さまがどのくらいお金が欲しいかですよ」

「う~ん…」


困った。正直お金には困っていない。ぶんどった財産が山ほどある。だから、どのくらいお金が欲しいかと言われても困る。

「あの、お聞きしてもいいですか?」とルーファス。

「うん、いいよ」

「お師匠さまはなぜお店を始めようと思ったんですか?」

「え~と、それはねえ」


わたしはその質問でなぜ自分が〈どうぶつのお医者さん〉をやろうと思ったか思い出したの。もちろん、街ゆくペットを見てビジネスチャンスだと思ったというのもあるけど、その前に仕事をしてお金を稼いでみたいとふと思ったのよ。

それは本当にほんの思いつきだったわ。


「なんでもやってみよう期間だからかなあ~」

「え?なんですかそれは?」

「ん~、なんていうのかな。わたしね、実はあんまり街とか来た事なかったんだけどね」

「はい」

「来てみたら、すごくいいところだなって思ったの。みんな楽しそうだし、活力があって、あっ!そうそう、行ったことないけどお祭りみたいって思ったの。それで、わたしも参加してみたいって思ったんだと思うな」


クロがあくびまじりに「思うなってなんだ」とツッコむ。

「いいの。あらためて考えて言葉にするとそんな感じってこと」


「ふ~ん…」ルーファスは目を細めてわたしを見つめてきたわ。「お師匠さまって恵まれてるんですね」

「え?」

「お祭り気分で普段お店を開いてる人なんていないですよ」

「そ、そうなんだ…」

「そうです」


わたしは衝撃を受けた。

自分は恵まれていたのか。

あの地獄のような日々が。

苦しい記憶が頭の中で明滅し、気分が悪くなった。

「あの家は賃貸ですか?それとも持ち家?食費や生活費は月にどのくらいかかってますか?」

急速に心が冷えていくのを感じたわ。


「…もういい」

「え?」

「なんかつまんなくなっちゃったから、もういいよ」

「…もういい、とは?」

「お店も弟子ももうやめたってこと」

「…あの、さっきの発言がそんなに気に障りましたか?」

「べつに」

「ごめんなさい。謝ります」

ルーファスは一気にしょげてしまった。ついさっきまで楽しそうにしていたのに。

それを見て心が痛んだ。自分がしたこととはいえ、ルーファスにこんな顔をさせたかったわけでもない。


「…人間関係ってむずかしいなー!」

「え?」

急な大声にルーファスはビクッとなってたわ。

「ううん。あの、こちらこそごめんね。わたし、はっきり言ってバカだからさ。こういうふうになることあるの。こういうふうって言われても困ると思うけど…」わたしは頑張って言葉にしようとしたの。「なんか、今はルーファスの言葉に勝手に自分の思い出押し付けて、八つ当たりしただけだから…」

「…じゃあ、お店やめるのも、お師匠さまやめるのも、なし?」

「うん」

「よかったぁ~!」


ルーファスは心底ホッとした様子で笑ったわ。

わたしも少なからずその笑顔を見てホッとしちゃった。

「あの、でも、こちらこそ本当にごめんなさい」ルーファスは真剣な顔で謝った。「ボクこそいろんな事情もあるのに勝手に決めつける言葉で最低でした。反省します!」

「いいよ~。もうこの話題なしね」


「はい!それにしてもびっくりしましたよ。お店開くのって書類をギルドに提出するだけでも一苦労じゃないですか!」

「…ギルド?」

「え?まさか登録してないんですか?」

「…してない」

「それはまずいですね。役人来ちゃいますよ」

「…やっぱりめんどくさいかも」

わたしは基本的にめんどくさいことが苦手で嫌いだわ。


「わかりました!お師匠様、ボクにそこらへんは任せてください。将来に向けて勉強済みですから!」

「おお~、たのもし~」

わたしがぱちぱちぱちと拍手して、第一回〈どうぶつの歯医者さん〉経営会議は終了したわ。




夜。わたしは家のベッドで大の字になって寝転がった。

そして片腕を目の上にのせた。

クロが頭の横に来てざらりと頬をなめてくれた。

「泣いてるの?」

「…ぇ」

「え?」

「…人間関係めんどくせぇ!」

超疲れた!家族辞めてから今日が一番つかれた!人間関係って、全然自由じゃない!

「でも、わたし、がんばった!クロ、もっと舐めて!」

クロは鼻でフッと笑うと「はいはい」と言ってざらりざらりと舐めてくれた。


「どうか、わたしの嫌な部分を削り取ってください~!」

「ばかやろー、お前の嫌な部分食べたら、オレが嫌なやつになっちゃうだろ!」

「いいじゃんかよ~!クロってそんなにいい奴でもないだろ~!」

「ひでえ言い草だな。オレは直接手を汚さない分クリーンだろ」

「卑怯者!」

「なんだとこいつめ!」


クロは両手で顔をおさえつけて、本気舐めをしてきた。

「ギャー!いたいー!」

「お前の悪いところ削り取ってやるよぉー!」

「ギャー!」

こうして夜は更けていった。


終わりよければすべてよし!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る